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<WhiteChristmas・聖なる夜の物語>


Train・White・Travel



 ここは現実世界ではない。
 だが、もう一つの世界である。

 向かう先は満月と星空がもっとも美しくみえるという、聖夜の丘。
 列車は目的の駅に着くまではただ進むのみ。
 大きな西洋風の駅では、ざわめく人々が行き交っていた。

***

 出かけるので、外出用の帽子をかぶる。
 何度も帽子の位置を直し、これで大丈夫かなと思いつつ、でも心配になった。
 くるぶしまで伸びているスカートは、決して上流階級の女性たちのような華美な形や色ではない。
 バスケットには珈琲ミル。それに珈琲豆。軽食となるようにサンドイッチを入れる。
「よし!」
 気合いを入れて、目的の部屋に向かう。同じ集合住宅に暮らす、探偵業を営んでいる草間武彦の部屋へと。
 ドアの前に立ち、バスケットを右手に持ち、左手でノックをする。
「武彦さん、時間よ。そろそろ駅に向かいましょう」



 深夜近くだというのに、駅内はかなり人が多い。それもそうだろう。今日は特別な日だ。
(クリスマス・イブだものね)
 恋人同士で過ごす、ロマンチックな夜かぁ……。
 隣で眠そうに欠伸をする武彦を見遣る。オーバーコートを羽織っている武彦はロマンチックなど関係なさそうな雰囲気である。
「なにもこんな夜にそんな丘に行かなくてもいいんじゃないのか? 他にも物好きな連中がいるようだが」
「……武彦さん、面倒だからってそんな言い方よくないわよ?」
「だって寒いし……」
 ぶるり、と軽く震える武彦。シュラインよりは暖かそうだと思うのだが……。
 シュラインは半眼になる。
(もしかして車内で寝ないでしょうね……)

 発車の時刻が近づいてくる。
 シュラインと武彦は列車に乗り込んだ。車内はそれほど人がいない。
「……この路線の列車にはあまり人がいないのね」
「そりゃ、こっち方面には何もないからな」
「何もないってことないじゃない」
「下っ端の使用人だったらこんな時間に外出するのも難しいし、聖なる丘だっけか。そこの星空や月なんて、金持ち連中にはどうでもいいことだろうからな」
「確かにそうかも」
 豪華な屋敷で暮らす連中には縁のないことだろう。貧乏、というわけではないが……中流や労働者階級の者たちはなるべくお金をかけないことを喜ぶ。
(……どこの階級もそれぞれ大変だけど、お金をかけない楽しみってやっぱり貴重よね)
 とはいえ、こうして列車に乗るチケット代金はかかるのだが。それでも……。
(宝石とか、流行のドレスとかを買うよりとっても安上がりだしね)
 うぅむと唸るシュラインは、ん? と気づいて顔をあげる。向かいの席では武彦が軽くいびきをかいていた。
「………………………………」
 寝てる。
 しばし無言で武彦を見つめていたシュラインは、ごとごとと揺れる列車の中で徐々に眉が吊りあがっていく。
 なんで。
(このっ)
 脛を軽く蹴る。ブーツでの蹴りに武彦は反応しない。
「………………っ」
 ただ一緒に。
(こうして外の景色見ながら、なんてことない会話したり……そんな、ささやかな……)
 少し、涙が込み上げる。
 「女の子」なんて年齢ではないけれど、だからといって「大人」は見た目ほど大人にはなれない。
 年齢なんて関係ない。どんな歳だって、ロマンチックなものが好きなら好きで、そういうのを、大切に想っている人と味わいたいと感じて何が悪い!?
 勢いよく立ち上がり、シュラインは寝ている武彦を見下ろす。頬を膨らませてシュラインはプイッと顔を横に向けた。
 一番離れた席にバスケットを持って移動し、頬杖をつく。
 窓の外は暗い。真っ暗だ。
 バスケットを両手で抱きしめる。武彦のためにと……気合いを入れた荷物。
 いっそ窓を開けてしまえと、開けてみる。結構窓がかたい。
(うぐ……)
 力を入れて窓を開け、夜風を車内に入れる。トンネルに入ったら窓を閉めなければならないが、しばらくは大丈夫だろう。
 風は冷たくて気持ちいいが、気分は全く晴れなかった。



