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<東京怪談・PCゲームノベル>


もう一つの片割れ





 ポチが不意に顔を上げた。三角形の耳を後ろに倒し、やや前足を突っ張って警戒の姿勢を取る。その後でのそのそと一輝の後ろに隠れてしまった。だが、一輝の脚の後ろから片方の目だけを覗かせて何かをうかがうようにじっと吉良乃を見つめている。
 「大丈夫だ。怖い人じゃねえから」
 一輝はその場にしゃがみ込み、ポチの頭をぽんぽんと叩く。しかしポチの顔からは警戒の色が消えない。吉良乃は赤い瞳にやや冷めた光を灯してポチを見下ろした。動物は人を見るという。この薄汚い野良猫にも自分の全身にしみついた血のにおいが分かるのかも知れない。
 「さて。その顔だと、俺の頼みを聞いてくれるってことでいいのか? お嬢さん」
 こつん、こつんという靴音をさせながら一輝は吉良乃に歩み寄った。着崩したスタイルではあるが、よくよく見ればスーツそのものは決して安物ではない。黒光りする革靴も高級品であることは吉良乃の目にも明らかであった。
 吉良乃は答えなかった。わざわざ答えるまでもない。その態度を肯定とみなしたのであろう、一輝はひとつ肩を揺すってから続けた。
 「ありがたい話だ……が、無事に帰って来られるだなんて一言も言ってねえんだぜ? 夢世界に持ち込めるのはあんたの意識だけ。体はこっちの世界に残していかなきゃならない。当然、長い間戻って来なければ体のほうが死んじまう。ま、あっちでは意識の力で体みたいなもんが作られるから生身の時と同じように行動はできるがな。それに――俺が開閉できるのは、こっちからあっちへの扉だけだ」
 「構いません。どんな条件であろうと」
 吉良乃は軽く腕を組んで一輝を見据え返した。「私にだって見たい夢くらいあるもの」
 静かな口調。だが、右手に抱かれた左腕はわずかにうずいている。くくく、と一輝が喉の奥で笑った。どこか皮肉めいた笑い方だった。
 「分かった。それじゃ、連れてってやる」
 持ち上げた一輝の左手には、先程ちらりと見えた真鍮の鍵が握られていた。
 部屋の壁一面にはいくつもの扉が埋められている。ざっと見渡しただけでも十はあるだろうか。重厚な材質に施された彫刻は意外にシンプルだ。高さは2メートルもなく、取り立てて変わった点はない。向こう側へと開くタイプの一枚扉で、ドアノブにあたる部分には錆びた金属製のリングが取り付けられている。元々は茶色だったのであろうが、全体に浮いた黒ずみがこの扉が経た年月の長さを物語っていた。
 立ち並ぶ扉はどれも同じデザインで、すべてが同じように見える。だが一輝は迷う様子も見せずに、部屋の入口のほぼ正面の部分の壁にある扉へと歩み寄る。その後を緩慢について行った吉良乃だったが、途中でふと足を止めた。
 少し離れた場所に、ひとつだけ、違う扉がある。部屋の角にひっそりと身を寄せるように、他の扉たちから隔離されるようにして取りつけられた黒塗りの観音扉。高さも幅も他の扉より一回り以上小さい。これでは子供くらいしかくぐれないのではないだろうか。取っ手やノブもなく、扉というよりはただの板といった風情だ。それでもそれが扉だと分かったのは、本来ならばドアノブがあるべき場所に鍵穴らしき小さな穴が開いていたからだった。
 あの扉は何、と問う前に、吉良乃の意識は一輝のほうに引き戻されていた。
 妙な空気が吉良乃の頬を撫でたのだ。温かいのか冷たいのかも分からない、かすかな空気の流れ。あるいはそれは風と言い換えてもいいのかもし知れない。しかし、風と呼ぶにはあまりにも得体の知れない感触であった。あの扉の向こうから流れ出てきた空気だと直感した。
 一輝が手にした鍵は音もなく扉に吸い込まれていた。吸い込まれた、という形容がまさに適切だった。空気の中にでもすうっと入り込むのかのような静けさで鍵は扉に埋まり、そして回すこともなく引き抜かれる。鍵を引き抜く瞬間、一輝の手の中で淡い光が発せられた。
 扉は細く開いていた。かすかにのぞく隙間から、先ほど感じた嫌な空気が細く流れ出て来ている。扉の向こうが暗いのか明るいのかすらも判然としない。吉良乃は軽く眉を寄せて向こう側の世界を凝視した。妖や魔の類が潜んでいる気配はなさそうだ。だからこそ、どこか薄気味悪かった。そこに住む者によってではなく、その世界そのものが作り出す得体の知れない気配というものが確かにそこにあった。
 「あっちに行ってもらう前にいくつか説明しとくことがある」
 一輝が鷹揚に説明を始める。「扉に触ると急に眠くなるが、儀式みたいなもんだから心配しなくていい。気がついた時には夢世界に立ってる。向こうの世界は大きなひとつの塔みたいなもんだ」
 「塔?」
