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<東京怪談ノベル(シングル)>


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「冥月、明日の日曜日暇か?」
「暇だが……何だ、藪から棒に」
 黒 冥月(へい・みんゆぇ)が、ナイトホークにそんな事を言われたのは、クリスマス前の土曜の夜だった。年末だからなのか、それとも単に客の谷間なのか、蒼月亭の中にはコーヒーを飲む冥月しかいない。
 最近冥月は、夜の蒼月亭でコーヒーを飲むことが多い。別に何かあるというわけではないのだが、何となくこの時間を選んでしまうのだ。コーヒーを一口飲んで次の言葉を待っていると、ナイトホークはふっと笑いながら自分のポケットからシガレットケースを取り出した。
「いや、もうすぐクリスマスだし、普段頑張ってるあいつに何かプレゼントでも買ってやろうと思ってさ。でも、女の子って何が欲しいのか分からんから、冥月に意見聞かせてもらおうかと思って」
 あいつ……という言葉に、冥月は困ったように顔を上げる。
 それが蒼月亭で働いている少女のことだと分かっているのだが、冥月は少し前に彼女とちょっとした行き違いで気まずい思いをしたことがあったのだ。
「人選を間違っているだろう。他の奴に頼め」
 断ろう。
 そもそも、普通の女の子が欲しがりそうな物にはあまり縁がない。するとナイトホークが煙草の煙と共に溜息をつく。
「さっき暇だって言ったろ。それに冥月にアドバイスしてもらわないと、でっけぇぬいぐるみとか買って、部屋の隅で邪魔にされそうだし」
「何でぬいぐるみなんだ」
 彼女の部屋に隅に大きなぬいぐるみがあるのを想像し、呆れがちにそう返す。というか、十八歳の女の子にぬいぐるみを買うという神経が謎だ。
「欲しい物がよく分からん」
 さらっと言ってのけるところを見ると、ナイトホークは本当に「女の子の欲しいもの」が分かっていないらしい。もしかしたらナイトホークの中で彼女はまだ、出会った当初の少女のままなのかも知れない。
「明日逃すと、デパートまで買い物行く暇ないんだわ。あと、普通にもらって嬉しい物って何だ? 松阪牛とか、カニか?」
「………」
 お歳暮を買う気か、この男は。
「分かった、付き合ってやる。だが、あまり期待はするなよ」
 流石に冥月だって、クリスマスプレゼントに大きなぬいぐるみや牛肉をもらって嬉しくないのは分かる。
 それにそういえば、冥月も彼女にプレゼントは用意していなかった。デパートに行くなら、一緒に何か用意するのもいいだろう。
「サンキュー、冥月。今日のコーヒー代と、明日の飯代は全部出すから」
「当たり前だ」

 クリスマス前の日曜日の街はは、思った通り混んでいた。
「うわ、混んでるなぁ」
「クリスマス前だからな」
 冥月も普段着は黒一色なのだが、ナイトホークも黒なので何となく華やかな街角から浮く気がする。おまけにナイトホークは長身なので、悪目立ち倍増だ。
 やっぱり断れば良かったか。
 冥月がそんな事を思っていると、ナイトホークが通りすがりにもらったティッシュをコートのポケットに押し込みながら、さらりとこう聞いてきた。
「そういや、あいつと何かケンカした?」
「………」
 ぐさっと、何かが刺さるような気がした。
 ぬいぐるみを買うとか平気でのたまう癖に、どうして変なところで鋭いのか。冥月はしばし黙り込んだ後、困ったように話をする。
「……何かこう、微妙な? 齟齬? がな……むぅ」
 ケンカというか、口論というか。
 冥月もどうしたらいいのか、よく分からないのだ。ただ守ってやりたい、大事にしてやりたいと思っているだけなのに、そこに生じる微かな考え方の違いが軋みになっている。
