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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


不夜城奇談〜十二宮の長〜


 ■

 細い三日月の光りだけが手元を照らす暗闇の中で、彼はくすりと笑った。
 指に挟んだカードには短いメッセージが一つ。
【LEO 獅子の遊介 約束の場所で待つ】
 その言葉は君の目に触れただろうか。
 君は、約束の場所に来てくれるだろうか。
「そろそろ気付いているはずだよ、水主。地球の神サマが進化に飽きている事を…」
 笑いを交えて呟く彼は、懐かしい日を思い出すように遠くを見つめる。
 淡い光りを投げ掛ける三日月の、その果て無き向こう――。
「この宇宙はもう間もなく閉じるんだ」
 くすくすと。
 小さな、小さな笑いと共に、時代は動く。
「俺達“十二宮”は、これ以上、神サマの都合で死ぬ命を増やしたくないだけさ」
 だから会おう、約束の場所で。

 再び会おうと約束した、あの場所で。


 ***


「一緒に行くかい?」
 草間興信所で、水主こと文月佳一は集まった面々に問い掛けた。
「これは十二宮から私へのメッセージだ。どうやら会う気はあるようだし、一緒に来るなら本人から話を聞くことも出来るだろう」
「行く…って、その約束の場所ってのはどこなんだ?」
 代表して聞き返すのは興信所所長の草間武彦だ。
 イヤな予感を抱えつつ尋ねれば、案の定、意地の悪い笑みを浮かべた彼はあっさりと言ってくれる。
「北海道だよ」
 観光旅行でなら一度は行ってみたい北の大地。
 既に積雪一メートルを超えた土地もあるような、極寒の。
「心配しないでも十分ほどで着く予定だから一日で充分、用は足せるよ」
 十分でどうやって行くのかと思う面々に、顔を歪めたのは闇狩一族の狩人達。
「さぁ、どうする?」
 対して楽しげな水主。
 何とも意味深な態度に、最も早く返したのは阿佐人悠輔だった。
「俺は行く」
 既に問題の渡航方法を一度経験している彼が迷い無く言い切れば、
「そうね…、ここで下りたら後味も悪いし」
 シュライン・エマが続き「…どう?」と促す視線の先には天薙撫子。
「はい、わたくしもお供させて頂きます」
 三人の返答を聞き終えて、水主は最後に蒼王海浬を見遣った。
「君も一緒に来てくれるのかな」
 やはり楽しげに問われて、海浬は目線だけで応える。
 特に表情を動かすわけでもない彼は、しかし誘いを断るつもりもないらしい。
 各々の気持ちを確認した水主は満足そうに微笑むと、おもむろに立ち上がった。
「では、出発は明日の正午。もしまだ協力してくれそうな能力者がいるのなら声を掛けておいてもらいたい。――遊介との再会は、おそらくはタダでは済まないだろうからね」
 何とも意地の悪い言葉を残した一瞬後、彼は一同の前からその姿を消していた。




 ◆

「北海道?」
 草間からの電話連絡に赤羽根灯は思わず裏返った声を上げてしまった。
 それもそのはず。
 以前、十二宮の話を聞きに行った際に自分もこちら側の人間として彼らの計画阻止のために動くと約束はしたが、それで唐突に北海道へ誘われるとは考えもしなかった。
「どうしていきなり北海道?」
『何でも水主と十二宮を率いている奴が再会を約束した場所らしいぞ』
 草間もいまだ不透明な状況に悩んでいるようではあったが、その傍に知的派な彼女がいてくれるからだろうか。
 灯の質問には、随分と要点の纏まった説明を返してくれる。
 十二宮の創始者・大鳥遊介についても、草間が知る限りの情報を貰い、灯も自分の中で一生懸命にそれらを整理していった。
『で、イキナリだが明日の昼に北海道に向けて出発するそうなんだが、行くか?』
「もちろん!」
 間髪を入れずに応えれば、あちらで微かな笑いが起こった。
「なに?」
『いや…、その声を聞いたら俺も気が楽になるよ』と、些か理解に苦しむ返答。
「それって褒められてる?」
『あぁ、当然だろ』
 何とも信憑性に欠けるが、とりあえずは褒め言葉として受け取っておくことにする。
「じゃあ明日の昼に興信所ね…、飛行機代とかは要らないの?」
『それも、どうもよく解らないんだが十分で行けるって話だから、飛行機は乗らないだろうな』
「十分…」
『ま、そんなわけでよろしく頼むな』
「了解!」
 そんな応えを最後に電話を置いた灯は、それでも北海道へはどのようにして行くのかと悩まずにはいられなかった。
 が。
「――ま、いっか。明日になれば判るもんね」
 前向きに笑んで自身を納得させると、京都の母親にも連絡しておかなければと、改めて受話器を手に取った。
 それが彼女の最初の試練になるなど、知る由も無く。




