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<東京怪談ノベル(シングル)>


甘党より愛をこめて

「ふふふ〜ん♪」
 調子外れを通り越して、謎の呪文のようになっている鼻歌を歌いながら、篁 雅隆(たかむら・まさたか)は、駅前のベンチに座って鯛焼き形のカードをニコニコしながら見つめていた。今日の雅隆の格好は、一見普通のグレーのニットジャケットに、黒い細身のデニムだが、よくよく見るとジャケットのフードにはネコ耳が、デニムの後ろには尻尾が着いている。
 そして鯛焼き形のカードには、集合時間と場所、そして「甘いとげとげ攻撃にご用心」という謎の言葉が暗号めいた文字で書かれていた。
「白玉まだかなー」
 白玉……というのは、実はシュライン・エマのコードネームだ。雅隆のコードネームは鯛丸だったりする。
 甘い物が大好きな二人は、こうしてお互い店の情報交換をしたり、一緒に甘味ツアーに行ったりする仲だ。一人だと色々な物は食べられないし、かといって一緒に行く人を選ばないと、思う存分食べられない。だが、シュラインと一緒なら、思う存分甘い物を食べて後悔することもなく、カロリーなんて関係ない……ということが出来るのだ。
 ややしばらく待っていると、シュラインが嬉しそうに白い息を吐きながら小走りにやってきた。
「シュラインさん、いょーう」
「こんにちは、ドクター。久しぶりー……えいっ」
 そう言うとシュラインは、出会い頭ににぱっと笑った雅隆の口に何かを放り込む。
「何これ?!」
ほんのり甘くて、香ばしくて、そして口の中でトゲトゲしているこれは……。
「あ、もしかして『甘いとげとげ』ってこれのこと?」
「そうよ、金平糖なの」
 目をキラキラさせている雅隆に、シュラインはバッグから取り出した未開封の『焼き栗の金平糖』を渡した。これは本業の関係で京都に行ってきたときに買った物で、十月限定でしか売っていないものだ。京都の金平糖は駄菓子ではなく、皇室に献上されるほどの上菓子である。
「お店に行ったときに『これだけは買わなきゃ!』って思って、ドクターに買ってきたの。ずっと研究も忙しかったみたいだし、お疲れ様って意味も込めて、ね」
「うわーい、ありがとー。京都の金平糖って、美味しいよね。大事に食べるー」
 やっぱり、買ってきた物を喜んでもらえるのは嬉しい。嬉しそうな雅隆にほっとしながら、シュラインはまず銀行の方を指さす。
「さて、今日も甘味食べ歩きの前に小銭に両替ね。任務開始の前のお約束よ」
「らじゃー!」

