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聖夜
「……?」
一度か二度、電灯が点滅したように視界が暗転する。
接触でも悪いのかと上を見るがこれと解る変化はなかった。
キーを叩く手を止めたのも、部屋の外から何かを感じさせるような気配が近づいてきたからに他ならなかった。規則正しいヒールの音は女性の物で、歩き方は知っている気はするのだがそれが誰かはまだわからない。
歯車がかみ合わないかのような奇妙な違和感だけが頭の中を渦巻き、答えを酷く不明瞭な物にしてしまっている。
この時点では正体不明の気配が扉の前で足を止め、扉を二度ノックした。
「……どうぞ」
軽く椅子を引きながら返事をすると一拍ほどおいてから扉が開き、部屋の外に立っている女性と目が合う。
瞬間的に目眩のように起こる違和感。
だがその正体を探り当てるより早く、俺の方を見て余裕めいた表情で笑う。
「初めまして、成瀬霞よ。よろしくね」
これが、彼女との出会いの全てだった。
時計の針が進む音がやたら大きく響く。
困ったことに彼女……霞は開いた扉から入り込み、椅子に腰掛けたきり出ていこうとしない。まるで猫か何かを相手にしているようだ。すぐに追い返せば良かったのだろうが、最初に感じた違和感が今も続いているお陰で行動に移せない。
まるで質の悪いクイズでも出されているような気分で、理由は解らないが無下に扱うことも出来ずにいる。
何故か解らないがそうさせる理由はある筈。
特に何をすることもなく、椅子に座り手にしていたラプンツェルの絵本を読み出したのを確認してから、傍目だけでもそう見えるように仕事を再開する。
こうして苦もなくここまで来ることが出来るなら無害かよほど腕が立つかのどちらかだが、彼女からは敵意は感じられない。
他にあげられる特徴は、彼女には大きいのではないだろうかと思う黒いコートと度の入っていない眼鏡。光の加減で緑がかって見える銀髪と緑の瞳。
「……―――っ! そうか!」
声を荒げ、勢いよく立ち上がる。その反動で椅子が遠くへと飛んでいったが気にしている場合ではなかった。
自力で答えを見つけられた驚きの方が遙かに上回っている、
解ってみればこんな対応しかできなかったことも納得できるという物だ。同時になんて捻くれた問題だったのだろうと思わずにも居られないが、それは今はおいておく。
答えを彼女に聞く方が先だ。
パタ、と小気味よい音を立てながら本を閉じた彼女は、楽しそうに正解を言うのを待っているのだから。
「啓斗の鏡面存在、そうですね」
満足げに頷く霞。
それだけで十分だった。
道理で追い出せないわけだ、解ってみればそれはこれ以上の理由はない。姿形は違うが、目には見えない繋がりがあるからこその違和感だったのだろう。
間違い探しだと思って細部を見ていたら問題が間違いでしたと言われたような気分だ。
つまりはそんなような違和感だったのだ。だが結局は対処に困ることには違いないと気づいてから、はたとある事に気づいて動きを止める。
鏡面存在が、こちらに来ている?
確かこちらへ来るためには色々な制約があった筈だ。
例えばこちらの繋がりを持つ相手の体を使ってしか動けないとか、それも大半のごく少数の人の助けを借りてしか入り込め無いだとかそういった類の決まり事が。
同時に、その手段を通過せずにすむ者も浮かびはしたが……まあ今はそこまで考えても仕方ないだろう。
「どうしてここへ? 何かあったとか?」
「残念だけどそれはハズレ」
「じゃあ一体……」
事件絡みだと思っていただけに、なおさら彼女がここに来た理由が解らない。
真っ先に事件絡みを連想するのもどうかとは思うが、それしか思いつかなかったのだ。問いかけをした本人に答えを聞くのはどうかと思いつつ訪ねると、案の定血統書付きの猫のように優雅に微笑み、本を片手にゆっくりとした足取りで歩いて来る。
どう見ても答えてくれる気はなさそうな顔だ。
それ所か失敗すらしてしまったかのような気分にさせられ、今更ながら彼女の扱い難さを痛感させられる。
「貴方に会いに来たと言ったら?」
微笑を浮かべる霞の台詞に、初めてあったときのような違和感を感じ眉をひそめた。
何か違う。
そんな理由ではないだろうが、だからといってその答えが何であるかも出そうにない。
啓斗と彼女は鏡面存在だが同じ人間ではないとだけ認識して思考を続ける。いや、そもそもこの思考すらも間違っていて、何か通じるところがあるのだろうか?
