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<東京怪談・PCゲームノベル>


キミの夢を聞かせてくれ



1.
 未織はここしばらくひとつの悩みを抱えていた。
 だが、そのことを周囲の者に話してもあまり深く受け取られることはない。
 それは、未織の抱えている悩みが夢に由来しているからということが大きいのだろう。
 毎日のように同じ夢を見る。楽しいものならば悩みはしないが、その中身は些か未織には不気味に思えるものだった。
 しかし、この悩みを真面目に聞いてくれる者はといえばほとんどいない。
 悩みがあると言ったときは何事かという顔で話を聞いてくれた者たちも、夢という単語が出た瞬間になんだという表情に変わり、ただの夢なんだから気にするなとアドバイスをくれるのが精々だ。
 たかが夢、他の者にしてみれば未織の悩みなどその程度にしか思われないのかと考えると未織は少し寂しい気持ちになることもあるが、もし自分が逆の立場だったならきっと同じようなことを言うのかもしれないと思えばそれ以上その悩みについて彼らに訴えることをする気にはなれない。
 今朝もその夢を見たためか、あまり気分が優れないまま登校し、親しい友人と一緒に帰る気にもなれなかった未織はひとり帰路についていた。
 歩きながら、未織は時折無意識に首に手を当てていたが、そのことには未織自身も気付いていない。
 今日も眠ったらあの夢を見るかもしれない、そう考えると憂鬱な気分になる。
 はぁ、と息を吐いていつもと同じ道を歩きながら家へと向かう……向かっているはずだった。
「……あれ?」
 だが、微かな違和感を覚えて顔を上げた未織はそのまま首を傾げる仕草をした。
 いつもと同じ道を歩いていたはずなのに、いつの間にかまったく見覚えのない道を歩いている。
 周囲を見渡しても記憶にあるような建物は見当たらない。そもそも道は一本筋だ、間違えようがない。
(ダウジングもしてないのに、なんで?)
 未織は、奇妙なことが起こっている場所があると知ったとき、その場所へ辿りつくためのダウジングを行うことができ、そのお陰で見知らぬ土地でも目的の場所へたどり着くことができる。
 だが、いまはダウジングなど行っていないし、奇妙なことといえば他でもない自分自身に振りかかっていることくらいしか未織は知らない。
 引き返そうかとも考えた未織だが、ひとつの可能性が頭を過ぎりそのまま先へ進むことにした。
 ダウジングを行っているときもだが、その能力は決して強力とはいえず、目的地とは無関係のことを考えているとそちらへ引きずられてしまう場合も少なくはない。
 ならば、もしかするといまも未織が考えていたことに関わる何かに呼ばれたのかもしれない。
 この場合、当てはまるのはひとつだけだ。
 仮に危険なことが起こったとしても、自分で制御はできないが身を守る術もある。
 そう考えながら歩いていた未織の目の前に、しばらくするとひとつの店が姿を現した。
 随分と古そうな雰囲気の、これは飲食店だろうか。
 まるで未織を待っていたように現れたその店の外見をしばらく見てから、未織はしばらく考え込むと意を決して扉に手をかけた。
 軋んだ音を立てながら扉が開き、店内へと入る。
 外から見たときも感じたが、随分と古い、そして静かな店だった。
 音楽らしいものも何も流れておらず、外からの音も聞こえない。
 まるで外の世界と切り離されたような空間に戸惑っていた未織に対して、その声は投げかけられた。
「やぁ」
 その声がするまで、いることさえも気付かなかったところから不意に声がかけられ、慌てて振り返ればカウンタの隅の席にひとりの男が座っていた。
 全身黒尽くめ、顔は三十代といったところだろうか。
「いらっしゃい」
「あ、あの……お店の人ですか?」
 警戒したように未織がそう尋ねると、男は何がおかしいのかくつくつと笑いながら口を開いた。
「僕はただの客さ。そんなことより……」
 男はそこで一旦言葉を区切り、笑いながらまた言葉を続けた。
「キミ、最近おもしろい夢を見たんじゃないかい?」
 その言葉に、未織は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、その反応にも男は愉快そうに笑う。
「なに、夢占いをしようというんじゃないんだ。ただ、変わった夢というものに興味があってね。そして、それが悪夢であるのなら、ますます僕は興味を持つね」
 どうやらこの男、少々性格が悪いのかもしれない。
「まぁ、ひょっとすると、その夢のせいでキミがいま困っているのだったら僕に手伝えることがあるかもしれないしね」
 そこまで言ってから、男はグラスをカウンタに置き、吸い込まれそうな赤い目でじっと見つめてきた。
「さぁ、キミの夢を聞かせてくれないかな」
 その目と何処か人を馬鹿にしたような笑みに引き込まれるように、未織はいま自分を悩ませている夢のことを話し始めた。


2.
