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<東京怪談・PCゲームノベル>


NEMUS ―trial and error― act.3



「んー……欠月のあの態度が気になるよな、やっぱ。怪しまれないための行動かもしくは別人か……操られているか」
 うんうん唸る梧北斗の独り言に、隣を歩く菊坂静は反応しない。
「普段の欠月なら、なんか反応しそうなもんだし……」
 それがなかったということは、バレたくないのか……それとも。
「本人に直接訊くのが早いけど、難しいよな……。ってことは、メイドさんとかに話を訊いてみるかな!」
 本当は、欠月そっくりのあの人物に話を訊きたいところだが……。
「僕は、欠月さんとそっくりだったあの人に、もう一度会おうと思います」
 ぼそりと、静が呟く。それを、視線だけで見る北斗。
「……お仕事の邪魔にならない……僕と話しても執事の方が怒られないように、話すタイミングに気をつければ……」
(……なんか、菊坂って泣きそうなんだけど……)
 つぅ、と北斗の頬に汗が伝う。
 静の目元は潤んでおり、いまにも泣きそうな表情だ。静の顔立ちはどちらかと言えば少女のほうに近いので、北斗は余計に居心地が悪くなる。
「だって……本当に、欠月さんに似ているんです……」
「ま、まぁなあ……。あいつのそっくりさん、ってそうそう居ないような気がするし」
 考えてみれば、欠月ほどの美貌の持ち主がひょいひょいそこらへんをウロついているわけがない。あれほどそっくりになるのは、整形しても難しいのではないかと思うほどだ。
「げ、元気出せよ! 欠月は見つかるって! あいつのことだから、絶対にピンピンしてるぜ!」
 ニカッと笑うものの、静は暗く沈んだままだ。あぅ、と北斗は洩らす。
「いや……えっと、じゃあ、見かけた人に声かけてみるか。欠月そっくりのヤツに会えたら、話し聞けそうだったらそうしようぜ」
「……はい」
 呟く静の消沈ぶりとは逆に、北斗は無理に元気を出すべく「よーし、やるぞー」と声をあげていた。



「う〜ん」
 と、呟いた染藤朔実はぽん、と掌を打つ。
「じゃあとりあえず部屋に戻ろっか!」
 ――と、いうわけで朔実と也沢閑の二人は自分たちが寝起きした部屋へと戻ることにした。
 ご飯も食べたし、話し掛けてきた少年にはウロつくなと言われた。だったらとりあえず部屋に戻ろうと思ったのである。
「お昼になったらまた呼んでくれるっしょ」
「そうだね」
 朔実の言葉に閑は頷く。
 閑は廊下を歩きつつ、考える。
 外から入ってきた自分たちと、元々中にいる……この館で暮らす人々の認識が違うのはなぜだろうか? 自分たちが廃屋に着いたのは昨日のことなのだが、屋敷の者たちにはそうではないらしい。まるで……もっと前から自分たちが客として滞在しているかのような態度。
「俺たちは」
 ぽつりと呟く閑を、朔実が見遣った。閑は自分の考えに没頭しているのか、朔実のほうを見ていない。
「『どんな』客なんだろう……」
「どんなって?」
 朔実が反応したので、閑はハッとして笑みを浮かべる。
「いや、なんだかはぐらされた感じだったから。俺たちはいつどこからなぜ来た客なのか、なぜ出て行かないのか……」
「うー」
 眉根を寄せる朔実に微笑んで、尋ねた。
「食事時にでも奥様かお嬢様に訊いてみたいんだけど、どっちに尋ねるほうがいいと思う?」
「どっち……。そーだね、え……ん?」
 いつもならば、二つの選択肢ならば絶対の予知が発揮されるというのに。
「んんん?」
 朔実は腕組みして首を傾げる。
「どうしたの、朔実」
「いっつもならパッと閃くんだけど……なんだろ。どっちに訊いても同じ答えしか返ってこないと思うよっ」
 どちらか、という選択肢を選ぶ余地がないということだ、それは。
 どちらか一方に訊けば答えが得られるわけではないのだろう。
 二つの道のどちらかを選ぶ時、迷いなく選ぶ朔実に完全に迷いが生じている。どちらを選んでも結果は同じなんて。
 より良い方向など、ないということか……もしくは、どちらも良い方向なのか。
(大差ないってこと……か。なら、話し掛け易いほうに訊いたほうがいいってことかな)
 そう結論を出し、二人は部屋のドアを開けた。



