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<東京怪談・PCゲームノベル>


   「幽玄に咲く月」

「えらいもん身につけとんなぁ。どこで見つけてきたんや、そないなもん」
 華奢な腕にしっかりと巻きついたブレスレットを目にして、法衣を着た寺の長男、清明が言った。
「はい……あの、道端で拾ったんです。高価そうなものだったのでおまわりさんに届けようと思ったんですけど……」
「取り憑かれた、ちゅうわけやな」
 柔らかな茶色の髪に青い瞳をした少女、未織は小さくうなずく。
 畳の匂いが漂う和室。掛け軸や壷、花瓶などを飾ってある客間で、2人は対峙していた。
「どうやらミオの背後にいる女の人の物のようなのですが、あの……一緒に行こうって、ミオは何処に連れてかれる予定なのでしょう?」
「少なくとも茶ぁしばこうっちゅう誘いやないやろな。仏教は輪廻転生やから、普通はその人間の業に応じた地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天の六道のどれかに行くことになっとる。……まぁソイツの場合はどこに行ってええんかわからんようになったもんでその辺におるヤツ死なせて、一緒にそこ連れてってもらおう思うとるんやろ」
 不安そうな15歳の少女に向かって、清明は端正な顔を崩しもせず淡々と言い放つ。
「あの、ミオにも霊感はあるので見えはするのですが、どうしてあげる事も出来ません。ミオの家はミオ以外何の能力も持っていない人ばかりですので連れて帰るわけにも行きません。厄介ごとを持ち込んでしまって申し訳ありませんが、どうか手を貸していただけないでしょうか?」
 未織は必死になって懇願する。
 ただでさえ白い肌はより青白く、愛らしい顔をしんどそうに少し歪める。
 体調が悪くなってきているのは目に見えてわかった。
「そら、何とかしたるためにここにおるんやけどな。……せやけど自分、ただ見えるだけどちゃうやろ」
「あ……はい、えっと、ダウジングで得意で、ここのこともそれで探しました。助けてくれるところはないかと思いまして」
「だけやのうて……」
「入るで!」
 突然の声と共に、襖が勢いよく開けられる。
 片手にお盆を手にした金髪の少年はそのまま中に入り、2人の間にある食卓机にどん、とお盆を置いた。
 丸い湯飲みに注がれたお茶が揺れ、受け皿の中に少し零れた。
「……作法っちゅうもんがなってへんな、雷明」
「知るか! 大体、何でわいがこないなことせなあかんねん」
「宿禰にやらすわけにいかんやろ。仕事のときはな。依頼人が年の近い同姓やから尚更や」
「茶ぁくらい自分で入れたらええやろ。自分は好きでやっとるんやろうけど、わいや宿禰は違うんや。幽霊だの妖怪だの、くだらんことに巻き込まんといてくれ」
 いきなり険悪なムードに陥り、未織はあたふたしながら2人の顔を見比べる。
 ばんっ。
 出て行こうとする雷明の前で、襖が勢いよく閉じた。
 天井から吊り下がる照明がゆらゆらと揺れ出す。
「あああ、あの、黒川さん……」
「――怒っとるな」
 背後から怒りと寒気を感じ、身震いする未織に清明は腕を組んで無表情に
言い放つ。
「ちょお待て! わいは関係あらへんぞ。とっとと出さんかい!」
 雷明は必死になって襖をガタガタ鳴らしている。
「阿呆。そないな分別あるヤツが通りすがりのもんに取り憑くか。大体、怒らせたんは自分やろ」
『行きましょう、一緒に。私と一緒に来て……』
 耳鳴りがするような声が更に強く響く。
 未織の肩から二本の腕が伸び、背後からしっかりとしがみつく。
「きゃあっ」
 未織の手から不意に水の刀が出現し、それに引きずられるようにぶんぶんと振り回す。
「た、助けてください〜!」
 しがみつかれているため、振り返って刀を振るっても当たることはない。それでも身体が勝手に動き回っている。
