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宿り木の見る夢〜赤〜
「うわぁ…おっきいなあ!」
夢の世界に降り立ったエファナは、ライトアップされた街の中で、一際大きくそびえ立つモミの木を見上げた。モミの木は煌びやかな街並に負けず劣らず色とりどりのライトやガーランドチェーン、オーナメントで飾り立てられている。
「さしずめ、夢の世界のシンボルってところね。さすがクリスマスだわ」
モミの木の下で一人納得し、いそいそと街に繰り出そうとしたエファナを、しゃがれた老人のような声が呼び止めた。
「そう慌てなさんな、小さなサンタのお嬢ちゃん」
「あたし?」
エファナはくるっと振り返り、首をかしげた。周りには彼女を呼び止めるような人物はいない。
「今の声は、あなた?」
エファナはそう言って、モミの木を見上げた。モミの木は笑うように枝を震わせ、
「そうじゃとも。サンタのお嬢ちゃんは仕事中かね? それにしてはお供のトナカイも、大きな袋も持っとらんようじゃが」
「あたしはまだ見習いなの。これから一人前のサンタになるために、クリスマス・プレゼントを探しに行くのよ。人間がもっとも喜ぶものなんですって。それを見つけないと、一人前になれないの」
「なるほどな、卒業試験というやつじゃろう。…それでお嬢ちゃんは、そのプレゼントとやらを見つけられそうかね?」
モミの木はエファナにそう尋ねた。エファナは肩をすくめてから腰に手を当て、やれやれと首を振る。
「ううん。まだ検討もつかないわ。だって人それぞれ欲しいものは違うじゃない? みんなが喜ぶようなものって何なのかしら」
「ふうむ…確かに難しい命題じゃのう」
モミの木はそう呟いて、枝をしならせた。どことなく、老人が背を丸めて考え込んでいるようにも見える。
それをしばらくじーっと見ていたエファナは、そうだ、と手を叩いた。
「ねえ、モミのおじいさんだったら、プレゼントは何が欲しい?」
「わしかい? …実はのう、もうプレゼントはもらっとるんじゃ」
エファナは目をぱちくりさせた。一体誰に、何をもらったんだろう?
そう顔に書いてあるエファナに、モミの木は枝を震わせ、
「ふぉふぉ。しばらく前のクリスマスの日になあ、サンタクロースにお願いしたんじゃ。モミの木のわしが、人間たちに贈ることが出来るプレゼントをな」
「? プレゼントを贈るためのプレゼント…? なぁに、それ。暗号?」
エファナは口を尖らせ、眉をしかめた。クイズか何かのように思ったらしい。モミの木はそんなエファナに、嬉しそうに言う。
「いいや、言葉どおりの意味じゃよ。…わしはクリスマスのたびに、こうして綺麗に飾り立ててもらって、この聖なる日になくてはならないお役目をもらっとる。わしの今日のこの衣装も、みんな人間たちが飾ってくれたんじゃ。そして彼らは、わしを目印に集い、笑顔を咲かせてくれる。そんな人間たちに、何かわしから贈り物ができないかとサンタクロースに相談したら、彼がこれをくれた」
モミの木がそういうと、幹の真ん中ほどにある左右の枝が、エファナに分かるぐらいに震えた。その枝には、可愛らしくリボンがつけられた宿り木がぶら下がっている。左の枝には青いリボン、右の枝には赤いリボン。遠目から見ると、その二つは対になっているようだった。
「…この宿り木のこと?」
「ああ。それは魔法の宿り木でな、その下に立って願うと、過去と未来の世界にいけるんじゃ」
「…ええっ! すごいね!」
エファナが飛び上がって驚くと、モミの木は嬉しそうに枝を震わせた。
「青は過去、赤は未来。それぞれ望んだ時間の世界にいける…その時間の自分になれるんじゃよ。…但しそれは限定されとってな、必ずクリスマスの日になるんじゃ」
「? ていうことは…10年後のクリスマスの日、とか?」
「そうそう。もしくは10年前のクリスマスの日、とかな。あと、ここは夢の世界じゃから、現実を逸脱せん程度には、望んだ過去と未来にいける。だがそこで何をしようが、現在が変わるわけでもないし、目が覚めると全て忘れてしまう。そんなささやかな魔法じゃがな」
「ふぅん…」
エファナはそう呟いて、しばし考え込んだ。
魔法の宿り木。それが時間の贈り物をするのは、どんな人たちなんだろう?