 館の中をウロつく静と北斗。二人はとりあえず目に付いた人に声をかけてみようということで、誰かいないかと探していた。
「こうしてみると、この屋敷ってでかいけど……裏方の人たちってやっぱり表にあんまり居ないというか」
 客人の目に余るような行動はしないようにしているのか、あまり見かけない。
 使用人たちは使用人たちで暮らす区画があるのだろうが、そこはどこだ?
 ちょうど通りかかったおさげ髪のメイドがいて、北斗は声をかける。
「こんにちはー」
「何かご用でしょうか?」
「いや、用っていうか……」
 北斗は頬を掻く。果たして、訊いても答えてくれるかどうか。
「あのっ、灰色の髪の執事の方はどちらに?」
 北斗を押し退ける勢いで静が身を乗り出して尋ねた。メイドの娘は少し瞬きし、微笑む。
「おそらくセラーにいるか、食器のチェックをしていると思いますよ」
 せらー? と、聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべている北斗と違い、静はなおも尋ねる。
「あの、会うことはできますか?」
「会う……。では、呼んできましょうか?」
「お願いします!」
 静の勢いに押されるように、娘は一礼してそこから足早に去ろうとする。そこを北斗が止めた。
「あの、一個だけ訊かしてください!」
「え? あ、はい」
「その……今から呼んでくる執事さん、いつ頃から働いてるんですか、ここで」
「いつ……」
 娘の瞳が、途端に生気を失ったように虚ろになる。電池が切れたように完全に停止したのは3秒ほど。瞬きをすると、すぐに快活な様子に戻った。
「ここではまだ新人ですね。いつっていうと、あんまり覚えてないですけど。彼と一緒にもう一人執事が入ってきたんですけど、すぐに仕事を覚えてくれて助かってます」
 にっこり微笑むと、今度こそ行ってしまった。
 残された二人は互いの顔を見合わせる。
「……なんか、今さ、ちょっと変じゃなかった?」
「ええ。微かですけど……」
 娘に呼ばれてすぐに執事がやってきた。
「お呼びでしょうか?」
 颯爽と現れた少年を前にすると、北斗と静は妙に緊張してしまう。やはりそっくりだ!
「あの……」
 静が俯き、もじもじした。
「あなたの『名前』を教えてもらっても構いませんか? でないと、うっかり……」
 呼びそうになる。「欠月さん」って。
 その言葉を呑み込んだ静の心情などに気づくこともなく、少年は微笑んだ。
「やはり誰かとお間違いになられているのでしょう。私は……」
 彼はそこで、瞳が虚ろになる。空中を呆けたように見つめ、3秒ほど固まった。眉根が寄せられ、それから視線が動く。静と北斗を見据え、何かを喋ろうと口を開……。
「奥様に許可なくお教えするわけにはいきません。申し訳ございません」
 にっこりと微笑んだ。何か違うことを言いかけたが、言葉をねじ伏せた感じが……した。
 妙だ、と静と北斗ははっきり思う。
「あの、あなたはいつからここに?」
 北斗の質問に対し、再び少年は動きが止まる。
「いつ……」
 ぼんやりと呟く少年は瞳に活力を戻らせてからにっこり笑った。
「1年ほど前からこのお屋敷に勤めております。
 ご用件は終わりましたでしょうか?」
「え……は、はい」
 頷く静に彼は笑みのまま会釈をする。
「それでは失礼いたします。昼食時には先ほどの大広間にいらしてくださいませ」
 丁寧な口調で去っていくが、怪しい。
 静は恐る恐るという具合に北斗を見遣った。
「梧さん……あの人、欠月さんです」
「うぅん……俺もそう思ってた。そっくりさんじゃないと思うぞ。あの奇妙な『間』が気色悪い」
「僕……もう一つ気になることがあって」
「え? なんだ?」
「欠月さん、ブレスレットをつけてました。装飾品は絶対つけない人なのに」
 そういえば左手首に何かつけていたのは見えたが……。
 北斗は顎に手を遣る。
「そういえばメイドとかに比べてちょっと格好が華美な感じはするなぁ……。
 ……菊坂、なんか顔つきが変わってるけど」
 ついさっきまで不安で泣きそうだったというのに。
 今の静は何か決意したような表情で、ひたと北斗を見つめていたのだ。
 会いたかった欠月本人に間違いはない。大事な大事な、静のたった一人の家族。でも。
「あの様子からして、こっちが揺さぶりをかけてもきっと正気には戻らないと……思います」
「そうか?」
 一瞬だが、何か言いかけたあの様子。あれは?
「欠月さんは暗示の類いが効き難いんです。それに」
「あいつ、一応こういうことの専門家、だしな」
「はい。欠月さんの予想した想像を上回る何かが起きたってこと、です」
「上回るって、俺たちには何も危害は加えられてないぜ?」
「『これから』なのかもしれません――――もしかしたら」



