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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


DIOSPYROS



 草間興信所のドアを開けたのは、高校生くらいの少女だった。
「すみません……お話を聞いていただけませんか?」
 草間零は笑顔で招き入れた。武彦は今は出かけている。
「ごめんなさい。お兄さんはちょっと出かけているんです。すぐに帰ってきますから」
「…………」
 青白い顔の少女はソファに腰掛、視線を伏せる。
「妹が姿を消したんです」
「はぁ……行方不明、と?」
「そういうことになります」
 それは警察に届けるべきではないだろうか?
「……それが、庭に居たはずなのに消えてしまって……」
 本当に青白い顔の彼女はぼそぼそと呟くように言う。
「お庭に居た?」
「えぇ……うちは昔ながらの家というか。ちょっと田舎臭いんです。
 四季折々の植物とか植えてあるんですけど……」
 彼女は膝の上に抱えている鞄を開け、写真を取り出す。
 小学生くらいの女の子が、庭に立ってピースサインをしているものだった。縁側から撮られたらしいそれは、なんだか懐かしい感じのものだった。
「これは最近の写真ですか?」
「一年前のものです。手頃なものがこれしかなくて」
「一年前から行方不明に?」
「いいえ。消えたのは昨日というか……いえ、二日前だったかな」
 曖昧な言葉の彼女は、頭痛がするように溜息混じりに洩らす。相当疲れているようだ。
 写真をまじまじと見た零は、立派な庭だなあと感心した。
 広い庭には名前はわからないが植物がたくさんある。春になればきっと華やかになるに違いない。
 背後に柿が生っている木があるが、これは渋柿だろう。
「妹を探して欲しくて……。おかしいんです。だって、変だもの。
 急にいなくなるなんて……。本当に突然だった。庭で遊んでいたのに……なんで……」
「あの、」
 声をかけようとした矢先、ちょうど武彦が帰ってきた。手には新しく購入したタバコが握られている……。

***

 ことり、と瑶子の前にお茶を出すシュライン・エマ。そんなシュラインに、瑶子は視線だけ向ける。
「……ありがとうございます」
 低めの声で、微かに頭をさげて湯のみに手を出した。
「お借りするわね、写真」
 と、瑶子に断ってから、武彦から写真を受け取る。
 確認するのは日付と、日焼け具合。日付があるはずなのに、見当たらない。日焼け具合は、なし。
 裏側を見て納得。これはプリンターで印刷されたものだ。日焼け具合がないのは、印刷したのが最近ということなのかもしれない。
(妹さんが行方不明になったから慌ててデータからプリントしたってことかしら?)
 自分の読みが少々ハズれた。
 瑶子の様子からして、実際に彼女の妹が消えたのは昔……もしくは、実家の家や、植物、妹ではない誰かしらの記憶と同調しているからではと考えたのだ。
「ほんとに……どこに行っちゃったの……由子」
 両の掌で顔を覆う瑶子の様子に、零が眉を下げた。
 シュラインは写真を武彦に返し、それから困ったように口を開いた。
「未成年は保護者の承諾が必要なの。ご両親なり保護者の方に連絡を取りたいのだけど」
「……両親は随分前に死んでる。保護者は叔父夫妻だけど……二人とも共働きで今の時間は家にいないんです」
 淡々と瑶子は言う。
「そういうの必要なら帰る」
 立ち上がった瑶子を、零が慌てて止める。
「顔色悪いですから、もう少し休まれてもいいと思います」
「……ありがと。でも、早く力になってくれるところ探さなきゃ。警察に届けても動いてくれるまで時間かかっちゃうから」
 ぎこちなく微笑む瑶子は鞄を肩にかけて草間興信所から出て行こうとした。
「えっ、ちょっと待って!」
 シュラインは瑶子の前に立ち塞がった。
「保護者の方に連絡するだけよ?」
「……そういうのしたくないから一人で動いてるんじゃない。そこんとこ察しなさいよ」
 手厳しい瑶子の攻撃的な言葉に、シュラインではなく武彦が応じる。
「とは言ってもな、うちも仕事でやるんだ。きちんと依頼料が貰えないと困る」
「お金はきちんと払える。そこまでバカじゃないし、子供じゃないつもりです。保護者の承諾が必要だってのもわかってる。でも、色んなとこ当たれば一つくらいはヒットするかもって思ったから」
「……………………」
 黙る武彦に、零が「お兄さん」と声をかける。
 武彦はシュラインに目配せした。シュラインがやれやれと肩をすくめる。
 怪奇事件も扱うと噂されるこの興信所に来る普通の人なんて、そうそう居ない。彼女は彼女で、様々な考えでここまで来たのだ。
「小林瑶子さん、この依頼、お受けします」
 武彦の宣言に、瑶子は目を丸くした。



