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<誰彼時のLORELEI>
<Opening>
草間興信所の居候である遙瑠歌が、其の依頼を受けたのはある意味必然だったのかもしれない。
今回の依頼はおまえが適任だ。
そう言った所長の命によって、少女は依頼人との待ち合せ場所へと向かった。
『創砂深歌者』として、依頼人を『別の異界』へと導くのは、遙瑠歌の仕事だ。
興信所に来る、ずっと前から。
遙瑠歌は歌う事で、人の寿命を表す『寿命砂時計』を具現化させる事が出来る。
少女曰く、此の世界に生きている人間全てが砂時計を持っている為、少女には此の世界に住む全ての人間の寿命が分かるのだという。
砂時計を壊してみせた草間に興味を抱いて、此の世界へと降り立ったが。
それまでは、何も無い空間で迷い込んできた人間を相手に『異界への道』を作っていた。
遙瑠歌にとって歌う事は、須らく仕事だ。
望まれるままに歌い、砂時計を具現化し、望まれるままに異界への道を作る。
その在り方に、疑問を抱いた事はない。
今回の依頼人は、砂時計を必要としているわけではなかった。
ただ、異界へと渡りたい、とそれだけが依頼人の願いだったのだから。
特殊な力がない人間が、異界へと渡るのは容易ではない。
だからこそ、道案内として遙瑠歌が道を開き、同行するのだ。
やがて、前方に人影を見つけると、少女は頭の中で所長から言われた言葉を思い出す。
依頼人に会ったら必ず聞く事、と念を押されている其の言葉。
「お待たせ致しました。わたくしは『草間興信所』から参りました、遙瑠歌と申します」
頭を小さく下げた少女を見て、依頼人も軽く頭を下げて見せた。
まずは挨拶を大切に。
此れは草間の義妹である零から言われている事。
そうして、遙瑠歌は頭の中で何度も繰り返し思い出していた質問を口にした。
「何故、異界へと渡られたいのですか?」
オッドアイの少女は、所長の言いつけ通り、依頼人へと尋ねたのだった。
<First Mission:漆黒の依頼人>
眼前に現れた小さな少女を、泉は無気力に見やった。
此方が依頼したというのに、彼の態度は物を頼む其れとは遥かにかけ離れたものだったが、どうやら少女は気にもかけていないようで。
身長が只管に違う二人が視線を合わせる為には、ほぼ垂直に首を傾げるしかなく。
微かに疲れてきた首を回しながら、泉は生まれて此の方何かと文句をつけられる鋭い瞳を、更に眇めて見せた。
別段強面、という訳でもないのだが(逆に、女寄りの顔立ちをしていると言われた事がある程だ)(言われた次の瞬間、其の言葉を紡いだ人間には、其の場を退場してもらったが)(強制的に)
やる気の無さと鋭い瞳で、何時も無駄に恐怖心を煽ってしまうらしい。
まぁ、本人自身、其れを撤回しようという気も無いのだが。
「お宅の所長から聞いてんだろーけど、一応礼儀だからな。琥煤泉。今回の依頼人だ」
泉が名乗れば、其れを確認する様に小さな少女―確か、遙瑠歌、と言っただろうか。
「琥煤・泉様」
彼の名を小さく復唱する。
「あー……異界に行きたい理由、だったか」
「はい。草間興信所所長、草間・武彦様より、依頼人様より必ずお聞きするように、と指示を受けております」
堅苦しい話し方をする少女だ。
幼子には必需品であるはずの、豊かな表情すら持ち合わせていない。
泉自身、表情が豊かだという訳ではない。
どちらかと言えば、無い。
何でも屋、なんて看板を(若干不本意だが)掲げているだけあって、泉は自分の『人を見る力』には多少なりとも自信がある。
(結構つっこんでいけば、面白いヤツだな)
泉の、遙瑠歌への評価はそんな所だ。
「琥煤・泉様」
小さく首を傾げる其の動作を、プラチナブロンドの髪が追従する。
どうやら、彼が黙ってしまった事に疑問を抱いているらしい。
表情は変わらずとも、感情が其れなりに読み取れる。
「悪かったな。……何だったか。異界へ行きたい理由だったな」
