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<東京怪談・PCゲームノベル>


IF 〜石油〜


 多人数が同じ場にいて、まったく同じ行動、思考を取る機会というのはあまり存在しないだろう。
 仕事で忙しいときですら、目的は同じでも分担された行動は別物なのだから。
 どう思考をこねくり回したところで結果は同じだ。ここにいる全員揃って熱の消えていくストーブをぐるりと取り囲み、死者でも看取るかのような表情で中央の真鍮から赤みが消えていく光景を眺めていた。
 中にはこのままではそう遠くない内に看取られる側になる、そう思った者が居るかは定かではないが……そうなりかねないのもまた事実。
 室内を包み込んで居た暖かさは時間と共に薄れ、入れ替わるように外の冷気が背中やふくらはぎに辿り着きつつある。
 事実だけを端的にまとめるのならそれはとても簡単なことだ。
 唯一の暖房器具であるストーブの燃料である灯油を使い切ってしまった、ただそれだけの事。
 ついでに言うならこの時期はとても寒い。
 寒さに強いあやこなら薄着をしたり素足をさらしたところで何の苦もなく耐えられるが、部下達はそうはいかなかった。
 現在進行形でストーブを見つめていた目の数々はバラ付きこそあれど例外なくあやこに集まりつつある。
「私を見ても暖かくならないわよ」
 ストーブの上にかざしていた手は何の意味も持たなくなってしまった。変わりに部下達の視線を遮るように顔の側で手を振り、集まっている視線を遮るが……意味がないのはあやこが一番良く解っている。
「解ってます、解ってますけど」
「……ねぇ?」
「どうしようか……」
 当たり前のことを言ったに過ぎないが、それで誰かを納得させられる訳でもない上に、反対に視線を集めるだけにしかならない。
 軽く髪を掻き上げ、導き出した答えは一つしかなかった。
「いいわ、私が買ってくる」
 分かり切っていたことだが寒さに強いあやこが一番の適任者だし、他に誰も行かないのなら選択肢すらない。
 これ以上仕事を遅れさせる訳にはいかないのだから。