 「ああ。気が付くと塔の最上階のフロアに立ってるはずだ。目の前に下りの階段があるから、そこを降りていけ」
 「一階じゃなくて最上階から入るんですか」
 不思議に思いつつも吉良乃は肯く。「注意事項はそれだけですか? 後はこの扉を開ければいいのかしら」
 「ああ。もう鍵は開いてる。俺はただの門番……この先に進むかどうか、決めるのはあんただ」
 吉良乃はためらう様子も見せず前に出た。ただのドアでも開けるかのような何気ない手つきでリングを掴むと、硬くひやりとした感触があった。
 同時に、ぐらりと視界が揺れた。
 不意に激しい睡魔に襲われ、吉良乃の足がふらつく。意志とは関係なく瞼が重くなっていく。懸命に目を開こうとするが、どうやら無駄な抵抗であるらしい。これが一輝の言っていた“儀式のようなもの”なのか。リングを掴んだ手に力を込めたわけでもないのに扉は静かに向こう側へと開いていく。軋む音すら立てずに、滑るように。まるで、扉に手をかけた者を吸いこもうとでもするかのように。
 「――Have a good dream.」
 かすかに笑みを含んだ一輝の声が聞こえる。唇の端にやや皮肉っぽい表情を浮かべ、貴人に礼をするように右腕を胸の下で折った一輝の姿をわずかに視界の端にとらえ、吉良乃は糸の切れたマリオネットのようにその場に昏倒していた。

 

 目を開けていることすら分からないような、薄暗い場所であった。
 不可思議な感覚だった。足の下が温かいのか冷たいのか、固いのか柔らかいのかすらも分からない。虚ろな薄闇の中に吉良乃はぽつねんと立っていた。ただ、体を包む空気はぬるま湯のような温度で、何だか心地よかった。
 記憶は意外にはっきりしている。あの「扉」に手をかけた途端に急激に眠くなり、気が付くとここに立っていた。ここはすでに夢世界なのだろうか? 一輝も、ポチもいない。少なくとも、先程まで立っていたオフィス北浦の室内ではないことは確かだった。
 背後を振り返ってみる。ただ、薄い闇が広がっているだけだ。扉を開けてここに来たはずなのに、扉など影も形もない。
 (なんだ)
 目の前で手を開閉し、さらに自分の着衣がオフィス北浦にいた時と全く変わっていないことを確認して吉良乃は多少拍子抜けした。
 (現実世界にいた時と何も変わらないじゃない)
 右手で左腕をつねってみる。指に感じる皮膚の感触も、腕に感じる痛みも現実世界のそれと全く同じだ。左の手袋の下に右手を差し込むと、あの紋章の感触も確かにある。
 「さて、と。鍵を探せって言ってたわね」
 と声に出して呟いた頃にはようやく目が慣れ始めていた。真っ暗なわけではないのに、ごく薄いベールが幾重にもかかっているかのように視界が悪い。
 吉良乃が立っているのは建物の中であるようだ。伸ばした手に壁のような物が触れる。煉瓦のような規則的な模様が見てとれた。一輝が言っていた通り、ここがすでに“塔”の中なのだろう。ぐるりと視線をめぐらしてみると、どうやらこの場所がだだっ広い円形の空間であるらしいことが認識できた。
 そして、正面には下りの階段が伸びている。
 他の場所に繋がっていそうなものは階段以外には何もない。一輝の言葉に従ってこの階段を降りるしかなさそうだ。一段目に足を下ろすとやはり得体の知れない妙な感覚があったし、足音もしなかったが、それだけだった。地に足がついているという感触だけは確かにある。思ったより普通ね、と吉良乃はまた拍子抜けした。
 とん、とんと何気ない足取りで階段を下りながら辺りを見回す。両側には相変わらず煉瓦造りのような壁が続いている。階段の先には踊り場や扉のようなものは見当たらない。下へ下へと階段が螺旋を巻いているだけだ。ずいぶん殺風景な世界である。夢の世界だというのなら、もっと明るい、おとぎ話のようなパステルカラーの世界でもよさそうなものだが。
 吉良乃はふと足を止めた。かすかに音が聞こえてくる。何だろう。物音や人の声とは違う。楽器の類だ。首をかしげて耳を澄ませる。これは――オルゴール?
 途切れ途切れに聞こえてくる音色はひどく緩慢だ。たとえるならば、ネジが切れる寸前のオルゴールのような。曲名は分らないが、そのゆっくりとしたテンポと素朴な単音はひどく心地よい。この空間を満たす人肌程度の室温と相まって、吉良乃の鼻の奥が急にツンとした。
 裏の世界に身を投じるずっとずっと前、ごくごく幼い頃に感じたもの。人間ならば誰でも、一度は感じたことのある安楽さ。
 まるで――ベビーベッドの中のような心地良さだった。
 自分を囲むたくさんのおもちゃと、そして、あたたかい家族。体に感じる人肌の空気はまるで母親の腕に抱かれているかのようで、心地よい眠気を誘う。これが自分の望みなのか、それとも望みとは関係ない、この世界独特の雰囲気なのか?