 そうやって口ごもっているうちにデパートの入り口に着き、ナイトホークが前に出て入り口のドアを開けた。変なところで紳士だな、と冥月は思う。
「まあ、あんま詳しく聞かんけど。さて、取りあえずぐるっと一周した方がいいのかな」
「そうだな。大体何が売っているか把握ぐらいしておけ」
 ここにはおもちゃ売り場はないから、ぬいぐるみは買わないだろう。大体のデパート、百貨店は、一階にコスメコーナーやアクセサリー等のコーナーがあるので、変なところに行こうとしたら自分が止めればいい。華やかな照明に、ナイトホークが困ったように笑う。
「時間あるからゆっくり考えるか」
「そうしろ。どうせこういうところに来たのは、初めてみたいなものなんだろう?」
「ご名答。紳士服とかの売り場は行くけど、大抵エレベーターとかで直行するから、この辺来たの初めてだ」
 一緒に来たからには付き合ってやるか。
 冥月はそう思いながら、ナイトホークと一緒に歩く。そして宝石店のショーウインドーの側に来たときだった。
「あっ……」
 ピンクサファイヤを使ったネックレスが飾られている。肌なじみも良さそうな、可愛らしいデザイン。
 これはあの子に似合いそうだ。冥月がウインドーの前で立ち止まっていた時だった。
 ナイトホークがその様子に溜息をつく。
「なあ、そういうのがダメなんじゃないのか?」
「………!」
 図星を突かれ固まる冥月に、ナイトホークがクスクス笑った。
「冥月ってさ、好きになった相手に尽くすタイプだろ。尽くすって言うか、過保護って言うか」
「う、うるさい」
 確かにその通りだ。
 好きになったら守りたいし、自分が出来る最大限の事をしてやりたい。でも、どうしてそれが引っかかるのかが分からない。
「でもさ、そういうのって、時々重いぞ」
「重い?」
「うん、すげぇ重い。多分冥月はそんな事全然思ってなくて、してやりたいことを全力でしてやってるだけなんだろうけど、それじゃ相手をスポイルしちまう」
「………」
 自分のやっていることは、重荷になっているのか。思わず考え込む冥月に、ナイトホークが困ったように溜息をつく。
「俺も金ない訳じゃないけど、何か別の物にしないか? それ買ったら、正月店にある酒だけで過ごさなきゃならなくなりそうだ。それに、流石に十八の子にそれは豪華すぎだろ」
 そう言われ、冥月は慌ててウインドーから離れた。今日はナイトホークのアドバイスに来たのだ。自分のプレゼントは、また後で選ぶことも出来る。
「あ、ああ……少し大人向けのコスメなんかどうだ?」
「了解。で、コスメ売り場ってどこ?」
 溜息をつきつつ、ナイトホークをコスメ売り場まで連れて行く。今の時期はクリスマス限定のコフレなどが出ているらしく、パッケージも可愛らしい物が多い。
「口紅とか、普段使える物があるのがいいのかな」
 眉間に皺を寄せつつも、ナイトホークは真剣だ。本当にあの子が喜ぶ物を考えているのだろう。その横で似合いそうな色などをアドバイスしつつ、冥月はぽつりとこう言った。
「……同年代の、特に同性に贈り物をした経験はほとんどないんだ。そういう生活環境になかったからな。だから、よく分からない。何がいいのかとか、どうして重いのかとかも」
 出来るだけのことをしたい。
 自分がいいと思った物を、プレゼントしたい。
 でも、それは「重い」とナイトホークは言う。
 薄いピンクにラメが入ったネイルを手に取り、ナイトホークは少しだけ目を細めた。そして、冥月の方を見ずに話をする。
「なるほどね。俺は冥月のこと友達だと思ってるんだけど……って、これで冥月が俺のことそう思ってなかったら、ただの痛い奴なんだけど」
 今更そんな事を言われると思っていなかった。冥月は呆れたように笑って溜息をつく。