「ミオ、最近毎日のように悪夢を見るんです。場所は大きなお城で、ミオはそこでお菓子作り専門のメイドさんになっているんです」
「実際にキミは菓子作りが好きなのかい?」
「あ、はい。でも、味はいまいちで……夢の中でもそれは変わらないんです」
 勧められるままテーブル席に腰掛け、男から差し出された紅茶を飲みながら未織は夢の話をとつとつと話して聞かせていた。
 男はその内容を口元には馬鹿にするような笑みを浮かべてはいるものの、内容自体には興味を持って聞いているという態度をとっている。
「菓子作り専門のメイドなのに、それがいまいちのというのはいただけないね」
 くつくつと笑いながらそう言われたことに軽くむっとしながら、しかし未織は言葉を続けた。
「はい、それでミオがお菓子を作ってるお城の人たちにも怒られちゃうんです」
 しかも、と未織はそこで息を吐く。
「お前はお菓子作りに向いてない、首を切れ! っていつも最後に言われるんです」
「それは随分と乱暴なことだ」
「それで、最後にはそのままほんとに首を切られちゃうんです!」
 未織の言葉に、男は驚いたような仕草をしてみせる。
「いつも処刑されてしまうわけかい?」
「見始めた頃は、刀を持った甲冑を着た人が現れてこのままミオは首を切られて死んじゃうんだって思ったところで目が覚めてたんです」
「ということは、変わってきてるわけだね? キミが見ている夢は」
 先を促すような男の言葉に、未織はこくりと頷いた。
「前は刀が振り下ろされそうになったところまでだったんです。でも、今日なんか刀が振り下ろされてしばらくしてからやっと目が覚めたんです」
 その感触を思い出したのか、未織は不安げな顔をしてそっと首筋に手を当てた。
 だが、男のほうはといえばそんな未織の反応には何も言わず、何かを考えるような顔をしている。
「振り下ろされてからもしばらく夢を見たままだったんだね?」
「はい」
「じゃあ、そのときのキミは首を切り落とされて死んでいたということになるのかな」
「……そうかもしれません」
 夢の中でとはいえ自分の死を体験するということは気分の良いものではない。まして、罪人のように首を切られてなど。
 そこまで聞き終え、男はふむとまた考え込むような顔をしていたが、その表情が真剣に考えているのかどうかは未織には判断が付きかねた。
「首を切られた後、キミがどうしていたかはわからないのかな。例えば、離れた胴を見上げていたとか」
「そ、そんな怖い夢見たくないです!」
 言われた未織の気持ちを気にとめるでもなくさらりとそんな不気味なことを尋ねた男に、未織は大きく首を振った。
「でも、このまま夢を見たらミオはどうなるんでしょう……その、いま言ったみたいな夢を見ちゃったらミオはほんとに死んじゃうんでしょうか」
 普段ならば此処までの不安を口にすることはない。そんなことを言っても「たかが夢で」と笑われてしまうか呆れられるだけだからだ。
 しかし、実際にそれを見ている未織にとってはその不安は至極真剣なものだった。それだけ、夢の中でのやり取りが生々しいせいでもある。
 男はその言葉を馬鹿にするでもなく聞き、もう一度ふむと考える仕草をして見せた。
「城の人々は本当に菓子を所望なのかい?」
「え?」
 唐突な問いに、未織は意味を理解するのに時間がかかってしまった。
 男の口振りでは、まるで城の人々は菓子など望んでいないかのように聞こえる。
「だって、ミオはお菓子作りのためにいるメイドですよ?」
「けれど、腕はいまいちだというじゃないか」
