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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 一人分の鼓動 +



 聞こえるのは自分一人だけの鼓動。
 今もなお、それだけが私を生かす。



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「……適当に話をつけて断っておいて」


 私はそう呟くと携帯電話の電源を切った。
 電話の相手は仕事の仲介屋。まだ何か言いたいことがあったようだが気にしない。どうせ内容は検討がついている。
 背中から思いっきりベットに転がる。少し寂れた天井が視界いっぱいに広がった。


「勧誘、か」


 左腕を宙に持ち上げる。
 くるりと手の甲を返せばそこには赤い紋章が肘元まで伸びているのが見えた。青白い肌は一見冷たい印象をかもし出すが、触れればそうではないことが分かる。
 私はそっと紋章を撫でる。
 柔らかな肌の感触が指先に伝わってきた。


 電話の話は簡単に言うと「暗殺業を生業にしている組織からお声が掛かっている」というもの。
 どんな業界にも幾つかの『組織』がある。それは大規模なものから小規模までさまざまだ。中には個人という形もある。その形はどの業界であっても変わらない。


 そして私はどこにも所属していない。つまりフリーだ。
 だからこそこうして仲介屋から時々話が持ち上がる。
 「どうだ、組織に入ってみないか」「個人じゃやはり金銭面でも面倒だろう」「お前の腕ならどこででも引っ張りだこだ」……言うことは同じ。耳にたこが出来る。
 自分の能力を買ってくれるのは正直嬉しい。
 だが、返答もまた同じ。拒否するのみだ。


 私は決して組織には属さない。
 裏の業界――――復讐、暗殺、怨恨……そういったものを取り扱うこの世界に長く身を置いてその空気を吸ってきた。
 だからこそ痛いほどに分かる。組織に入ってくる依頼など、「邪魔者を消す」か「依頼者の利益のため」にしかならない私利私欲のものでしかないのだと。
 組織に属してしまえば最後、どんな仕事でも拒否権はないに等しい。
 どれだけ自分が嫌だと思っても、『組織のため』に働かなければいけない。確かに金銭面でも仕事の量も確かに個人でやっていくよりかは幾許か余裕が出来るだろう。
 今まで経験したことのない仕事にだって挑戦出来るかもしれない。


 ――だが、私は金銭目的でこの身を暗殺業に捧げているのではない。
 そんなものが欲しいのならばとっくにどこかの組織に属して働いているだろう。例えそれもまた月夜の下で身を隠して動かなければいけない仕事だったとしても、だ。


 私は自分と同じような苦しみを味わった人々のため、動いてやりたい。
 自分の下に訪れる人達の多くは嘆き、悲しみ、狂う直前まで自分を追い詰めた後、それでも何かに縋るかのように必死に足を動かしてやってくる。
 暗殺、という言葉に変わってはいても彼らの求めるものは皆同じ。
 彼らの生気のない瞳はいつだって解放を求めて私を見つめ、悲しみで枯れた喉は最後の足掻きを訴える。


 だからこそ無念を晴らしたくても晴らせないともがいている人達の代わりにこの左腕を使ってやりたいのだ。
 私利私欲のために使われるのは沢山。決して明るいとは言えない業界であっても、誰かの心を軽くしてやれるならばと思うのだ。


 ――組織に属さない理由など、それだけだ。
 ――利益よりも心からの解放を望むだけだ。


 撫でていた手をゆっくりと脇に下ろし、目を伏せる。
 静かに……音が全く耳に届かなくなるほど静かに息を潜める。やがて感じられるのは自分の鼓動、それのみ。
 とくん、とくん……と心臓は動く。
 じわりと内側から湧くその熱が私の生を知らす。それは左腕から熱を帯び、やがて全身へと浸透していくような感覚。ざわめいていると言った方が正しいのかもしれない。


 すぅっと瞼を持ち上げ、首を動かす。
 簡素な部屋の中に置かれた机、その上には写真立てが置かれている。余計なものなど一切ない整頓された室内でそれだけが誰かが生活をしていることを知らすかのよう。


 写真には四人の姿。
 手前に幼い頃の自分と三歳年上の姉、そしてその後ろには両親がそっと身を寄せ合いながら優しく微笑んでいる。
 写真だけを見るならばそれはなんて幸せそうな家族。それは日の光の下、大きな声をあげて笑っていられたあの懐かしき日々の一瞬。


 あの頃は信じていた。
 幸せをただ信じていた。
 やがて力ある腕によって無残に崩される未来など知らずに……。


 幸せ『だった』。
 ――それゆえに苦しんだ。悲しんだ。呪った。恨んだ。最後には耐え切れず狂って、全てを失ったあの日。
 幼い私はまだ衝動的な感情を抑える術など持っていなかった。


「全てはあの日から始まったのよね……」


 腕を撫でれば僅かに熱を持っているように感じられる。
 それを宥めるかのように指の腹で擦った後、私はシーツへとその身を潜らせる。
 静かに、静かに…………息を潜めて墜ちていく。


 聞こえるのは自分一人だけの鼓動。
 今もなお、それだけが私を活かす。











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7293 / 黒崎・吉良乃 (くろさき・きらの) / 女 / 23歳 / 暗殺者】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして。
 丁寧なプレイングありがとう御座いますv
 黒崎様の雰囲気を出来るだけ崩さぬよう、でもそれ以上に表現出来るよう頑張らせて頂きました。気に入って頂ければ幸いです。