 前回はシュラインのライター仕事の関係での情報収集だったが、今回は趣味の食べ歩きなので、何となく二人の足取りも軽い。
「そう言えば、ドクターから前にメールでもらった限定の和菓子、まだ売ってるかしら……あの、干し柿の中に求肥が入ってるってお菓子」
 それを聞くと、雅隆が何かを思い出したように顔を上げる。
「あ、まだ売ってると思うよ。お正月ぐらいまでは、結構売ってたりするから、食べに行こうか……そこのお店、面白い名前なの」
 面白い名前。
 それは一体どんなのだろうか。そんな事を思いながら雅隆と歩いていると、木の看板と店先にかかっているのれんに、シュラインは感心したように頷いた。
 米屋……おそらく「よねや」と読むのだろう。和菓子屋になる前は、もしかしたら餅米などを扱っていたのかも知れない。
「確かに面白い名前だわ」
「でしょ? 人に説明するとき『米屋だけど和菓子屋なの』ってなったりするの。でも、ここのお菓子美味しいよ」
 早速中に入り、雅隆お勧めの『里柿』という和菓子と、求肥の中に栗あんが入っている『栗餅』、そして栗蒸し羊羹を注文し、中で食べることにした。ここは他にも、芋羊羹やどら焼きなどがお勧めらしい。
「いただきます」
 温かいお茶と一緒に味わうと、自然にくすっと笑ってしまう。やっぱりこの自然でいながらも、複雑な甘さが和菓子の良いところだ。
「んー、栗餅美味しいー。半分こして食べよ」
「干し柿も自然な甘さでいいわね。普通に食べると渋いのに、干したらこんなに甘くなるって不思議だわ」
 干し芋や干し柿などは、自然に任せた美味しい甘味の一つだ。それを食べながら、シュラインは壁に貼ってあるカレンダーを見て、雅隆にこんな事を聞いた。
「もう十二月だけど、ドクターはケーキとか注文した?」
 この季節は、甘い物好きにとって落ち着かない行事が多くなる。その一つが、店事に趣向を凝らしたクリスマスケーキだ。フルーツたっぷりだったり、濃厚なチョコレートだったり、同じように見える苺のケーキでも、店が違えば味が違う。
 無論シュラインは自分で作ったりもするのだが、雅隆はどんな物を頼んでいるのだろうか……。
「ケーキ頼んだよー。今年は、日替わりで食べるんだー」
 そう言うと、雅隆は自分が持っている携帯電話を一生懸命いじり始めた。しばらくすると携帯の画面に、白いブッシュドノエルと、ピスタチオのフォンダンがかかったシューケーキ、そして四角くチョコでボックスされた中に、ベリー系のフルーツが入ったケーキの画像が映し出される。
「二十三日はホワイトチョコムースの『ノエルショコラ・ブラン』で、イブの日はシュークリームがツリーになってる『サントノーレ・フレーズ・ピスターシュ』で、最後は苺いっぱいの『ベリーボックス』。でも、食べられるなら、もっと予約して色々食べたいよね」
 何となく、その気持ちはシュラインにも分かる。大体三人から四人で食べるとしても、ケーキワンホールはなかなか食べきれない。かくいうシュラインも、毎年色々な所のケーキカタログを見ては、うんうん唸って選んだりする。
「そうよね。オードブルとかチーズだと、一口ずつ味わえるのに、ケーキにそれがないのって寂しいわよね」
「だよねー。それ言うと『ショートケーキたくさん買えば』って言われるけど、クリスマスケーキとショートケーキは別なのー」
「分かるわ、ドクター。クリスマスしか食べられないのがいいのよね」
 お互い甘党ならではの悩みを話しつつ、また別の店へ。
「この近くのお店、今の時期は丁度栗ぜんざいがあるから、行きましょう」
「わーい、栗好きー」
 月ごとの限定品が出ている甘味屋は、甘党にとってポイントが高い。その月を逃すと食べられず、次の年まで待つというのはなかなか切ないものだ。シュラインが教えた店も、栗ぜんざいは今の時期しか食べられない。
「ここのお店の栗は、瓶の甘露煮とかじゃなくて、お店で渋皮と一緒に煮てるから、なくなると食べられないのよ」
 小豆と栗の甘さを堪能していると、雅隆が幸せそうに息をついて笑った。
「あー、やっぱ甘い物って幸せー。秋口は忙しくて、お外で甘味あんまり食べてなかったの」
 そういえば、そんな事をメールで言っていた。お茶を一口飲んで、シュラインが雅隆を見る。
「お披露目がどうのって研究よね? お話しできる範囲でいいから、何してたのか聞いてもいいかしら?」
「うん、いいよー。あのね、義体作ってたの」
 義体。
 聞き慣れない言葉にシュラインが首をかしげると、雅隆が簡単に説明をしてくれた。それは義手や義足より一歩進んだ研究で、自分の意思で動かせたり、感覚を持ったりするものらしい。昔はその開発をやっていたそうなのだが、理由があって一時期研究自体を辞めていたという。
「何だか複雑そうな研究ね」
「うん。でも、上手く行ったから、そのうちシュラインさんにも紹介したげるね」
「紹介?」
 どういう意味なのだろうか。だが、それは雅隆の笑顔に遮られる。
「それは、またのお楽しみー。さて、次の所行こ。クリスマス尻目に和風もいいけど、この季節ならではの、クリスマス菓子も食べなきゃね」
 紹介という言葉は気になるが、雅隆の様子からすると、話せないわけではなくてちゃんとした機会に紹介したいということなのだろう。だったら、焦らずにその時を待てばいい。
「じゃあ、暖かいもの食べてたから、今度は冷たい物もどうかしら? 冬に食べるアイスも、なかなか乙なものよ」