 昼食時に大広間に給仕に現れた執事は、朝食の時の人物とは違っていた。黒髪で眼鏡をかけている。
 黙ったままの少年二人組を視界の隅で確認し、閑は現れた女主人に目を遣る。
 昼食の際にメイドが呼びに来るまでの時間、朔実はメイドに色々と訊いていた。ここにはテレビや電話があるか、など。
 だがそんなものはこの屋敷にはないそうだ。それどころか、電話やテレビがなんなのかと、メイドが訊き返してきたくらいである。
 なんなのだろうか、ここは。
「あの」
 閑は女主人に対して声をかける。
「俺たちはいつぐらいからここに滞在しているのでしょうか?」
 その問いかけに対し、彼女は考えるというよりは思考が停止したように瞬きをした。
「いつって、いつだったかしら」
「もうお母様、忘れちゃったの!? こいつらはもう一ヶ月もここに居るのよ!」
「あぁ、そうでした。長いわね」
「……そろそろ失礼させていただきたいのですが」
 閑の言葉に穏やかな笑みを浮かべていた女主人が怪訝そうにした。
「すみませんが、もう一度……。あの、聞き取れませんでしたわ」
「そろそろ帰ろうと思うのですが」
「?」
 親子揃って不思議そうにしている。
 娘のほうがムスッとして睨んできた。
「ちょっとあなた、さっきから口をパクパクさせちゃって! 言いたいことがあるならきちんと喋りなさいよ!」
「え」
 閑のほうが驚くしかない。隣の朔実に目配せすると、朔実もわけがわからずに肩をすくめた。
(もしかして……聞こえてない?)
 聞こえないフリではなく、実際に声が届いていないのだとすれば……。
「いえ、なんでもありません」
 引き下がった閑に、女主人は「そうですか」と微笑む。



 夕方……ちょうど日が暮れる時。
 突然ソレが訪れた。
 屋敷中の電気が一斉に消えたのだ。そして、しん、と静まり返る。
 コックがいるはずの厨房も、メイドたちで占拠されている使用人部屋も、どこもかしこも――無人になってしまった。