 体の周囲を包む薄闇が濃くなっていく。霧が出ているかのように視界が霞んでいる。吉良乃は目を細め、薄い闇の向こうを透かし見るかのように前方を注視した。
 不意に、靄のような闇の中に人の気配がうごめいた。幼い笑い声。ぱたぱたと走っていく二つの小さな人影。この世界の住人だろうか。吉良乃は小走りに駆け寄り、その人物の肩を掴んだ。この塔の人間ならば“鍵”の手がかりを知っているかも知れない。
 だが、掴んだ肩は思いがけず小さくて、華奢だった。どうやら子供らしい。少しずつ晴れていく薄闇の中で、吉良乃は軽く目を見開いた。
 「おねえちゃん、なあに?」
 肩を掴まれて怪訝そうに吉良乃を見上げているのはランドセルを背負った小さな女の子であった。その隣には彼女の友達とおぼしき女児。どちらも見たことのない顔だ。
 「あ……ううん、ごめんね。何でもないの」
 一瞬虚を突かれた吉良乃は思わず手を離し、作り笑いを浮かべる。幼い少女たちは二人で顔を見合わせ、また走って行ってしまった。その後も同じ年頃の少年少女がランドセルを揺らしながら吉良乃を追い抜いていく。小学校の下校時間とでもいった風情だ。
 いつの間にかすっかり晴れた視界を見渡し、吉良乃は目を疑う。
 そこは、自分が生まれ育った街であった。
 舗装された道路、その両脇に設えられたガードレールつきの歩道。歩道の脇には夕陽を浴びた商店が軒を連ね、学校帰りの中高生が店先を覗いている。犬の散歩をする初老の男性、買い物袋を提げた母親に手を引かれて歩く小さな子供……。二度と戻ることはない、戻れることはないと思っていたこの場所。ひどく懐かしい、この景色。
 (どういうこと?)
 込み上げる熱いものをこらえながら自問しても答えは出ない。夢の中とは分かっていても、どうしたらいいのか分からない。戸惑いの後で、軽く肩をすくめる。どうしたらいいのか分からない、だって? 生まれ育った場所に立たされて途方に暮れているとは。とにかく吉良乃はそのまま歩き続けた。大通りをまっすぐに進み、角を曲がり、公園の横を抜けた辺りでふと違和感を覚える。
 確かにここは自分の故郷だ。だが、あの頃のままの姿ではない。以前より街並みが整い、近代的になっている。この街での吉良乃の記憶はあの時のままで止まっているのに、まるでこの夢世界でだけ時間が進んでいるかのようで――
 「吉良乃、どうしたの?」
 混乱しかけた思考回路を整理しようと軽く深呼吸しかけた瞬間、背後で女性の声がした。吸いかけた息が吉良乃の喉でひゅっと音を立ててこわばる。
 大人の女性の声のようだが、よく似た声をかつて吉良乃は聞いた。この先もずっと聞けるのであろうと信じて疑いもせずに毎日聞いていた、あの声。吉良乃の記憶の中の声の主は少女のままであるが、その少女が成長したらちょうどこんな声になるのであろう、そう思わせるような優しい声であった。
 しかし言葉が出なかった。なぜなら、有り得ないことなのだから。どんなに狂おしく望んだとしても、それは絶対に有り得ないことなのであるから……。懸命にそう言い聞かせながらも、吉良乃は性急な動作で背後を振り返っていた。
 そして絶句した。
 「なあに、怖い顔して」
 不思議そうに首をかしげながらも微笑む女性。二十代半ばのその女性は、吉良乃の記憶の中のある人物の面影を忠実に映し出していた。
 「お姉ちゃん……?」
 やがて、かすかにうわずった声で吉良乃は言った。
 「本当にどうしたの吉良乃。大丈夫? 幽霊でも見たような顔して」
 女性は吉良乃の肩に触れ、心配そうに覗き込む。吉良乃は赤い瞳を揺らしながら懸命に女性の姿を観察した。見れば見るほど姉に似ている。十六歳で死んだ姉の十年後の姿を見ているかのようだ。
 吉良乃の望み。それは家族に会うこと。あの頃のように、家族みんなで笑い合うこと。
 だが、姉そっくりの目の前の女性はどう見ても成人している。吉良乃より三つ年上の姉は十年前に死んでいるというのに。姉だけではない。吉良乃の家族は、すべて十年前に殺されているのだ。
 「ね、早く帰ろう。今日は鍋だってよ」
 姉の姿をした女性は吉良乃の腕を取って促し、歩き出した。吉良乃は「あ、うん」と曖昧に返事をして女性に歩調を合わせる。帰る。どこに帰るというのだろう。まさか、あの家で両親が待っているとでもいうのだろうか。
