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鍋料理店、開店中でちゅう
□Opening
いらっしゃいまし。さぁさ、温まって行ってください。え? ここですか? はい、ここは、見ての通りの鍋料理店でちゅう。
昨日まではなかった?
その通り、イベント商売でね、ここは正月のみの営業なんですよ。
どんな鍋でもご用意します。自分達で調理するも良し、こちらで煮込んだものを注文されるも良し。思うままの鍋を存分に味わって行ってください。
年始のご挨拶に顔合わせ。パーティーなどにご利用ください。
はい? 私ですか? 私はこの店のオーナーでちゅう。今年限りの、ね。毎年持ち回りなのですよ。
ささ、私の事などどうでも良い。
どんな鍋をご注文されますか?
■01
どーん、と、重い音が身体に響く。一つ鐘をつき終って後ろに並ぶ人に次をたくした。
シュライン・エマが長い列を抜けると、草間・武彦と草間・零が人ごみを避けるように並んでいた。シュラインの姿を見て少し大きく手を振る零に、笑顔で答える。
「すっごく大きな音でしたねぇ。まだ耳がわんわん言っているようです」
「そうね、並んだかいがあったわ」
除夜の鐘をつく列に並んだのは、随分前。防寒対策はきちんとして来たつもりだったが、流石に指先が冷たい。シュラインが控えめに手袋をこすり合わせると、零は白い息を吐きながら大きくステップをしてくるりと振り返った。零と並んでいたシュライン、その後ろを歩いていた武彦を交互に見ながら、もう一度鐘をつくポーズを取る。
いつもよりも何割か増しで声が踊っていた。やはり、除夜の鐘つきを提案して良かったと、シュラインは小さく笑った。
「しかし、女子供はこう言うイベントに食いつくな」
シュラインと零のやり取りを眺めていた武彦は、ふっとため息をついて煙草の箱を懐から取り出す。夜の暗い道だと言うのに、手を繋いだカップルや集団ではしゃぐ女の子達と幾度もすれ違った。
「兄さんの真剣な鐘つきに、後ろの子供が見入ってましたよ」
「やっぱり、季節の行事には誰でも心が躍るわね」
零とシュラインの笑顔に、武彦が頬を引きつらせる。いつもと同じように時間が流れて、いつもと同じように日付が変わる。当たり前の日常に、もうすぐ年も変わるのだから、今日は特別だった。特別な日を、一緒に過ごせる人が居るのは嬉しい。シュラインは、零の手を取って歩きはじめる。
「初詣はどうしようか」
「あ、行きたいです。おみくじを引くんですよねぇ」
暗い道に、二人の楽しげな声が弾んだ。本当に、女子供はイベントに敏感だと思う。けれども、それが華やかで何よりだとも感じながら、武彦は二人を追いかけた。
■02
そうしてしばらく歩いていると、零がぴたりと足を止めた。シュラインと武彦もつられるように足を止める。
零の見つめる先には、小さな店舗が映っている。
その店のありように、シュラインは小首を傾げた。
良く知った道、見慣れた町並み。記憶の中を検索してみたが、昨日までこの場所に目の前の店は無かった、と結論付ける。
「……、変、だな?」
良く知っている町並みは武彦も同じで、警戒したようにシュラインの前に出た。
そこへ、がらりと勢い良く店の扉が開く。
「はっ、いらっしゃいまし。ええと、鍋料理などいかがでちゅうか?」
出てきたのは、小柄な男だった。可愛いエプロンを身に纏い、ニコニコとお辞儀をする。頭には三角巾を巻いていて、微妙に耳や髪が隠れていた。エプロンの柄は、丸を三つ繋逆三角に繋げたような大きな柄がプリントされている。
「鍋、ですか?」
「はいはい。ここは鍋料理店でちゅう」
首を傾げる零に、男はにこやかに頷いた。
「昨日までは、こんな所に店は無かったはずだが」
対して、武彦は冷ややかな視線を男に向ける。
「その通り、イベント商売でね、ここは正月のみの営業なんですよ。どんな鍋でもご用意します、ささ、いかがでちゅう?」
いちいち、わざとらしいくらいの口調が気にかかるけれど……。シュラインは、店と男を見比べてから、零を見た。零は、シュラインの視線に気がつき、微笑む。
「悪い感じは、……しませんよ」
その言葉が、後押しになった。突然の印象はあるけれど、それほど嫌な感触はない。
「そう、喋り方からして、干支の子……ネズミ氏ってところかしら?」
「しっ。それは言わぬが花って事でちゅう」
それに、不思議な事は目の前に現れた時にはたいてい現実だから。
男がしっしっしと笑う様を、シュラインも笑顔で見つめた。
「縁起物と思って、鍋、食べて行きましょうよ、ね?」
「まぁ、お前がそう言うなら……」
武彦は、零とシュライン、二人の様子を見てからしぶしぶと言うふうに頷いた。
■03
店は意外に繁盛しているように見えた。
客席はスライドカーテンで間仕切りしてあり、個室にいるように感じさせられる。座敷席に案内されて、テーブルを囲んで座った。テーブルには備え付けのコンロがある。そこに鍋を置くのだろう。
おしぼりを受け取ると、注文を聞かれた。
メニューはないのかと訊ねたら、鍋料理なら何でも、と答が返ってくる。
「本当に、何でも良いの?」
「はぁい。鴨でも河豚でも蟹でも豚でも。お客様のご要望に合わせて、ご用意いたしまちゅ」
やはり、その口調なのか。
シュライン達を案内したウェイトレスは、にこやかに説明した。