 ■

 正午に北海道に向けて出発するというその日、約束の時間の十五分前。
 草間興信所の、その部屋には、主である草間武彦の他、シュライン・エマ、天薙撫子、蒼王海浬、赤羽根灯、阿佐人悠輔、伊葉勇輔、白樺夏穂、杉沢椎名、そして神城柚月という九名の能力者達と、ある意味では元凶とも言える文月佳一が顔を揃えていた。
 その中でただ一人、水主との直接の面識が無かった柚月は、物怖じしない性格ゆえか一同の前でズバリ問うた。
「水主さまは「獅子の遊介」いうお人をどう思ってはるん?」
「どう、とは?」
 微笑を湛えた口元が紡ぐ聞き返しに、柚月は面白いと感じる。
「私は遊介いうお人のことが、いまいち良く判らんのよ。水主さまから見た「獅子の遊介」の人物像ちゅうんかな、そういうの教えてもらえたらありがたいんやけど」
「なるほど」
 水主は軽く頷くと「そうだね…」と記憶の中を探るように、言葉を選ぶ。
「とても真面目な人物だと思うよ。責任感は強いし、傾向はどうであれ一組織を率いた男だ、カリスマ性もあったしね。私の片腕として働いてくれる気があったなら喜んで迎えていただろう。――最も、友人には決してなれなかったと思うが」
「そうなん?」
「私も人に褒められる性格はしていないと自覚しているけれど」
 にこりと周囲を見渡しつつ、彼は言う。
「少なくとも、人を殺した者には死をもって償わせるのが妥当とは考えたくないんだよ」
「ふむ」
 納得しつつも違和感のようなものを感じていた柚月が更なる問い掛けを声に出そうとした、その矢先だ。
「待たせたな」
 そんな言葉と共に興信所の扉を開いたのは影見河夕。
 その後ろには、何やら平べったくも大きい、布に包まれた荷物を抱えた緑光の姿もあった。
「ああ、ご苦労様」
 水主が労った途端に河夕の表情が歪む。
「…ったく、自分で道が用意出来ないなら昨日の内に言っておけ」
「悪かったね。まさか闇狩に、あの場所までの道が無いとは考えもしなかったんだよ」
「……そりゃ悪かったな」
 頬を引きつらせて言う河夕に光が失笑。
 更にはシュラインも声を殺して笑っている。
「よぉ、お二人さん」
 そんな雰囲気を変えようとでも思ったのか、声を上げたのは勇輔だ。
「伊葉さんもいらして下さったんですか」
「力になるって約束したろ」
 余裕の笑みを浮かべて言う男が、実は興信所に辿り着くまで一瞬たりとも気の抜けない状況にあったことや、いざ着いてみたら灯が居て度肝を抜かれたなど、狩人達は気付きもしない。
「ありがとうございます」
「感謝する」
 そう真面目に返す彼らに笑い返し、光が持つ荷を指差した。
「で、道ってのがソレか?」
 北海道まで十分で行けるという航路かと確認する勇輔に、彼らはコクリと頷いた。
 光がそれを壁に立てかけ、布を剥ぐと、現れたのは――。
「鏡、ですか?」
 撫子が目を瞬かせて言う。
「鏡よね」
「鏡、だな」
 シュラインと草間が確認するように言う隣で、些か微妙な顔付きをしているのは、この意味を知っている悠輔だ。
「これで、どうするの?」
 灯が問う。
 光が事情を説明しようと口を開く、が。
「まぁ、入ってみたら判るよ」
 割り込むように言葉を挟んだ水主が、トンッと最も鏡の近くにいた勇輔の背を押した。
「えっ」
「あ」
 ぶつかるかと思いきや、その鏡の中に消える半身。
「え、――……!」
 それきり吸い込まれるように鏡の向こうに姿を消した伊葉勇輔。
「さぁ、次は誰が行こうか?」
 にっこりと笑う水主に、嫌な沈黙が広がった。




