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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『消えた義兄妹(前編)』

「お久しぶりね。元気そうでよかったわ」
 珍客の来訪に、草間武彦は眉を顰めた。
 彼女がここに来るということは……避けることのできない、大きな厄介ごとが舞い込むということだ。
「まあ、座ってくれ」
 珍客――高峰沙耶をソファーに座らせると、草間は事務机から灰皿を取り、沙耶の向いに腰かけた。
 軽く吸いながら、煙草に火を点ける。
「今日は、あの子はいないのね」
「零なら、買物に行っている」
「いつから?」
「いつからって……まさか、お前」
 義妹として興信所で働かせている草間零は、常識はずれの霊力と戦闘能力を有した心霊兵器である。
 興信所では兵器としてではなく、普通の人間――草間の妹として、働いているに過ぎないが。
 その、草間零だが、今朝9時頃買物に出かけたまま、まだ戻っていない。
 現在の時刻は20時34分。
「次元の狭間。ここではない空間で、草間零を複製しようとしている者達がいるの。それを伝えに来たのだけれど、少し遅かったみたいね」
 その言葉がどこまで本当なのかはわからない。
 沙耶のことだ。なんらかの理由により、零が奴らの手中に落ちるまで看過していた可能性もある。
「……で、零は?」
 沙耶は絵を一枚取り出して、テーブルに置いた。
 大きな門が描かれている絵である。
 門の先には、街が広がっているようだ。
「この門の先にいるわ。助けにいってあげて」
「行けるわけがないだろ。行けたとしてもだ、俺には何の力もない。助けられるはずが――」
 そう言う草間に、沙耶は細い指を伸ばした。
「でも、あなたが一番縁のある人物だから。複製の前に、彼等は零の心を無くそうとしているわ。それを阻止するためには、彼女の心に訴えかける必要があるの」
 妖艶に、妖しく笑い、沙耶は草間に触れた。
「彼女と一緒に、一番高い場所に来てね。そうしたら、引き出してあげるわ」
「待て、もっと詳しいせつめ――ッ」
 言葉半ばに、草間の姿は掻き消えた。
 沙耶は名刺を一枚取り出すと『しばらく2人をお借りします』と言葉を添えて、テーブルに置いた。
 そして、絵を持って立ち上がると、小さな笑いを残し、草間興信所を後にした。

**********

 草間は埃の舞う街中にいた。
 行き交う人々には、表情がない。
 まるでロボットのように、歩き、ロボットのように作業をこなしていく。
 街を走り回り、数時間後にようやく零の姿を見つけた。
「零、帰るぞ!」
 手を伸ばして、肩を掴む。
 振り向いた彼女だが、何の反応も示さない。
 零の隣には、中年男性の姿がある。
 その男は草間を一瞥し、零にこう言った。
「零、この男は敵だ。動けないようにしてしまいなさい」
「……はい」
 返事をして、零は草間の手を払いのけた。
「っ……」
 それだけの動作で、草間の指が反対方向に折れ曲がる。
 瞬時に草間は身を翻し、路地に駆け込んだ。
「……なんだ、アイツは……」
 まずは、あの男から零を離さねばならない。
「うっ……」
 折れた指より気がかりなのは、時折頭痛が襲ってくることだ。
 分からなくなる。
 ここに来た目的以外が。
 今日のことが。
 昨日のことが――。
 少しずつ、過去の記憶が消えていく。

**********

 21時。
 草間興信所に戻ったシュライン・エマは、鍵が開いており電気もついているのに、誰もいない事務所と、テーブルの上に置かれた名刺に、不安感を覚える。
 名刺を手にとって、書かれている電話番号に電話をする――。
「はい、高峰心霊学研究所です」
 電話に出たのは、高峰沙耶であった。
 即座に、シュラインは事情を尋ねる。
 草間と零は、そこにいるのかと。
 しばらくとはどれくらいなのかと……。
 沙耶の返答は、シュラインの想像を絶するものであった。
 簡単な説明を受けた後、シュラインは息を飲みながらも、既に準備を始めていた。
「……では、その絵の中に、私も行きます」
 電話をしながら、アルバムや、紙にペン、カラースプレーなどを鞄の中に入れて、シュラインは電気を消す時間も惜しみ、事務所を飛び出すのだった。