 外の冷気が中に入り込まないように素早く扉を開け閉めし、凍てつく寒さの中で大きく背伸びをしてから歩き出す。
 長時間体を動かしていなかった所為か手足の関節が音を立て、心なしか気分も良くなった所で軽く地を蹴り歩き出す。
 目的は部下達が凍える前に灯油を手に入れて帰ることだが、足りない物を買い足すぐらいの猶予はあるだろう。
 スピーカーから流れてくるラジオ放送を聞き流しながら灯油の売っている店を探し歩く。
 一軒目と二軒目では案の定売り切れだと言われた。
 三軒目も同じ台詞を返され、軽く落ち込む。
 簡単に手に入らないだろうと予想はしていたが、こんなに酷いとは思わなかった。
 極一部の人が買い漁り、誰にも解らない様に倉庫にでも貯め込んでいるかのかもしれない。何しろこの国は少なくなったと聞いた途端に注目し始めるのが得意なのだから。
 四軒目、人目に付かなそうな店を見つけて駄目元で効いてみる。
「石油ある?」
 店の奥から出てきた主は、あやこの頭のてっぺんから足下までを品定めでもするの様に眺めた後に頷いた。
「あるよ」
 どうやら何かに合格したらしい。
 財布の重さか何かだろうか?
 だとしたら出かけるに相応しい格好をしてきて本当に良かった。簡単に手にはいるか解らない石油をそんなつまらない理由で逃したくはない。
 普段から身だしなみに気をつける様にしていた事に感謝しながら主から提示された金額を見て、そんな取り留めない思考は一気に遙か彼方へ吹っ飛んだ。
「高い……!」
「仕方ない、今は戦争で手に入らないからな」
 物騒な単語を当たり前のように口にし、白い息を吐き出しつつ嘆いてみせる。
 そう、今あやこが居るこの国は、近くの国と戦争を始めるという実に馬鹿なことをしでかしていた。
 テレビや電気類に関しては節約だと言いだし始め、ここには居ない誰かの手によって使える時間が制限されている、その変わりに勝手に国が流しているラジオからは延々とその手の情報が流れ続け、いまではすっかり聞き飽きてしまった程だ。
 聞いている者の共通の意見をあげるとするなら、あのラジオ放送こそ無駄なことをしているでまとめてしまえるだろう。
 衣食住全てに関する必要な物の物価は跳ね上がり、誰に言えば解らないような不満を口にしながら家に閉じこもり寒さをしのいでいるのが現状だった。
 あやこのように気軽に外出出来る例は存在しているが、町中から人の気配が消えていたのもその所為に他ならない。
「……高い」
 同じ台詞を繰り返しながら、財布の中身を覗き込み中身と相談を開始する。
 天秤の片方に乗せられたのが十倍の値段に跳ね上がった石油なら、反対側は部下達の健康だ。
 答えは決まっている。
 ここで出し惜しみしたところで帰るに帰れない、ただ部下達にはもう少し厚着をしてストーブを使う時間を減らしてもらうことにしよう。
 その服すらも高くなっている可能性は大いに考えられたが、石油と違って消えて無くなる物ではないからと自分に言い聞かせて納得させておく。
「買うの? 買わないの?」
「引っ込めようとしないで、買うわ」
 上手く乗せられた気はするが仕方ない、財布から紙幣をまとめて抜き取り主の手に乗せ取引成立。
 見慣れた赤いポリタンクに石油が注がれるのを待つ間、主が独り言のように話しかけてきた。
「もし皆滅んだら誰が得をするのかねぇ」
 手元に視線を落としているのは石油をこぼさないようした為だろう。淡々と作業をしながらの言葉は、始めあやこに向けられたのだとは思わなかった程に空虚な物だった。
 だが他に誰もいないし、それきり黙り込んでこちらの反応を待っているかのようだったで何となく言葉を続けてみたい気はした物の、タイミングを逃してしまった。結局は上手い言葉も見つからず結局そのままになってしまう。
「終わったよ」
「ありがとう」
  他にも買い物をしていこうと思っていたけれど、予想より時間がかかってしまったから急いだ方が良さそうだ。
 簡単に礼を告げて店を後にし、元来た道を足早に引き返す。



