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<東京怪談ノベル(シングル)>


玄冬想々


 ゆったりと目的地へと歩を進めながら、八重咲悠はとある人物に思いを巡らす。
 脳裏に浮かぶのは、漆黒の髪に夜色の瞳を持つ、1人の少女。
 『クロ』と名乗ったその少女と、悠は一度しか会ったことはない。それも、決して長いとはいえない時間だった。
 それでも、彼女と出会ってから考えを巡らせるのは、『封印解除』の意味と『一族』――そして、クロ本人について。
 それだけ、彼女は悠に興味を抱かせる存在だったのだ。
 彼女は言った。自分は『玄冬』の『封破士』であり、『封印解除』をしているのだと。
 悠の知識の中に、それらの言葉は、ない。
 怪奇現象や魔術等、超常的なものに関しての知識は豊富などという言葉では括れないほど身につけている悠だが、クロの一族のことも、『封破士』についても、全く聞き及んだことがなかった。
 だから、『識りたい』――と思ったのだ。
 識らないことを識りたいと思うのは当然の欲求だ。知識欲の強い悠ならそれは尚のこと。
 いかに膨大な知識を持つ悠とて、世界の全てを知ったわけではない。まだ知らぬ知識の中にクロに関することがあるのかもしれないと、彼は街の図書館へと向かっていた。
 悠の所有する『黙示録』を使えば、至極簡単にクロとクロを取り巻く事象に関しての知識は得られるだろう。だが、それではつまらない。そういう風に知識を得るのは、はっきり言って興醒めしてしまう。
 それに、何より当事者――クロの意と関係なく盗み見するような真似はしたくない。
 図書館ならば、その土俗に関する書などもあるだろう。だとすれば、情報を集めるのにそう不自由はしない。
 クロは、この地で『封印解除』を行った。何らかの魔法陣を新たな魔法陣で打ち消して、なにかこの世界に『異質』なものを、解放した。
 ならば、この地には『何か』が封印されていたのだ。
 辿り着いた図書館に迷いなく足を踏み入れ、淀みのない足取りで土俗に関する書が並ぶ棚へと向かう。そしてめぼしい本を手に取り、読書スペースに座った。
 この地に『何か』を封印したという記述があれば、『封印解除』やクロの『一族』について、何か分かるかもしれない。
 ぱらりぱらりとページを捲りながら、悠は『封印解除』の場を思い返す。
 不可視の魔法陣。それが『封印』だろう。辺りは何の変哲もない街中――結界によって闇色には染まっていたが――で、そこに封印があると一見して分かるようなものはなかった。
 それはすなわち、『封印』がそこにあるということを示す必要性がなかったということ。そして『封印』が、大々的なものでなかったということを暗に示す。
 案の定、悠の調べた書物にも、『封印』を示すような出来事は記されていなかった。
 恐らく、『封印』はクロの『一族』のみに意味を持つものなのだろう。秘された歴史、という場合もあるが、前者の方が可能性が高い。
 これ以上調べても有益な情報は見つけられないだろう、と、悠は本を元の場所に戻すために席を立った。

◆ ◇ ◆

 図書館を出て、悠が次に向かったのは――クロと出会った場所、だった。
 そこは既に『日常』の一部に戻っていて、結界も、闇色に染まる景色も、魔法陣に類するものを描く少女もいない。
 魔法陣があった場所――結界の中心だった、クロの立っていた場所に屈みこみ、その地面に手を触れる。
 そこには何の痕跡もなく、ただ至極薄い『異質』の気配が漂うのみだ。
 ふと、思い出す。
 何を成し遂げようとしているのか、と問うた悠に、当主の願いを叶えるのだと、クロは答えた。
 その答えからすると、当主の願いとは封印されている何かを解き放つことなのだろうと考えられるが――。
(『封印解除』が、ただの手段であったなら……?)
 『封印解除』自体が、当主の『願い』と直結するとは限らない。『封印解除』によって起こる事象が、『願い』を叶えるためのプロセスに過ぎない可能性もある。
 そこまで考えて、これ以上考えても手がかりの少なさから結論を出すに至らないだろうと悠はまた別の思考を展開する。
 クロは『封破士』だ。『封破士』は『封印解除』を行う存在――封印を解くためだけの存在。
 ―――では、封印を解いた後は?
 役目を終えるだけなのか、それとも――。
 くつり、と笑う。
 調べても、考察しても、それはただの推測だ。
 やはり当人の口から聞かないことには、真実を識ることはかなわないだろう。
 漸くの結論を出して、悠は意味深に笑む。
 そして、振り返ることなくその場から立ち去ったのだった。