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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


年賀状を集めよう


 今は年の瀬。
 あまりの忙しさに師も走るという季節なのに、草間興信所はいつもの平安を保っている。そんな年中すすけたような所内だが、冬支度は万全だ。使い古したストーブの上にはやかんが置かれており、所長の武彦は安いインスタントのコーヒーを飲む時に使っている。零も来客があれば、そこのお湯でお茶を淹れる。この風景こそが、冬の象徴といっても過言ではない。
 玄関を叩くのはなじみの顔か早めの集金か。それとも、めったに来ない宅配業者か。お歳暮なら大歓迎だ。特に食べ物。この時期のものはどれも日持ちがいいので助かる。ここは興信所。いつも安定した収入があるわけではない。憂いを絶つためにお歳暮を、しかも食べ物を待つ。悲しい現実が汚れたソファーと主人の間に横たわっていた。


 どうやら果報は寝て待つものらしい。お待ちかねの客が来た。
 零の来客への対応でそれを察した武彦はあわてて襟を正してソファーに座る。ところが、目の前にやってきたのは小さな女の子。年の頃は小学校の高学年くらいだろうか。未成年から正規の依頼料など、とてもじゃないが要求なんかできない。久々の客で期待が膨らみすぎたと反省した所長は、初心に返るつもりで丁寧に話しかけた。

 「えっと、ここは困った人が来る場所だ。心の中がすっきり晴れないのなら、力になるよ。君は……どうしたのかな?」
 「あの、私は年賀状がたくさんほしいんです!」

 武彦の目は真剣だ。彼女も負けじとまっすぐな眼差しを向けている。
 内容はともかくとして、ここに来る人間は困っているのだ。今回のように話のきっかけはつまらないことなどざらにある。けれども、突っ込んだ話になると大事な問題に発展したりするのだ。いつもにはない心がけと経験則も手伝って、今日の武彦はここで躓くことはなかった。
 しかしこの年齢にして年賀状とはどういうことだろう。湿っぽい話にならないことを祈りながら、彼女から続きの言葉を待つ。

 「もちろん自分もいっぱい作らないといけないのはわかってるんですけど……」
 「家族から分けてもらえる年賀状の数も限られてくる。難しい話だな」
 「でも、私はたくさんの人から欲しいんです。お父さんとかお母さんとかもらってるくらい」

 そりゃ親はもらうだろう。単純に生きている年数が違えば、出会う人間の数も違う。知り合いレベルでも年賀状のやり取りはあるから、子どものもらう枚数に負けるはずがない。しかし彼女はそれくらい欲しいのだという。武彦は理由を聞いた。

 「年賀状は年始の挨拶状であって、トレーディングカードゲームだっけか……そんなのとは違ってコレクションするものじゃないんだ。えっと、その、君の名前は?」
 「杉本美和です。でも今はオリジナルの年賀状が作れるし、もらえたらやっぱりうれしいし。コマーシャルでも楽しそうにやってるし」
 「なるほどね。純粋にいろんな種類のものが欲しいってわけか。零、うちはまだいつもの印刷所に年賀状の注文してなかったよな?」
 「してませんよ」
 「決まりだな。今年最後の仕事は創作意欲のある連中に年賀状を作ってもらおう。そして美和ちゃんが一枚でも多くの年賀状をもらえる作戦を考えるってことで万事解決だな!」

 美和は自分の願いを聞き入れてくれた武彦に感謝した。かくして年賀状ゲット大作戦が始まったのである。


 またしてもお金にならない依頼を引き受けた所長に複雑な表情を見せるのは、ここの事務員であるシュラインだ。ところが、すでに大作戦の手配は済ませてある。傍から見れば『ただの暇つぶし』とも思えることだが、彼女は武彦の気持ちを十分すぎるほど察していた。

 「子どもの頃に叶う夢って、大人に近くなるほど大切なものになるものね……」
 「いつもは現実の厳しさを語る夢のない場所で、今から夢を叶えようっていうんだから滑稽だよな」

