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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―opt―



 そんな提案を持ちかけられて、迷わないなんて、できない。
 アリス・ルシファールは悩んでいた。判断に、全てに、迷っていた。
(ハルを苦況に立たせてしまった原因が私に…………申し訳ない思いです)
 少年の言っていることはわからないではない。けれども、それを受け入れることは……できない。
(ハル自身に言われたならまだしも、初対面の相手に強引に突きつけられては……余計に、受け入れられません)
 ハルと一緒にと自分が決めて契約をした以上は。
 アリスは真っ直ぐ少年を見つめた。
「私は、ハルを渡す気はありません。向いていようがいまいが、私も譲れない思いがあります」
「…………潔いと言うべきか」
 少年は短く呟く。
 アリスは自身の横に立つハルを見上げた。
「ハル、無謀と思われるかもですが、『ワガママ』を言ってもいいですか?」
「……なんでしょうか」
「貴方の全てをもって、この場を切り抜けてください。その為に必要なことは全て任せます」
「…………」
「甘い考えであろうとこれが私です。それを通すためなら、全てを賭しても構いません、その結果は全て、受け入れます」
 アリスをちらりと一瞥するものの、ハルは応えなかった。
 頷きも、応えもしてくれない。
 コートから両手を出し、少年は軽く手を叩いた。拍手のつもりだろうか?
「なかなか立派なことを言う。主らしい態度だ。
 だがそれは……ダイスとの繋がりが十二分の時ならばいざしらず、現在の状況で言うべきセリフではないな、お嬢さん」
 淡々と言う少年は、再びポケットに両手を突っ込んだ。
「言ってやればいい、白い本のダイス。キミに勝ち目はない。どんなことをしても切り抜けるならば、主であるそこの少女を殺すしかない」
「……その方法も、ここでは意味がありません」
 ハルは少年に、短く応えた。
 アリスはショックを受けてハルを凝視する。ハルはこちらを見もしない。
「いっそ殺してみたらどうかな。ピンチがチャンスに変わるかもしれない」
「…………」
「そこの少女は全て受け入れると言った。まさかと思うが、自分が死ぬことは入っていないとは言わないだろう?」
 少年がこちらを見てくる。アリスは体が強張ってしまう。
 自分がハルに殺されるということは、考えていなかった。甘い、考え。それが自分。考えが至らない自分。
「時間を少しやる。別れを済ませたければそれでもいい。逃げてもすぐに追いつく。
 マディ、戦闘準備解除だ」
「えぇ〜?」
 横の女のダイスは唇を尖らせた。だが渋々姿勢を正す。
 少年はハルを真っ直ぐ見ていた。
「そのお嬢さんは僕の提案を信じられないらしいから、言ってあげてくれ。キミは言いたくても言えないんだと」
「え……?」
「その様子じゃ知らないんだね。ダイスには言えることと言えないことが多数存在する。
 弱っていることも、キミに契約破棄を促すことも禁止事項に入ってて言えないのさ」
 アリスは慌ててハルを見遣る。ハルは黙ったまま瞳を伏せていた。それは肯定にほかならない。
「ハル……本当なのですか?」
「…………」
 応えない。
 いいや、応えられないのだ!
 目を見開くアリスは少年を見遣る。彼は自身のダイスにすがられていた。
 彼は視線だけこちらに向けている。
「無謀は承知と言ったな。それを受け入れる覚悟もあると言った。
 失うことを恐れないというのならば、僕はキミをすごいと思うよ」
「どういう……」
「キミは結局、奇跡を信じる類いの女の子ってだけ。自分が犠牲になることも、そこらを歩く人々が巻き込まれて死んじゃうことも、結局は想定外ってことだろ?」
「違います」
「全てを賭してもいいと言ったね? じゃあ契約を破棄しなよ」
「……っ」
 ハルに言われるならいいが、どうして。
(でもハルは言えないって……。私……)
「一分待ってやる。マディ、ちょっと休憩だ」
 少年は己のダイスにそう言うや、ポケットに手を突っ込んだままこちらを眺め始めた。口出す気はない、ということだろう。
 黙ったままだったハルは、アリスを見た。
「すみません……私の力が至らないばかりに」
「ハル……」
「……あなたの最後のワガママを聞いてあげたいのは山々なのですが、少々分が悪いです。すみません、期待には応えられません」
「……諦めるのですか?」
 諦めて欲しくない。全力で立ち向かっていけば、きっと……!
(きっと?)
 きっとなんて、どこに?
 自分が、ハルは勝てると思ってはいても、必ずとは言えない。
「できるだけの時間は稼ぎます。逃げてください」
 彼はそう言うや、キッと相手のダイスを睨みつけた。
 そうじゃない。
 そうじゃない。
 アリスが期待していたものは、そんな言葉じゃない。
 なんとかしますとか、わかりましたとか、そういう……前向きな『言葉』が欲しかったのに。
「一分だ。別れは済ませたかな」
 少年は連れているダイスに囁く。
「マディ、あのダイスを引き離せ」
「承知」
 薄く笑った女が、少年の前に出てくる。黒いドレスのスリットから、長い脚を覗かせた。
「さて、行くわよ坊や。今度は手加減ナシでね」
「……わかっています」
 女が一歩踏み出す。アスファルトが足の形に窪んだ。
 と。一瞬で距離を詰められる。ハルが防御したが間に合わない。そのまま吹っ飛んだ。
「ハル!」