 背中を包む夕暮れの光は暖かく、心地よい。他愛ない会話を交わしながら、吉良乃はかたわらの女性の姿を盗み見る。姉の面影はそのままに、すっと鼻の通った顔立ちはずいぶん大人びている。体躯はすらりとして美しく、身長は吉良乃より五センチほど高いようだ。温かな微笑みや言葉には近しい者にのみ向けられる親しみが込められていて、吉良乃の全身は程良くじんわりと温まる。ほんの少しずつではあるが緊張や疑念が解け、表情もほぐれていくのが自分でも分かるほどであった。もっともそれは、本当に“ほんの少しずつ”という程度であったのであるが。
 二人でおしゃべりをしながら十分ほど歩いたであろうか。景色は住宅街へと移り変わる。立ち並ぶ家々の中に見覚えのある屋根を見つけ、吉良乃の心臓がかすかに音を立てて収縮した。自然に足が遅れ、止まる。
 「どうしたの」
 姉そっくりの女性が気付いて振り返る。吉良乃は無意識のうちに右手で左腕をきつく抱いていた。手袋と長い袖の下で、左腕に這う血の色をした“あれ”がかすかに、しかしはっきりと疼く。
 「具合でも悪いの?」
 心配そうに吉良乃を覗き込む、姉に生き写しの顔。吉良乃は女性を安心させるように「何でもない」と笑う。
 帰りたい。でも、帰るのが、怖い。
 それでも、できることなら帰りたいのだ。
 (……いいじゃない。別に)
 長い睫毛を震わせ、吉良乃は己に言い聞かせる。(ここは望みが何でも叶う夢世界なんだから。ゴチャゴチャ考えずに楽しんでやればいいのよ)
 そしてもう一度作り笑いをし、わざと軽くステップを踏んで女性の腕に抱きつく。女性は幾度か目を瞬かせて吉良乃を見た。
 「お姉ちゃん」
 吉良乃は殊更に甘えた声で言い、姉そっくりの女性の顔を見上げた。おどけてじゃれ合っていたあの頃のように。女性は一瞬目をぱちくりさせたが、やがてくすりと笑った。
 「何やってんの、馬鹿。いい歳して」
 女性は吉良乃の額にこつんと軽くげんこつを落とす。吉良乃はくすぐったそうに笑って女性の肩に頬を押しつけた。あどけなさがわずかに残る笑みを浮かべる吉良乃の目尻には、小さく涙が滲んでいた。
 こうやって、このままずっとここでこうしていられたら。
 この穏やかな感覚に身を委ね、何の迷いもなく幸せを感じていられたらどんなにいいだろう。



 椅子に腰かけた一輝の足元で丸くなっていたポチがのっそりと起き上がった。ずんぐりした体を揺らしながら横たわった吉良乃に近付く。50センチほど手前で注意深く足を止め、短い首を伸ばすようにして吉良乃の寝顔を覗き込んだ。
 吉良乃は頭の下に安物のクッションを入れられ、右手を腹の辺りに置き、左手を床に投げ出した姿勢で眠っている。白い瞼は頑なに閉じられ、小さく震えていた。わずかに開いた唇から呻き声にも似たかすかな吐息が漏れ出す。
 「心配すんな。悪い夢を見てるわけじゃねえよ、多分」
 一輝はポチの隣にしゃがみ込み、冷たい床に投げ出された吉良乃の左腕をそっと体の上に戻してやった。「ただ、夢は夢だからな。現実にはそぐわない場合だってある。なぁポチ?」
 右手の上に置かれた吉良乃の左手がぴくりと震える。ポチは答えずに、吉良乃の寝顔をただじっと見つめているだけだった。
 


 二人で帰ったのは十年前に暮らしていたあの家。しかしあの頃より少し古びているようだ。姉の姿をした女性が玄関を開けると、ぱたぱたというスリッパの音をさせて中年の女性が出迎えた。吉良乃の予想通り、エプロンをしたその女性は母の顔をしていた。だが十年前の母の姿よりも老けている。
 「おっ、お帰り二人とも。寒かっただろう」
 リビングからのんびりと顔を出すのは父の姿をした中年の男性。やはりこちらも吉良乃の記憶の中の父より老けていた。ちょうど十年分の齢を重ねたかのように。
 先程から薄々感じてはいたが、今、吉良乃は確信した。ここは皆が殺されなかった場合の、十年後の故郷なのだと。この世界ではあんな事件など起こらずに、十年分の時間が流れていたのだ。そして、あの事件など起こらないことが自分の本当の望みなのだということにも。
 「ごはんにしようか。待ってたのよ」
 「うん。お腹空いた」
 姉そっくりの女性はハイヒールを脱ぎ、玄関に上がる。その背を見ながら吉良乃はわずかに躊躇していた。
 玄関と廊下を隔てるわずかな段差はやけに高く、遠い。この先は世界が違うのだ。自分がずかずかと上がり込んでいいのだろうか。
 「早く上がっておいで。風邪引くわよ」
 母の顔をした女性が吉良乃を促す。優しく鼓膜を震わせるその声に吉良乃の肩がかすかに震える。だが、吉良乃が口を開く前に姉そっくりの女性が「早く」と吉良乃の腕を引いていた。