 ■

 北海道までの所要時間十分、それは闇狩一族の故郷である惑星から地球への行き来を可能とする特殊な道を用いての場合であり、これに必要なのが鏡だ。
 全身を潜らせる事が出来るのであれば大きさに規定はない。
 ただ、姿見の方が潜り易いから今回は大きなものを用意したに過ぎなかった。
 そうこうして全員が鏡を潜り抜けたのは、約十分後。
 水主の宣言どおり、十分で彼らは東京から北海道への移動を完遂させたのである。
 彼らが出た場所はすっかり寂れた廃屋の一室。
 辺りに人気は皆無であり、冬の冷たい風が彼らを包んでいた。
 好んで隙間風に吹かれていることもない、早々に目的地へ移動しようかと思う一方、誰もが北海道に到着するのと、行動に移せるまでの所要時間には些かの隔たりがあることを認識していた。
「大丈夫ですか……?」
 最も落ち着いている阿佐人悠輔が、真っ青な顔でその場に倒れこんでいる伊葉勇輔に声を掛ける。
「おまえも平気か……?」
 こちらも同じくヘロヘロ状態の灯に声を掛けるのは河夕。
「…っ……」
 二人とも何かを言いたいらしいが、口を開けば大変な事になりそうで喋れない。
 とは言え、彼女達の言いたい事は判る。
 鏡の道は、空間を捻じ曲げて存在するものであり、狩人の能力によって拓かれた道は一族以外の存在を侵入者とみなすのだ。
 故に最初の一度は「道が人を記憶するため」更には「敵でないことを確認する」試練に似ており、さながら無重力状態で自分が球技の球になったような、ベルト無しでジェットコースターに乗せられたかのような筆舌し難い状況が彼らを襲ったわけだ。
「…お、驚きましたわ…」
 こちら酔ってはいないようだが、着物の上から心臓を押さえて呟く撫子の隣では、柚月が幾分か余裕の表情で、しかし苦笑交じりに「これやったら局の転送ゲートの方が大人しい感じるわ」と小さく呟く。
「面白かったわ……」
 ぽつりと呟く夏穂の横には、こちらもやはり口を開けず倒れこんでいる椎名。
 一方、シュラインは三半規管の強度に自信があったらしく、
「ドキドキしたわね」と髪の乱れを直しつつも表情を輝かせていたりする。
 そんな彼女に苦笑しつつも、やはり相当気持ちが悪くなっているらしい草間は、水主に恨めしそうな視線を向けて問い掛けた。
「まさか帰りもコレか……?」
「それは安心していい。一度通れば二度目からは道が君達を受け入れる。阿佐人君が平然としているのがその証拠だよ」
「そうか……」
 安堵の息を吐く草間は、シュラインが内心で(ちょっと残念……)と呟いた事には気付かぬまま。
「……とりあえず皆が動けるようになるまで待つとして」
 不意に声を上げたのは、髪が乱れるどころか完全に普段通りの海浬だ。
 自身も空間を操るゆえか、初めての道にも瞬時に順応してしまったらしい。
「此処からは徒歩で移動か」
「少しね」
 海浬の問い掛けに水主はサラリと返す。
「目的地は、すぐそこだよ」
 そうして視線を向ける先には、外から吹き込む風の入り口ともなる隙間。
 そこから見えるのは平地だ。
 そして。
「……波の音……?」
 夏穂が気付いて呟く。
 そう、平地の向こうに広がるは砂浜、――その更に向こうは海。
「ここが約束の場所だ」
 かつて全国から姿を消した数万人の行方不明者が一度に戻った場所。
 それが、この鬼泣浜(おになきのはま)海岸だった。




