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<東京怪談・PCゲームノベル>


IF 〜田中君の恋人6〜


 相変わらずため息を付きたくなるような内容の電話だった。
「うん、解ってる。だからその話はまたね」
 ここ最近周期が短くなりつつあることに気づいて更に気分が下降し、それを電話の向こうの相手に悟られないようにするのにも一苦労だった。
 まあ勘の鋭さから言えば気づいていたのだろうが、今回はそれ以上指摘されることはなく、寒いから体には十分気をつけるようにと付け加えて切り上げてくれたことには心から感謝したい。
 母からの電話が切れるのを待ってから樟葉も受話器をそっと置き、それまで隠していた疲れをどっと表情に反映させる。
 十分程度の電話で凝り固まった肩を解し、いけないと解っていても一度だけため息を付く。
 家柄のことで色々あるのは解るけれど、急かされたくない。だがその事については樟葉も気になっているのが事実だ。
 次合った時に聞いてみよう。カレンダーを見ながら真剣にそう決意を固める。
 またとないチャンスは、数日後に用意されているのだから。




 クリスマスイブ。
 年末進行の合間を縫って二日続けて休みが取れたのは一重に樟葉の努力があってこそだろう。
 まあ時折呼び出されて細々と手伝いをした場面もあったりしたのだが、それは同時に樟葉の仕事で忙しい光景を目にしていると言うことでもあって、つまりはこの日をとても楽しみにしているのは良く解っているつもりだ。
 なのでクリスマスのためというよりも、樟葉にゆっくりと楽しんでもらおうと好みそうな店や場所を選んだりしていた訳なのだが……。
「ダメ?」
 下から見上げつつ、僅かに首をかしげられながらの言葉としてこれほど否定できない事はない。見ているだけで頬が弛みそうになる位の威力だ。
 もっと見ていたくなる反面、往来の真ん中でそんな表情は出来ないし、返事を返さないまま突っ立って居るのも樟葉に悪いなんて思ってしまう。
 結論だけを言えばこの時点で否定する事なんて思い持つかなかった訳だが、それでも色々と考えていたデートの提案を全て却下された理由ぐらいは聞いておきたい。
 それは疑問と言うより、単に会話のために過ぎない程度の問いかけだった。
「構いませんけど、どうしてです」
「そういう気分なの……ねえ、ダメ?」
 二度目だというのに更に威力が増している。
 文字の数に比例しているとかではなく、ほんの少し声のトーンに甘く感じるような物が入っている気がした。こんな風に言われては、どうしてかを聞く気なんて煙のように消えて無くなってしまうに決まっている。
「そんなわけが……」
「良いのね、ありがとう」
 嬉しそうな樟葉の様子に釣られて微笑み返しながら、早くと急かされるように目的地変更。
 家でのんびり過ごしたいという彼女の願いを手助けするために、近くの大型スーパーへと食料の買い出しに向かうことになった。


 
 多すぎるぐらいの食材をカゴ入れてから樟葉と共にレジへと向かう。
「二日分……にしても多いですね」
「余ったら取っておくのよ、珍しい物も売ってたからつい買い込んじゃったけど保存も利くみたいだし」 
 カートの上下二つに分けて入れられた色とりどりの食材と、本屋で調達してきたばかりの料理本を交互に見比べながら何を作ろうかを考えているようだった。楽しげな様子を眺めていると最後にアルコール類の売り場に寄りたいと言いだし、ワインが並べられてる棚の前で足を止める。
 確かにその本に書かれている料理を考えればワインが最も合うだろう。
 細かいところにこだわれば色々と種類はあるだろうが。同じように銘柄や色で樟葉が悩み、結局どんな料理にでも合わせられるようにと結局は赤と白とロゼといった統一性とは真逆のチョイスを選択することで落ち着いた。
「裕介、帰りに何か映画借りていこうか?」
「いいですね、まだ見てないので面白そうなのがあるんですよ」
 三本とも下のカゴに収め、これで買い物はおしまいと言った様子で軽く息を付く。同時に頭の中では樟葉と並んで見れるような映画を思い浮かべ、その中の一つが新作だったことから無くなっていませんようにと願っておく。
「楽しみにしてる。さあ、早く会計すませちゃいましょう。仕込みに時間がかかりそうな物もあったから」
「凄いのが出来そうですね、楽しみにしてます」
「裕介も手伝ってね」
「もちろんです」
 人の少ないレジを探し、その列の最後尾に加わった。