「……なんや、ええもん持ってんなぁ」
 そんな状況にも取り乱さず、むしろ感心している清明。
「アホかぁ! そんなん言うてる場合とちゃうやろ、はよ助けたらんかい! 何のために相談受けとるんや、このクソ兄貴!」
 弟の雷明がそう言いながら、刀を持つ未織を何とか取り押さえようと必死になる。
 霊が刀に刺激され、照明が揺れ壷は割れて掛け軸は落ち、混乱は大きくなるばかりだった。
「――怖いか」
 あくまで冷静に見守りながら、清明が声をかける。
「こ、怖いです!」
 刀に振り回され、バタバタと動きながら未織は叫ぶ。
 冷ややかな空気が背中に張りつき、まとわりつく白い腕もしっかりと目に映る。
 未織はぎゅっと目をつむり、それを見ないようにと努めた。
「せやけど、後ろのヤツも怖がっとるんやで」
 だが、清明の言葉にハッとしたように目を開ける。
 部屋の中では湯のみや急須やお盆、座布団も机も割れた花瓶も、宙に浮かんで壁にぶつかってはまた浮き上がってぶつかっていっている。
 子供の癇癪のような光景だった。
「危ない!」
 未織にお盆がぶつかりそうになり、雷明がそれをかばう。
「あ、ありが……」
 礼を言う間もなく、刀は背後にいるものを切りつけようと彼女を振り向かせる。
「ええ加減にせぇ、兄貴! 怪我でもしたらどないすんねん。はよ何とかせえ!」
 未織をかばうように立ちはだかった雷明が、清明に向かって怒鳴りたてる。
「……関係ない言いながら、結局かばうんやもんなぁ。ま、ええわ。確かにこのままやと拉致が明かんし、危ないやろうからな」
 一人だけ離れた場所で見物していた清明は、ため息と共に腰をあげる。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニハンドマ・ジンバラハラ・バリタヤ・ウン」
 温かな光が、周囲を包み込む。
 辺りを騒がせていたポルターガイストはぷつりと途絶えた。
「死霊を切りて放てよ梓弓、引き取り給え経の文字」
 カッと強い光が貫くように伸び、すぅっと形を失くしていく。
『ああ、道が見える……やっと、行けるんだわ』
 未織をしっかりと捕らえていた腕が緩み、消えていく。
『ありがとう……』
 今までの、押しつぶされたような低い声ではなく。哀しみと恐怖の入り混じった口調ではなく。
 晴れ晴れとした優しい声が、未織の耳に届いた。
 未織を振り回していた水の刀は目標物を見失い、スッと消える。
 思わずへたり込み、光が消えていく先をじっと見つめた。
「除霊って、もっと怖いものかと思ってました……」
「除霊やない、浄霊や。悪霊やったら無理やり倒すんもアリやけどな……さっきのは、どうしてえぇかわからんと、自分にしがみついとっただけや」
「そうなんですか? じゃあミオは、ひどいことを……」
「ゆうても、放っといたら体力奪われて一緒に連れてかれとったやろうけどな」
 驚きの声をあげた未織は、続く清明の言葉にガクッとしてしまう。
 それじゃ、結局祓ってもらうしかなかったんじゃないか、と。
「――なんであの霊が、自分についてきたか、わかるか?」
「なんでって……理由があるんですか?」
「姿を見て、声を聴ける。そういう力がある人間は、霊にとって光のようなもんや。暗闇の中で光が見えたら、誰かて追いかけるもんやろ」
「……彼女も、助けて欲しかったんですね。なのにミオは、刀を振り回して怯えさせてしまって……」
「自分で制御できんかったんやろ、そらしゃあないわ」
「もしかして、ミオにそれを教えてくださるために、あえて見守ってらっしゃったんですか?」
 未織が尋ねると、ずっと無表情だった清明が不意に微笑みを浮かべた。
「騙されたらあかんで!」
 その間に割り込むように、次男の雷明が声をあげる。
「絶っ対に人が怯えたり困ったりしとんの見て楽しんどっただけや! なんやかんやと説教くさいこと言うとるけど、そういうヤツやねんコイツは!」
 ――え?