 21時30分。
 シュラインと、沙耶は研究所の門の前で顔を合わせた。
「絵の中には、服や持ち物は持ち込めるのですよね?」
「ええ、その程度なら持ち込めるわ。機械類は無理。携帯電話も使えないわ。あと、記憶も持ち込めないかもね」
「記憶……?」
「詳しいことは、私もわからないの。だけれど、電話でも話したように、記憶を消そうと目論んでいる者達が創った世界だから、長く滞在すれば、記憶を消されてしまうかもしれないわ。それでも行くの?」
 その言葉に、シュラインは迷いのない顔で頷いた。
 沙耶の手が、シュラインの額に伸びる。
 シュラインは目を閉じることなく、沙耶が持つ絵を見ていた。
 あの中に、草間武彦と、零がいる。
 迎えに行くからね。
 ――必ず、2人と一緒に戻ろう。

**********

 突如、目の前の風景が変わった。
 埃が目に飛び込み、思わず目を瞑りながら、こすった。
「武彦さん、零ちゃん」
 2人の名前を呼びながら、シュラインは歩き出す。
 街の人々に表情はない。
 まるで、人形のようだ。
 ……多分、この絵に連れ込まれて、記憶を失った人達なのだろう。
 感情も全て失い、この世界の創造主達の意思のまま、動いているのだろう。
「私は、こうはならない。武彦さんも、零ちゃんも……!」
 強い意志と共に、シュラインは走り出した。
 草間がこの世界に入って1、2時間が過ぎている。
 彼の行きそうな場所へ行けば、きっと合流できるはずだ。

 シュラインは埃の舞う街を走り回り、小さなバーで、ようやく草間の姿を見つけた。
 葉巻を購入している。
「武彦さん!」
 思わず、悲鳴のような声を出してしまう。
 声に振り向いた草間は、驚きながらシュラインの元へと駆けてきた。
「シュライン、か?」
「そうよ。よかった、わかるのね」
「ああ……なんとかな」
 言いながら、草間が額に手を当てる。
 頭痛がするらしい。
 この世界に入った途端、シュラインも同じ頭痛に襲われている。
 頭痛に気をとられるたびに、記憶が薄れていく……ような気がしていた。
「武彦さん、零ちゃんは?」
「零は、何者かに連れ回され、妙なことを吹き込まれているらしい」
「……零ちゃんと、何かあったの?」
 シュラインは草間の指がテープて固定されていることに気付く。怪我をしているようだ。
「ああ……零は、記憶を失っていた。俺よりも、奴らの声に反応し、命令に従った」
「ここで薄れた記憶は、完全に消えるわけではないはずよ。無意識下には存在してるはずだもの。思い出擽れば引掛りは覚えると思うの」
 言って、シュラインは草間に手を差し出した。
 頷いて、草間はシュラインの手をとった。
 手を繋いで、お互いの存在を確かめながら、二人は外へと出た。