 リビングに入ると既に鍋の用意が整えられていた。カセットコンロに乗せられたファミリーサイズの土鍋。テーブルに所狭しと並べられた白菜、春菊、桜型の人参、鶏肉、えのきにしめじにしいたけ、豆腐、しらたき等々。仕上げにおじやでも作るつもりなのであろうか、卵と米飯も傍らに用意されている。椅子は四脚。それぞれの席には色違いの箸が一膳ずつ。揃いのれんげと取り皿も添えられている。母の顔をした女性がエプロンで手を拭きながらカセットコンロのスイッチを入れるが、カチッという乾いた音が響いただけで、うまく点火しない。
 「あら。ガス、まだ残ってるはずなのに。古くなったのかしら」
 吉良乃の向かいの席で、母そっくりの女性はぶつぶつ言いながら再度点火を試みる。吉良乃の隣で、姉の顔をした女性が「物置きに入れっぱなしにしておくからよ」と茶々を入れた。三度目の点火に失敗した母役の女性の脇から父そっくりの男性が手を伸ばし、ようやくコンロに青い火が灯った。
 「さ。食べよ食べよ」
 姉そっくりの女性は野菜の大皿を手に取り、手際よく鍋の中に具を入れていく。「吉良乃、ほら、手伝って」
 「あ、うん」
 言われるままに菜箸を持ち、野菜を鍋の中に投入する。母の姿をした女性も席から立って鶏肉を鍋に入れていたが、ふと怪訝そうに手を止めて吉良乃を見た。
 「吉良乃、左手どうしたの? ずっと手袋してるけど」
 「えっ」
 一瞬、箸が止まる。箸で掴んでいた白菜が鍋の中に落ちてぼちゃんと音を立てた。熱い汁がはね、姉の顔をした女性が「あちっ」と大袈裟に悲鳴を上げる。
 「何すんの、気を付けてよ」
 「あ、お姉ちゃん、ごめ……」
 「もう。食事の時くらい外したら? 手袋」
 吉良乃はわずかに顔をこわばらせ、反射的に左手をかばうように右手をかぶせる。
 自分がしていることに迷いはない。だが、家族の前ではこの左腕をさらすわけにはいかない。さらしたくないのだ。
 「ま、いいじゃないか」
 それより早く食べよう、と父の顔をした男性が女性陣を促す。「手袋くらい、邪魔になる物でもなし。でも吉良乃、鍋の汁で汚さないようにしろよ」
 次々に具材が入れられ、温かい湯気が食卓を満たす。頃会いを見計らっていきなり大ぶりの鶏肉をつまみ上げるのは吉良乃の隣の姉そっくりの女性だ。ポン酢味のタレにひたして「おいしい」と舌鼓を打つ。両親に似た二人が白菜やらエノキやらを取るのを確認した後で吉良乃もおずおずと鍋に箸を入れ、小さなシイタケを遠慮がちに自分の皿に取り分ける。
 「なんでシイタケなんか食べてるのよ」
 その声とともに隣から女性の箸が伸びて来て、吉良乃の皿の中に鶏肉が落とされる。顔を上げると、姉そっくりの彼女はいたずらっぽく微笑んだ。
 「肉も食べなさい。偏ったダイエットは体に悪いんだから。鶏肉はヘルシーだからちょっとくらい食べたって大丈夫よ」
 ね? と女性は笑ってみせる。吉良乃も微笑を浮かべて肯き、湯気を立てている鶏肉を吹いて冷ましてから口に運んだ。程良い熱さとさっぱりした肉汁が舌の上に広がり、全身に浸み渡っていく。これほど温かい食事を味わうのは久しぶりだと、そんなふうにすら感じて、吉良乃は口の中に残った温度をいつまでも噛み締める。
 たっぷり用意された食材はあっという間に底をついた。仕上げに米が投入され、流し込んだ溶き卵がふんわりと固まればおじやの完成である。家族に似た者たちの笑い声を聞き、さして重要とも思えぬ話題に加わりながら口に運ぶ食事の何とおいしいことか。一口一口が惜しい。この時間が終わってしまうことが何よりも惜しい。そんなふうにすら思えるほど幸せな、温かい時間であった。
 おじやまでしっかり腹に入れた後は女性陣三人で後片付けである。といっても鍋なのでそれほど洗い物は多くない。手早く食器を洗って片付け、コーヒーを淹れたカップを持って姉妹二人は二階へと上がった。
 「食べすぎちゃった。見てよ、このお腹」
 吉良乃を自分の部屋に通した姉そっくりの女性は吉良乃の前に腹を突き出してみせる。心ゆくまで鍋を楽しんだ後なので、彼女の腹は妊娠初期の妊婦かと見まごうほどに膨れている。思わずくすりと笑った吉良乃だが、自分もそう変わらない状態であることに思い至って慌てて姿勢を正した。