 瑶子の叔父夫婦の家までは電車と徒歩で向かうことになった。
 先頭を歩くのは瑶子。続いて武彦とシュライン。零は興信所で留守番をしている。
 瑶子はずんずん歩いていく。
 その後ろ姿をシュラインは見つめる。髪をなびかせて歩く瑶子は電車の中でもずっと顔色が悪かった。青ざめている、と表現してもいいくらいに。
 到着した先は、庭付きの一戸建てだ。少々古い印象を受ける。昔ながらの一軒屋だ。
「ここ」
 瑶子は指差し、それから合鍵を出して玄関を開けた。
「お邪魔します」
 武彦とシュラインは家にあがり、縁側に案内された。締め切られた窓を開け、瑶子は指差す。
「由子がいなくなったのはこの庭。夕方にこの庭で見かけたのが最後だって叔母が言ってた」
 淡々と言う瑶子は、今はいない妹の姿を見るように目が細められる。
 シュラインと武彦は縁側から庭を眺めた。写真の印象よりは狭く感じられる。
 写真を預かっていたシュラインが、写真と庭を見比べて距離をとった。
(このへんから撮ったのね)
 景色はやや違っているが、これは植物の成長もあるので想定内のことだ。危惧していた妙な成長部分は見当たらない。
 この庭には怪しげな様子はない。どこにでもある家と、狭い庭。やはり人攫いでは?
 瑶子は庭先を眺める。
「由子はこの庭が好きなの。いや、植物が、かな。いつも手入れをしてた。数少ない趣味だったから。
 …………」
 その視線を追うようにシュラインも庭先に目を向ける。
 冬の到来で、遅くやって来た秋ももう去ろうとしているのがありありと伝わる庭だ。
「瑶子さん、叔母さんが由子さんを最後に見たのはどこかしら?」
「…………」
 す、と瑶子が指差した。実の成っていない柿の木だ。
「あそこに居た」
「あそこに?」
 シュラインは武彦と目を合わせ、それから玄関から出て庭に回る。瑶子は縁側からその様子を見つめていた。疲れたように嘆息し、座って。
 古い柿の木に近づくシュラインは、瑶子に「ここ?」と指差す。自分が立っているのは木から1メートル離れたところだ。
「違う。木の根元」
「根元……。
 武彦さん、どう?」
 武彦はシュラインとは違い、庭から外に出る方法を探していた。
 家はぐるりと塀で囲まれており、正面と裏口用の通路以外は出入りできないようだ。庭からすぐに外に出ることはできない。
「う〜ん……誰かが庭まで入って来るか、もしくは由子さんが自分で外に出て行くしかないだろう」
「そうね」
 シュラインも塀を見る。かなり高いものなので、軽くジャンプして塀を越えることはできなさそうだ。
「木に邪魔されて誰が庭にいるのか、あそこからだとうまく見えそうにないわね……。
 侵入者っていう線はなさそうかしら」
 瑶子は二人のそんな様子を眺めているだけ。だがふいに、どこか遠くを見るように目を細める。
「私もその柿の木、よく登って遊んでた。由子はそれを憶えてたのかな……」
「ここ?」
 シュラインが移動したのは柿の木の真下だ。顔を上げると、広がった枝が細部まで見てとれた。
(別に妙な鼓動とかはしないみたいね……)
 耳をすましてみるが、そういう類いのものはないようだ。家の前の道を通る車の音くらいしか、ない。
 幹に耳を押し当ててみる。別に奇妙なところはない。
「瑶子さんは……何かに触れてみた?」
「何かって?」
「例えばこの柿の木とか」
 刹那、瑶子は目を見開き、こちらを睨んできた。
「そんな木に触るもんか!」
「ど、どうして……? もしかしたら由子さんの手がかりがあるかもしれないじゃない」
 もしもこの庭の中の植物に原因があるとすれば、栄養剤を与えてみるのも手かもしれないなと思いつつ、見回した。だが庭は手入れされているので必要はなさそうだが……。
 シュラインは見回しつつ言うが、瑶子はこちらを睨んだまま。
「冗談じゃないわ……。私は昔、その木に登って落ちたことがあるの。嫌な思い出のあるところに行くもんですか」
 吐き捨てるように言う瑶子は何かを思い出したように、薄く笑う。
「私はそこから落ちて死んだのよ」