「ほら、零ちゃんが始めて一人でお使いに行った時」
「ああ、子供のお使いの方がまだマシだったよな」
 草間が苦笑をする。
 思い出を語りながら、二人は歩いていた。
「単位を間違えてね」
「100グラムでいいのに、100キロ買ってきたんだよな」
「それも、一人で抱えてきたのよね。近所の人もびっくりしていたわ」
 初めての洗濯、初めての料理。
 そして、シュラインと草間の思い出も。
 出会い、初めて一緒にこなした依頼。
 ピンチに陥った時のこと。
 草間が、零が、シュラインがいたお陰で、切り抜けられた数々の出来事、事件。
 話し続けながら、シュラインは時折メモに記す。
 沙耶に聞いた話も、草間に聞いた話も、全て書き留めていた。
「武彦さん」
 シュラインは繋いでいる手を上げて、武彦の手の甲に、名前を書いた。
 零と、自分の名前を。
「あなたの大切な妹と……事務員の名前よ」
「ああ。俺も書きたいことがある」
 草間はシュラインからペンを受け取ると、シュラインの右腕にこう書いたのだった。
「街の中央の交差点。インシャインビルの屋上に行く」
「ビルの屋上?」
「そうだ。何を忘れてしまっても、これだけは忘れてはいけない。この場所に立てば、沙耶がお前を引き上げてくれるからな。一人だけでも戻るんだ」
 最後の言葉は、とても優しかった。優しいリズムで発せられた言葉が、シュラインの胸を打った。
 そこは、この街で一番高いビルだ。
 草間は最初にその場所を確認していた。
「それじゃ、矢印を書いておきましょうか。零ちゃんにもわかるように」
 シュラインは再び、草間の手を取った。戻る時は3人一緒。一人で戻ったりはしないと心に決めながら。
 そして、鞄からスプレーを取り出すと、街の道路や壁にビルまでの矢印を書いていったのだった。

「零!」
「零ちゃん!」
 草間とシュラインは同時に叫んでいた。
 2人が向った先。インシャインビルの前に、零の姿があった。
 零は、バズーカーのような、武器を背負っている。
「シュライン、俺があの男を押さえる。お前は零に話しかけて、少しでもいい、記憶を蘇らせビルの屋上へ誘ってくれ」
「わかったわ」
 繋いでいた手を離し、2人は駆け出す。
「やれやれ」
 零の傍にいた男は、大きく息をついた。
「しかし、殺すには惜しい。少し眠っていてもらおう」
 途端、空気が変わった。
 頭痛が更に激しくなる。
「零、ちゃん……零ちゃん、私のこと、忘れた? 武彦さんのこと、好きよね? 毎日お掃除大変だけれど、楽しいよね? こんな何もない世界に、もういる必要はないの。帰ろう、あなたの家に……」
 言ってシュラインは零に手を伸ばした。
 零は戸惑いの表情を浮かべている。
 表情がある……ということは、まだ全ての心が消えたわけではない。
「零ちゃん、名前を読んで! シュラインって呼んで! 兄さんって呼ぶのよ!!」
「シュライン……さん……兄、さん」
 零の口から小さな言葉が出る。
 シュラインが伸ばした手に、ゆっくり近付き、零は手を伸ばし――2人の手が触れた。
 ピィィィィィィィィィィーーーーン
 今まで、聞いたことも無いような奇妙な音が頭の中で木霊した。
 シュラインは強く零の手を引いて、ビルの隙間へと引っ張る。
 意識の遠くに、草間の声が聞こえた。
 男と、揉み合っている姿が、見えた気がした。
 世界が薄れてゆき、景色が消え去る。
 シュラインの意識は、闇に吸い込まれるかのうように、消えていった。

**********

 自分は何時間眠っていたのだろうか。
 何故、こんな場所にいるのだろうか。
 ビルとビルの隙間だった。
 身体を起こしたシュラインは、ふと、右腕に書かれた文字に気付いた。
『街の中央の交差点。インシャインビルの屋上に行く』
 いつ書いた文字だろうか。
 自分で書いたのだろうか?
 いや、利き腕に文字を書くことは難しい。
 では、誰の字だろうか。

 何故だろう……胸が締め付けられる。
 自分はこの字を知っている。
 だけれど、わからない。

 わからない。
 わから、ない……。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
【NPC / 草間・零 / 女性 / ?歳 / 草間興信所の探偵見習い】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。『消えた義兄妹(前編)』にご参加ありがとうございます。
シュラインさんが持って来たものは、現在全てシュラインさんが持っています。
草間や零の状況につきましては、今日明日中に受注開始予定の草間興信所『消えた義兄妹(後編)』でご確認ください。
それでは、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。