そして、彼らはどんな世界にいくんだろう。
もしかしたら、そこに自分のプレゼントを探すヒントがあるのかも―…。
「…ねえ、モミのおじいさん。あたしも一緒に見てていい?」
エファナの申し出に、モミの木は驚いたように言った。
「お嬢ちゃんがかね? プレゼントを探しに行かなくてもいいのかい? 試験なんだろう」
「うん。そのプレゼントのヒントになるかもしれないの。ねえ、ダメかなあ」
「わしは勿論かまわんが…」
モミの木は仕方なさそうに枝をしならせ頷くと、明るい声で言った。
「そうじゃな。お嬢ちゃんのヒントになるなら、断る理由なんぞないわい。クリスマスの魔法とやらを見物するとするか」
「うん! ありがとう、おじいさん」
そうして見習いサンタ、エファナは、モミのおじいさんと一緒に、宿り木が魔法をかける人を待つことにしたのでした。
*
それは遠くない未来のおはなし。
もしかして有り得るかもしれない、おとぎ話―…。
とある年の12月24日、東京某所にある雑貨屋”ワールズエンド”では、身内だけで開くささやかなクリスマスパーティの準備に追われていた。
この雑貨屋の店主は魔女なので、そのぐらい魔法でぱぱっと済ませばいいのに―…という意見も無くはなかったのだが、店主本人の反対により、全て手作業での準備となっていた。
使い魔の二人は、すっかり綺麗に片付けた店内の飾りつけ。特にコウモリのリックは、渋々ながら背の高いツリー担当とされている。
残りの魔女たちは、キッチンで料理の仕上げに入っていた。狭いキッチンの中で、三人がてんわやんわにどたばた騒ぎをしているのが、店内にも響いていた。
「間に合うのかよ、あいつら…?」
ツリーのてっぺんに大きな星を設置していたリックが呟くと、飾り付けの後片付けをしていた銀埜が首をすくめた。
「今日は聖夜だ。少しぐらいの奇跡は起こってもいいんじゃないか?」
「もったいねえ奇跡の使い方だよな…」
そして数十分後。そろそろ空が茜色に染まろうという頃、玄関のドアベルが鳴った。
銀埜がドアを開けると、見知った笑顔が覗いた。
「めりーくりすますなの!」
「いらっしゃいませ、えるもくん」
にこりと微笑み、小さな来訪者を誘う。いつもよりほんの少しおめかししたえるものあとに、見知らぬ男女が二人、付き添っていた。軽く会釈をしあったあと、銀埜は胸の中で、はて、と首をかしげた。
どこかで見たような雰囲気なのだが…。
「えるもちゃん、いらっしゃい!」
「いらっしゃいましたなのー」
やってきたえるもを見て、年の近いリネアは喜んで出迎えた。えるもの手を引いて、案内する。
「見てみて、銀兄さんが飾りつけしてくれたんだよ。綺麗でしょ!」
「ぴかぴか光ってるの。きれいなの〜」
街のイルミネーションのように飾り立てられた店内を巡り、うわぁと感嘆のため息を漏らすえるも。
リネアはそんなえるもに、得意そうに笑いかけ、「こっちもすごいんだよ」と自慢の飾り付けのところに案内する。
いつの間に店内にやってきたのか、そんなお子様二人を微笑ましく眺めているのは、店主のルーリィと魔女のリースだ。
「あらあら、賑やかになったと思ったら、もういらしてたのね」
「ま、ちょうどいいじゃない? えるもくんはリネアが相手してくれてるし、料理は無事に完成したし」
そう得意げに胸をはり、リースはつい癖で肩にかかった髪の毛を払う仕草を見せた。
だがその手は空振りに終わる。
リースは今年の秋に、鎖骨ほどまで伸びていた髪をばっさりと切り、ショートカットになっていたのだ。
本人は大人の女になったと喜んでいたが、いまだに長かったときの癖が出てしまうのは愛嬌というものか。
