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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


One day's memory


投稿者:no name
件名:思い出をください
本文:自分の記憶は一日しかもちません。
   どんなに楽しいことがあっても
   どんなに悲しいことがあっても
   次の日には忘れてしまうのです。

   一日だけでいいのです。
   一日だけ、自分に付き合ってくれませんか。
   長年付き合った友人ですら忘れてしまう自分は、誰かと遊んだ記憶がありません。
   誰かと、話したり遊んだり…そういうことをしてみたいのです。

   出会い系サイトのような書き込み、失礼しました。


 そんな書き込みに目を留めた式野未織は、文章に目を走らせて表情を曇らせた。
 とても辛そうで悲しそうで、もし自分がこの人の立場だったら、と考えると胸が痛む。
 力になりたい、と思った。だから、その衝動のままに未織は書き込みの主へと連絡を取ったのだった。

◇ ◆ ◇

 書き込みの主は、高瀬瑞貴と名乗った。未織と同い年らしい。
 連絡を取ったのは朝だったので、昼に待ち合わせすることにする。
 休日だったので学校もない。何を気にすることもなく時間を過ごせるだろうと、未織はうきうきしながら準備をした。
 だまされているんじゃないかとは、不思議と思わなかった。それはただの直感ではあったけれど、未織は確信に近い思いを抱いていた。
「式野未織さん、ですか?」
 約束の時間に遅れないようにと余裕を持って待ち合わせ場所に来た未織は、背後から声をかけられて驚いた。振り向けば、未織と同年代か少し上あたりの、落ち着いた雰囲気の少年がいた。
「ええっと、はい、ミオは式野未織です。あなたは高瀬さん、で合ってますか?」
 とりあえず尋ねてみれば、少年はほっとした様子で笑みを浮かべた。
「はい。高瀬瑞貴って言います。……今日は、来てくださって有難うございます」
 そう言って頭を下げる瑞貴に、未織は慌てる。そんな風にお礼を言ってもらうようなことをしたつもりはないのだ。
「あ、頭上げてくださいっ! せっかくですし、あんまり固くならないで楽しく行きましょう!」
 わたわたと意味なく手を左右に振りながらの未織の言葉に、瑞貴は数秒瞬いて、ふっと微笑む。
「――そうだね。よろしく、式野さん」
 口調をやわらかいものに変えた瑞貴に、未織はとびっきりの笑顔を向けて応えた。
「こちらこそよろしくです、高瀬さん!」

◇ ◆ ◇

「えっとですね、行くところはミオが決めていいって言われたので、一応考えてみたんです」
 歩きながら、未織は瑞貴に向かって言う。瑞貴はやわらかく笑んだまま、言葉の先を促した。
「まずは街をぶらりと歩きましょう! ミオ動物とか好きなので、ペットショップとか行くのもどうかなって思ったんですけど…」
「動物か……いいね。以前の『僕』は動物が好きだったのか、いろんな動物の写真が家にあったんだ。小動物とかって可愛いよね」
「じゃあ、とりあえずペットショップを目指しながらぶらぶらしましょう!」
 そういうわけで、他愛のない話をしながら未織一押しのペットショップへと向かう。
 その間に様々な話をして、瑞貴の『記憶が一日しかもたない』という話を少しだけ詳しく知った。
 原因不明の病気らしく、治療法はないこと。
 日常生活に必要な知識などはあるが、『自分』に関する記憶がない――一般に『思い出』とされるものだけが記憶から抜け落ちているらしいこと。
(ミオに治せたらいいのに……)
 そう思うものの、未織にそんな力はない。自分が無力であることが悔しくて歯がゆいけれど、それを表に出すことはしない。せっかくこうして会っているのに、暗い顔をするのはいけないことだと思うからだ。
 そうこうしているうちに、一応の目的地であるペットショップへと辿り着いた。
 顔なじみの店員さんに挨拶しながら店内へと入る。
「わんちゃん猫ちゃん可愛いですー!」
「色々な種類がいるんだね。みんな元気があってかわいいなぁ」
 動物達を目の前にして少し興奮気味の未織と、幸せそうに表情を緩ませる瑞貴。
 どうやら瑞貴は小動物――特にハムスターなどの手乗りサイズの動物が好きらしい。それらのケージの前では他の動物を見る特よりも数段幸せそうな顔だった。
 瑞貴も楽しんでくれていることが分かって、ちょっぴり嬉しい気分になる未織だった。

