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◇白秋流転・参 〜白露〜◇
てくてくと家の近くを散歩しながら、杉森みゆきは考えていた。
奇妙な出会いを果たした銀髪銀瞳の少年――ハクについて。
これまでに彼に会った――というか彼がみゆきの元へ来たのは2回。一度目は『自分を殺してくれ』などと色々と突拍子のない発言に驚かされ、二度目は瞬きの間に摩訶不思議な術で移動させられたりと、どうにも調子を狂わされている気がする。
そして、彼がみゆきの元へ来る理由について思いを巡らす。
(『封印解除』、かぁ……)
その内容について、みゆきは詳しくは知らない。それを行なった後に、何があるのかは聞いているけれど。
(…ハク君は、仲良くなったボクに殺されないと駄目なんだって言ってた)
二十四節季にあわせて『白秋』の間に6回自分と会ってくれればいい、と言っていた。そして条件が満たされたらなら、自分を殺してくれと。
その『条件』の中には、みゆきがハクと『仲良くなること』が含まれていて。
(だったら……)
晴れた空を見上げながら、みゆきは心中でひとりごちる。
(これ以上ボクがハク君を構わなければ、期日までに条件が整わなくて、儀式は失敗するんじゃない?)
ハクが告げた言葉たちを思い返せば思い返すほど、それは確実なことに思えた。
(うん、今度から会っても無視だ無視!)
ぐっと握りこぶしを作って決意する。
……と。
「やっほー」
にこーっと笑った顔が、視界いっぱいに広がった。
「は、ハク君!?」
突然のハクの登場に思いっきり後ずさるみゆき。考え事をしていたからとはいえ、全く気がつかなかった。というか一体どこから現れたのか。
「そんなに驚かなくても。『白露』だから会いに来たんだよ。ってことで今日もよろしく〜」
無邪気な(ように見える)笑みを向けられ、みゆきは引きつった笑顔を浮かべた。
(ここで流されちゃダメだ……っ)
先程まで考えていたことを実行するだけだ。そんなに難しいことじゃない。だから、ここでうっかり流されて会話してはいけないのだ。
決意を新たにするみゆきと、無言のみゆきを不思議そうに見るハク。そして――。
「え、あ、ちょっとー?」
素早くハクに背を向けて、みゆきは脱兎のごとくその場から逃走したのだった。
◇ ◆ ◇
「どうしたの? 今日は鬼ごっこ希望だとか? でもボクそれなら逃げるほうやりたいなー。追いかけるより追いかけられたい派なんだよね」
(何で追いかけてくるかなぁ?!)
自分に会いにきたのだから、逃げれば追いかけてくるのは当たり前といえば当たり前だ。それでも心中で文句を言わずにはいられない。
「っていうかキミ意外と足速いんだねー。や、意外でもないかな、なんかそれっぽい感じはするし」
そのハクはといえば振り切ろうと必死なみゆきとは対照的に随分と楽しそうだ。それにもどかしい思いを抱きながらも、みゆきはさらに走る速度を上げた。少しハクとの差が大きくなる。
「うわ、ちょっ――」
ハクの声が、なぜか途切れた。
疑問符を浮かべつつも尚も走るのを止めずにいたみゆきはしかし、背後から聞こえてきた苦しげな咳につい振り向いてしまった。
そこにはみさきから少しはなれたところに蹲り、絶え間なく咳き込むハクの姿が。
「ど、どうしたの!?」
慌ててハクの元へと駆け戻る。彼から逃げようとしていたことはすっかり頭から飛んでしまっていた。
先程顔を合わせたときは余裕がなくて気がつかなかったが、ハクの顔色は元々の色白を通り越して青白いといえるもので、咳が止まって尚呼吸が荒い。
「……もしかしてハク君、体調悪いんじゃ…」
それらから導き出された考えを口に出せば、ハクはぎくりと肩を強張らせた。
その反応に、やっぱり、とみさきは確信する。
「駄目じゃない、調子悪いのにこんな動き回ったら!」
「え、でも……」
「でももだってもないの。その感じじゃ動くのだって辛いでしょ?」
言いながら、ハクの額に手を添える。触れた肌は、明らかに熱かった。
「熱もあるね……ここからならボクのマンションが近いから、とりあえずそこで休んだほうがいいよ。っていうか休みなさい! 年上命令だよ!」
「ボクならだいじょうぶだから――」
「そんなへろへろな状態で何言うかな、もう。こういうときは遠慮しなくていいの。ボクだって看病くらい出来るし」
熱のせいか何なのか、微妙に焦点の合ってない目をした人間に「大丈夫だ」なんて言われても説得力も何もない。
ハクの言葉をさっくり切り捨てて、みゆきはハクに立ち上がるよう促した。
「ほら、立って。ちょっと歩けば着くから頑張って歩いて。ボクの肩使ってもいいから」
ふらふらと覚束ない足取りのハクを半ば無理やり支えつつ、みゆきは自分のマンションに向かって歩き出した。
◇ ◆ ◇
みゆきは現在双子の妹と2人暮しである。しかし妹は出かけていたので、ハクを連れ込む際の説明の手間は省けた。
妹所有の白いグランドピアノは密かに老人口調で喋ったりするのだが……それは今はかかわりのないことだ。
みゆきに体調不良がばれたことで気が抜けたのか、ハクはマンションに入ってみゆきの部屋に寝かされるまで、ほぼ無言だった。
おとなしくされるがままのハクに、よっぽど体調が悪いのだろうとみゆきは心配になる。
ぼんやりとした目でみゆきの部屋を見ているハクに布団をかぶせながら、とりあえず尋ねる。
「ご飯とか食べれそう? 食べれるならおじや作るけど…」
「おじや……って、びょうきのときにたべるやつだよね…? たぶん、たべれるとおもう…」
どこか舌足らずな口調で答えるハク。