ルーリィは―…ちなみにこちらは数年前とあまり変わっていない…―そんなリースにくすっと笑いかけ、
「じゃあ、そろそろ始めましょうか。…ところで」
「うん?」
リースが首を傾げると、ルーリィは店内に居る見知らぬ男女をちらりと見た。
「……あの人たち…知ってる?」
「さあ…」
『メリークリスマース!』
その言葉と同時に、クラッカーがそこらじゅうではじけた。
一瞬で、部屋の天井近くまで紙ふぶきが舞う。
あとの掃除が大変だなあ、と無意識で思っていたルーリィは、銀埜から突かれてハッと我に返った。
「は。…では皆さん、我が”ワールズエンド”のクリスマスを、どうぞお楽しみくださいね」
そうぺこり、と頭を下げると、ぺちぺちと可愛らしい拍手の音が聞こえた。
にこにこ笑顔のえるもと目が合い、にっこり微笑む。
「えるもくん、今日はたくさん料理があるから、いっぱい食べていってね」
「はいなの!」
えるもは元気良く返事をしてから、あ、と顔をあげた。
「えっと、みなさんにごしょうかいなの」
「?」
その言葉に、ワールズエンドの面々はきょとん、と首をかしげた。
「きょうはごしょうたいありがとうなの。えっと…えるものおとうさんとおかあさんもいっしょにきてくれたの」
そう言って、えるもは自分の両隣に腰掛けている男女を交互に見上げた。
ルーリィはじめ、ワールズエンドの皆はそれぞれぽかん、としている。
(ねえ、あの人たち…えるもくんのご両親だったの?)
(確かに似てると思いました…少々意外でしたが)
ひそひそと囁きあう。
そして銀埜の言うことも最もだと、それぞれ頷いた。
えるもの右に腰掛けているのは、妖艶な雰囲気が漂う女性。だがその口元に浮かぶ笑みには、儚げで上品なものを感じさせるので、決していやらしくはない。
そして左にいるのは、精悍な体つきを持つ男性。だが顔つきはどこかあどけなく、時折女性とえるもに向ける気遣いの視線から優しさが感じられる。
可愛らしい子狐のえるもを見ていると、この男女が両親というのは一瞬意外にも見えるが、よくよく観察していると、なるほどと納得する。
「へえ…えるもちゃんのお母さんとお父さんなんだあ。はじめまして、リネアっていいます!」
そうリネアがぺこりと頭を下げると、”いつもえるもがお世話になっています””良くお話は聞いてますよ”といった、良くある微笑ましいやり取りが交わされる。
一通り挨拶をしたあと、ルーリィはふと気になってえるもに尋ねてみた。
「そういえば…えるもくんって、尻尾が二本あるのよねえ?」
「? そうなの!」
元気に頷いてから、えるもはふと気づいて付け加える。
「おとうさんとおかあさんもあるの。ふたりは5本もってるの」
「へえ…」
チラ、と男女を見てみると、確かに椅子の背からふさふさした立派な狐の尾がいくつも揺れていた。
(さわり心地よさそうねえ…)
思わず手が伸びてしまいそうな自分を必死で抑えるルーリィだ。
なので、抑えるために話題転換を仕向けてみる。
「そうだ、えるもくんのご両親って、今日はじめてお会いしたんだけど。ずっとお忙しかったの?」
「…ほんとは、ずっとごびょうきだったの」
「…!」
少し目を伏せたえるもの言葉に、ルーリィは目を見張る。
「そうだったの…」
「うん。でも、ごびょうきがなおって、うえからかえってきてくれたの! だからいっしょにパーティできたの」
「…そう、良かったね」
にっこりと笑顔で顔を上げたえるもの頭を、ルーリィは軽く撫でた。
「でも、お父さんとお母さんと、三人でパーティしたいんじゃない?」
だがその言葉に、えるもはふるふる、と首を横に振った。
「おとうさんとおかあさんたちとのパーティは、あしたなの。だから今日は、ルーリィちゃんたちといっしょなのー」
