コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


幽霊バスの行き先は!?



「あ?」
 殺風景な雑居ビルの一室、草間興信所で草間武彦は事務机の上に一枚の紙切れを見つけた。どうやら、零からの書き置きらしい。今、零は買い物で留守にしていて、草間も帰宅した直後だった。
 伝言には夜な夜な、幽霊のように回送バスが現れるから調査してほしいという依頼。
「ちっ、またか」
 どすんっと椅子に腰を下ろした。
「怪奇事件はお断りだってのに」
 胸ポケットからタバコを取り出し、口にくわえる。だがライターの調子が悪いのか、なかなか火がつかない。持ち主の機嫌を表しているかのように。少しずつ額に青筋が浮き出てきたところでやっと火が点った。
 紫煙をくゆらし、背もたれに背中を預け一息つくと気持ちが落ち着いてくる。
「誰か代わってくれる人が現れればな……」
 ふう、と紫煙と共に息を吐いた。


  ***

 隣の事務室からシュラインが顔を出した。
「そんな贅沢な事言って」
 苦笑しながらトレイの上にお茶を運んできた。そっと机に置くと、自分も机の隅に腰を下ろす。
「仲介料だけじゃ困るの自分でしょ、もう。武彦さんたら」
 身を乗り出して、草間の鼻頭を指で弾く。
「いてっ」
 草間は手で鼻を覆う。艶のある声なのに容赦がない。
「なら、どうしたらいいんだ」
「武彦さんが面倒くさがってるんだから、私が行くしかないわ」
「ちょっと待て!」
 誰が面倒くさがってるんだと掴みかかろうとした時、彼女は机の上に投げ捨てた零からの書き置きを手にしていた。やり場に困る手を引っ込めて、席を立ち窓の外に視線を向ける。
 シュラインは素早く言伝を読んだ後、それを見つめたまま言葉を紡ぐ。
「ん、調査って事はどうにかしろって依頼ではないのよね?」
「そうだと思うが、依頼人に確かめてみたらどうだ?」
「ええ、そうするわ。どちらにしろ料金等話してこなきゃだし、依頼人がご存知な詳細情報の確認もしなくてはいけないわ」
「ああ」
 シュラインは机から降りて、にっこり笑う。
「じゃ、私行ってくるわね?」

  *

 シュラインはまず依頼人に会ってみた。零からの言伝には、依頼人の住所や電話番号もしっかりと書かれてあったのだ。しかし、名前は――下の名前だけ。
 待ち合わせ場所は喫茶店。

 夜道にぽっかりと浮かぶ明かり。裏道で営業する小さな店はそこだけ闇の温かさを灯したかのようだ。
 シュラインがここに訪れるのは初めてだ。昼間であれば、この喫茶店は見落としていただろう。

「あなたが依頼人?」
 店にはお客が一人しかいなかった。依頼人という証に福寿草の花が一輪。
「そうよ、私」
 腰かけていた依頼人は女性だった。二十代前半のようだ。少しきつめの目元だが微笑んでる姿は儚く、今にも消えてしまいそう。
「明日香っていうの」
「私はシュライン・エマよ。よろしく」

 それから二人は料金等を話し合って店を出た。バスを目撃した場所が近くだという。
「どこでバスを見たの?」
「そうね。……この先の角よ」
 裏道から車道に出る通りを指さした。その先は暗闇に包まれ、街灯だけが足元を丸く照らしていた。
 女性一人が歩くには無用心だ。
「立ち入ったことをお伺いするけど、なぜ夜に一人歩きを?」
「たいしたことじゃないわ。近くのコンビニに寄った帰りだったの」
「そう。突然バスが現れて驚いたでしょうね」
「もちろんよ。しばらく、足が動かなくって。もう唖然とするしかなかった」

 裏道を出ると車道が横方向に伸びていた。二車線しかない。大通りとは離れていて、ひっそりと静寂。右手は行き止まりで左右に枝分かれしている。
 その右の角から半透明のバスが揺らめきながら現れたという。自分の前を通り過ぎ、後ろへ消えていった。
 この丁字路にはバス停などなく運行路でもない。

「目撃したのは一回だけ?」
「いえ、時々現れるようになったわ」
「いつから目撃するようになったの?」
 車のヘッドライトの光が二人を通り過ぎていく。
「う〜ん……、一ヶ月前、かしら」

 依頼人によると、目撃する時間はいつもまちまちだが夜遅いという。全体的に白っぽく車体の色はない。よって、ナンバーも分からない。
 彼女は仕事で遅くなることも多く、嫌でも見かけるようになった。けれど、バス自体は何もしない。だからこそゆとりができ、乗客がいたりいなかったりすること、運転手がいることも知りえた。

 シュラインは依頼人の情報を元に、早速動き始める。
 周辺の住人に尋ね歩く、それは地味だったが収穫はあった。バスの目撃者が回数は様々だったが数人いたのだ。依頼人のように間近で見たわけではなく、いずれも遠目で視認した程度だったが。乗客の性別や年齢などは老若男女で小さな子供から老人までいた。それをまとめてリストアップすると、次は図書館に出向く。
 図書館は情報と歴史の宝庫だ。シュラインの目的は地元新聞のお悔やみ欄。乗客との関連性を見るために。