 ■

 見渡す限りの砂浜と、そこに寄せては返す波の音。
 この世に在ってこの世に非ず、まるであの世の美しさだとその絶景を讃えられて浄土の名を持った浜が本州にあるが、この土地にもその名は相応しいと思える。
 辺りが雪に覆われているのも一因だろう。
 真っ白な景色には砂浜すらも白く、ぎゅっ、ぎゅっと雪を踏み締めて歩く音すら波の音に掻き消されるようだった。
「…あんた、寒くないのか?」
 小声で河夕が問い掛けた先に居るのは勇輔。
 まだ血の気の無い顔色ながら、それなりに調子を取り戻して来たらしい彼は、革ジャンに革パン、サングラスという些か防寒に乏しい恰好だった。
 しかし本人としては何のその。
「酔ったせいで、これくらいが丁度いい」
「それは一理ありますね。気分の悪い時には外の空気が気持ち良いですから」
 光が苦笑交じりに返す隣で、「でも…」と口を切ったのは灯だった。
「これ貸してあげる」と、自分の首に巻いていたマフラーを勇輔の首に掛ける。
「風邪引いたら大変でしょう?」
「……っ」
 途端に感極まったような表情を見せる男に、灯と狩人二人が揃って小首を傾げる姿へ、夏穂は冷静に、椎名は少なからず好奇の視線を向けていた。
「この鬼泣浜には何かと縁があってね」
 不意に口を開いた水主に、皆の意識が引かれていく。
「領主の娘と恋仲になった青年が身分の低さを理由に恋人と引き離されて鬼になった、と。……まぁよくある話しだが、青年を鬼にしたのが闇の魔物だと語られていることが、我々に縁深い由縁かな。里界の民が最初に転生を果たしたのがこの土地だと言われている」
「だから闇の魔物が鬼と化した原因だと語り継がれたのかしら」
 シュラインがぽつりと呟くと、水主は静かに頷いた。
「恐らく、そうだろう」
「では……、なぜ里界の皆様が地球に転生を?」
 答えがあることを願いながら問う撫子に、水主は再び頷く。
 それは珍しくも、他者の問い掛けを受け入れる反応だった。
「異郷の民を何の弊害もなく受け入れてくれる惑星というのは他に無いんだ」
 一度は滅びた故郷を復活させる為には、かの地を故郷とする、その記憶を持つ彼らが転生しなければならなかった。
 それが生き残った者の願いであり、異郷の神による転生を無条件で受け入れられる生命を育む惑星は、地球をおいて他には無かったのだ。
「我々は純粋に地球という惑星に感謝している。だからこそ地球の未来を、故郷を異にする我々が左右してはならないとして十二宮を止めるため動く事にした」
「えぇ…」
「きっとね、地球に感謝しているという点では十二宮も我々と同じなんだ」
 その言葉に眉を顰める者もいたが、十二宮の言動を思い返して(確かに……)と感じる者も数名。
 地球を生かすために人類を滅ぼそうという目的は、水主の言う感情に通じているのかもしれない。
「では…なぜ彼らは地球の人々を弄ぶような真似を…」
「――それは本人に聞くといい」
「え?」
「来るよ」
 言った直後だ。
 足下を走った衝撃。
「うわっ」
 草間が叫ぶと同時に彼らは浮いた。
 否、正確には見えない地面が本来の大地から浮き上がり彼らを振動から離したのだ。
「さすがは海浬殿、といったところかな」
 水主が笑んでいうことに、本人は眉一つ動かさない。
 だが瞬時に空間を操り、大地を二層にして自分達の足場を空中に作るなど並大抵の術ではない。
「何か来るわ」
 関西訛りに注意を促したのは柚月だった。
 それは五感、第六感に伝わる違和感。
 禍々しい気配。
「なっ…」
 再び声を上げた草間の視界に映りこんだのは、人だった。
「これは…」
 シュラインや撫子の目にも映る姿。
 それは砂浜に、雪原に、……海上に。
 横たわって現れた姿が次々と起き上がろうとしていた。
「実体じゃないわ…」
 夏穂が呟き、椎名は彼女を庇うように前に出る。
「幽霊…でもないね」
「…そのようだな」
 灯、勇輔の言葉に、不意に喉を鳴らしたのは水主。
「なるほど……本当にあの日からやり直すつもりかい?」
「水主?」
「彼らは、あの時に十二宮に攫われ、あの夜の地震でこの土地に戻って来た人々だよ。――正確にはその影とでも言おうか」
「影って?」
「それは私も知りたいところだ」
 シュラインにそう返し、彼は虚空に問い掛ける。
「三十年以上も前、お前達が攫った人間にはどんな共通点があったんだ?」
 そして現在、新たに彼らが攫った過去の失踪者達の子孫。
 その血統へのこだわりは。
 理由は。

