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Dice Bible ―opt―
黒榊魅月姫は毅然とした態度で言う。
「アリサが戻ってくるまでは、答えは出せません」
初対面の相手に一方的に言われて、鵜呑みにできる内容ではない。
「何が判ると言われても、何も判らないでしょう。判る気はしても、でも本質では判るはずはないですから。貴方がたが私を判らないように」
「…………カチンときた」
少女は薄く笑う。
「タギ」
「へいへい。あんま女をいじめんの好きじゃねーんだけど」
命じられたダイスが、いつの間にか魅月姫の目の前に立っていた。
「悪ぃーな、うちのご主人、気が短けーんだ」
魅月姫はいつ殴られたかわからなかった。頬に炸裂した熱と共に、自分がアルファルトの上に転倒していたのだ。
唇が切れている。口の中に血の味が広がった。
腕組みした少女は苛立った顔をする。
「だからあんたはダイスの主人に相応しくないのよ。本質で判るはずがないですって……?
あたしと同じ境遇のヤツなら、そんなこと絶対に言わない。絶対にね」
「……あなたと私は、同じ存在ではありません。同じ意志も、過去も……」
「そんなことを言ってんじゃないのよ。あんたに言われるまでもなく、そんなことはあたしだってわかってんのよ! そこまでバカじゃないわ!」
少女は蹲っている魅月姫の腕を踏みつけた。痛みに魅月姫は顔をしかめる。
「あんたと同じだなんて……考えただけで虫唾が走る! 何も判らないのは当然よ。だってその証拠に、あんたはダイス・バイブルと一つもシンクロしてないもの」
ざまあみろと少女は笑った。そして足をどけた。
「その偉そうな態度、ほんとムカつくわ。どこまでもヒトを見下してるツラも目もね。
タギに命じてその綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいところよ」
でも。
「あんたのダイスが戻ってきてこの光景を見て……どういう反応をするかしら」
見ものね。
少女は自身のダイスに目配せする。ダイスは頷いた。
「じゃあ戻ってくるの、待ってあげる」
屈み込んで魅月姫を見てくる少女は言う。
「あんたのことなんて、判りたくもない。人間じゃないヤツのことなんて、どうやっても判ることができないもん」
「…………」
「あたしはね、あんたと違って寿命が存在する、感染したらすぐに死んじゃう存在。すごい力を持ったこともない、どこにでも居る普通の人間。
ねぇ、長く生きるってどんな感じ? 生きることによく飽きないわね。あたし……そんなに長く生きてたら、絶対におかしくなっちゃう」
くすくすと笑う少女は、空を見上げる。
「あたしにはタギしかいない。タギしか、いない」
「…………ところで、本を貴方がたに渡した後、アリサはどうなりますか」
魅月姫の問いかけに、少女はこちらを見てくる。
「どうって? あたしが面倒みてあげるわよ?」
*
戻って来たアリサは、本を抱えて蹲っている魅月姫に気づき、足を止めた。
居る。敵のダイスが。
「あ。戻って来た」
少女は笑顔で出迎えた。アリサはそれを無視し、視線を魅月姫に向けた。頬が腫れている。
(攻撃されましたか……)
だが軽い。ダイスに本気で攻撃されたら、あんな程度では済まない。
アリサは魅月姫に避け寄った。
「一応無事ですね、ミス」
「……アリサ」
どうするべきか、悩んでいた。ずっと。
魅月姫ははっきりと決意する。一体何を迷っていたというのか、自分は。
顔をあげ、少女を見つめた。
「本は渡せません。ニンゲンが出来ていませんので、『諦め』は悪いのです」
「…………ニンゲンじゃないでしょ、あんたは。つーか、人外の存在は、諦めが悪いとは知らなかったな。基本的にニンゲンのほうが意地汚くて諦めが悪いもんよ?」
少女は肩をすくめる。
「ていうかさぁ、人間みたいな感情で喋るのやめてよね。人間にかぶれてんのかなぁ」
己のダイスに首を傾げてみせるが、ダイスも肩を大きくすくめ返すだけだ。
魅月姫はアリサに囁いた。
「アリサ、迷惑ばかりかけますが、貴方に私の全てを託します」
「…………」
「貴方と契約をしている以上は一蓮托生。どのような結果になろうと受け入れます」
考えてみれば、他者に全てを任す気などはない。
(もう、あの人たちが何を言ってこようが気にしません)
戦闘が避けられないというのなら、仕方がない。
「アリサ、戦って勝ってください。必要なものがあるなら、私からいくらでも持っていってください」
「……ミス」
強い眼差しを向けるが、アリサは渋い表情をするだけだ。
「すみません。勝てません」
はっきりと、アリサは言い放った。言い難そうにしながら。
「アリサ……?」
「今のワタシでは、あのダイスには勝てないのです」
「必要なものがあるなら私から……」
「あなたからいただくものなど、ありません」
愕然とするしかなかった。
起死回生のチャンスなど、作れないということだ。
「で、ですが……私は、あなたと契約したことによって能力がかなり抑えられています。そんな感じで」
「『今のあなた』に、何を貰えと言うのですか?」
「……………………」
今の魅月姫は、人間と同じほど弱い存在だ。そんな自分から何を奪うと?