 女性は吉良乃に断ってから部屋の窓を開けた。流れ込んでくる夜風は冷たいが、火照った頬には心地よい。自然と、窓のサッシに肘をついて二人で肩を並べる格好になる。吉良乃は指先を温めるようにコーヒーカップを持ちながら隣の女性に寄り添った。
 100万ドルの、というわけにはいかないが、開け放した窓の向こうにはそれなりに美しい夜景が広がっていた。四角い闇の中で精一杯自己主張している小さな明かりたちの群れ。民家から漏れる蛍光灯の白、その間を音もなく抜けていく車のテールランプの赤。その向こうには青や黄色の鮮やかな光たちが寄り集まり、それぞれに輝いていた。十年前に姉の部屋から見た景色よりも明かりが増えた気がして、吉良乃の胸中に複雑な感慨が湧き上がる。この世界はやはりあの頃のままではないのだ。この世界ではあの事件がなかったことになって、十年という時間が流れている。自分が暮らしてきた十年とは全く別の時間が。
 「懐かしいね」
 吉良乃の隣で女性が呟いた。髪をなびかせる夜風の中で気持ちよさそうに目を閉じている。その横顔は吉良乃の記憶の中の十六歳の姉の面影によく似ているが、あくまで二十六歳の女性のものだった。吉良乃は視線を伏せ、相槌を打つ代わりに彼女の肩に頭を乗せる。
 「綺麗。昔、こうやってよく二人でこの部屋から夜景見たよね」
 「うん」
 「懐かしいなぁ」
 姉そっくりの女性はもう一度言い、傍らの吉良乃に顔を振り向けた。「ずっとこのまま、こうしてられたらいいのにね」
 吉良乃の眉がかすかに震える。女性は吉良乃の肩にそっと手を置き、続けた。
 「ねえ吉良乃。このままずっと、ここにいない?」
 その瞬間、それまで二人の間に流れていた温かい空気が、音を立てて凍てついたように感じた。否、その空気は最初からどこかいびつだったのかも知れない。それが女性の一言によって決定的な亀裂が入り、今まさに音を立てて崩れ落ちんとしているかのようであった。
 吉良乃はただ瞳を震わせながら女性を見つめる。女性は微笑みながら吉良乃の返答を待っていた。吉良乃の記憶の中の姉そのままに、優しく穏やかな顔で。
 その温かさが心地よくて、そして痛くて、吉良乃は目を伏せた。
 こうやって、このままずっとここでこうしていられたら。
 この穏やかな感覚に身を委ね、何の迷いもなく幸せを感じていられたらどんなにいいだろう。
 十年前の、あの忌まわしい事件。この世界ではそれがなかったことになっている。何事もなかったかのように平穏にみんなが生きているこの世界ならば人生をもう一度やり直せるかも知れない。
 と――青白い左腕に刻まれた血の色の紋章が無言でうごめいた気がした。それは単に吉良乃の錯覚であっただろう。だが、紋章が左腕の上を這いながら全身に絡みつき、音もなく全身を絞め上げるような感覚を吉良乃は確かに感じた。思わず右腕で左腕を抱く。元来色白のその顔からは一層血の気が失せ、蒼白に近い色になっていた。
 長い袖を掴む右手の指に力がこもる。袖が破れてしまいそうなほどに。
 帰りたい。
 でも、帰るのが、怖い。
 自分はもう、違う世界の人間であるから。
 この世界で流れた十年は自分が過ごした十年とは全く別のものだ。自分は裏の世界で長く生き過ぎた。まったく別の世界でまったく別の時間を過ごしていた自分が、この世界でやり直す自信は、ない。
 「……お姉ちゃん」
 目を伏せたまま、吉良乃は半ば呻くように愛しい家族の名を呼んだ。姉の姿をした女性が続きを促すように首をかしげる気配を感じた。それでも顔を上げずに、吉良乃は続ける。
 「ごめん。私、ここにはいられない」
 どうして? と女性は問わなかった。ただ黙って吉良乃の言葉を待っていた。その優しい沈黙が、痛い。吉良乃はそっと顔を上げた。目の前では姉の顔をした女性が穏やかに微笑んでいる。姉によく似ているけれども、全く別の人間が。
 「詳しいことは言えないけど」
 吉良乃の左腕はかすかに震えていた。「私は、お姉ちゃんたちとは住む世界が違うの。私は……この世界で生きていく自信がないから」
 再び、沈黙が降りた。窓から流れ込む冷たい夜風が二人の間を流れていく。
 「そっか」
 やがて、姉の姿をした女性がそう言った。「分かった」
 その姿が吉良乃の目の前からすっと遠のく。同時に、周囲の光景が霞のようにすうっと消え失せた。代わりに乳白色の濃密な靄が辺りに立ち込める。あ、と声を上げた時には姉そっくりの女性の姿は濃い靄に隠れ、おぼろげなシルエットしか見えなくなっていた。
 <ありがとう>