 目的の駅に着いた。もう日付は25日だろう。
 駅員からお湯を貰い、早足で目的地まで行く。大股で歩いていくシュラインの後から、武彦が怪訝そうについて来ていた。
「なに急いでるんだ、シュライン」
「…………」
 お湯が冷めちゃうでしょ! とか言い返したいところだが、車内でのやり取りが尾を引いてシュラインは口をきかない。
 我ながら、なんて狭い心だとか……こんなことで意地を張ってとか……子供みたいだなとか……色々思うところはある。
 荷物は重くて。
(…………なにやってるんだろ、私)
 思ってはいけないのに、そんなことを思ってしまう。
 誘ったのは自分だ。武彦は渋ったが、来てくれた。うきうきしてこの日を待った。
「どこまで行くんだ?」
 背後ののんきな声が憎く思えてしまう!
(嫌な気分になりたくないのに……!)
 こういう時、なんて厄介なんだろうか心は。余裕を持って大人な対応をしたいのに。
 足を止め、真下を指差す。つまり、ここに座る、という意思表示だ。
 勢い任せに腰をおろす。周囲には自分たちのような男女の二人組がちらほらいる。寄り添っていたり、何か楽しそうに喋っていたり……。
 バスケットを降ろして膝を抱える。周りからは自分たちもこんな風に見えているのだろうか?
(でも違う)
 恋人同士でも、友達同士でもいい。ここまで来た者はケンカなんかしないはず。ケンカなんかして、この日を台無しにしたくないはず。
 なんでこうなっちゃうんだろう……。そう思ってしまうものの、自分に非はないはずだ。
(来たくないなら、すっぱり断ってくれればいいのに……)
 無理をして来てもらって……眠たそうで。なんのために誘ったのかわからない。
 むっ、と顔をしかめたまま、シュラインはてきぱきと珈琲を用意する。
 武彦はシュラインの不機嫌さに気づいているようで、距離をとって座っていた。
 用意した珈琲を、武彦のほうに「ん」と、差し出す。武彦はそれを黙って受け取った。
 立ち昇る湯気は白い。空へと緩やかに伸びるそれを視線で追い、シュラインは空を見上げた。思わず、目をみはる。
 綺麗だ。
 ちかちかと輝く星空は視界いっぱいに広がっている。その多さといったら!
(家だと、こんなに綺麗に見えないから……すごい)
 すごい。
 その星の海の中でたった一つ、月がぽっかりと浮かんでいる。その輝きにも目を奪われた。
「……………………」
 呆然として見ていたシュラインは、やがて、心が落ち着く。
 怒りは冷めていないけれども、こんな状態は嫌だ。でも、自分は悪くないのに。
(折角だし……。でも私が折れるのもおかしな話よね……)
 ちら、と自分と距離をとって真横に座る武彦を盗み見る。
 珈琲を飲む武彦は、黙って空を眺めている。感動している様子はない。
(……やっぱりつまらないのかしら)
 男の人にはそうかもしれない。
 さみしい。
 せっかく二人で来たのに。
 クリスマスは、一年に一度なのに。
 シュラインは少しずつ、少しずつ……武彦のほうに寄っていく。距離を詰めていく。
 座る位置を変えていることに、武彦が気づかないはずはない。
 とうとう真横に来た。
 膝をゆるく抱えた姿勢は、変わっていない。その膝に軽く頭を乗せてみる。なんだか、緊張しているような気がした。
 そのまま、武彦のほうを見上げる。まともに反応をしてくれるとは思わないけど、とシュラインは彼を見つめた。
 武彦は変わらず空を見上げていた。
(…………何も言ってくれない)
 嘆息しそうになった時、武彦が口を開く。
「これか。おまえが見たがってたのは」
「…………」
 一瞬、反応できずにきょとんとしてしまう。そんなシュラインのほうを武彦が見た。
「だからこの空だろ? 確かに街にいたままじゃ、見れないものだな」
「…………」
「なんだ?」
「う、ううん」
「悪かったな。どうも眠くて。それに星や月を見るのって、少しバカにしてた」
 素直に言われてしまい、シュラインは奇妙な表情をしてしまう。武彦が半眼になった。
「なんだその顔は」
「……武彦さんが素直に謝るなんて…………雨が降らなければいいけど」
「あのな」
「……私こそごめんなさい。考えてみれば仕事で疲れてるから眠くて当然よね。でも、でもね? どうしても今日はここで過ごしたかったの」
 あ。素直に言えた。
 あれほど怒っていたのに。イラついていたのに。……嘘みたいだ。
 武彦は珈琲をまた飲む。
「いつもと同じなのに、やっぱり場所によっては味が違うように感じるな」
「そう?」
「あぁ。しかし結構人がいるな」
「う〜ん。そうね。だってタダでこんなに素敵な空が見れるのよ?」
「寒いのにがんばるなぁ」
「私たちもその中に入ってるんだけど」
「そう言われればそうか」
 ふふ、とシュラインは微笑む。とても、楽しくて嬉しい。
 そう。自分はこうしたかった、彼と。
 他愛無い会話をして、いつもとは違うものを見て、二人で同じ時間を共有したかっただけなのだ。
(単純かしら。こんなことで機嫌が直っちゃうっていうのは)
 でも意地を張っているだけじゃ、前に進まない。
「武彦さん、おかわりいる?」
「ん? いや、まだいい。しかし寒いなぁ。まぁ家に帰ってもあんまりあったかくねーからいいけど」
「もっとロマンチックにできないの? 武彦さんてば」
「腹減ったなぁ」
 ……食い気が優先か。
 シュラインはバスケットからサンドイッチを取り出す。
「はいどうぞ」
「おっ! さすがシュライン! 気が利くな」
「武彦さんと違ってね」
「むっ。ひ、否定はせんぞ、あえて」
 なんだか可笑しくなって、シュラインは笑い出してしまった。
 怒っていたことがちっぽけなことに思えるほど、星は綺麗で月は丸い。
(私たちはこういうのがお似合いなのかも)
「ねぇねぇ、私たちも他の人からはカップルに思われてるのかしら?」
「さあなあ。そうかもな」
 頬杖をつくシュラインは「あ」と空を指差した。
「どうした!?」
「錯覚かしら? 今ね、流れ星が」
「なに! どこだ!?」
 慌ててきょろきょろ見回す武彦の姿が可笑しくて、シュラインはまた笑った。
 涙を拭いながらシュラインは言う。
「メリークリスマス、武彦さん」
「あ。そういえばそうか。メリークリスマス、シュライン。ほらこれ」
 ポケットから包みを出してくる武彦。受け取ったシュラインは、簡素な包み紙を開いた。
 オルゴールだ。
「……これ」
「こんなもんしかやれなくてすまん。まぁそれでガマンしてくれ」
「ありがとう、武彦さん!」
「日頃の感謝も込めて、ってやつだ」
 照れ隠しか、武彦はサンドイッチを頬張ったのである――――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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PC
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

NPC
【草間・武彦(くさま・たけひこ)/男/30/草間興信所所長、探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 笑顔でクリスマスを迎えられたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。