 寒空の下、シュラインと雅隆は少し並んで冬限定のフレーバーアイスを食べていた。
 シュラインはハニージンジャーの少し大人っぽい味で、雅隆はメープルシロップ味にくるみが入っている。
「並んでるときは寒くないのに、アイス食べるとカタカタするよね」
 このアイス屋は、イートインスペースがあるわけではないので外で食べなければならないのだが、それでも不思議と行列が途切れない。何気なく通行人を見ると、やっぱり寒さに震えつつも皆アイスを食べている。何だかそれが可笑しい。
「やっぱり、体の中から冷えちゃうからかしら」
「うーん、でも寒くなるって分かってても、このアイス美味しいからいいや」
「それもそうよね。食べた後で歩けば、すぐ暖かくなるわよ」
「だね。この近く、ケーキ屋さんとかチョコレートのお店とかもあるから、ぶらぶらしよっか」
 アイスを食べきって、またぶらぶらと店を巡る。ケーキ屋では冬限定のガナッシュのケーキや、クリスマス用のジンジャークッキーを食べたり、輸入菓子を売っている店に行って、赤と白のスティックキャンディーや、サンタの形をしたゼリー、靴下に入ったお菓子の詰め合わせを買ったりして楽しむ。
 そうやって店を巡っていると、ヨーロッパの菓子を売っている店にたどり着いた。
「あ、シュトーレンとか売ってるよ。レープクーヘンも売ってるかな」
 ここはドイツだけではなく、フィンランドやノルウェーなど、日本ではあまり見かけないクリスマス菓子も売っている。
「あら、ヘクセンハウスも売ってるのね」
 それは「魔女の家」と言う意味の、クッキーで作られたお菓子の家。それを見たシュラインは、少し考えてクリスマスパイとホットチョコレートを二人分頼む。
「ドクター、ちょっとお茶しましょ」
「いいよ、どしたの?」
 きっと、何となく笑いがぎこちなくなっていたのを、雅隆は気付いたのだろう。だが、それ以上何も言わず、雅隆は椅子にちょこんと座った。
「外寒かったから、お店の中暖かいねぇ」
 にこっと笑うその笑顔に、シュラインは小さく頭を下げる。
「ドクター、楽しいときにごめんなさい。お願いがあるの」
 謝罪したシュラインは、バッグの中から小瓶に入った水と、封筒に入った紙を雅隆に渡した。
「何、これ?」
 小瓶に入った水を雅隆はちゃぽちゃぽ振ったり、ライトにすかしたりしている。
「これ、とある事件で手に入れた、反魂の法に使われた水と紙なの。ドクターに、成分分析をお願いしたくて」
 反魂の法とは、死者を蘇らせる術のことだ。シュラインが関わった事件で、それには顔見知りだった人も巻き込まれている。術自体もかなり特殊なものだが、紙や水が特別な機関や経路でないと取り扱えない物なら、足掛りにもなるかと知れないと思い持って来たのだ。
「ごめんなさい、何だかドクターを巻き込んでしまうみたいなんだけど……」
 その話をすると、雅隆は小さく頷いて瓶をポケットに入れた。
「うん、いいよ。シュラインさんは僕の友達だし、そういう事件って後味悪いもんね。それに、僕も何かちょっと気になるし」
「あと、もう一つドクターに聞きたいことがあるの」
 それは『人工的な鬼』についての噂だった。
 その事件で使われた反魂の法は、冥府の鬼の力を借りて無理矢理魂を元の器に戻す術だった。もし、その噂の有無を雅隆が知っていれば、何か掴めるかも知れない。すると、雅隆が珍しく額に手を当てながら、ホットチョコレートを飲んでいる。
「うぬぬー、何か嫌な予感がするー」
「どうかしたの?」
「僕が知ってる因縁の相手が、不死とか反魂とかに異様に興味のある人だったの。科学とオカルトの融合とかね……何か書くものあるかな?」
 もしかしたら、それは自分も知っている相手だろうか。シュラインがメモとペンを差し出すと、雅隆はそこに名前を書いた。
 そこに書かれたのは、シュラインが何度か聞いたことのある名前。
 「鳥の名を持つものたち」が出てくるときに、見え隠れする男の……。
「ドクター……」
 何か言おうとしたシュラインに、雅隆は口の前に人差し指を立てて顔を上げた。「今は言えない。口に出してはいけない」ということなのだろう。
「僕も詳しく調べとくね。何かそういうのって口に出すと、噂をするとハゲ……じゃなくて、影が何とやらって言うから、喋らない方がいいよ」
「そうね。折角美味しい物食べてるのに、後ろにいたら嫌だわ」
「そうそう……あ、ここのお店珍しいお菓子売ってるー」
 重苦しい空気を振り払うように立ち上がると、雅隆は赤い紙にくるまれたお菓子を手に取った。それはスペインの『ポルボロン』というクリスマス菓子だという。
「あのね、シュラインさん。このお菓子ポロポロしてすごく崩れやすいんだけど、これを口に入れて、崩れる前にポルボロンって三回言えると幸せになるんだよ」
 スペイン語で「ポルボ」は「粉」で、「ロン」が「ポロポロと崩れる」という意味だ。まさに名前の通りの菓子なのだろう。
「じゃあそれを買って、幸せになれるよう頑張ってお祈りしなきゃね」
「レープクーヘンも買って、首から下げて帰ろうね。あと、ヘクセンハウスはきっちり食べて、魔女退治しないと」
 大丈夫。
 こうして美味しい物を食べて、一緒に魔女退治をしてくれる人たちがいるのだから、何があっても恐れることはない。
「今日もお土産が多くなっちゃいそうね」
 この幸せを皆に分けにいこうか。シュラインはそんな事を思いながら、クリスマスパイを美味しそうに食べた。

fin