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<WhiteChristmas・恋人達の物語>


聖夜


 喧嘩をして、家を飛び出したのが暫く前。
 おかげでこの寒空の下を一人あてもなく歩き回る羽目になった上に、急いでいたから携帯と財布ぐらいしか持ってこなかったし、上着もこの時期に対応し切れているとは言い難い。
 それ以上にこの時期特有の、どこを見てもクリスマス一色の光景をみていると頭痛すらしてきた。木に飾られている電飾はちっとも暖かくないし、そこかしこの店で売られているケーキは特に飛び出してきた理由を嫌でも思いださせてくれる。
 事の発端は、北斗が買ってきたケーキにあった。
 黙って予約していたのは、真っ白な生クリームたっぷりのケーキ。どうしてよりによってと思わずにいられなかったし、一言の断りもなくとも思わずにも居られない。
 少なくとも前者は好みを知っていれば避けてくれても良さそうな物ではあったし、後者に至っては論外だ。
 二人で食べるにしては大きいサイズは、時期的に何割増しだと考えるだけで腹が立ってくる。
 よもやとは思うが全部解っているのではないか?
 生クリームが食べれないと俺が言うのを待っていて、じゃあそれなら仕方ないなとか言いつつ全部食べる気なのだ。あのサイズだって北斗の胃にならきれいに収まるだろう。
 そうだ、きっとそう違いない!
「……」
 北斗のことだから深く考えて行動しなかった、と言う思考が頭をかすめたが……すぐにそんな意見は頭から追い出す。
 どのみち殴って飛び出して来たのだから、戻るわけにはいかない。
 溜息をついてからさらに歩く速度を速めようとした矢先、唐突に携帯電話が鳴り出した。
 驚いて取り落としそうになった携帯を握り直し、液晶画面に視線を落とすが表示されたのは北斗の名ではなかった。ほっとしたような肩すかしを食らったような……そんなどちらとも付かぬ感情のまま応答する。
「何だ……」
 不機嫌だったかと気づかれてしまったかと思ったが、こちらの事情など知らない電話の向こうの相手は、普段と変わらぬ声で告げてきた。
 今からこっちに来ませんか、と。



「何かと思ったら……こういう事か」
 山積みになった書類に囲まれて実に忙しそうだった。見るにみかねて自ら手伝いを申し出たのだが、それでも終わる気配を微塵も感じさせないほどである。
 寒い中、目的もなく歩いているよりは良いか程度の考えで来てしまっただけに、自分がここにいていいのか気になって来た。
 実際にキーを叩く音は夜倉木の方がずっと早かったし、家でのことがあっただけに集中が出来て居るとも言い難い。
「いえ、助かります。忙しい時期だと解っていましたが、ここまでとは……」
 深々とため息を付き、椅子の背もたれに体を預け前髪を後ろへと掻き上げる。そんな一連の動作はとても解りやすく、何となく珍しい物をみたような気さえする。
「ん……疲れてるな」
「序の口ですよ、一月に入るまではこんな状態ですから」
「なら……俺と話すよりも、休んだ方が良いんじゃないか?」
 考えてみれば三つの仕事が同時進行だ。まずはアトラスの年末進行。次に忙しい時期に便乗して起きている事件の対策でIO2も忙しくなる。そして夜倉木の一族も人の注意が散漫になりがちな時期に併せて行動するというのだから……。
 このような惨状にもなるという物だ。
 今の調子だと三つ揃って共倒れになりかねない。前と同じく無理矢理にでも仮眠を取らせるべきだと椅子から立ち上がり、背後まで近づいたのだがそれよりも早く思いもよらぬ方法で阻止されてしまう。 
「要するに気力の問題なんです」
「……?」
「体力は相当持つんです、短時間でも寝ればかなり回復しますから。問題はやはり精神面の疲労ですね」
 楽しげに話す様子に、背もたれへと伸ばしかけていた手を止めてしまう。回りくどい言い方流されているとは思ったが、こんな所で話を切られては解らないままになってしまうとつい先を促してしまった。
「つまり?」
「ここに啓斗が居て、仕事を手伝ったり話し相手になってくれたら上手く行くって事です」
 訂正、聞くんじゃなかった。
 さらりと苦もなく言ってのけられた内容に軽くこめかみを押さえどうするかを考える。
 今から何か言い返すのもタイミングを逃してしまった気がする。無言のまま出した答えはいくつかあったが実行に移せたのはたった一つだった。
「……やっぱり休め、疲れてるんだろ。まともに思考が動いてない」
「そう来ますか、俺はきわめて正常です」
 これはと思った嫌みにすら喉を鳴らすように笑われただけだった、ちっとも効いていない相手にどう返した物かとため息を付く。次はどうしようかと考えることが出来たのは、ほんの短い間だけだった。
 静かな部屋に鳴り響いた携帯の着信音にぎょっと身をすくませる。
 どうやらマナーモードに切り替え忘れていたらしい、町中とは違いここではとても大きな音で、頭が真っ白になりかけた程だった。
 相手が誰かを念のためだけに確認し、予想通りの相手からだと確認してからそのまま無視をする。
「出ないんですか?」
「いい」
「何かありました?」
「別に……」
 嘘だ。
 きっと声にも顔にも態度にも出てしまっている。
 すぐにばれるだろうとしても、付かずには居られない嘘だった。
 放っておいてくれたらいいのに、こんな時に限って人が言っても中断しなかった仕事の手を止めている。
「ここに呼んだときも、少し不機嫌でしたよね」
「……?」
「すこし休憩にしますか」
 椅子の背もたれを小さく軋ませながら立ち上がり、促されるまま部屋を後にした。