 ――「ようやく会えたな、佳一」

 応えは雪原から。
「…あんたが十二宮……?」
 柚月が呟く。
 その先に佇むのは、彼らが初めて見る一人の青年だった。




 ■

「こうして会うのは久し振り、だな」
 にこりと穏やかに微笑む青年に、しかし水主は「さぁ」と肩を竦める。
「転生して見た目が変わったせいかな…、久し振りどころか「はじめまして」の気分だよ」
「水主っ」
 そんな返答が有るかと河夕が責めそうになるが、本人達は何のその。
「らしいね」と笑い合う始末。
「イイ性格してそうだな…」
「ですねぇ」
 と、何故か頷き合うのは勇輔と光である。
「ねぇ…だんだん周りの…水主さん曰く「影」が増えているんだけど…っ」
「何百何千ってもんじゃないぞ……」
 次々と現れては立ち上がる「影」。
 お世辞にも気持ちが良いとは言えない光景に、その数の多さを訴えた草間は全身が総毛立つ。
「これは一体何なんだ?」
「あぁ、それを最初に聞いておこう」
 草間に応えるように水主は問う。
「過去に攫った人々の影であることは判るが、これはどういうつもりだい?」
「ゲームさ」
 十二宮――その創始者である大鳥遊介は言う。
 楽しげに。
「さっき過去に攫った人々の共通点は何かと聞いたな。そんな質問は過去のあの日にしておくべきだったんじゃないのか?」
「その通りだが、あの日はおまえを殺すことしか考えていなかったからな」
「それは光栄、と言うべきか」
 クックッと笑う彼は周囲をゆっくりと見渡しながら、物思いに耽るような表情で語り出した。
「世の中に、明るみに出ない犯罪がどれほど存在するのか想像が出来るか?」
 問う、その視線の先に居たシュラインは無意識に息を飲みつつ答えた。
「…それって見つからない万引きや窃盗のことかしら」
「正解」
 にっこりと笑う青年に、背筋を悪寒が走る。
「泥棒だって見つからなければ罪にはならないし、殺人すら死体が見つからなければ事件にはならない。過去に俺達が攫ったのは、そういう犯罪者さ」
 明かされた事実に誰もが言葉を失くす。
「殺人犯もいれば万引き犯も居た、法で裁けない犯罪者だから俺達の駒にして贖わせてやろうと思った。攫ったあの時に、俺達は連中にマーキングしておいたのさ、例えこの手を離れようとも決して逃れられないようにな。子々孫々に受け継がれていく呪いとでも言っておくか? この間の失踪者は今尚その罪を贖っていなかった連中の子孫さ。中には本人も居たかもしれないが、細かくは確認していない。日数が限られていたから東京周辺の連中しか集められなかったのが残念だが、…俺達を思い出すきっかけとしては充分だっただろう?」
「それはもう、ね」
 笑みを強める水主だったが、その瞳からは感情が消えていた。
「罪の重さに変わりなど無い。それを巧く隠したつもりで生きている連中には、同じ滅亡の路を辿らせるにしても無罪の人々と同じじゃ公平とは言えない」
「だから駒、か」
「ああ。…まぁ人間なんて生き物は生きている事自体が罪だが、な。そこは俺達なりの優しさのつもりだよ」
 それを当たり前のように語る十二宮に、能力者達は――。
「……どうしてそんな真似が出来るんだ……っ」
 不意に声を荒げたのは阿佐人悠輔だった。
「転生した、って事は人として生まれている、って事だよな? 人として暮らして、周りからの愛情を受けて来て、それでどうしてお前達は人を滅ぼすなんて簡単に言えるんだ! 救える手段はないかって考えた事はないのか?」
 必死の問い掛けに、だが十二宮は淡々と返す。
「先に二つ目の質問から答えよう。救われる機会を人は自らの手で逃した。その時点で、俺達の計画は決して止まらない事になったんだ」
(…なった?)
 ふと言い回しが気になり胸中に呟いたのはシュライン。
 その表現を、どう取ればいい。