「お前のことは友人だと思ってるから、続けていい」
「だったらよかった。じゃあ、もし俺が『今日付き合ってくれたお礼』って言って、さっきの宝石店で何かプレゼントしたら、冥月どう思う?」
 それは、非常に遠慮したい。
 そもそも自分はただアドバイスに来ただけだし、もらったとしても困る。第一つける機会もない。それを素直に言うと、ナイトホークはネイルを棚に戻し、別のブースに向かって歩き始めた。
「多分あいつはさ、冥月のこと友達だと思ってて、もらった以上にお返ししたいって思ってるんだよ。でも冥月が思いっきり尽くすから、どう頑張っても返せないんだ。それって結構辛いんじゃないか? 冥月、結構手加減知らないみたいだし」
「………」
「贈り物とかって、相手の気持ちも考えないとやっぱ重いよ。俺だって最初、商品券にでもしようかって思ったけど、それじゃボーナスと変わらんし、もらったあいつも遠慮して、結局俺にネクタイ買ってきたとかなりそうだろ」
「……あの子はそうするな」
 もらったら、そのぶん絶対返そうとする。
 守ってもらったら、それ以上に自分で自分を守れるようになりたいと願い、努力する。それを見ると冥月は「更に守ってやりたい」と思うのだが、それは結果的に重荷を増やしているだけなのかもしれない。
 小さく息をつくと、ナイトホークも溜息をついた。
「だから、お返しできそうな範囲で、もらって素直に嬉しい物をやりたいんだよ、俺は」
 もらって素直に嬉しいもの。
 思えば、自分があげた物は喜んではくれたが、彼女はそんな物はもらえないと、最初困っていたような気がする。もしかしたら、そういう小さな重荷がだんだんと重なって、いつしか軋みになってしまったのかも知れない。
「手加減した方が、いいのか?」
「いいと思う。冥月、模擬戦でも手加減してくれないけど、人付き合いも程々がいいよ。それにあいつ、変なところで婆さんっぽいから『こんなにもらったら罰当たる』とか思ってそうだ」
 罰が当たります、も彼女はよく言っている。案外ナイトホークは、彼女のことをきちんと見てやっているのだろう。多分自分が近づきすぎて、見えなくなってしまっていたものを。
「よし、やっぱさっきのネイルが入ったセットにするかな。可愛かったし」
 顔を上げて歩き出すナイトホークの後ろを、冥月は考えながらついていった。

「じゃ、今日はサンキュー。すごい助かった」
 プレゼントを買った後ナイトホークの奢りで食事をし、蒼月亭への曲がり角でナイトホークが言った言葉に、冥月は立ち止まった。
「あまり役に立たなくてすまなかったな」
「いや、ああいう所って男一人じゃ行きにくいしさ。でも、冥月は何も買わなかったけどいいのか?」
「ああ。今日はやめておくことにしたんだ」
 今日は自分も色々気付かされた気がする。だから、あのデパートで、冥月ははプレゼントを買わなかった。本当は欲しい物を何でも買ってやりたいのだが、そこをぐっと堪えて、少し立ち止まってみようと。
 吹っ切れたように笑う冥月に、ナイトホークはポケットから小さな何かを差し出した。
「そっか、なら良かった。これ、今日のお礼代わりのプレゼント。冥月も、いいクリスマスを。じゃあな!」
「は?」
 それはリボンのついた袋で、ずっとポケットに入っていたせいで少し角がよれている。呼び止めようと思ったが、ナイトホークは走って角を曲がっていってしまった。
「………」
 袋を開けると、中には黒い石のついたおとなしめのデザインのピアスが入っていた。それをポケットに入れ、冥月は白い息を吐いて笑う。
「私もまだまだだな」
 ここから、考えてみよう。色々な想いを少し手加減して。
 少し晴れた冬の街を、冥月は少し振り返った後走り出した。

fin