「なんて冗談よ」
 瑶子はすぐさま肩をすくめた。
 それが一時間前。シュラインと武彦は一緒に由子の写真を持って聞き込みをしていた。だが、何も得るものがない。
 周囲の人々は由子が行方不明になった日、学校に行く前と帰宅途中しか目撃していないそうだ。
 瑶子の話だと、由子が姿を消したのは夕方。学校から帰ってからだ。
「私……あの庭が何かあると思うんだけど。あの植物たちに問題がないかなって」
「おいおい。植物が人間を襲うってのか?」
「でも妙な様子は見たところなかったんだけど……。あ、花屋だわ。ものは試し。栄養剤を買っていきましょうよ。もしも植物の仕業なら、満腹になったらとったものを返してくれるかもしれない」
 シュラインは花屋の自動ドアをくぐった。狭い店内は整頓されているのですっきりしてみえる。
「いらっしゃい」
 奥から出てきたのは40代の女性だ。シュラインは写真を見せてとりあえず情報収集。
「なんだい、あんたたち由子ちゃんを探してるのかい? 警察の人?」
「いえ。そうではないんですが。何か心当たりはありませんか」
「さぁねえ……。何も変わったことはなかったけど」
「そうですか」
 写真をおさめるシュラインに、女主人は眉をさげる。
「災難だねえ。瑶子ちゃんに続いて由子ちゃんまでなんて」
「え?」



 瑶子の居る家まで戻って、庭に回る。
 柿の木に登っている瑶子を見てシュラインは止めた。
「危ないから降りて!」
「…………妹は見つかった?」
「まだだけど……。でも瑶子さん、本当は死んでるんでしょ?」
 瑶子は薄く笑う。
「幽霊なんかじゃないけど、死んでるのは本当。
 由子がいなくなって、気づいたらこうなってた。私に何か原因があるのかもしれない」
 枝に腰掛けている瑶子は地面に居るシュラインたちを見下ろす。
「四年くらい前にここから落ちた私は、三年後に死んだ。もう一度落ちてみたら何かわかるかも」
「待って……! 私たちが探すからそんな危ないこと……!」
 例え死んでいるとしても瑶子には肉体があるのだ。下手をすればまた……。
 だが、枝が音を立てて折れた。
 武彦が受け止めに走るが、瑶子の肉体はそのままするりと武彦の手を通り抜けて地面に吸い込まれてしまった。妹・由子が消えたというその場所で。



「……それで、どういうことだったんでしょう?」
 謝礼金は半分を前払いされていたが、お金は消えることはなかった。
 草間興信所で全員がコーヒーを飲みながら今回の依頼について語る。
 零に説明したのは武彦だ。
「由子さんは未だ行方不明だ。瑶子さんは一年前に車に轢かれて死んでいる。
 まさに、神隠しだな」
「神隠し、ねぇ……」と、シュラインが呟いた。
 零は沈んだ様子の二人を見て、思い出したように言う。
「そういえば柿の木があったんですよね?」
「そうだけど……。何か心当たりがあるの、零ちゃん?」
「柿は神聖な木とも言われていると、前にどこかで聞いた覚えがあります。根元は、黄泉の国に通じているとも」
「黄泉の国……」
 それがもし本当ならば、あの世から瑶子は戻って来たというのだろうか? 由子は、あの世に行ってしまったのだろうか?
 瑶子の叔父夫妻からは警察に届けるので手を引くようにと言われた。
 シュラインは天井を見上げる。
(妹さんを探しに行ったのかしら…………瑶子さんは)
 だがそれは、誰にもわからないことだ――――瑶子以外には。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 黄泉に通じているという柿の木の根元……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。