「一つ目の答えはね、過去の記憶というのは厄介だ……と答えれば君にも理解してもらえるだろうか。生まれ育った土地が滅びて行く様を目の当たりにするほど辛い事はないだろう?」
「…っ」
「それに、俺を育ててくれたのは人間ではなく地球だ」
 人よりも。
 記憶よりも。
「ゆえに俺達は地球を救いたいと願う」
「…宇宙が閉ざされようとしている、というのはどういう意味?」
 シュラインが続いた。
「宇宙なんて、もともと膨張と伸縮を繰り返しているというわ。その期間は気になるところだけれど、貴方の言う閉鎖はそういう意味なの?」
「良い質問だ」
 言いながら、彼は胸の前で立てた右の人差し指に、拳と近い大きさの球体を出現させた。
(風、か)
 すぐに察したのは、身内に同じく風を操る者がいる海浬。
 大鳥遊介は風の能力者だ。
「想像し易いように説明しよう。地球に限らず、火星、金星…惑星と呼ばれる存在が球体であるように、宇宙そのものが一つの球体だとして、これを…」
 遊介は左手に生み出した風で、今度は小刀を象った。
 刹那、その刃は右手にあった球体を切り裂き、消し去る。
「こうして外側から消滅させようという力が働こうとしている、という意味だ」
「…なんて事を…」
「そこから地球を逃がすのが目的だって言ったな!」
 声を震わせるシュラインを庇うように草間が声を上げた。
「お前達は、その消滅させようという力の正体を知っているのかっ?」
「どうかな」
 だが、彼らの真剣な言葉に対する遊介の反応は、あまりにも軽い。
「それこそカミサマの仕業だろう?」
 ふっ…と笑う彼の視線は水主に。
 更には見渡す限りの景色を覆った「影」と呼ばれた人々の姿。
「十二万…二三四四……?」
 撫子が呟いた数は、かつて十二宮に関わった人物が残した捜査資料にあった数。
 三十年前の失踪者数だ。
 彼らは大地震の後で全員が生還したとされ、無傷だと言われているが、決して無事ではなかった。
 マーキングされ、常に十二宮の監視下に置かれ、更にはこうして「影」となり。
「正解だよ、お嬢さん」
 十二宮の長は頷く。
「それが君達の敵の数だ」
「――!」
 その言葉が合図であったかのように、十二万を超える「影」が散った。
 あるものは彼らに背を向けて遠ざかり、あるものは彼らに向かって突進して来る。
 海浬が空間を操り行く手を遮り、水主の結界が重なるも、それを擦り抜け消えるものも少なくない。
「奴等には闇の魔物を融合させた」
「!?」
「負の感情を見つけ出し、それらを抱く者達を一人、また一人と俺達に捧げてくれる事になっている」
「そんな事はさせません!」
 撫子が言い放つも「影」は抑えられず。
「全部を抑えようなんて考えるな、可能な限り多くを潰すんだ!」
「阿佐人の言う通りだ! 散った「影」が闇の魔物との融合なら一族の者が探し出せる!」
 悠輔と河夕の確信が全員の背を押す。
「とりあえず頭を潰そうか?」
「やれるものなら」
 水主と、十二宮の長。
 あの日に一度は終わったはずの争いが、いま同じ場所から再び始まろうとしていた。




 ■

「人の生命を、想いを弄ぶような事をされるだけでなく、人をゲームの駒と言い切るような貴方の考えには承伏できません、全力を以って敵対させて頂きます」
 そうして放たれる妖斬鋼糸は狩人の能力を伝える白銀の腕輪の力を得て「影」を撃つ。
 闇の魔物と融合しているからか、彼女と、そして同じく腕輪を持つ悠輔の攻撃は非常に有効的だった。
 更には海浬の圧倒的な力が加わり、仕留める敵の数はじょじょに増えて行く。
「夏穂、椎名!」
 二人を呼んだのは河夕。
 幼くも高い戦闘能力を持つ彼らに新たな白銀の欠片を手渡し、戦力を高める。
 椎名の鋼糸、そして人格を入れ替えた夏穂の弓が次々と敵を討った。