 館にいた四人の客たちは睡魔に襲われて、この日はその異変に気づきながらもそのまま寝入ってしまった。
 目覚めたのは――朝。
 メイドが起こしにきたのだ。



 時間は7時間ほど前に遡る。

 屋敷の変貌に戸惑ったのが、四人より遅れて入ってきた二人……初瀬日和と羽角悠宇だ。
 彼らは驚きつつも、外に脱出しようと試みた。だが正面のドアは開かない。窓も同様だった。
 誰も居ない館内を徘徊したくとも、携帯電話の電源が落ちてできず……。そんな感じで二人は寄り添ってそのまま朝方まで過ごすことになった。
 明け方……だろうことは、なんとなくわかった。ふいに人の気配が、したのだ。
 玄関ホールに顔を出したのは、メイドだ。慌しそうにホウキを片手に持ち、姿を現した。
 唐突に、ではない。さも当然という具合に、日常の一部というように現れたのだ。
「あらら? こんなところで何をしていらっしゃるんですかお客様」
 くせのあるウェーブのかかった髪型の少女はぱたぱたとこちらに走ってくる。
 戸惑う日和を庇うように、悠宇が前に出た。
「かなり冷えると思いますよ、お部屋にお戻りください」
 娘は柔らかく微笑む。
「……あの」
 悠宇は言葉を選びながら口を開く。
「この屋敷は、森の中にある……ものですよね?」
 その問いかけにメイドはしばし、動きが停止した。空洞のような瞳をじっとこちらに向けたままで3秒過ぎてからにっこり微笑む。
「いいえ? ここは砂漠の中にあります」
「……外に出てもいいですか。散歩したくて」
「え? なんて言いました?」
 首を傾げる娘に、もう一度言う。だが彼女は怪訝そうにするばかりだ。
「なんでもないです」と日和が口を挟んだ。
「……じゃあもう一つ。ここに、灰色の髪の男と、黒髪で眼鏡かけたヤツがいませんか」
 悠宇がぶっきらぼうな口調になった。日和がメイドと悠宇を交互に見る。
 メイドは「んー」と唸った。
「バトラーのあの二人かしら……。一番新人の」
「いるんですか?」
 思わず身を乗り出して訊く日和に娘は驚く。
「い、いますけど……。それがどうかしました?」
 日和は悠宇のほうを見た。悠宇は頷き返す。
 けれど、バトラー? バトラーとは確か執事のことだ。



 メイドと別れて屋敷内を歩いていた日和と悠宇は、それぞれ別の部屋から出てきた北斗と静にばったり会った。
「あ! おまえら無事だったのか!」
 悠宇の言葉に静は苦笑する。だが、静は不審そうにした。
「あれ……? 梧さん、僕たちここに来てどれくらいでしたっけ」
「んー……二日目、じゃない……えっと、一週間……?」
 北斗が眉間に皺を寄せる。
 意識に霞がかかっており、日数がはっきり把握できない。
 いや、北斗も静も意識ははっきりしているのだ。だが、些細な部分がうまく認識できない。
「あっれ〜……? え、でも今が二日目っていう証拠はないんだよな……。えっと、」
 二日目のはずだ。たぶん。
 でも、本当に?
 自分たちはいつ起きて、いつ寝て、でも、それが確かだという証拠はどこにもないじゃないか。
 北斗はこめかみの部分を軽く掻く。なんだか気持ち悪い。
 廊下で立ち話をしている四人を気にせず、締め切られた雨戸をメイドが開けていく。
「お早いですね、皆さん。朝食はすぐに用意致しますので」
 ポニーテールの娘は微笑みながら、慌しく駆け去っていった。
「……お客様、と言われたのですがどういうことなんでしょう?」
 日和の言葉に静が答える。
「ここでは外部から来た人は客として扱われるみたいなんです……」
「あ、でも私たちの探している人たちなのかわかりませんが、その人たちはここで働いているみたいです」
 先ほどメイドに訊いた情報を北斗と静に聞かせると、彼らは神妙な顔になった。
「先に入った欠月たちが使用人になってるってのもおかしな話だよなぁ……」
「そうですね。ここに入った人たちは他にも……」
 北斗と静は言葉を止める。廊下の向こうから歩いてくるのは同じようにこの屋敷に入った二人だ。
 日和は安堵したように息を吐き出す。その様子を悠宇は横目で見て、小さく笑った。優しい彼女を持つと苦労する。
「おはよ〜! あれぇ、人が増えてるじゃん」
 元気よく言ってくる年下のほうの青年に、日和と悠宇はそれぞれ挨拶をした。こんにちは、と。
「お待たせしました、皆さん。大広間のほうへどうぞ」
 呼びに来たらしいメイドはすぐさま姿を消してしまう。掃除などで忙しいのだろう。
 さあ、朝食の時間だ――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【3525/羽角・悠宇(はすみ・ゆう)/男/16/高校生】
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生、「気狂い屋」】
【6370/也沢・閑(なりさわ・しずか)/男/24/俳優兼ファッションモデル】
【6375/染藤・朔実(せんどう・さくみ)/男/19/ストリートダンサー(兼フリーター)】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、羽角様。ライターのともやいずみです。
 欠月と和彦らしき人物は館内にいるようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。