 馬鹿にするようにそう言われ、未織はまた僅かにむっとしたが実際そうなので反論できない。
「菓子作りに向いていないというだけで首を切るというのがどうも乱暴な気がしてね。まるでおとぎ話の女王だ」
「でも、ミオはそのためにお城にいるんですから……」
「本当に、そのためにいるのかな?」
 男の問いにますます未織は頭の中が混乱してきそうになる。
「じゃあ、ミオはなんでお城にいるんだと思うんです?」
 逆にそう尋ねてみれば、男はくつりと笑いながら未織を見た。
「首を切られるためにかもしれないぜ?」
「な、なんでそんなの!」
 わけがわからない男の答えに、未織は叫ぶようにそう反論しても男は意地の悪い笑みを浮かべたままだ。
「ふむ、これはひとつ、本人たちに聞くのが手っ取り早いかもしれないね」
「え?」
 独り言のような男の言葉につい未織が尋ねても、男は意地の悪い笑みを消すこともなくまた未織の問いに答えることもせず口を開いた。
「どうやら、これは此処で話を聞いているだけでは問題は解決しなさそうだ。今日はこのまま家に帰りたまえ」
「え? え?」
 突然そんなことを言われてもどうしたら良いのかわからない未織をよそに、男は扉に手をかけそれを開いた。
「え、ちょっと、あの……ミオは結局どうしたら良いんです? どうなっちゃうんです?」
 帰れと言わんばかりの行動に慌てて未織がそう言っても男は気にする風でもない。
「今日のところは家に帰って休むといい。なに、話を聞くだけ聞いて放っておくようなことはしないよ」
 そうは言ってもではどうしてくれるのかということを一切言わないまま男は用件は済んだとばかりにわざとらしく会釈をしてみせた。
 しかし、その後に良い夢を、と付け加えたのは悪ふざけにしてもタチが悪い。
 そんな台詞を聞かされたせいもあって、結局それ以上食い下がる気にもなれず未織は店を後にすることになった。


3.
 目を閉じてしばらくすると、未織は城の中にいた。
(あぁ、ミオ寝ちゃったんだ)
 繰り返し見る夢のせいで眠ることにも躊躇いを覚えてはいるものの睡魔には勝てず普段どおり眠ってしまったのだということを、夢の中で未織はぼんやりと考えた。
 だが、その考えは長く続かない。
「おい、何をぼんやりしてるんだ、さっさと菓子を作らないか!」
 怒鳴るような声に慌てて振り向けばやはり夢の中でいつも未織の菓子を酷評する人々がそこにいた。
「は、はい!」
 慌てて未織は菓子作りを始める。その様子を他の人々はじっと見ていた。
(これでまたいまいちって言われたら今日も首を切られちゃうのかな。あの男の人が言ったみたいなのを見たらどうしよう……)
 作りながら、ふと帰宅途中に遭遇したあの奇妙な店とあまり好感の持てない男とのやり取りを思い出したが、菓子作りの手を休めるわけにはいかない。
 いつものように菓子を作り、城に住む王家の人々へと恐る恐る差し出す。
 今日こそは違いますようにと願ったことも空しく、彼らの反応はいつもと変わらないものだった。
「いまいちね」
「まったくお前は菓子作りに本当に向いていないな」
 自分でもいまいちだとは思っているもののそれほど不味いと言われなければならないようなものだろうかと思っている間もなく、ひとりの従者が未織の腕を掴み何処かへと連れて行こうとする。
 連れて行かれる先もいつもと変わらず、そこに立っている者の姿も見覚えのあるものだ。
 甲冑を着込み、刀を持った処刑人。
(今日も首を切られちゃうの? いつもと同じなの? 今度こそこのまま死んじゃうの?!)