「下がって!」
 一方で頭脳派のシュラインと特殊能力を持っているわけではない草間を背後に庇い、炎による結界を張るのは灯だ。
 相手の能力が風だと判った以上、彼女の力で下手を打てば無用の被害を生むことは容易に想像出来た。
 ならば今は攻撃よりも防御、身の内に宿る癒しの力でもって闘うべきだと判る。
「灯さん、伏せて!」
 光の声とともに膝を折れば、それまで頭があった位置に描かれる刀の軌跡。
 そして落ちる「影」の首。
「ありがとう光クン」
「どういたしまして、こちらこそ助けられていますよ」


「本当の目的は何なん?」
 それまでバックパックに忍ばせていた魔道書を開きながら十二宮に問うのは柚月。
 あらゆる物質に存在する構成要素に直接作用を及ぼす彼女の術は明らかに十二宮の動きを鈍らせていたが、それにしては影響が小さい。
 それを不審に思いつつも攻撃の手は休めず、更に問いを重ねる。
「水主さまに対して個人的なものを感じるのも気のせいなんか?」
「どうかな」
 直後。
 ――キイイイイィィィィ……ン……と、風と風が衝突するのは勇輔だ。
「人類滅亡なんて目指されちゃ引くわけにはいかんが、能力が被り過ぎだろう」
 こうなれば大地の力を前面に押し出し雪崩でも起こそうかと考えるも、不意に耳を掠めた乱暴な轟音に眉を寄せる。
「ありゃぁ…」
 まさかと耳を澄ませば、やはり聞き慣れていると言えなくも無い戦闘機のエンジン音。
「間に合ったな、さすがうちの第一秘書だ」
 呟いた勇輔は己の防御に集中しながらも、その機内にいるであろう人物に、下方で逃げる「影」が見えれば討てと指示する。
 もちろん、戦闘機での攻撃ではなく、秘書こと九原竜也の個人的能力で、であるが。


「覚悟しぃや!」
 柚月の開かれた魔道書が闇の輝きを纏い、術の発動を命じる。
「最後に聞いたる、地球をこの宇宙から逃す方法、あんたは知ってんの?」
「――知りたければ、永遠に変わらぬものを見つけることだ」
「何……?」
「俺は転生を待つ「無」の中で「それ」に出逢った」
 思わず手を止めた柚月、その隙に放たれたのは、銃弾。
「……っ!」
「柚月さん!!」
 灯が叫ぶ、その眼前にはいつからか一人の男が居た。
「一対多数は卑怯じゃねぇ? あの「影」の連中はともかくとしてよ」
 がっしりとした長身の彼は、見た目はそれ系統の仕事をしていそうな強面だ。
「あんた…一体……?」
 柚月が口元に血を流し問う。
 男は笑う。
「十二宮の一人だ」
 仁薙隼人、その名を知る草間が目を見開く。
「あんた……、そうなのか……っ?」
 己が目を疑うような探偵に薄く笑ってみせ、隼人は十二宮の長の手を取った。
「とりあえず今日はこれで引かせてもらうぜ、コイツも予想外に負傷したみたいだしな」
「引くと言われて素直に帰すか!」
 勇輔が風を呼ぶも、これは十二宮の風に相殺される。
 海浬が援護すべく結界を広げるが、それは隼人の能力によって遮断された。
 直後に彼らは姿を消す。
 時空から時空に飛ぶワームホール、隼人はその使い手だったのだ。
「逃げられたか」
 そこまで読み切れなかった海浬が呟くも、未だ視界に映る「影」は少なくない。
「ワームホール…、それでうちの攻撃も影響が少なかったんや……」
「今は喋っちゃダメ!」
 柚月を自分の結界で守り治癒術を施す灯。
 草間とシュラインは顔見知りの人物の凶行に驚きを隠せないながらも灯のサポートに回った。


