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<東京怪談・PCゲームノベル>


警笛緩和 - 飛べない傷 -


 夕日に照らされた校門。学生たちが笑いながらいそいそと帰宅していく、そんな刻限。
「未織、どこ行くの?」
 長い影が自宅とは逆方向に急ごうとする未織を呼び止めた。
 クラスメイトの声に振り返る。
「今日はちょっと寄ってみたいところがあるの」
「あ、ひょっとして美味しいお菓子でもみつけた?」
 未織が探しだしてくる菓子店は人気店から穴場まで、ケーキ、パイ、スフレなど、どれをとっても頬が落ちるほど美味しいところばかりだった。店に行くのならば私も、と歓喜として尋ねる友達に「今日は違うよ」と訂正する。
「じゃあなに? 彼氏が、できたとか?」
「それこそ違うよ」
 「そうじゃ、ないの」と一瞬、瞳が遠くを見つめた。

「じゃあまた明日ね!」
 琥珀の髪を揺らして去っていく。
 友達は僅かな変化を見逃さず、小さくなっていく背中からしばらく目が離せなかった。

  *

 また立ち寄ってみた。今日は自分の意思で。少年がいるとは限らないけれど、それでも心にひっかかって。
 少年といると、なぜか――



 赤く黄色くうつろう小さな波が穏やかに下流へと吸い込まれていく。以前訪れた時よりも日は傾き、夕闇が迫っていた。草のささやく音と水のせせらぎが耳に心地良い。
 ただ、小石の跳ねる音はしない。いないのかと諦めた時、黒い学生服が川の景色に溶け込んでいた。
(よかった、いてくれた……)
 人一倍警戒心の強い祐だ。もしかしたら、もうこの川には来ないかもしれない、と不安だった。友達になって話したいことがたくさんある。それも叶わないうちから会えなくなってしまうのは辛い。

 今度こそは脅かさないよう慎重に声をかけようと一歩ずつ近づく。
 祐は初めて会った河原とは違う、公園にいた。堤防から見下ろせば、小さな校庭のよう。狭い敷地内に遊具が三つあり、子供たちの声が空に広がる。
 珍しいと思った。警戒心旺盛な魄地君が子供とはいえ、人が訪れる場所にいるなんて。

「魄地君」
 声を張り上げず、すとんと背中に投げかける。
 少年は一度顔を合わせるが、銀の瞳は視線を外す。
 それだけで、まだ気を許してもらえてないことがありありと分かる。けれど、それも魄地君らしいかもしれない。
 もしここで、息を殺して忍び寄っていたり、明るく声をかけていたらもっときつく咎められていただろう。見知った気配を持つ人間がそうすれば、余計に刺激することになっていた。祐は近づいてくる未織の気配を察していたからだ。

「魄地君は、悪魔っていると思います?」
 自然に振られた話題。訝しそうに未織へ顧みる。憂いの色を滲ませた青い瞳に、祐は眉間にしわを寄せた。
「悪魔?」
 こくりと少女が頷く。
「どうだろな。幽霊や魑魅魍魎の類はいるが……」
 未織が何を言いたいのか計らいかねた。無意識に心の暗闇に予防線を張る。
 少女は初めて祐から目を逸らし、瞳と同じ青い空を見上げる。遠く見つめるそれに、早くも自分で張った線が崩れかけた。包み隠さない感情が少女からじわりと零れているから。
「お祖母様が言うにはミオは、悪魔の子なんですって」
「悪魔の……子?」
 ますます意図がつかめず聞き返す。
「生まれた時からペンデュラムを持っていた事、霊が見える事、水の剣、ダウジング」
 そして祐に目線を合わせる。
「それら全ては悪魔の子だから……」

 幼少の頃から祖母に、心を引き裂く言葉ばかり言われ続けていた。ペンデュラムを持ってこの世に誕生した時から笑顔を向けられたことはない。こちらから歩み寄っても、無視し続ける。