 場所をロビーに変え、事の発端からここに来るまでの間を話す間、相槌を打つ以外は口を挟むことはせずに、じっとこっちの方を見て話を聞いていた。
 ケーキを勝手に予約した事。喧嘩になった事。殴って飛び出してきた事。外はとても寒かった事。
「あとは、電話があったからここに来た」
「なるほど……」
 どれを話しているときも、等しく真剣に話を聞いてくれているのは良く解る。
 そのお陰でぶつ切れの単語のようにしか説明でき無かった上に、気づけばあっさりと話し終えてしまっていた。
 色々話し損ねた気がしたものの、夜倉木が知っているところと繋がってしまったのだから、今更自らの意思だけで巻き戻して話す気になれない。
 後はもう夜倉木から何言うまで何も言わないままで居よう。
 そう決意はしたものの、頷いたきり何かを考え込む仕草のまま数秒が経過する。感覚的な物に過ぎないから、もっと短かった可能性すらある。つまりは決意もむなしく、簡単に沈黙と視線に耐えきれず長椅子から立ち上がり自販機へと足を向けた。
「それで電話をかけてきたと」
「ああ。やる……この時期だからな」
 小銭を投入し、缶コーヒーを買い夜倉木の方へと投げて渡す。
「プレゼントですか、ありがとうございます」
 当たり前のように受け取るのを見届けてから同じ物をもう一つ購入し、元居た場所へと戻って腰掛け中の液体を喉の奥へと流し込む。ほっと全身に染み込む暖かさに思ったよりも喉が渇いていたのだと今更のように気づかされた。
「質問しても?」
「ん?」
「どう判断するにせよ、まだ肝心なことを聞いていません」
 一体何を言うつもりなのだろう。
 こういうときは決まってあまり指摘されたくないことばかり言ってくるのだから、警戒するのは当然の行動だった。
 コーヒーを飲む手を休め視線だけで先を促すと警戒を溶こうとするかのように少しだけ笑いかけてきたが、それが返って緊張させられてしまった気さえする。
「啓斗は、どうしたいですか?」
「………」
 思った通り、答えにくい問いだった。
 どうしたいか?
 その答えが出ないからこんな状況になっているのに。
「質問を変えます、話しそこねていることはありませんか?」
「え……」
「怒っているだけならそんな顔はしませんよ、もっと他に……思うところがあるから悩んで居るんじゃないですか?」
 はっきり指摘できるほど、解りやすい行動を取っていたのだろうか?
 いや、今はそれよりも先に言われたことを考えてみる。こうしてコーヒーを飲んで考えてみれば、頭の中に合った引っかかりが形をなしてくる。飛び出してからここに来るまでの間にも、うすうす感じていた違和感の正体。
 本当は解っている、ただ認めたくなかっだたけに過ぎない事なんて。
「何があったかは口に出したくなければそれで構いませんよ、自覚の問題ですから」
 思い出したように付け加えた言葉に少しだけほっとしたものの、それで何かが変わったわけでもない。ここでこうしている分には楽になったかもしれないが、飛び出す切っ掛けになったことは何の変化ももたらしていないのだから。
 当たり前だが過去は変えられない。
「でも……殴ったし」
「それこそ大したことじゃないと思いますが」
「……そうか?」
 きっと北斗は怒っている。不安に駆られながら俯くとすっと手元に差し出される携帯電話。
 紛れもなく自分の物だ。マナーモードに切り替わっていて、何度か電話やメールがあったと画面が表示し伝えてくれている。
 何時の間に盗られていたのか?