 雷明の言葉に、未織は清明に目を向ける。
「……失敬なヤツやなぁ。言うとくけど、安全なんはわかっとったで。この子が取り殺されるほど弱い人間とちゃうことも、物理攻撃ならお前が守るやろうっちゅうこともな。ただ、この状況でどないな反応するんか確かめてみたかっただけや」
 清明は動揺することなく、ぽんぽんと未織の頭に触れる。
 ど、どっちの意味なんだろう……。
 弟の言うとおり楽しみたいからなのか、それとも霊への対応やそれに伴う感情を見極めたかったということなのか……。
 未織は混乱し、2人を見比べる。
 だけどやがて、緊張した表情をやわらげた。
「――助けてくださってありがとうございます。お2人とも」
 そして、ペコリと頭を下げる。
 どちらにしても、助けてくれたという事実に変わりはない。
 未織は素直に微笑んだ。
「2人って……べ、別にわいは助けようと思って助けたわけとちゃうで! たまたまや!」
 雷明は照れくさそうに顔を赤らめながら、ふいっと顔を背ける。
「こっちこそ、おもろいもん見せてもろうて楽しかったわ。あの水の刀……どういうもんなんか詳しく調べてみたいもんやな」
「あ、あれはその、えーと……」
「また何かあったら……いや、何ものうても遊びに来ぃや」
「兄貴! また何かけしかけるつもりやろ。あかんで、こんなヤツに近づいたら。助けるどころか苛められるだけや!」
 にっこりと微笑む清明の後ろから忠告する雷明。
 一見仲が悪そうだが、何だかんだで息はピッタリのようだった。
「えっと、このブレスレット、もう大丈夫なんですよね。おまわりさんに渡しても構いませんか?」
「そら構わんけど、届けたところで持ち主はおらんのやし、もろうとき。その方が霊も安心すると思うで。まぁ、気味悪いっちゅうなら預かってもええけど」
「いえ……気味が悪いなんて、そんな。ただ家族の方にお渡しした方がいいかと思って……」
「それもそうかもしれんな。そしたら、一応こっちで身元調べてみるわ。警察には無理やろうけどな」
 確かに、警察ではブレスレットの持ち主を探ることもその家族を見つけることもできないだろう。
 未織はうなずき、そのブレスレットを清明に託した。
「……そうだ、ご迷惑をおかけしたお詫びに、お菓子でもいかがでしょうか。甘いものはお好きですか?」
「……お菓子?」
 ぴくりとした反応したのは、弟の雷明。
「甘いもんなぁ……俺はそない得意とちゃうから、妹の宿禰にでもやってくれるか」
「あ、あの庭掃除をしてらした方ですね」
 鞄の中からお菓子を取り出す未織の様子を、兄の向こうからそっと雷明が覗き込んでいる。
「大丈夫ですよ。たくさんありますから。ミオのおうち、ケーキ屋さんなんです」
 物欲しそうな様子に、思わず笑みを浮かべながら未織が言った。
「雷明。お前もよう頑張ったもんな。そしたら……コレとコレ、もろうとき」
「あ、それ……」
 差し出された中から、清明がいくつかを選び、雷明に手渡す。
「べ、別に礼とかそんなん、もらうようなことしてへんけど……まぁ、せっかくやから、もろうとこか」
 言いながら、しっかりとお菓子を手に取る雷明。
「そしたら宿禰呼んで茶ぁ入れてもらおか。一緒に食べたらな、アイツも遠慮するやろし」
「そ、そうやな。呼んできたるわ」
 待ち遠しいのか、そわそわした様子で出ていく雷明。
「……もしかして、わかってますか?」
「何がや?」
 聞き返されてしまい、未織は返答に困る。
 ほとんどのお菓子は、美味しいと評判のお店のもの。
 だけど清明が選んで雷明に渡したのは、パティシエを目指す未織自身が作ったものだったのだ。
 同じように包んであるし、見た目はよくできているので友達でも見分けもつかないことが多いのだけど……。
「雷明に食うてもろうた方がええかと思うたんやけど、違うたか」
 どうやら、わかっているらしい。
「いえ……そうですね。お礼ですから、その方が。……では、ミオはそろそろ失礼しますね」