泉の言葉に、少女は頷く。
「少し昔話が入って長くなるが、まぁ其処はご愛嬌だな」
其処まで口にして、泉は自分の後ろにある喫茶店を親指で指した。
「座って話そうぜ。あの店は珈琲が旨い」
<Second Mission:理由>
「俺が今より未熟だった頃に、一つの依頼が来た。『ここではないどこかへ』行きたい、って内容だった」
メニューを見ることもなく、珈琲とココア(もちろん、彼が珈琲)を頼んだ泉は、何かを思い出す様に目を細めた。
「あんたも知ってる通り、そんな芸当が早々簡単に出来る訳がねぇ。だが、依頼人が俺のお気に入りだった事もあってな。俺は其の依頼を受けて、願いを叶えてやったんだ」
今でも覚えている。
あの時、自分は良かれと思って能力を使った。
『彼女』が、そう願ったから。
「……が、あの頃は俺も、自分の能力の限界を理解してなくてな。異界に飛ばす事は出来たらしいんだが、その後とんでもない力の反動を受けて、全くそいつの行方を掴めなくなっちまった」
悔いがあるのか、と言われれば、否。
望まれて、自分が成すと決めた事なのだから、その行為に後悔する方がおかしい。
けれど。
「悔いなんて無い。今更そいつを如何こうしようってつもりもねぇ。だが、一目でいいから、今どうしてるのかだけ知りてぇんだ」
何時の間に運ばれてきたのだろう、ココアを口に運んだ遙瑠歌が、無表情のまま湖水と紅玉の瞳を泉へ向けた。
「貴方様は、人なのですね」
唐突な言葉に、泉は眉を顰める。
だが、其れを気にする事も無く眼前の少女は、手にしたカップをテーブルへと戻し、淡々と言葉を紡いでゆく。
「後悔は、悪では御座いません。悔いる事は、人のみに与えられた行為。悔いる事があるからこそ、人は時を紡いで生きてゆけるのです」
眇めた眉を跳ね上げて、泉は遙瑠歌を凝視した。
(自分が『人』ではない、と言うような、その態度が)
無表情の中に、泉が確かに感じたのは。
少女の―痛み。
「望みは、渡る事でも、行く事でもない。それならば、わたくしが貴方様の御依頼を完遂する為に行う事は、二つ」
泉の眼をしっかりと見つめて。
「一つは、貴方様が異界へと送られた方の砂時計を具現化すること。そして一つは、其の砂時計の所有者様の現在を、ほんの少し垣間見る事」
そう口にした後。
出会って初めて、泉は少女の唇が僅かでも引き上げられた其の表情を眼にしたのだった。
「此の御依頼、確かに承りました。琥煤・泉様」
<Third Mission:砂落ちぬ時>
君は、どうしてるだろう。
間違った事を願ったとは思わない。
だけど、少し心配なのも本当。
は、と眼を見開いた(何時の間に閉じていたのか、自分にも分からない)泉は、其の視線の先に一人の人間を見つける。
眼を、疑った。
其処にいたのは確かに、あの時に泉が異界へと送った、あの時の依頼人だ。
あの時と同じ姿かたちで、視線を落とし、地面に座り込んでいる。
声をかけようと体を動かした、其の瞬間。
泉は自分が今立っている場所を理解した。
空、だ。
通常、人間が立てる場所ではない其の場所に自らの体がある。
遥か下に『彼女』がいるという事は、そういう事だ。
「申し訳御座いません、琥煤・泉様。貴方様は、『此の』世界にとって異質な存在。故に、語りかける事、触れる事は出来ません」
ふと後方に視線を向ければ、其処には水銀色の髪を風に揺らした色違いの瞳を持つ少女の姿。
「あんた、か。此れを俺に見せてんのは」
問いに、遙瑠歌は頷く。
其の手には、一つの砂時計。
「それが?」
「はい。あの方の砂時計です」
差し出された其れを受け取って凝視する。
「砂が、落ちてねぇ?」
泉は、一瞬自分の目を疑った。
本来砂時計とは、重力に従って其の砂を落とすもの。
けれど、遙瑠歌が差し出した其れは、落とすべき砂を上部に留めている。
「貴方様に異界へと送られる其の前から、あの方の時は刻む事を忘れ、残りの砂を落とす術を忘れました」
「俺が送る前から……」