 行きと違い、帰り道では耳に入ってくる音を頭の中に入ってくることを上手く拒否できなかった。
 店の主のの呟きを聞いてしまったからか、どうも色々な声が頭の中に残ってしまうようになっている。
 戦争のニュースを流す放送は淡々とした口調で被害を告げ、国内や他国の情勢を私情の交じった言葉で流し、最後に死者の数を大まかに告げてから、終了したのちに冒頭へ戻っては同じ内容を繰り返していた。
 都合のいいことしか話していないことは皆が知っているので、一日に一度聞けばそれ以降は雑音と変わらない程度の物でしかない。
 だが聞き流せば事足りるそれに、一部の暇な人間が過剰に反応してしまっているのも事実である。
 リピートする放送を打ち消すかのような大音量で街宣車が町を走り、大音量で戦争反対のテープを流すという実に燃料の無駄遣いとしか思えない行動を取っている者も居た。
 ラジオが邪魔だという思考は同意したいが、もっとましな手を使ってくれれば良いだろうに。
 第三者的な視点で見るのなら、ラジオもスピーカーからの声も酷い雑音でしかない。
「あー、もうっ!」
 頭を左右に振り、全ての音を振り払い道を変える。少し遠回りになってしまうがこの道を通るよりはいくらかましだ。
 人気の無い道を選ぶと、それはそれで色々な物を見てしまうが鼓膜を破壊しかねない音を聞かされるのだけは勘弁願いたいから諦めるしかない。
 見たくはないもの、それは……―――
 足下に寝ころんだまま、動かなくなってしまった人達。
 戦争が始まり、全員が元のままの暮らしを維持できる筈もなく、職や家を失った人達の大半がこの有様だ。それに比べればあやこやあやこの部下達はまだ運の良い方だ。
 その運が良いに分類される人達は、戦争が起きる前と後で見た目には大して変わらない生活を送っている。
 朝起きて食事を取り、テレビを見て仕事をする。
 それはあやこも例外ではなかった。
 戦争が起きたというの日常を送ることが出来るだなんて、もはや何時死ぬか解らないのに、それでもまだ人ごとに過ぎないと思えるのは冷静に考えれば異常極まりない。
 どれ程間近で何が起きようとも、実際に自分の見に降りかからなければ理解することなんて出来はしないのだ。
 ただおびえながら暮らしていても、時間の経過と共にそれすらも薄れていく。
 危険にすら慣らされてしまう性質。
「――――っ!?」
 一際強く側面を吹き付ける風に取り留め無く考えていた思考を止め、風のながれてきた方へと視線を移動させる。
 元は公園だった場所に、無造作に作られた墓。
 野ざらしには出来ないと思った誰かが埋めたのだろう、あやこがさっき見た誰かも、近いうちにここに埋められるに違いない。
 中央には枯れた木が一本だけ残っていて、寂しさだけを極限まで高めていた。
 ぼんやりと枯れた木を見ながら本当にこれで良いのだろうかと考えてみる。
 荒れ野や砂漠の地中深くに眠る太古の木。
 覚めるだろう事の無かった筈の太古の樹木が石油の元であり、生きていたのだ。帰り道で見た、動かなくなった人達と同じように生きていた。
 この差はなんだろう。
 どちらも命があったのに片や丁寧に……とは言い難いが息絶えたばかりの人間は埋められ、片や遠い昔に地中に埋まった木々は掘り起こされて燃やされる。
 一体誰にそんなことをする許可を与えられたというのだろう?
 もし彼らにも言葉や感情が人に理解できる形で存在していれば違ったのだろうか?
 誰の身勝手さに振り回されることもなく、今も地中で静かに眠ることが出来たのかもしれない。少なくとも、勝手に争い死んでいく生き物のために心地よい眠りを妨げられたい生き物など居るはずがないのだ。
「……あれ?」
 物思いにふけり、枯れた木を見て惚けていたから気づくのが遅れてしまったが、気づけばあれ程うるさく響いていた放送の音が聞こえなくなっている。
 何時からだろう。
 盲目的に互いの音を打ち消し合う事に熱中していたと言うのに、そう簡単に変わるとは思えなかった。
 氷のように澄んだ空気は何も伝えてくれはしないのだから、知りたければ自分の足で調べなければならないだろう。
 都合良くラジオが詳細を教えてくれるわけがないのだから。
 木と墓地に背を向け、ポリタンクをの取っ手を握り直す。
 それがあやこのとれた最後の行動で、そこから一歩も前へ進むことは出来なかった。
「…………!?」
 頭上から落ちてきた粘りけのある何か。
 確認することは出来なかった。気配無く落ちてきたそれは視界を奪い、全身を覆い尽くしていく。
 悲鳴の一つすらあげること出来なかった。
 まるで糸が切れたかのような唐突さで、何一つ理解できない内に意識は途切れ、消失する。



「……寒い」
「遅いねあやこさん」
「きっとすぐ帰ってくるよ」
「そうだね……仕事しようか」
 変わることのない日常が変わるのは、何時?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7061 / 藤田・あやこ / 女性 / 24歳 / IO2オカルティックサイエンティスト】

→もし戦争が起きていたら

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■         ライター通信          ■
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※注 パラレル設定です。
   本編とは関係ありません。
   くれぐれもこのノベルでイメージを固めたり
   こういう事があったんだなんて思わないようお願いします。

IF依頼、ありがとうございます。
もしもの世界、楽しんでいただけたでしょうか?
夢の中のような不安定さを感じていただけたら幸いです。