 所長は思うところを相方にすべて語られしまったので、仕方なしに照れ隠しついでの皮肉を口にした。すると所内に咲いた花たちがそれぞれに喋りだす。

 「あら、そういうギャップこそが斬新なんじゃない。アイデアがモノをいう時代なのよ、今は!」
 「あやこさん、すごいです〜! さっきから美和さんのクラスメートをどんどんネズミさんにアレンジしてるんですよ〜。もし時間が余ったら、ミオのも作ってくれませんか……?」
 「しかも芋に彫ってるから、はがきに押すと逆になるのに……器用ですね、あやこさん」
 「ほらほら、感心して見てる場合じゃないでしょ。ミオも日和も自分のは自分で作るの。こーゆーのはね、自分で作るからいいのよ」

 小学生の女の子からの依頼だったからか、偶然にも麗しき女性ばかりが集まった。仕事でデザインやアイデアを形にすることを得意とするあやこ、年賀状を出す枚数が多いことから依頼を引き受けたミオと日和。どうやら今回は華やかなで賑やかな一日になりそうだ。あやこはテーブルの上に芋でいっぱいのトートバッグを置く。「お暇な人はご自由にどうぞ」とオススメしているのだ。
 肝心の美和はあやこの手際のよさにすっかり見入っていた。クラスメートの特徴を少し語っただけで次々と違ったネズミが現れる。彼女は見ているだけでも十分に楽しめた。そこにミオと日和からもいろいろな視点からの提案を受ける。少女はお手伝いしてくれる人を向いてしっかりと話を聞く。

 「私は絵を描くのが本当に下手なので、市販のスタンプとか利用してるんです。干支スタンプにお正月らしい紅白や金銀の色紙シールを組み合わせたりすると、それだけでも自分だけの年賀状ができますから」
 「そっか!」
 「みんなが『送られて嬉しい!』と思える年賀状を作りましょう! もし美和さんがどうしてもみんなから元旦に年賀状がほしいって思うのなら、送る予定のみんなに『今年の年賀状は楽しみにしてね』とさりげなく言っておくといいかもしれませんよ?」
 「みんな私が送ることを知ってたら、私の分を作ってくれるかもしれないってこと?」
 「そういうことです! でもミオは楽しい年賀状をもらったら、後からでもお返しを出しますから……三が日を過ぎても楽しいんじゃないかな〜。あ、ミオはケーキ屋さんのとミオ個人の年賀状を送りますね」
 「私も送りますよ、美和さん。もちろんここでは作らないから内容は秘密ですけどね」

 こんなに親切にしてくれるお姉さんたちからも年賀状がもらえると知ると、美和は大喜び。早くも指を折って何枚届くか数え始めた。これでなんとか年賀状をもらえる枚数は計算できるようになった。しかし、送り先が増えないことには数が伸びない。実はこの少女、武彦の想像をゆうに超える枚数の年賀状を持ってきたのだ。そう、彼は気づくべきだった。両親のもらえる枚数が多いと聞いた時点で、美和が裕福な家庭の子どもであることに……
 ところがそんな悩みもたちどころに花々が可憐に解決してくれる。今回は本当に有能な人材に恵まれた。武彦はそう感じずにはいられなかった。

 「武彦さん。今のご時世、下手に住所をばら撒くのも不安だから……あやかし荘とかに事情を説明しておいて、わざと大きめの年賀状を飾らせてもらうわ。興味を持った人に返信の年賀状を書いてもらって、それをまとめて私たちが杉本家のポストに投函するってのはどうかしら?」
 「小学生だし、その方が安心かもな。じゃ、大きめの年賀状作りは任せた」
 「その辺は任せて。美和ちゃんをモデルに何枚かデジカメで写真を撮ってあるの。それを加工して、みんなでデコレーションするから」

 話に出た素材は、すでに零が丁寧にはさみで切っている。こちらも準備万端だ。
 それに続けとばかりに、今度は日和が美和の隣に座って『ある提案』をした。

 「もし美和さんがよかったらですけど……私は遠くに住んでる親戚やお父さんお母さんにも送るといいと思います」
 「えっ、一緒に住んでるお父さんとお母さんにも?!」

 武彦は目から鱗が落ちた。これは盲点だ。いや、灯台元暗しと言うべきか。これがあやこのいうアイデアなのかもしれないと思わず舌を巻いた。

 「毎日顔を合わせるし、話もするけれど、お正月だからこそ『今年もよろしくお願いします』って改まってみるのもいいかなと思うんですよ。普段は口でいえないことも、ここに書くんだったらそんなに照れは感じないでしょうしね。文字でしか伝わらないものも……たくさんあるんですよ?」
 「わかった。お父さんとお母さんにも送るね!」