その言い回しに何か引っかかるものを感じつつも、しばらく大人しく待っているようにと告げて、みゆきは台所へと向かった。
◇ ◆ ◇
「なに起き上がってるの!」
出来上がったおじやを持って部屋に戻ったみゆきは、部屋の真ん中辺りに立ってうろうろと視線をさまよわせているハクを見つけて思わず声を上げた。
「大人しく待ってるようにって言ったでしょ? 病気のときくらい大人しく言うこと聞くの!」
どうしてこうも心配させるようなことをするのか。おじやの乗った盆をとりあえず机に置いて、ハクの背中を手を押して寝床へと追いやる。
緩慢な動作でみゆきを見たハクは、どこか夢現な様子で「でも……」と言葉を紡いだ。
「ねつがあるからってねてたら、おこられちゃう…」
「……え?」
布団をかけなおしていたみゆきは、何かおかしい、と思った。様子も変だし、口調もおかしい気がする。
恐る恐るハクに尋ねてみる。
「怒られるって、誰に?」
ハクはどうしてそんなことを聞くのか、という風に首を傾げて応えた。
「とうさまと、かあさま。……あと、あにうえたちが、わらうの。ボクが『できそこない』だから、『はじさらし』だから、おこるの。『ただのにんげんみたいだ』って、わらうの」
告げられた言葉の意味を一拍遅れて理解したみゆきは、言葉を失った。
詳細は分からないものの、ハクは両親や兄に蔑むような趣旨の言葉を吐かれていたのだろう。恐らく、こうやって体調を崩すたびに。
「だから、ねちゃだめ、なの……」
言いながら、ハクはすぅっと目を閉じた。少しして小さく寝息が聞こえ始める。
(寝ちゃった、のかな…?)
眠るハクは年相応にあどけない顔で、みゆきは改めて彼がまだ15歳だということを認識する。
銀色の髪に白い肌。血の気が引いた生気の薄いその姿に、ハクがこのまま消えてしまうのではないかという不安にかられる。そんなことがあるわけがないと、すぐに自分で否定したが。
五分ほど経った頃だろうか。
見るともなしにハクの顔を眺めていたみゆきだったが、動きらしき動きのなかったそれに変化が訪れる。
閉じた瞼が数度痙攣し、ゆっくりと開かれた。
戸惑うように瞬きを繰り返し、そしてみゆきの姿を認める。
「……あれ、ボクいつの間に寝てた……? っていうか、なんかすごい失態を犯した気がする…あんまり覚えてないけど」
身体を起こしたハクは眉間に皺を寄せつつ、寝る前よりは幾分かはっきりした声音でそう呟く。
まだ意識がはっきりしないのか軽く頭を振って、それからみゆきの手に持たれたおじやを見る。
「それ、確か作ってくれるっていったやつだよね? そういう会話した気がするんだけど…」
「う、うん。食べれそう?」
盆を軽く掲げ問えば、ハクは微妙に首を傾げつつ頷いた。
「多分。おじやって食べたことないんだけど……きのこ類とか苦い野菜とか入ってないよね?」
「入ってないよ。でもハク君、好き嫌いはよくないよ?」
「だって嫌いなものは嫌いなんだよー」
そんな会話をしつつ、ちょうどいい具合に冷めたおじやを、器ごとハクに手渡す。
「……『あーん』って、してくれないの?」
くすりと笑って悪戯っぽく告げられた言葉に、ついその情景を想像してしまったみゆきは少し頬を赤らめる。しかしすぐに気を取り直して、にっこりとわざとらしく笑った。
「そんな軽口が叩けるなら自分で食べれるよね? 赤ちゃんじゃないんだし」
「ちぇー…残念」
唇を尖らせながら、ハクはみゆき作の栄養たっぷりおじやを食べ始める。
口をつけてすぐに「おいしい」と言ってくれたので、ふざけた言動に関しては水に流してあげることにしたみゆきだった。
◇ ◆ ◇
おじやも食べ終わり、もう大丈夫だからと起き上がろうとしたハクを制して、もう少し寝てなさいとみゆきが言った。しぶしぶといった体でハクはそれに従ったのだが。
「………ねえ、おねーさん」
「なに?」
「――手、握っててくれない?」
どこか不安そうにそう言われて、みゆきは首を傾げつつも軽く了承した。
「いいよ。病気のときってなんか心細いもんね」
「……………ありがとう」
ハクはほっと安心したように息をついて、それからふわりと笑んだ。まるで迷い子が帰る場所を見つけた瞬間のような――そんな安心しきった笑みだった。
そしてそのまま目を閉じて――「一時間位しても起きなかったら起こして」と言い残して、眠ってしまった。
自分のものより高い熱を手のひらに感じながら、みゆきはハクを見下ろす。
(……うう、結局また、構っちゃったなぁ……)
考えて、みゆきはひっそりと溜息をついたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0085/杉森・みゆき (すぎもり・みゆき)/女性/21歳/大学生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、杉森さま。ライターの遊月です。
「白秋流転・参 〜白露〜」にご参加くださり有難うございました。
お届けが大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした…。
弱ったハクを看病していただきました。……求めていらっしゃった方向とあまり違ってなければいいのですが。
特に指定がなかったので、ハクの過去の片鱗っぽいものを出してみたり…。
前半の読み(?)はある意味いい線いっています。今回はハクが余裕がなくて言及できなかったので、次回辺りで言及することかと。
ご満足いただける作品になっていましたら幸いです。
それでは、本当にありがとうございました。
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