 そして、全く別の声が遠くから響いてくるように聞こえてきた。耳朶を打つその声は成人男性のものであったが、どこかで聞いたことがあるような気がする。いや、正確には“以前どこかで聞いた誰かの声に似ている”と言ったほうが適切か。しかし、どこの誰かに似ているのかは思い出せない。
 <よくおっしゃってくれました。あなたが帰るべき場所は現実世界。この世界じゃありません>
 「何? 誰、あなた?」
 いるともいないとも分からぬ声の主に向かって吉良乃は問う。相手の姿が見えないのはこの靄のせいとばかりは思えない。だが、相手がかすかに笑う気配が感じられた。
 <あなたに僕の願いを託します。これは僕の賭け……あちらの世界に、伝えてください>
 何を言ってるの、と言いかけた時であった。
 足元に靄が這い寄り始めた。一層濃く、重い靄であった。靄は音もなく這い上がり、吉良乃の脚を、腰を、腕を、あっという間に埋めていく。振り払っても振り払っても靄は晴れない。危険なものではなさそうだが、靄に包まれていくにつれてひどく眠くなるのはどういうわけか。意志に反して瞼がどんどん重くなり、全身から力が抜けていく。
 「ちょっと……待って」
 既にろれつが回っていない。懸命に睡魔と闘いながら吉良乃は抗うように低く呻く。
 「鍵を……探さなきゃいけないのよ。北浦という人に頼まれて……こっちからあっちに戻るための……」
 <大丈夫です。鍵は既にあなたの中にある>
 声の主である男はそっと微笑んだらしかった。その言葉の意味を問うことも声の主を確かめることもできず、吉良乃は崩れるようにその場に倒れ込んだ。

 

 背中の下には固く冷たい感触がある。お世辞にも寝心地がいいとは言えない。徐々に意識を取り戻していく中で、吉良乃は他人事のようにそんなことを考える。半ば寝ぼけて伸ばした手にコンクリートの感触を覚え、ふっと開いた目にオフィス北浦の天井が飛び込んできた。
 「よぉ。おはようさん」
 コンクリートを踏む足音に続いて、聞き覚えのある男性の声。歩み寄ってきた北浦一輝が横たわった吉良乃のそばにしゃがみ込み、軽く笑った。「いい夢見られたかい?」
 一輝の足の後ろに隠れるようにして、ポチが金色の瞳を片方だけ覗かせてじっと吉良乃を見つめている。吉良乃は答えなかった。体を起こしてデスクの上に置いてある日付表示付きのクロックを見やると、このオフィスを訪れてから半日ほどしか経っていないことが分かった。軽く腕を振り、体を動かしてみる。体のどこにも異常はない――と思ったのだが。
 「何、これ」
 胸の辺りがぼんやりと光っていることに気付いて思わず声を上げる。服の下に手を入れて探ってみるが、自分の肌の感触があるだけだ。痛くもかゆくも、熱くも冷たくもない。もちろん傷などもついていない。ただ光っているだけのようだ。
 「でかした」
 一輝はかすかに唇の端を持ち上げ、吉良乃の胸の前に左手をかざした。
 光が強くなったようだ。暖色系の、白熱電球の明かりのような色の光。輝きを増した光は静かに吉良乃の胸の上を離れ、掌に乗るほどの小さな球体を形作り、やがて――その中に、持ち手が三つ葉のクローバーの形をした鍵が現れた。
 ポチの瞳孔が大きく見開かれる。光が消えると一輝の手の中に音もなく鍵が落ちた。一輝が所持している「表の鍵」と同じデザインのものである。「表の鍵」は茶色に近い錆びた金色をしているが、こちらはくすんだ銀色であった。吉良乃は軽く目を瞬かせながら鍵と一輝の顔を交互に見比べた。
 「裏の鍵、だ」
 銀色の鍵を吉良乃に差し出し、一輝はにやりと笑ってみせる。「さて、ここからが本番」
 チェーンから「表の鍵」を外して、「裏の鍵」と一緒に手の上に並べてみせる。その後で、タネもしかけもないことをアピールするマジシャンのように手を開いて吉良乃の前に示した。
 次に、一輝の手がぎゅっと握られる。閉じた指の間から細い光の筋が漏れた。そして開いた手の中からは、持ち手が四つ葉のクローバーの形をした金色に光り輝く一本の鍵が現れた。
 「これが“鍵”の本当の姿さ」
 一輝は金色の鍵をスラックスにつけたチェーンに取り付け、言った。「表の鍵と裏の鍵は二本でひとつ……一体のものなんだ。助かったぜ、感謝してる」
 「ちょっと待って」
 吉良乃はようやく口を開いた。「鍵なんか持って帰って来てません。急に眠くなって、気が付いたらここに戻って来てて――」
 「質問に何て答えた?」
 「え?」
 「聞かれただろ? このままずっと夢世界にいたいか、みたいなこと」
