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警笛緩和 - 光のコイン -
赤い夕日が朧気に浮かぶ。今にもそのまま消えるかのように。
左手には幅三十メートルの川が海へと緩やかに流れていた。その川岸を水鏡千剣破が歩く。巫女装束が汚れたままで。
表向きは女子高生。だが、家が神社である千剣破は姫巫女として修行している。
数日前、神社に依頼が舞い込んだ。それは悪霊退治。今がその帰りだ。緋色の袴が土色に変色したものの怪我はなく、いつもより迅速に遂行できた。
けれど、巫女装束はとても目立つ。オッドアイの青い瞳と緋色の袴でますます引き立っていた。街中ではその容姿に人々が振り返り、この川辺でも異様な光景として映っているだろう。
水面が日に照らされて小さく波打つ。そのたび、星のように輝いて空へと還っていくよう。
「きれい……」
それを遠目に堤防を歩いていると、連続した水音が耳に入ってくる。音を辿れば、河原で十代の少年が黒い学生服を身に纏い、小石を川へ投げていた。
水面を小さな欠片が五回も飛び跳ね波紋が重なり、そして沈む。
赤く陰るその後姿。悲哀に満ちて、瞳に映る。
少年が一歩踏み出そうとしていた。さも身投げでもしそうな暗い雰囲気で。
千剣破の足は迷わず駆け出す。
この川は浅いように見えて、奥に行けば行くほど深くなっているのだ。
「ダメーー!」
空につんざく悲痛な叫び。祐は振り返っていた。
巫女装束の少女が歩きづらい小石の上をよろめきながら走ってくる。必死な顔色で。
何事かと柳眉をひそめる。
少年と川の間に飛び込むと、通さないというかのように腕を広げた。
「ダメよ、絶対に」
それは祐に放たれた言葉。
「……」
訳が分からず、いぶかしむ。
「自殺してはいけないわ。命は大切にしなきゃ」
祐は目を細めた。冗談を言っている風でもないからなおさら笑えない。
「なに勘違いしてる? ――自殺するかっ」
その怒声に千剣破は瞳を丸くする。
「え……? 自殺じゃ、な……い?」
祐は話にならないと口をつぐみ、視線をそらす。
「そっか……」と、息をついて胸に手を当てる。
「自殺するんじゃないかと思って、心配した……」
本気で安堵している千剣破に怒る気も失せて、川から離れようと背を向けた。
早歩きで立ち去る少年に、はっと気づくと「待って!」と声をかける。だが、少年は止まらない。
川原から歩道への階段を駆け登る。堤防の頂は風が穏やかに流れていた。千剣破の長い黒髪が風を含んで舞う。
それほど距離が離れてなかったため、すぐに少年に追いついた。
祐の目の前をまた陣取り、行く手を阻む。
「なんか悩みがあるなら、お姉さんが聞いたげるよ。話してみて」
直球ストレートで祐の心に踏み込んだ。それは、自殺しなくても少年が思いつめてるんじゃないか、と感じていたからこそ。
(なんなんだ、この女……)
「悩み? あったとしても初対面の奴に話すわけないだろ」
怒りを通り越して呆れるしかなかった。少年はここで”変な女”というレッテルを千剣破に貼り付ける。
「あ……そうだよね」
しゅんとうなだれ、黒髪が一房、肩から零れ落ちる。
「でも……。初対面だからこそ、気兼ねなく話せることがあると、思ったから……」
相手の人間関係、置かれた内情を知らないからこそ、気が楽になる。話してちょっとでも重みを取り除けるなら、と。
祐は俯いたままの少女に心が揺れ動く。ある人物の影が脳裏をよぎって。
だが、警戒は解けない。油断させて牙を向くかもしれないからだ。そのまま沈黙することを選ぶ。
「……ごめんなさい」
気を悪くしたかも、と千剣破は無理難題なことを言ってしまったと謝る。
街が紅色に染まり、影が長く伸びていく。空は闇の訪れをそっと告げていた。
川のせせらぎだけが二人を包む。
自然全てはエネルギーの宝庫。その中でこの川は、パワースポットとも言うべき、癒しと生命エネルギーの強化を兼ね備えいた。千剣破は水の属性と深い関わりを持つがゆえに、この場所は身を休めることができ、なおかつ自然のエネルギーを体に取り込める場所だ。