 日和の笑顔は周囲を笑顔にさせた。この素敵な発想は所内の空気を存分に暖めた。


 こんなにいい雰囲気なのに……
 せっかくここまでいい感じで作業も進んできたのに……
 実はシュラインもあやこもミオも日和も、自分の年賀状を一緒に片付ける勢いでいたのに……

 あらゆる意味で『名物』とも言うべきひとりの男の登場で、一気に雰囲気が変わってしまう。
 パンチパーマに青の縞スーツ、サングラスに真っ赤なシャツ。そして、いつものこのセリフ。


 「おう、俺だ! カレー閣下様だ! あん、オリジナルの年賀状がほしいだとぅ?!」

 神宮寺……失礼、カレー閣下は唐突に現れただけならまだしも、なぜか今日に限って一目で状況を把握してしまった。年賀状とはあまりにもかけ離れている「カレー」という単語で所内は言葉を失う。まずい、非常にまずい。武彦は一瞬の隙を突いて零に目配せをし、いつものパターンに嵌めてしまおうと画策した。だが、ステージの幕を下ろすにはまだ時間がかかる。その間はみんなが閣下に付き合うしかない。

 「任せておけ、こんなこともあろうかとよ……ゴソゴソ。あったぜぇ! この『カレー様の偉大なるポストカード100選』で身も心もスパイシーだ!」
  パンパカパーン♪
 「ちょ、ちょっと。あなたのそれ、何か匂わない?」

 あやこは戸惑いを見せた。目の前にある葉書はほぼ黄色だらけ。ところが何かが違う。何か変だ。閣下のオンステージはまだまだ続く。

 「これはただの葉書じゃないんだぜ? これは世界各国のすばらしいカレー様の匂いが滲み込んだものなのさ! まずはこのキーマカレー様! ひき肉を使った定番よ。お次はチキンティッカマサラ! 言わずと知れたイギリスのカレー様よ」
 「ミオ、二番目のわかんなかったです……定番なのに」
 「ミオさん、みんな首を傾げてますから大丈夫です。きっと大丈夫です。たぶん、みんなわからなかったんです」
 「っていうか、どうしたらそんなものが作れるのよ! 精製方法を教えなさいよ!」

 周囲があっけに取られる中、あやこだけは謎すぎるアイテムに食いついた。だが、この男に理由や根拠など存在しない。究極のカレー様が絡めば、本能は知識を越える。だからこそ『カレー閣下』を自称でき、それが3人の部下に認められているのだ。

 「そして最近話題のホワイトカレー様! サフランライスでお召し上がりください」
 「閣下の説明がなんだかインチキくさい業者になってきたな……」
 「武彦さん、ちょっとだけなんだけどね。私、お腹が空いてきちゃった……」

 年賀状作りはカレー閣下の登場で完全にストップしてしまった。さらに紹介されるカレーの香りで、あのシュラインまでもが「間食でもしようかなー」などと怠けたい気持ちを吐露している。事態は一刻を争う。そんな中、ようやく草間兄妹の努力が実を結ぶこととなった。

 「お次はジャマイカのカレードチキン……」
 「はいはい、閣下お疲れ様。今日はその辺でおしまいだ」
 「何しやがる! まだ96枚の紹介が終わってねぇぞ! 話の腰を折るんじゃねぇ!」

  バーン! ガタ、ガタン!
 「茂吉! またこんなところでカレーの説法か! 今から署で俺がありがたいお説教をしてやる! 来いっ!」
 「あっ、てっめぇ! サツ呼びやがったな! ちっくしょー! てめぇ、覚えてろよ! 絶対に残りの説明してや……ひ、ひっぱんな、こっ、この野郎ぅ!」

 登場だけでもインパクト十分の閣下だが、武彦も零もすでに慣れっこだ。だからさっさと近くの交番に連絡して引き取ってもらったのである。閣下の目を盗むことは簡単だ。もしかしたら美和の目を盗む方が難しいかもしれない。