 チャンスはいつでもあっただろう、他のことで色々頭を悩ませていたときなら何時だって。
「―――っ!?」
「保証しますよ。これは、合って話をすればすぐに解決することです」
 睨もうと顔を上げると自信たっぷりに言い切られ、横に置きかけていた問題をあっさりと目の前に戻されてしまった。
 なんだか腑に落ちないが、確かに話はするべきだろう。
 それも出来るだけ早い内に、急がなければまた思考がループし行動できなくなってしまう。
「どうします?」
「……行ってくる。でも、そうすると夜倉木は?」
「構いませんよ、ここに戻ってきてくれさえすれば」
 なんだかさらりと条件を付けられた気はしたが、一人でほおっておけば間違いなく無茶をする。
 元から選択の余地はないようだった。
「ん、わかった」
「外は寒いですから上着を貸します、すぐに戻るから待っててください」
 急いで部屋に向かい、宣言通りに数秒とかからない内に黒いコートを片手に戻ってきた。肩にかけられたコートに袖を通し、ダブついた肩の位置を調節する。
 サイズは……体格差はある物の、身長差はそう変わらないからちょうどいい。
「それからこれも、クリスマスですからね」
 コーヒーを渡すときに言えなかった台詞をあっさりと言いながら、首に巻いてきたのは新しい焦げ茶色のマフラーだった。
「ありがとう……」
「いえ、これを渡すのも目的の一つでしたから」
 なぜだか暖かくなった頬を軽く手の甲でこすってから顔を上げる。
 これなら寒くないし、向かう間に時間が空いても大丈夫だ。
「それじゃあ」
 数歩進みかけてから振り返れば。思った通りまだこちらを見てくれていた。
 こういう風になら、想像通りにことが運ぶのも悪くない。
 深く深呼吸をしてから真っ直ぐに背筋を伸ばし、頭と思考をしっかり覚醒させる。
 それからもう一つ。
「すまないな、いつも感謝してる」
 出来る限り感謝を伝えられるように笑いかけてから、今やるべき事はやったと迷い無くその場を後にした。



 姿が見えなくなるまで見送ってから自分の携帯を取りだし電話をかける。
『―――っ、はい!』
 よほど急いでいたのか、ワンコールしない内に応答があった。相手が誰かを確認していないのも明白だ、そうでもなければこんなに焦ったような声は出さないだろう。
 敵に塩を送るようで迷ったのだが、それ以上に啓斗に悩んでいることがあるなら解消したいが為に選んだ選択肢だ。
 悔しいが後悔はしていない。
 だからこれはささやかな仕返しだ。
「貸し一つです、せいぜい上手くやってください」
『なっ、お前夜倉木―――……』
 言いたいことを言ってから電話を切り、未だに山積みになっている仕事を溜息一つ付いてから再会する。
 きっと上手く行く。
 それぐらい保証されてて良いだろう、今日はクリスマスなのだから。

 

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【NPC0583 / 夜倉木 有悟 / 男性 / 28歳 / 編集部+IO2勤務(処理三課)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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久しぶりの窓開けでしたが発注ありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。