 心の中でいくら叫んでも、夢の風景はいつものように処刑の準備が淡々と進められる。
 このままではまた同じことの繰り返しだ。
 ゆっくりと刀を持ち甲冑を着込んだ処刑人が振り上げ、そして寸分違わず未織の首へと振り下ろす。
 鈍い音と、ごろんと自分の首が床に転がる音が未織の耳にも届く。
 と、そこで異変が起こった。
 転がった未織の首を、誰かが抱えあげたのだ。
「……え?」
 思わずそう呟いた未織の耳に届いたのは今日聞いたばかりの声だった。
「やぁ、見事に首を刎ねられたね」
 にやにやと笑いながらそう話しかけているのはあの奇妙な店で話をした男だ。
「どうして?」
「僕がいるのかって? まぁ、それはあまり気にしなくても良いんじゃないかな。どうせこれは夢なんだからね」
 くつくつと笑いながら男はそう言うと、すっとある方向を指差した。
「あれが見えるだろう?」
 その先の光景を、未織は無論だが初めて見た。
 城の人々が未織の処刑された場所へと集まり、その胴から流れる血を嬉しそうに啜っている。
 その異常な姿に、未織のいまは切り離されているはずなのに背中に冷たいものが走るのを感じた。
「あれが、彼らの目的だったというわけだ。どうやら、彼らは菓子よりもあちらのほうがお好みらしい」
 愉快そうに笑いながら男がそう言っている間も、彼らは競うように血を飲みながら何やら話している。
「やはり子供の血が一番おいしいわね」
 その中のひとりがそう言ったのを未織は聞き逃さなかった。
「ミオは高校生よ、子供じゃないわ!」
 途端、人々の目がこちらを向いた。
「あら、首が喋ったわ」
「気付かれたようだな」
 襲い掛かるでもなく彼らはそう首だけになった未織に向かって話しかけてくる。
「ひどいわ、いつもこうしてミオの血を飲んでたの? 頑張って作ってたお菓子は最初から食べる気なんかなかったの?」
 自分の腕が未熟だということは未織は知っていたが、それでも美味しい菓子を食べてもらいたいと夢の中でも懸命に作っていたというのに、彼らは最初からそれを味わう気などなかったのだと知ったことは未織にはとても悲しいことだった。
 その気持ちは通じたのだろうか、彼らはお互い顔を見合わせてから未織に話しかけた。
「ばれてしまったのなら仕方がない。もう、お前の夢に現れるのはやめておこう」
「貴方の血はおいしかったのだけど、もう騙されてはくれなさそうだものね」
 形だけの謝罪は意味がないと思ってのことなのか、彼らはそんな言葉だけを口にすると暗闇に溶けていった。
 残されたのはいまだ首だけになっている未織と男だけだ。
「これでキミが理不尽なことで首を刎ねられることはなくなるだろうね」
 いいながら、男はゆっくりと未織の胴へと近付き丁寧に首を元の位置に戻した。
 途端、身体は元に戻り、未織はその場から起き上がった。
「あの人たちはなんだったんですか? ミオが作った夢の人物じゃないんですか?」
「さて、普通血を啜るものは吸血鬼と呼ばれるようだけれど、彼らもその一種なのかもしれないね。それにキミは巻き込まれていたということかな」
 どうやらキミは強い意志に引きずられやすいらしいからねと付け加えた男の口元には相変わらず笑みが浮かんでいる。
「タネがばれた以上、彼らはもうキミに関わらないだろう。つまり、キミがこの夢を見ることももうないわけだ。これでゆっくりと休めるね」
 それだけ言うと男も先程の彼ら同様暗闇のほうへと向かっていくのを未織は慌てて止めた。
「あの、どうして夢にあなたが出てきたの? これも全部夢なの?」
 その問いには答えず、男はくつりと意地の悪い笑みを未織に向けた後暗闇へと消えていった。
 見送りながらひとり取り残された未織もまた、意識が遠退くのを感じていた。どうやら、夢から醒めるときがきたのだろう。
 以来、男の言葉通り未織がその夢を見ることは二度となかった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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7321 / 式野・未織 / 女性 / 15歳 / 高校生
NPC / 黒川夢人

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■         ライター通信                    ■
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式野・未織様

初めまして。ライターの蒼井敬と申します。
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
お城でお菓子作りをしており、いつも向いていないと首を刎ねられてしまうというものと、城の人々が吸血鬼であるということを組み合わせてこのような形を取らせていただきましたが、お気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