段々訳がわからなくなってきた。
眼鏡を外し、痛み出した頭を押さえると頭上から涼しげな声で予想しなかったことを言われる。
「―――……は?」
耳を疑い、止せばいいのに聞き返してしまう。
だがあまりにも意外すぎて脳にまで届かなかったのだ。
「案外可愛い人なのね、って言ったのよ」
可愛いだとか……。
まさか、そんな台詞を言われるとは思っても見なかった。
二度目となれば流石にちゃんと脳まで届き、聞き間違いでも何でもないことを理解した途端に、そのまま机に崩れ降りたい衝動に駆られる。
だがこれ以上そんなことを言われる訳にはいかない。理性やら気合いを総動員して持ち堪えるが……上手く行ったとは到底思えない。
「……こういうのは最初が肝心だと心からそう思います」
「そうね、その通りだわ」
扱い方を決めかねている内にまんまとしてやられた。
最初からどうするかを解っていればもっと違う対処も出来ただろうが、こうなってしまってはもう遅い。そもそも最初からこちらを知っていた彼女の方が遙かに有利だったのだが……今更何を言っても言い訳にしかならないだろう。
「からかうためにここへ来たんですか?」
「何割かは当たり、でも残りは違うわ」
コツ、と靴の乾いた音をさせながら手を伸ばせば届く程度の距離にまで近づいた後は、本当に唐突だった。
素早くネクタイに指を絡め、ぐっと思い切りよく引っ張られる。
「―――っ!」
きつく首を締め付けられ一瞬だが息が止まりそうになった。
顔をしかめながら、ネクタイの根本に無理矢理指を差し込み自力で隙間を確保する。
なんてことをするのだ。見た目で油断した気はないが、繋がりがあるからと言う点では判断ミスをしたと言わざるを得ない。
軽く咳き込み、ネクタイを掴んでいる手をはずさせるべく彼女の手首を掴み取り、少しずつ力を入れていくが意に介さないかった。
「たまにはこちら側の私のこと構ってあげてね、そうじゃないと……どこかの童話の王子のような目に遭うかもしれないから」
抽象的ではあったが、そこには今まで感じていた台詞じみた気配はなくこれが言いたかっただろう事は理解できた。
どこかの童話とは、その手に持っているラプンツェルの絵本を指すのだろうか?
だとすれば……―――
「その話のラストなら、まあ幸せなのではと思いますが」
「……失明するのよ?」
「最後は再会できたと記憶しています」
出来ればそろそろ放してもらいたいのだが、そうしなければずいぶんと間の抜けた姿勢を維持し続けなければならなくなる。お互い見られたくない相手が居るだろうに、こんなくだらないことを続けたいとも思わない。
だがその心配だけは必要なかったようで、一言だけ続けて終わりにしてくれた。
「そう、私が言いたかったのはそれだけよ」
あっさりと手を放した彼女はどこかくやしそうに見える。
背を向けて足早に去っていくが追いかける気にはならないし、そうしなければならない理由も皆無だ。彼女と話すのは、少なくとも俺じゃない。
「……はあ」
一人に戻った部屋で歪んだネクタイを直してから深々とため息を付く。仕事は進まなかったし、酷く疲れる為だけにあったかのような時間だった。
何故こんな目に遭っているのだろうか?
日頃の行いの所為だとでも言ったら誰かさぞかし喜んでいることだろう。
遠くに飛ばした椅子を回収してから机の前へと戻り仕事を再開した。
「……?」
一度か二度、電灯が点滅したように視界が暗転する。
接触でも悪いのかと上を見上げ、同じ事をするのは二度目だと気づいて時計を確認し愕然とさせられる。
一度目に点滅した時とから時間がまったく変わっていない。
当然いくらか進めていた筈の仕事もそのままだ。
「……やられた」
夢だったのだろうか、夢だと思いたい。
損した気分になりつつ着信音を奏で始めた携帯を手に取り通話ボタンを押す。
「啓斗? どうかしましたか?」
『夜倉木! そっちに女が一人行かなかったか!?』
鼓膜を震わす声に耳が痛くなりつつすぐに何のことだか理解できた。鏡面存在として存在していることを感知することが出来たのだろう。
便利だが、あまり歓迎される力ではないらしい。
「居ましたよ、ネクタイを引っ張られたり、話をしたりしました」
『……ほ、他には?』
「そうですね……」
少し悩んでから、感想をそのまま口にする。
「まあ、幸せになれってことらしいですよ」
残していった本を手に取り、どんな反応を返されるのかを楽しみにしながらそう告げた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ゲーム / 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【TK01 / 0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【TKAE / 0081 / 成瀬・霞 / 女性 / 20歳 / 大学生(本屋アルバイト+忍び)】
【TK01 / NPC0583 / 夜倉木 有悟 / 男性 / 28歳 / 編集部+IO2勤務(処理三課)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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久しぶりの窓開けでしたが発注ありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。
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