「うーん、どうしようか?」
「すき焼き」
シュラインが二人に向き直ると、武彦がポツリと呟く。足を組んでぼんやりとおしぼりを広げて居る姿をあらためて眺めた。歩き疲れたのか、それとも不思議な店に疲れたのか、思考が停止したのか。
「すき焼きが良いの?」
「……、庶民の高嶺の花じゃないか。憧れのすき焼きだぞ? 良いじゃないか、すき焼き」
すると、武彦は拗ねた様に目を細めた。
ああ、普段興信所に居る時にはめったに見せない顔だ。依頼人の前では、一応敬語を使ったり仰々しく振舞ったりクールを装ったりするけれど、仕事を離れたプライベートの顔を誰にでも見せる男じゃない。こんな風に甘えられて悪い気はしないのだから困ってしまう。
シュラインは確認を取るように零を見た。
零はそれで良いという風ににこりと頷く。
「それじゃあ、すき焼きで、お願いします」
「はい。承りました。すぐにご用意しまちゅね」
店先で一行を出迎えた男とお揃いのエプロンを翻し、ウェイトレスは店の奥へと消えた。
■04
「それはそうと、あー。……厨房にネズミが居て良いものか……」
店員が自分達の席を離れると、武彦は耳うちをするような仕草でシュラインに呟いた。先ほどから、どこかぼんやりとしていると思ったら、そんな事を考えていたらしい。
シュラインは、その先を口止めするように唇に人差し指を立て笑って見せた。
「言わぬが花、らしいわよ」
例え彼らがネズミだとしても、家庭に紛れ込んで人間に嫌がられているような普通のネズミであるわけがない。普通のネズミは、人間に擬態などしない。彼らと表現したのは、店を走り回る店員が、皆同じように言葉が少しなまっていたからだ。店のそこかしこから、ちゅうちゅうと聞こえてくる。注意して聞いていると、本格的に語尾がちゅうな者もいれば、所々『です』が『でちゅ』になっている者もいた。
「大丈夫です。勿論、普通のネズミじゃないですよ。皆、それなりの力を持った……」
「よし分かった。すまんが、零、その話はまた今度にしてくれ」
今ここで、摩訶不思議にはこれ以上関わりたくない。武彦は、少々焦って零を止めた。見た事も無い店に来ているけれど、いつも通りの風景だ。シュラインは、二人のやり取りを見ながら懐かしい場所に帰って来たような気持ちになる。
「お待たせしました。お鍋の用意をさせていただきまちゅね」
そこへ、ワゴンを押して、先ほどのウェイトレスがやってきた。
三段の台には、すき焼き用の鍋や材料が並んでいる。シュラインが身体を少しずらして前を開けてやると、失礼しますと一言断ってからウェイトレスが準備をはじめた。
鍋を机のコンロに置き、火をつける。野菜と肉は大皿に乗ってきた。取り皿には、卵が一つずつ入っている。シュラインが代表して割下の入った容器を受け取ると、ウェイトレスはぺこりとお辞儀をして静かに座敷を離れた。
「? この鍋って、肉を焼くのか? その汁って何?」
武彦は、すき焼き用の鍋と皿に並べられた肉を見比べて首を傾げた。
その隣で、シュラインが慣れた手つきで割下を鍋に流し込む。
「お肉から煮ます。所謂、関東風ね」
「わぁ、おうちで食べるお鍋とは全然違いますよね。本格的です」
まだ不思議そうな顔をする武彦と、楽しそうに鍋を覗き込む零。鍋は十分熱されていて、流し込んだ割下はすぐに甘辛い香りに輝きはじめた。
■Ending
卵を器に割り入れ、かき混ぜる。武彦と零も自分に倣って同じように、卵を割り入れた。
その光景を見ていると、普段通りの日常だ。
ああ。
今日がこんなにも特別な日だと言うのに、自分は変わらず日常に囲まれている。
それはつまり、日常と特別は繋がっていることだと思った。
卵が良い具合に混ざる頃、鍋の中の具材にも火が通る。野菜が煮える匂いは、程よく食欲をそそった。
それぞれが思い思いの具材を器に取り、お互い顔を見合わせる。
「あー。今年一年、ご苦労様」
「はい。お疲れ様でした」
武彦は、照れたように目を逸らして小さく鼻をかく。零は笑顔で頷いた。
今年、最後の最後のご挨拶。
後数分の今年の食事を目の前に、シュラインは改めて二人を見た。
「武彦さん、零ちゃん、一年お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします」
どうか、いつまでもこの特別の日常が続きますように。
いただきます。
<End>
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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シュライン・エマ様
明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
お任せいただいた内容は、本当に好き勝手に書かせていただきました。鍋を囲むというよりも、そのプロセスのような感じでしたが、いかがでしたでしょうか。
きっと、武彦氏にだって、家族にしか見せない顔ってあるんじゃないかな? と思いながら書き進めました。
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。
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