「あるじゃない、一つ。命よ、命」
少女の声に、アリサは目を細める。
「そいつを殺せばいいじゃない。契約破棄完了よ」
「私を……殺す?」
魅月姫はアリサを見つめる。アリサは少女を睨んだ。
「今さらでしょう、それは」
「そう? もしかしたら、チャンスができるかもよ?」
くすくすと笑う少女を無視し、アリサは魅月姫に向き直る。
「信頼してくださるのは嬉しいですが、ミス、あなたの願いを叶えることはできません」
「アリサ……諦めるのですか。本当に勝てないとでも?」
「…………勝てません」
ですが。
アリサは立ち上がった。
「少しはあなたが逃げる時間を稼げるでしょう」
魅月姫に背を向ける。
アリサは深呼吸をした。
「さあ、やりましょうか」
「……主とは違っていい根性だわ。よろしい。タギ、本気で相手をしてあげて」
「承知した」
タギは主に応じると、前に出た。
こんな街中で、二人は戦うという。
アリサは駆け出す。だがタギのほうが速い。
タギの拳をアリサは避けた。だがすぐに掴まって、腕を折られた。アリサはそれでも抵抗している。
……勝てない。
アリサの言葉が、魅月姫の中でこだまする。
勝てない。勝てない。
アリサとあのダイスには、差がありすぎるのだ!
どうして。
自分と、あの少女の何が違う? 能力なら自分のほうが上だ! …………上?
ただの人間の小娘のほうが、自分よりもダイスをうまく扱い、信頼関係を築いているというのに?
彼女は、今は自分と同じ人間という矮小な存在なのに……それでもあれほど。
(私は……)
奢っていたのではないか。
人間よりも強いからと。長寿だからだと。いいや、おそらくは、自分は人間の感情など真に理解してはいないからだ。
自分があの少女よりも上の存在だから、なんとかなると。アリサに自分から『何か』を補充すれば、なんとかなると安易に考えていたのではないか。
あの娘が自分よりも劣っていると勝手に決め付けてはいなかったか!?
(劣る……? 私のほうが劣っているというのに)
あの娘よりもダイスの信頼度は低く、ダイス・バイブルとシンクロできていないのに。
アリサは弱っている。はっきりした。こんな状態で勝てるはずもない。勝てるはずが……。
主の能力の大きさでダイスの強さが変わるわけではないのだ!
(私……私は……)
アリサのために何もできない。アリサは勝てない。この戦いは最初から、負けることが決まっていた。それなのに。
「どんな結末になっても受け入れると言ったわね」
少女の冷たい声に、魅月姫はそちらを見る。
「あたしたちは奇跡が起きないことを知っている。あんたみたいな、超常の存在にはわかんないかもしれないけどね。
どうしようもないことってのがあることを、あたしたちは知ってる」
「……受け入れます。どんな、結果になっても」
「そうね。だってあんたには、それしかできないものね」
心を抉るような、少女の言葉。
「長く生きることや、莫大な能力を持つこと、権力を持つことが『偉い』わけじゃない。あんた、なにか勘違いしてるわ」
「私はそんなつもりでは」
「いいえ。あんたは自然とそれが身に着いている。人間じゃないから、って言うなら、その尊大な態度は妙なのよ。そういう態度はね、人間の卑しい部分なんだから。
偉いってのは、誰かに敬われることじゃない? 自然と、他者にそう思われるような存在のことよ。
あんたは敬われるようなこと、一つでもした? 今だって、あんたはダイスに何一つしちゃいない。あのダイスに『勝て』と言った。勝てもしない戦いで、勝てと言った。
あんたはダイスと一蓮托生と言いながら、あの子と一緒に戦うとは言わなかった」
「――――」
本を落としそうになる。だが魅月姫は、なんとか堪えた。
「あたしがあんたみたいなタイプを嫌いなのはね、何もしてないくせに、他者に敬われるのが当然と思ってるからよ」
決着はついた。
タギは圧倒的な力でアリサを叩きのめしたのだ。
ボロ雑巾のようになったアリサを放り出し、タギは、いつの間にか魅月姫の目の前にいた。
今の魅月姫では防ぎようがない。
「寄越せ」
そう言われて、本を呆気なく奪われてしまう。腕を折られなかっただけマシだ。
そして本が、目の前で破壊された。硝子片のように散って燃え上がる本。
アリサが刹那、石化して亀裂が全身に広がった。
呆然とする魅月姫は、崩れていくアリサと……消えていく記憶に成す術がない。
アリサに関すること、ダイスのこと、全てが頭の中から消えていく。消えて……消えて…………。
こんな結果を望んだわけじゃない。アリサが勝つ未来を夢見ていたというのに……!
抵抗すらしない魅月姫を残して、少女とそのダイスは去っていた。魅月姫はそのことにすら、気づかなかった。
(消える……)
***
優雅に紅茶を堪能しながら、魅月姫は窓の外を見た。
ちょうど下校時刻なのか、子供たちの声が響いてくる。
「元気なこと。ふふ。あの中に、私の下僕になる者がいないかしら」
軽く微笑んで、ティーカップに口をつけた。
抜け落ちた半年の間の記憶のことなど、魅月姫は歯牙にもかけない。だってそれは、長い長い時の中のほんの一瞬にすぎないのだから…………。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女/999/吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】
NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】
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■ ライター通信 ■
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最終話までお付き合いくださり、どうもありがとうございました黒榊様。
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
最後まで書かせていただき、大感謝です。
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