「ああ、気ぃつけてな。……力があるだけやのうて、優しい人間にはすがってくるもんが多い。面倒に巻き込まれやすいやろうから、いっそ気にせんっちゅうのも手やで」
「……よく、わかりません。特別に優しくしようとしたつもりはないですから」
「そうか。そんならええ。偽善で苦労背負い込むんはアホやけど、それが地なんやったら、どんな苦労かて御仏の思し召しやろうからな」
 軽く手を振られて、未織はもう一度頭を下げる。
 きしむ廊下を歩いていると、宿禰が出てきて「今お茶を用意しておりますが」と声をかけられるが、丁寧に辞退する。
 少しだけ、手づくりのお菓子の感想を聞きたかったけれど……。
「なんや、もう帰るんか?」
 続いて、雷明に声をかけられる。
「一緒に食うてったらええのに」
「いえ、でも……祓っていただいた上に、家族の団欒にお邪魔するというのも」
「そんなもん、気にせんでええって。元々寺っちゅうのは自由に出入りできるところやし、じいちゃんばあちゃんなんか、よう茶菓子持って遊びに来とるわ」
 そういって、半ば無理やりに部屋に連れ戻される。
「なんや、帰るんと違ったんか」
 机を元の位置に戻していた清明が、無表情のままに尋ねてくる。
「そのつもりだったんですけど……」
「あ、清明様! そのようなこと、自分が致します。未織様も、こちらは後で片付けますのでどうぞ別の部屋へお移り下さいませ」
 部屋の惨状を目にした宿禰が、それを片付けようとする。
 結局別の部屋に移り、4人が並んだ。
「紅茶があればいいんですが、あいにく日本茶しか置いておりませんもので」
 丁寧な仕草でお茶を差し出す宿禰。
「いえ、お構いなく」
 いただきます、と手を合わせる宿禰の横で、雷明は早速包みを開けて口に入れる。
 一口に頬張り、もぐもぐと口を動かすその表情が、ピキッと固まった。
「どうしたんですか、雷明様。喉につまらせました?」
 宿禰が慌てて、お茶を差し出す。
 雷明はそれを手に取り、流し込むようにお茶を飲み込む。
「どうですか? そのお菓子」
 わくわくした様子で尋ねる未織。
「手作りやって」
 それに、清明がニヤリと笑って付け足した。
「あ、う……うまい、です」
 雷明はぼそっとつぶやき、こくこくとうなずいて見せる。
「本当ですか? よかったぁ。ミオ、パティシエになるのが夢なんですよ」
「えぇ!? それは……っ」
 雷明は言いかけて、慌てて言葉を飲み込む。
「おいしいですね。これも手作りですか?」
「あ、いえ。それはお店のです〜」
 宿禰の言葉に笑顔で答える未織。
「よかったなぁ、雷明。『たまたま』手づくりの方がもらえて」
 何をどこまでわかっているのか、微笑む清明に、顔をしかめる雷明。
 一方、未織は自分の手作りのお菓子が褒めてもらえたのでご機嫌だった。
 またいつか、遊びに来てもいいかもしれない。
 手作りのお菓子を持って……。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:7321/ PC名:式野・未織/ 性別:女性 / 年齢:15歳 / 職業:高校生】

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■         ライター通信          ■
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式野 未織様

はじめして。ライターの青谷 圭です。ゲームノベル「幽玄に咲く月」へのご参加どうもありがとうございます。
今回はブレスレットに憑いた幽霊についてのお話を描かせていただきました。オチにお菓子がからむこともあり、全体的に軽めな感じにさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。