「ミオの家、ミオ以外は普通の人なんです。だから、お祖母様は怖かった、んだと思います」
 理解できない現象が孫の身に巣食っているから。
「ミオをその手にかけようとするくらい……」
 しわばかりの、他の人には優しい手が細い首に伸びて、恐ろしく鬼のように歪む祖母の顔。
「本当はミオ、兄弟がいるはずだったんです。幼い時に亡くなったそうですけど、もし兄弟がいれば……」
 未織の顔が夕闇に沈み、苦しそうに笑顔を作る。
「パパやママの前でも泣く事が出来たのかなぁ」
 痛々しいそれが全てを語っていた。

 未織の顔をじっと見つめながら聞き入っていた祐。その脳裏にはある人物の影が未織と重なっていた。
 一度だけ弱音を吐いた、あの人物を。



 急に子供の声が耳に飛び込んでくる。いつのまにかサッカーボールと戯れていた。ボールが視界の端に映り、ふっと現実に引き戻される。
「ごめんなさい、愚痴るつもりじゃなかったんです。今のはミオの独り言だとでも思ってください!」
「……天理に似てるな」
「え?」
 そっと呟かれた名前。だが、「いや……」と言うだけで、それ以上は語らなかった。
 天理という人とミオが似てる? その人が魄地君のそばに? と心の中で反芻する。けれど、次の祐の言葉でその考えは隅に追いやられた。
「オレも兄弟はいない。その点では似てるかもしれない。――親もいないが」
 初めて明かされた事実。初めて、自分の口から話してくれた事実。

 思わず、涙ぐむ。視界がぼやけて波のように揺れる。
 ここまで過去のことをじっと聞いてくれた人はいなかった。否、話もしなかった。祐は笑わず、ただ自分の過去と重ねてくれた。
「魄地君って不思議な人ですね。ミオ、人に泣き言を言ったの久し振りです。普段は笑ってないといけないから……」
 祐は真正面から銀の瞳で見据えた。
「無理に、笑わなくてもいいんじゃないか?」
 え? と呟いたつもりだった。声にならず、息にかすんでいく。

 ころんと心に転がりこんできたサイコロ。それは七つの面。
 祐は、生きる選択肢がサイコロのように七つもあれば、無限にもあると言っているのだ。笑うのも笑わないのも個人の自由。無理に自分に負担をかければ、そこにひずみが生じる。
 笑わなくてもいいのだ――

「前に他人が傷つく言葉を吐いたと言っていたけど、あんたは後悔してる」
 祖母から忌み嫌われて自分の能力が無くなればいいと願った。その結果、心が磨り減り余裕がなくなって人を傷つけても。平気な顔で人生の路を渡っているわけではない。むしろ、その過去が未織の傷跡をえぐっている。

 ――――傷つける人間が自分の言葉で傷ついてない、とも限らない


 銀色の光が心の湖に落ちていく。青い瞳が空色の雫を零した。
「お、おい」
 静かに流れた一滴に、祐は戸惑う。目の前で泣かれたのは初めてだった。何か言ってしまったのかと不安がよぎる。
「ありがとう。そんなこと言われたの初めてで……」
 ふふっと微笑んだ。さきほどのような息苦しい表情はどこにもない。胸の痞えが取れたように。祐は安心して息を吐く。

「何だか、ミオの印象が尚更変な子になってる気がします……」
 気分がめいり、眉が下がる。
 変なヤツじゃない、そう祐は思った。口から漏れることはなかったが。

「本当に怪しい者ではないんです! そこは信じてください!」
 早口でまくしたてた。強調する未織に、祐はまた後ずさる。
「し、信じる信じないは別だ。だけど怪しい者じゃないことだけは、分かった」
「そう、ですか」
 良かった……と胸をなでおろす。

 黒髪から覗く銀の瞳は無愛想でも、どこか優しい。邪険でも薄情でもない。未織は少年といると気が楽になる。
 そう。

 ――少年といると、安らぐ。

 セピアの記憶を色づかせるように。苦しい垣根から乗り越え、翼で飛んでいくように。



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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 7321 // 式野・未織 / 女 / 15 / 高校生

 NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年

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■             ライター通信               ■
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式野未織様、二度目の発注ありがとうございます。

前回の数日後に顔をあわせたことになっています。
祐の口数が多くなってきました。こんな口調でも(笑)着実に気を許し始めています。
ある台詞を入れようと思っていたのですが、もっと距離が縮まらないと言えないので、それはまた機会があった時に。
未織さんの感情の変化も上手く描写できていれば嬉しいです。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