 それから数時間後。
 多少裕介も料理を手伝いはしたが大半は樟葉が手際よく作り上げてしまった。
 ローテーブルに所狭しと並べられた料理の数々はとても良くできていて、初めて作った物が大半だとは思えないぐらいに美味しい。
 レンタルした映画を並んでみながら、他愛のない話をしつつ過ごすのはこの上なく贅沢で幸せな時間の過ごし方だろう。
 その結果、気づけば食べ過ぎてしまったと思うぐらいに満腹になっている。
「ごちそうさまでした、これ以上は食べられそうにありません」
「ふふ、そんなに美味しかった?」
 嬉しそうに笑いながら空になった食器を片付けてから二本目のワイン取り出し、新しいグラスを二つ手にして元の場所へと戻りペタリと腰を下ろす。
 更に正確に言えば、裕介の真横へと。
「ワイン開けてくれる?」
「もう一本飲んだんですね、気づきませんでした。すぐに開けます」
 テーブルに置かれたワインのボトルを手元に引き寄せ、姿勢を崩さないように注意しながらコルクを抜くとタイミング良く樟葉が差し出したワイングラスに中身を注ぎ、テーブルの空いたスペースへと並べる。
 部屋に香る方向に心地よく酔いが回りそうになってきた。佳境にさしかかってきた映画を眺めながらグラスを揺らし、中身をほんの少し口に含み舌をしめらせると肩に新しく掛かるかすかな重み。
 肩をさらりと滑り落ちる髪はワインよりも遙かに良い香りがしていた。
「……先輩?」
「今日は先輩じゃなくて、樟葉って呼んで読んで欲しいな」
 床に付いた裕介の手に重なるように手を乗せ、しなだれかかるように体重をかけられる。もう酔いが回ってしまったのかもしれないと心臓が一際大きく跳ねたが、どちらもアルコールには強い方だからそれはない。
 右半身にかかる体重は見た目以上に軽く、それなのに柔らかさと体温が重さ以上の物を伝えてくる。
 甘えるような仕草に、今更ながら二人きりで良かったと心底そう思う。人がいる場所だっなら、これ程までに甘えてきてはくれないだろう。
「樟葉……」
「よくできました、なに?」
 追い打ちのように袖をクイと軽く引っ張る仕草に必要以上にドキリとさせられたのは、きっとこれからしようとしている行動の所為だ。
 そうだ、きっとその所為だ。なにしろ二人の時に素直に甘えてくれるのもこれが初めてではない。だが何度横を見てもその甘い刺激は確実に胸を打ち抜いて、平常心からほど遠い状態にさせられる。
 まずい、もう少し落ち着かなければ。
「樟葉は、どうして今日家で過ごそうと思ったんです?」
 上に重ねられていた手を握り替えし、頬にさらりとした髪が触れるのを感じながら、耳元に囁くように問いかける。
 僅かに触れあった肩が跳ねるのに気づき、顔を上げた樟葉の眉がほんの数ミリ下がっていると気づいた。
 気づかない方がおかしいぐらいに解りやすくて、半ば気づいていることを問いかけてしまったことを悪く思ったものの、なんだか新しい一面を見れたようで……樟葉には悪いがかわいいと思ってしまう。
「裕介は私と二人で過ごすのは楽しくなかった?」
 肩を落とされるととても悪いことをしたように気になって、実際それ以外の何者でもないだろう。樟葉から聞いてみたかっただけなのだから、すぐにそんなことはないと首を横に振り否定する。
「とても楽しいです。ただ樟葉ならこの時期にしか見れないような服を見たかったのではと」
「そうね、それに関しては少し惜しい気もするけど……誰にも二人きりで居るの邪魔されたくなかったから」
 安心したように肩の力を抜いてグラスをあおる樟葉に再びクラリとさせられた。
 服に関しては驚くくらいの行動力と熱意を誇るのに、こんなことを言われては堪らない。勝とうなんて思ったのが元々間違っていたのだ。