「そうなんだ。ありがと、えるもくん」
「うんなの!」
ルーリィは、嬉しそうに答えるえるもの後ろから、彼の両親の暖かい視線を感じた。
彼らに軽く会釈しつつ、心の中で呟く。
(…家族っていいなあ…)
そして宴もたけなわ。
それぞれの趣向を凝らしたプレゼントを贈り合ったあと、えるもが笑顔で言った。
「カリーナちゃん、いるなの?」
その言葉に、ルーリィたちは顔を見合わせる。
「えーっと…多分いるんじゃない? あそこらへんに」
リースはそう言って、天井あたりを適当に指す。
魔女の村からトラブルを持ち込んだ魔女カリーナは、数年前に”ワールズエンド”の店員とお客を巻き込んだ騒ぎを起こしたあと、結局幽霊としてこの店に住み着いていた。
だが幽霊は幽霊なので、普段は姿を見せない。魔女たちも特に霊感が強いわけでもないので、存在を察知するわけでもない…のだが。
えるもは天井あたりに向かって、声を張り上げた。
「カリーナちゃんにもプレゼントがあるなの!」
えるものその言葉に呼応するように、壁の飾りの一部が微かに揺れた。
まるで、えるもの言葉の意味を問い返すように。
「これなの。いちにちぐらいだけど、カリーナちゃんでもからだができるおふだなの! おとうさんがつくってくれたの」
えるもはそう言って、懐から一枚のお札を取り出した。判別不能の文字がびっしりと描かれている。
その札を天井に向けて突き上げ、
「カリーナちゃん、このおふだにくるなの」
そう言うと、一瞬空気が振動したあと、えるもの手からお札が独りでに離れた。
空中を漂っていたかと思うと、煙のようなものが噴出し、それは徐々に若い女性の身体を作っていく。
そして瞬く間に、まるで本物のような実感を持った女性が、トン、と床に降り立った。
彼女…カリーナはウエーブのかかった長い髪をかきあげ、にやりと笑って見せた。
「ありがと、えるもちゃん。なかなか気の利いたことしてくれるじゃない?」
「えへへ。カリーナちゃんもいっしょにパーティするなの!」
その様子を半ば呆然と眺めていた現役魔女たちは、思い出したように誰彼とも無く呟いた。
「…そういえば今日は聖夜なんだわ…」
「奇跡のオンパレードって感じよね」
ずっと離れ離れだった親子が再会したことも。
既に実体を無くした魂が、再び地に降り立てたことも。
手間のかかった料理がパーティに間に合えたことも。
そして、皆で一緒に、聖夜を過ごせることも。
それは有り得るかもしれない未来。
有り得て欲しい、と誰かが望んだ未来。
それを望むなら、それに辿り着ける選択肢を”今”選び取っていかなくてはならない。
だから。
「…またね、なの!」
その言葉で、静かに未来の扉は閉じる。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【4379 / 彼瀬・えるも / 男性 / 1歳 / 飼い双尾の子弧】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、いつもお世話になっております。
参加下さいましてありがとうございました!
何だかとっても素敵な未来を創造して下さって、とても嬉しかったです。
店の連中も指名くださいまして!
そして、”カ”のつく彼女のことも覚えて下さっててありがとうございます…
こちらのほうは停滞していて申し訳ありませんといいますか;
ほんわかあたたかなクリスマスを過ごせますように、と
思いながら書かせて頂きました。
楽しんで頂けると幸いです。
それでは、良いお年を。
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