 十二万二三四四の「影」。
 この内のどれだけを消滅させたか正確な数を知る者は無い。
 だが、最終的に一万を越えたかどうかという疑問に、今後の不安は否が応にも募るのだった――。




 ■

 柚月の傷は、灯の術によって癒された。
 とはいえ流れた血まで戻せるわけもなく彼女にはしばらくの休養が必要だと誰もが察していた。
「…とりあえず知り合いの家に行こうか。そこなら彼女を休ませることも出来る」
「知り合いって…、この間の?」
 一度、河夕と共に訪れた家の事かと聞く阿佐人悠輔に、水主が頷く。
「ああ。せっかくの北海道だし、家主に北の味覚を振舞って貰おう。せめてもの礼にね」
「そりゃいいな」
 伊葉勇輔が美味いものは大歓迎だと乗ってみせるが、ここで「待った」が掛かった。
「貴方は東京にいますぐ戻ってもらいますよ」
 背後からの厳しい一言は、彼の秘書である九原竜也。
 先ほど、上空から「影」の討伐を援護していた人物だ。
「この忙しい時に、暢気に北の味覚を味わっている場合ではありません」
「そんなケチくせぇ事言わねぇで…」
「何ですか?」
「――」
 冷ややかな返答に勝負は決する。
 こうして、伊葉勇輔は他のメンバーよりも一足早く、泣く泣くではあったが東京へ戻る事となるのだが、自衛隊の戦闘機で派手に帰っていく彼らを見送ったことで、こちらの雰囲気までが緩和されていったのは思い掛けない効果だった。
「…皆さん、急いで帰らなければならない理由はお有りですか?」
 光の問い掛けに、これといった理由を持つ者はない。
「でしたら、せっかく此処まで来たのですから少し北海道を楽しんでいきませんか? これから伺うお宅は山中の一軒家で、雪原がとても美しい場所ですよ」
「ほんと?」
 パッと表情を輝かせたのは、見慣れぬ雪と戯れてみたいと思っていた灯。
 そして表情には出さずとも夏穂と椎名も楽しみにしているようだ。
「わたくしは柚月さんに付き添いたいと思います」
「あぁ、俺もそうしよう」
 撫子と河夕が言い合い、その横ではシュラインと草間。
「零ちゃんが一緒じゃないのが残念だけど、気分は簡易的な興信所慰安旅行かしら」
「…とりあえずどっかで煙草吸えないか」
「あら。それならホラ」
 すかさず差し出した携帯灰皿にちょっと涙目な探偵がいた。
「海浬殿も、ゆっくり出来るならどうだい? また良いワインが届いているんだが」
「……悪くない話だ」
 静かに微笑んで、それぞれが再び鏡の路へ。


 雪原に残る戦の跡。
 変わらないのは、波の音だけ――。




 ―了―

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【登場人物・整理番号順】
・0086/シュライン・エマ様/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/
・0328/天薙撫子様/女性/大学生(巫女):天位覚醒者/
・4345/蒼王海浬様/男性/マネージャー 来訪者/
・5251/赤羽根灯様/女性/女子高生&朱雀の巫女/
・5973/阿佐人悠輔様/男性/高校生/
・6589/伊葉勇輔様/男性/東京都知事・IO2最高戦力通称<<白トラ>>/
・7063/九原竜也様/男性/東京都知事の秘書/
・7182/白樺夏穂様/女性/学生・スナイパー/
・7224/杉沢椎名様/男性/学生・蜘蛛師【情報科&破壊科】/
・7305/神城柚月様/女性/時空管理維持局本局課長/超常物理魔導師/
・7315/仁薙隼人様/男性/傭兵/

【ライター通信】
まずはこの度のお届けに、こんなにも長い時間を頂いてしまいました事をお詫び致します。
申し訳ございませんでした。
お詫びにもなりませんが心を込めて執筆させて頂きました。
少しでも楽しんで頂ける物語となっていれば良いのですが……。

そして叶うならば、また狩人達とお付き合い頂ければ幸いです。
今回は「不夜城奇談」のご参加いただき誠にありがとうございました。

再びご縁がありますことを願って――。


月原みなみ拝
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