 悲鳴をあげるアリスのことなど無視して、女はハルに襲いかかる。ハルはなんとかそこから距離をとるべく、背後に跳躍した。
 首を掴まれてそのままハルは壁に叩きつけられた。その破壊力は凄まじく、簡単に壁が崩れる。
 圧倒的な、差だ。
 あの女とハルの間にある力の差を覆す方法など、どこにある!?
「やめてください!」
 アリスは少年のほうに向き直る。背後ではハルとあの女が戦う音が響いていた。
「やめさせて!」
「無理だ」
「どうして!」
「全て受け入れるんだろう?」
「…………」
 ぐっ、と言葉を飲み込む。
「結果を全て受け入れる。だったら黙って見ていればいい」
 少年は一切表情を崩さない。
 アリスは拳を握りしめる。黙ってみていることしか、できないのか。
 ハルと一緒に居るために必要なことをしようと思っていた。だがそれは、彼に「ワガママ」という名の命令をすることだけだったのだろうか。
(必要なことって、黙っていることだけなんでしょうか……?)
 ハルを信じて。
 アリスは少年を凝視した。
「あなたは……あなたも黙って見ていられるの?」
 もしも自分のダイスがあんな風に傷ついても?
 少年はこちらを見遣り、嘆息する。
「彼女が死んだ時は、僕が死んだ時だ」
 はっきりと言い放つ。
 信じるとか、そういう次元での話ではないのだ。
「マディと僕は二人で一つ。もしも僕がキミの立場なら、できもしないことを無理強いはしない」
「…………」
「わざわざ口にしなくても、マディは僕の気持ちをわかってくれるだろう」
 ……違う。
 アリスとハルの関係とは、全く違う。違うのだ。
 これが……これが本来のダイスと主の姿。
「本を渡さないと言った、その判断は……なかなか好きだ。
 だが……キミはもっと現状を理解するべきだった」
 背後で何かが…………落ちた。
 恐ろしくて振り向けない。
「さあ、本を渡す?」
 後ろから聞こえる女の声。
 アリスはゆっくりと顔を、そちらに向けた。
「僕は言った。キミのダイスは弱っていると。その弱ったダイスに、万全の僕のダイスが負けるとでも思ったのか?」
 少年の言葉は残酷に響いた。
 女はハルをこちらに投げてくる。ハルの衣服はずたずたにされ、腕や足も妙な方向に曲がっていた。
「ハル!」
 屈み込んで様子をうかがう。ハルは虫の息だ。
 ハルの全てを持ってしても、切り抜けることができないのだ。できないことだったのだ。
 それなのに。
(私は彼に頼っただけで……何もしてません)
 気づけば、女が目の前に立っていた。本を庇おうとアリスは腕に力を込める。
 だがあっさりと奪われた。アリスは追いかけるように、手を伸ばす。だが届かない。
「返してください!」
「マディ、破壊しろ」
 アリスの言葉の上から、少年の非情な命令が被さる。マディはそれをすぐさま実行した。
 軽く投げ、そこに拳を当てたのだ。破壊の振動が本に伝わり、一瞬で破壊される。
 アリスは目を見開いた。
 あんな、簡単に。
「あ……」
 あまりのことに、アリスは悲鳴すらあげられなかった。
 ぴしり、と真下で音がした。見下ろすと、石化したハルに亀裂が入っていく音だった。
「え? え……?」
 何が起こっている? ハルが、崩れていく……?
 同時にアリスの脳内でも何かが崩壊し始めていた。
「あ? なぜ、ですか?」
 足もとで崩れていくハルだったもの。そして、アリスの、ハルに関する記憶までもが……!
 アリスは口を開閉する。
「そんな……いや、です」
 ハルだった砂を掬いあげる。だが指の間から抜けていくばかり。
 自分の記憶と同じだ。
 大切な記憶たちが、全て消えていく。消えて…………!
「いや……いやです……っ」
 アリスのか細い悲鳴を、少年とマディは見ている。アリスは助けを求めるようにそちらを見た。
 少年は目を細めて言う。
「受け入れると言ったのはキミだ」
「っ」
 こんなはずじゃない。こんなことを望んだわけでは……。
 自分はただハルと居たかっただけなのに。
 自分はハルに何をしてあげた? あの少年から、ハルが本調子ではないと聞かされていながら、ハルに無理をさせただけではないのか?
 申し訳ないと思っただけ、じゃない?
(私…………何も、していません……)
 あぁ、消える……全て、消えてしまう。
「ハ……ル…………?」
 ハルって……誰のこと?

***

「アンジェラ」
 自身といつも共にいるサーヴァントを見つめ、アリスは微笑む。
 なんだかとても安心する。
 今日もいつもと同じ学校の一日が始まる。
 アンジェラを従えて学校への道を歩くアリスは、ここ半年の自分の記憶が度々抜け落ちていることを疑問に思った。
 だがノートパソコンには、それに関するデータは存在していなかった。だから調べようがない。
「ねぇアンジェラ、おかしいと思いません?」
 だがアンジェラは応えてくれない。
「気になりますけど……まずはお仕事ですよね」
 この世界に妙なことがないように、気を配っていなければ。
 アリスは元気よく前を向いて、学校を目指した――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6047/アリス・ルシファール(ありす・るしふぁーる)/女/13/時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございましたアリス様。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 最後まで書かせていただき、大感謝です。