「此れは『寿命砂時計』と呼ばれるもの。其の砂が落ち切る其の瞬間が、人にとっての終わりを意味するもので御座います」
少女の言葉を自分の中で反芻させる。
つまり、其れはどういう事なのか。
「あいつは、死んだわけじゃねぇって事か?」
「はい」
だとしたら、何故砂が落ちないのか。
疑問を抱き、其れを口にしようとした泉の思考を読んだかの様に、遙瑠歌は言葉を続ける。
「結論を申し上げます」
其の言葉はまるで宣託。
「琥煤・泉様。あの方の命を握っていらっしゃるのは、貴方様です」
<Forth Mission:砂落つる時>
柄にも無く、息が、止まるかと思った。
砂時計から視線を遙瑠歌へと移し。
そして、眼下に座り込んだままの『彼女』で止める。
「あいつ……何やってんだ?」
先刻から、地べたに座り込んで視線を落とし続けている『彼女』。
其れはまるで、何か大切なものを落としてしまい、必死に其れを探しているように見えた。
「探していらっしゃいます」
端的に告げた遙瑠歌に視線を向ける事無く、言葉の続きを促す。
「あの方が琥煤・泉様に願いを告げられた時の理由。其れは、あの方にとって大切なものを探す為だったのです」
表情を変える事無く、砂時計を見つめるオッドアイ。
「ですが、其れは永久に見つかる事は無いもの。故に、あの方は永久に彷徨い、探し続ける」
其処で一度言葉を止めて。
少女は泉を見つめて続きを紡いだ。
「決断を。あの方が彷徨い続けるか、其れとも安らかに眠れるか。其れを決める事が出来るのは、貴方様です。琥煤・泉様」
手の中の砂時計と、眼下の『彼女』を交互に見やる。
決断。
其れは即ち、『彼女』の時を止めるという事。
―自分以外の誰かの時間を、止める事。
其れを簡単に決められるわけがない。
「俺はあいつじゃねぇ。あいつの人生を、俺が決めていいわけねぇ」
冷たく、無機質な砂時計。
「それでも」
其れを握り締めて、泉は遙瑠歌を睨みつける様に見やった。
「俺が決めなきゃなんねぇなら、決めてやる」
其の言葉と、同時に。
泉は、手にした砂時計を、眼下へと落とした。
小さく響く、硬質な澄んだ音。
そして、世界が反転した。
<Ending>
何時の間に戻ってきたのか。
泉には分からなかったし、分かろうとも思わなかった。
ただ、眼前にある珈琲がまだ冷め切っていないという事は、実際此の世界ではそれほどの時間が経っていないという事の証明だ。
其のまま視線を動かせば、空になったカップがひとつ。
先刻まで其処に存在したはずの小さな少女は、何処にもその姿を現す事が無い。
「あいつ、依頼料取らずに帰りやがった」
何とも面倒臭い事になった。
どうやら自分は、望む望まないに関わらず、あの怪奇現象満載の興信所と、今後も付き合っていかなければならないらしい。
大きく溜息を吐いて、彼は冷めた珈琲に手をつける事無く会計を済ませ、店を出た。
灰色に汚れた空が、泉の上に広がっていた。
<This story is the end. But your story is never end……>
■■■□■■■■□■■ 登場人物 ■■□■■■■□■■■
【7023/琥煤・泉/男/18歳/高校生兼何でも屋】
【草間・武彦/男/30歳/草間興信所・探偵】
【草間・零/女/年齢不詳/草間興信所・探偵見習い】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見)/草間興信所居候・創砂深歌者】
◇◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇ ライター通信 ◇◇◆◇◇◇◇◆◇◇◇
御依頼、誠に有難う御座いました。
ご指定が特に無かったので、『彼女』という呼び方にさせて頂きましたが、大丈夫でしたか?
それでは、またのご縁がありますように。
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