「……本当に敵いませんね」
 これまでそうだったように、これら先もこの関係が覆ることはないのだろう。
 少しくらいはと思ってみたにも関わらずあっさりと完敗してしまったが、望むところだ。
 自分はこの上なく、幸せなのだから。
「ねえ、裕介」
「樟葉……はい?」
 ほぼ同時にお互いの名前を呼び、僅かに遅かった裕介がなんだろうかと聞き返す。
 覚悟を決めていただけあって虚をつかれたような気がしたが、それは樟葉も同じだったようで僅かに緊張とか動揺と言ったような表情が浮かんでいた。
 何か重要なことを言おうとしていたのだろう、バツが悪そうに先を促してくる。
「裕介から先に……ね?」
 何時になく神妙な顔つきに彼女が言いかけた事の内容こそ気になった物の、こうなったら先に言わないと話してくれなさそうだと改めて覚悟を決める。
「樟葉」
 短く名前を呼びながら手に収まる大きさの箱を取り出し、握っていた手を取り渡す。肌触りの良いベルベットの手触りに触れた指先がぴくりと跳ね、手の中の物がすぐに何か気づいたのだろう。
 ゆっくりと視線を小さな箱へと移す。
「クリスマスという理由とは違う意味でもらって欲しくて」
 箱の下を持つ手を支えるように手を添えながら、フタを開いて中を見せる。
「………こ、これ」
 中にはシンプルなデザインの指輪が収められていて、あるべき場所にはめられるのを待ち望んでいるかのように輝いた。
 当然ながらサイズは覚えていたし、手だって仕事をしていたり料理をするときの動きが綺麗だと見ていたからはっきり頭の中に思い浮かべることだって出来る。
 つまりはこの指輪は、どのようなデザインが樟葉に最も似合うかばかり考えながら選んだ彼女のための指輪だった。
 今すぐ手を取って指派をして欲しい衝動にかられるがもう少し待とう、それに最も肝心なことをまだ言っていないのだから。
 その答えを待つぐらいはしても良いだろう。
「一緒に、なって貰えますか?」
「―――っ!」
 呼吸と共に動きも止まり、驚きに見開かれた目が瞬く間に潤んでいく。
 頬を伝う涙に一体どうしたのかと裕介も動きを止めかけるが、すぐに飛びつくように抱きついて来た樟葉によってそれ所ではなくなってしまった。
「樟葉……?」
「嬉しい……私、ずっと……」
 それ以降は上手く話せなかったようで、肩に顔を埋めたまま動かなくなってしまう。
 優しく頭を撫でてなだめながら、落ち着くまでもう少し待った方が良さそうだと思いつつ頬を緩める。肩に顔を埋めてくれていた本当に良かった、今の顔はとてもじゃないが見せられそうにない。
 五分か十分か……あるいはもっと長いか短いか?
 彼女の左手の薬指にこの指輪がはめられて居るのを見るのに、そう長い時間が掛かることはなさそうだ。
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1098/田中裕介/男性/18歳/孤児院のお手伝い兼何でも屋】
【6040/静修院・樟葉/女性/19歳/ 妖魔(上級妖魔合身)】

→もし付き合っていた先輩が死ななかったら

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■         ライター通信          ■
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※注 パラレル設定です。
   本編とは関係ありません。
   くれぐれもこのノベルでイメージを固めたり
   こういう事があったんだなんて思わないようお願いします。

IF依頼、ありがとうございます。
もしもの世界、楽しんでいただけたでしょうか?