 いつも首から下げている微かに色がかった遠視用の眼鏡をかけて、細かい文字を上から順に読んでいく。
 シュラインの青い瞳が疲れて痛みだす頃。
「あったわ」
 その日は十二月三日。ここからバスの目撃回数が増えている。該当する乗客をお悔やみ欄と照らし合わせれば、ほとんど当てはまっている。
 乗客は幽霊となってバスに乗り込んでいるのではないか、というのがシュラインの推測。
 ただ気になることが一つあった。
 依頼人は幽霊バスをどうにかしてほしいとは思っていないが、必要があれば……と言葉を濁す。その声に違和感がある。音には敏感なシュライン。なぜ汗が滲むような焦りをもつ声になるのか。
 そもそもバスが現れる経緯が分からなかった。幽霊を乗せてどこかに行くにしろ、目的があるはず。

  *

 また、暗い闇に包まれる中、バスが現れるという道を訪れた。だが、シュラインはバスを見るためだけに、ここに来たわけではない。
 少し離れた場所からそっと覗く。昼間であれば不審者に間違えられるだろう。今は暗黒がシュラインの姿を飲み込んでくれる。

(来た、彼女だわ)
 駅方面から依頼人が歩いてくる。いつもの帰路を。その顔はうつむいていて、よく分からない。
 すると、以前依頼人が言っていた場所から自然に、幽霊バスが姿を見せた。
 目撃証言の通り、半透明で白っぽい車体。中からいくつかの影が見える。今日も死者を運んでいるようだ。
 依頼人は幽霊バスをその目に映すと、ビクッと震える。今にも逃げ出しそうだ。慣れたと言っていたが決してそうは見えない。何かに怯えているかのよう。
 バスが彼女の前にゆっくり停車する。誘うようにその扉を開いた。
「――まさか!」
 シュラインは脱兎のごとく駆け出す。
「明日香さん!」
 依頼人は蒼白な顔をしていたが、シュラインが出てきたことで少し顔色が良くなっていく。
「シュラインさん……」
 彼女の手をぎゅっと握りしめる。
「明日香さん、本当に――」
 開け放した扉の向こうで運転手が足音もさせず、いつの間にか立っていた。
 シュラインは運転手と目線を合わせて。
「彼女を連れ去る気なの?」
 怒気を包み隠さずに投げた。
≪その人は私のお客だ。目的地に送り届けなければならない≫
「目的地って?」
≪生きとし生きる者に告げることはできない≫
「頑固なのね」
 運転手は僅かに口角を上げた。
「彼女と話をさせて」
 しばらくシュラインと目を合わせていたが、一歩も引かない頑なな態度は運転手を動かした。バスを発進させ、すっーと道に沿って消える。

  *

「あなた、幽霊なのね?」
「そうよ」
 悲しみに胸を痛めて笑う。

「自分が幽霊だと、気づいたのはいつ?」
 依頼人を映す視界が歪む。
 明日香は満天の星空を見上げた。
「つい、この間よ。最初はバスを気味悪がるだけだった。でも運転手が言ったの。この世に存在しないものだと」
 シュラインに諦めげに微笑む。
「信じられなかったわ。でも……」
 他の人に関われなかった自分が分かって。実感した、体と心。

「なぜ依頼を?」
「話し相手が欲しかったのかも」
 さみしく笑った明日香に、シュラインはただその儚い姿を心に焼き付ける事しか出来なかった。
「私ね、母親しか身内がいないの。私が死んだってことは、親を天涯孤独にしてしまった。それだけが……心残り」

 そしてまた現れた幽霊バス。
「親に会えることがあったら、娘は幸せだったと伝えて」
 そう言葉を残して、彼女はバスへと乗り込んだ。何かを振り切ったように。
 うつろな目の乗客と違い、その先を見据えた瞳。
 そのまま、バスは夜の街を見下ろして空へと消えていく。

  *

 シュラインは明日香の実家を訪問した。お線香をあげるために。
 そこで知る事実。
 明日香の本名は、”冬風飛鳥”。
 なぜ、飛鳥を明日香にしたのか察することはできた。語学に精通しているシュライン。そして、飛鳥本人も広東語を大学で専攻していた。
 広東語で、”香”は”死”を連想させるという。”明日香”で明日亡くなるという意味になる。依頼する時、飛鳥はすでに覚悟を決めていたのではないか――――


「今回も依頼料はなしね」
 淡く微笑む。涙が頬をつたった。


 天国へと送り届けるバスに。
 無事、旅立った飛鳥に。

「再見」



------------------------------------------------------
■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
------------------------------------------------------
【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 // シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

------------------------------------------------------
■             ライター通信               ■
------------------------------------------------------
シュライン・エマ様、発注ありがとうございます。
ハロウィンでは小さくて可愛いシュラインさんでしたが、今度は26歳の姿を書かせて頂いて嬉しかったです。

シュラインさんの能力などを発揮できるよう、シナリオを変更しました。
バスは今後も走り続けると思います。死者を連れて。
最後の台詞は「さよなら」と呟いて頂きました。輪廻転生した形でまた巡り会えればいいね、という意味も含めて。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