千剣破はもう一度、祐の顔をそっと見つめた。視線を合わせようとしない、その瞳は強いようで脆さもある。
そこで、はたと気づく。
「あれ?」
さっきは自殺するんじゃないかと気が気じゃなかった。少年の心配ばかりで、気づかなかった。紅い夕日のせいもあるかもしれない。
「……もしかして、銀?」
その何気ない言葉に、少年の瞳は鋭く反応する。
どうやら禁句だったらしい。慌てて訂正する。
「ううん、違うの。ただ、珍しいなって」
「それを言うなら、あんたの目の方が珍しいだろ」
祐はオッドアイを目にするのは初めてだ。
海のように深い、青い瞳。右目の黒の瞳と合わせれば、深海のように静かな双眼。思わず引き込まれて、溺れてしまいそうだ。
「希少さではそうかもしれない。でも、なんか嬉しかったの。同じように、他の人とは違う色を持ってるから」
千剣破の瞳は迫害されてるわけではない。
でも、自分の目が嫌いだった。人の視線には慣れたものの、コンプレックスは無くならないのだ。
オッドアイなのは、竜王の血を引くから。理屈でそれを分かっていても、気になってしまう。
「あたしもこの目がコンプレックスになってる。けどね、それを気にしない人もいるし、うじうじ考えていても仕方ないから」
外見は変えられないのだ。だったら。
一度頷く。
「これしきのことで負けない!」
両手でガッツポーズ。
とても強い、と祐は思う。
悩みをものともせず、前へと歩いていく、その姿勢に。
目の前に分厚く、ビルのように高い壁があっても、正面から穴をぶち抜き、乗り越えていく。
祐には眩しかった。
太陽のように明るく、猫のように奔放。
千剣破に、身近な人物の影が重なる。
そう、封禅天理に――
少し似ているのだ。小さな悩みは一笑して吹き飛ばす、その明るさが。
そして。
『同じように、他の人とは違う色を持ってるから』
だから嬉しいと、そう言われたのは初めてだった。
(こんな人間が天理の他にもいたんだな……)
そう思うと、心の底から笑みがこみあげてきた。
彼女の前では、自分の悩みなどバカらしく思えてくる。
その人柄に触れて、祐の孤立さから来ている息苦しさが少し解消された。暗闇に小さなランプが点ったかのように。
少年の初めての微笑。
千剣破は彼の、茨という鎖が一本だけ解けたのだと感じる。
やはり笑った方が黒髪から覗く銀の瞳にはよく似合う――
「あ、名前言ってなかったよね。あたし、水鏡千剣破」
にっこりと微笑む。
「オレは……魄地、祐だ」
一旦渋るが、結局名を告げる。
「魄地君か……。うん、覚えた!」
こうして、祐にとっての怒涛の嵐――台風が過ぎ去った。
なぜ巫女姿なのか、という疑問は残ったが、水のように清浄な少女――そう、視えた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3446 // 水鏡・千剣破 / 女 / 17 / 女子高校生(竜の姫巫女)
NPC // 魄地・祐 / 男 / 15 / 公立中三年
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■ ライター通信 ■
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水鏡千剣破様、発注ありがとうございます。
納期には間に合いましたが、パソコンが壊れたことで予定よりお届けが遅くなってしまい申し訳ありません。
前に書いたものと若干二人の行動が違いますが、記憶では今回の方が良くなっていると思うので、書き直したことは良い方向に結びついたかと。
祐の相手をして下さり、ありがとうございました。
千剣破さんへの印象は、最後では違うものになりました。いかがでしたでしょうか?
同じコンプレックスを持っていても性格が正反対なので書いていてとても楽しかったv
警戒心旺盛ですが、今後も仲良くして下さると嬉しいです。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。
水綺浬 拝
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