 意外な来訪者が姿を消すと、誰もが年賀状作りへと戻った。大きめの年賀状には依頼人である美和の構図が大胆に取り入れ、シュラインと零がそれを手助けする。あやこデザインのクラスメートネズミが完成すると、ミオと日和がそれぞれにこの世で一枚のデコレーションを施していく。こうしてオリジナリティーあふれる美和だけの年賀状が山ほど出来上がった。
 彼女はお礼とともに、皆が持ち込んだ年賀状のお手伝いをしたいと申し出た。これだけのことをしてくれたみんなにできる限りのお礼がしたい。少女はそう言った。もちろん申し出を断る者など誰もいない。年賀状作りはこのまま延長戦となった。

 草間興信所の年賀状は美和以外の全員が手分けして書くことになった。この時のシュラインから『事務所の連絡先とかは見やすく書いてね』などの要望が出される。また『お堅いところにも通用するものも何点かほしい』とも伝えた。その話を聞いて、なぜかミオと日和が安心した表情を浮かべる。そして示し合わせたかのように一枚の年賀状を自分のバッグの中に片付けようとするではないか。あまりにも怪しい態度にあやこが突っ込んだ。

 「なんでそれ、隠すの? 別に書き損じたわけじゃないんでしょ?」
 「いえ、きわめてそれに近い状態の……」
 「ミオはシュラインさんのお話を聞く前に書いちゃったから、その、あの……」
 「取ってつけた理由なんていらないから。ほらほら見せ……てって……?!」

 あやこは無理やりふたりから取り上げた年賀状を見ると、かなり微妙な反応を示した。それはカレー閣下とのやり取りよりも興味深く味わい深いものである。あわててシュラインと武彦、零が彼女の背後に駆け寄った。
 二枚は不思議と内容が共通していた。どちらも文字は達筆と表現してもいいもので、シュラインの指示を十分に守っている。だが、いかんせん空いたスペースに描かれた絵が謎の記号とも思えるほどおかしなものだったのだ。ふたりが隠したくなるのも無理はない。実はこのふたり、絵の才能には恵まれてなかったのだ。だから年賀状作りで絵の話がまったく出てこなかったのである。

 「おい、これ……まさかふたりともネズミを描いたとか言うんじゃないだろうな?」
 「「……はい、ネズミです……」」
 「まるでどこかの偉いお坊さんが描いた水墨画みたいね。でもそれっぽく見えなくもないし、別に使ってもいいんじゃない?」
 「あら、私もあやこさんに賛成よ。別にいいと思うけど?」
 「「ダメですっ!」」

 意図せず二度も声がハモったところで、自然と所内にまた賑やかさが戻ってきた。美和も楽しそうに笑っている。しかし今度はこの雰囲気もなかなか冷めないのではないだろうか。まだまだ興信所内での年賀状作りは続く。ミオと日和は顔を真っ赤にさせたまま興信所用の年賀状の文字だけを書き、あやこが今度は筆を振るってシンプルかつわかりやすいネズミを描く。零はあやこがスタンプに使った芋を丁寧に洗って蒸かしていた。あやこは最初からこれを計算していたらしいが、閣下の登場も手伝って最高のおやつになりそうだ。
 そんな最中、シュラインが武彦に年の瀬の挨拶をした。大晦日が忙しくて言いそびれると嫌だからという理由で伝えたその言葉は、さまざまな年賀状に書かれた言葉と同じくらい気持ちのこもったものだった。その瞬間、なぜか赤面している人間がもうひとり増えた……


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ /女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
7061/藤田・あやこ   /女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト
1747/神宮寺・茂吉   /男性/36歳/カレー閣下(ヤクザ)
7321/式野・未織    /女性/15歳/神聖都学園の1年生
3524/初瀬・日和    /女性/16歳/都内某有名進学校の生徒

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。納品までにお時間を頂き、本当に申し訳ありません。
しかも年を越したのに、年の瀬ネタです。忘れかけたお正月気分を思い出してくださいませ。
年賀状といえば年賀状にくじがついていますね。皆さんはご確認されましたか?

それでは通常依頼やシチュノベ、特撮ヒーロー系やご近所異界でまたお会いしましょう!