◇ ◆ ◇

 思いっきり動物達を堪能した後は、またぶらぶらと街を散策する。
 目に付いた雑貨屋さんに入ってみたり、目に入るものに対しての瑞貴の疑問に未織が答えたり。
 明確な目的地などないので、必然的に結構な距離を歩き続けることになる。
 未織と談笑していた瑞貴が、ふと近くに見えたコンビニに目を留めて口を開いた。
「何か飲み物でも飲む? 結構歩いたし、少し休憩でも――」
「あ、それだったら、喫茶店に寄りませんか? 凄くお洒落でケーキの美味しい喫茶店知ってるんです」
「喫茶店? そうだね、話をするにも向いてるだろうし、そこで休憩しようか」
 そうして未織の案内で喫茶店へと向かう。
 洒落た雰囲気のその喫茶店は、未織がダウジングで見つけた知る人ぞ知る感じの名店である。
 ケーキのお値段も良心的で、かつ種類も豊富にある。
 思い思いに注文し、そしてそれを食べながら色々な話をする。
 未織の学校での話や、パティシエになるという夢のために日々頑張っていること。けれどどうしてかお菓子作りの腕はいまいちなのだということ。
 よく小学生に間違われるのだ、と少しむくれながら告げたときは、瑞貴は笑って「式野さん可愛いから」とフォローなのかよく分からない科白を言った。
 瑞貴も色々と話してくれた。
 朝起きて、自分が誰だか分からずに取り乱し、家族らしき人たちに宥められたこと。
 昨日の『自分』が今日の自分に宛てたらしい手紙を見て、ゴーストネットOFFに書き込みをしたこと。
 こうやって他人と過ごす何もかも新鮮で、楽しいということ――。
 美味しいケーキを間に挟んで、二人は尽きることのない話題に花を咲かせたのだった。

◇ ◆ ◇

「あれ、もうこんな時間だ」
「わわ、もう暗くなってきちゃいましたね」
 ふと時計を見た瑞貴が言い、未織が窓の外を見て声を上げる。
 思っていたよりも話し込んでしまっていたらしく、外はもう夕景色に変わっていた。
「それじゃあ、この辺りでお開きにしようか。……今日は本当にありがとう。すごく楽しかったよ」
「ミオも楽しかったです。……あの、これ」
「え?」
 鞄の中を探って目的のものを取り出す。
 それは綺麗にラッピングされた、未織手作りのクッキーだった。
「ミオが作ったので、あんまり美味しくないかもですけど…どうぞ」
 そう言って差し出したそれを、瑞貴は笑顔で受け取った。
「ありがとう。帰ってから食べさせてもらうよ。……感想を言えないのが、心苦しいけど」
「そんなの気にしなくていいですよ。えっと、それじゃあ高瀬さん、また明日!」
 弾むような笑顔でそう告げると、瑞貴は戸惑いの表情を浮かべた。
「『また明日』、って…」
「……『一日だけのお友達』なんて、寂しいこと言わないでください。明日になってミオのこと忘れちゃっても、今日こうやってお友達になれたんだから、明日もお友達になれますよね? なら、また明日、お友達になりましょう。ミオ、明日もクッキー焼いてきます。今日よりはちょっとでも美味しくなってるように頑張りますよ、約束です!」
 ぐ、と握りこぶしを作って未織は言う。そんな未織に瑞貴は、泣きそうな、困ったような表情を向けた。
「でも僕は、式野さんのことを忘れてしまうんだよ? 交わした言葉も、一緒に見た景色も、何もかも。それでも『また』友達になろうって、言うの? 多分、『忘れられる』っていうのは、『忘れる』方よりも辛いと思うよ……?」
「それでも、です! 忘れちゃうとしても、ミオは覚えてます。こうやって一緒に過ごしたことが全部、ゼロになるんじゃないと思うから。だから、また明日も友達になりましょうね!」
 それでも退く様子のない未織に、瑞貴はうろうろと視線を彷徨わせて。
「………それなら、僕は明日の『僕』に手紙を書くよ。今日のことと、このクッキーの感想と、また、君と会うようにって書いた、手紙。明日の『僕』に、よろしくね」
 どこか泣きそうに笑ってそう言った瑞貴に、未織は力強く頷いたのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7321/式野・未織(しきの・みおり)/女性/15歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、式野様。ライターの遊月と申します。
 「One day's memory」にご参加くださりありがとうございました。
 お届けが大変遅くなりまして、申し訳ありませんでした…。

 『また明日』という約束は、すごく素敵だと思います。『繋がり続ける』ことを選んでもらえたのは、瑞貴にとっても凄く嬉しいことだったんじゃないかな、と。
 ヤマもオチもない、ほのぼのしたノベルですが、楽しんでいただければ幸いです。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。