 「ああ……」
 吉良乃はわずかに目を伏せ、曖昧に言った。「断りました。夢世界にはいられない、って」
 「正解。よくできました」
 一輝は軽い拍手とともに半分おどけて言った。幼稚園児をほめる優しい先生のような言い方で。小馬鹿にされたような気がして吉良乃はややむっとするが、吉良乃が言葉を発する前に一輝が口を開いていた。
 「それが夢から現実へ戻ってくるための“裏の鍵”だ。俺が持ってる鍵はゲートキーパーが扱いやすいように具現化されたただの器。本当の鍵はあんたのここにある」
 言いながら、一輝は左の拳で自分の胸を軽く叩いてみせる。言わんとすることが分からずに吉良乃はかすかに眉根を寄せて一輝を見た。一輝は「だから」と笑って続けた。
 「夢はあくまで夢。帰るべき場所は現実。人の“現実世界に帰ろう”っていう意志こそが、こっちへ戻ってくるための鍵ってことさ」
 「……なるほど、ね」
 吉良乃は小さく息を吐き出した。
 “鍵は既にあなたの中にある”。
 こちらに戻ってくる直前に聞こえたあの言葉は、そういう意味だったのだ。
 「でも」
 ある疑念が頭をよぎり、吉良乃はふと口を開く。門番である一輝自身は夢の中に入ることができない、だから代わりに吉良乃を行かせた。それはよしとする――が。
 「“鍵”となる答えを知っていたのなら、なぜ最初にそれを教えてくれなかったんですか?」
 吉良乃の問いに、一輝はひょいと肩をすくめてみせた。
 「だって、俺が答えを教えたんじゃつまんねえだろ」
 あまりにもさらりとした口調に吉良乃はやや不快そうに唇を歪ませる。つまらないとはどういう意味だ。単純な二者択一とはいえ、答えを間違ったら永遠に夢世界から戻って来られなかったかも知れないというのに。吉良乃の心情を察したのか、一輝は「ま、それは冗談だけど」と軽く咳払いして言い直した。
 「俺から教わった答えをそのまんま言やぁいいってもんじゃねえんだ。あの質問の答えは、あんたが自分で考えて出した結論じゃなきゃ意味がねえのさ」
 なぜ自分で出した結論ではないといけないのかという疑問が新たに浮かんだが、吉良乃は「そうですか」とだけ答えて上着に腕を通した。
 「鍵を持ち帰って来た以上、用件は済みましたよね?」
 「ああ。依頼成功の報酬代わりにどうだい、食事でも」
 「遠慮します」
 もう帰ります、と言って吉良乃は一輝に背を向ける。一輝は乾いた笑いとともに言った。
 「そうかい。ま、気が変わったらまた来な。これからはいつでも夢世界と現実世界を行き来できる」
 一輝のベルトの辺りでちゃらりと金属音が鳴る。「また夢が見たくなったらいつでも来ればいい。夢と割り切れるなら、会いたい人にもいつでも会えるさ」
 吉良乃は一瞬足を止めたが、一輝の言葉には答えずにそのままオフィスを出た。
 汚い路地裏を抜けて通りに出る。冬の日は短く、外はすっかり暗くなっていた。上着のポケットに手を突っ込み、人ごみに紛れるようにして帰途に着く。
 明日から、またいつもの日常が始まる。いつまた血なまぐさい依頼が舞い込んで来るか分からない。依頼人の話次第では、おしみなくこの左腕の力をふるおうと思う。
 それが吉良乃の現実。吉良乃が生きている世界だ。
 吉良乃はふと足を止め、かすかに星の瞬く夜空を見上げる。冬の闇は冷たいが、透き通るようにクリアだった。
 自分の選んだ道に迷いはない。
 それでも、たまには懐かしくなることがあるかも知れない。その時はまたあのオフィスを訪れてみるのも一興か。
 (懐かしむくらいならいいわよね)
 内心で呟いた台詞は誰に向けられたものであったのか。白い息をひとつ吐き出し、吉良乃は再び夜の街を歩き出した。 (了)
 
 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 7293/黒崎・吉良乃(くろさき・きらの)/女性/23歳/暗殺者


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■         ライター通信          ■
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黒崎吉良乃さま



お初にお目にかかります、宮本ぽちです。
今回のご注文、まことにありがとうございました。

そのままひとつのストーリーになりそうな詳しいプレイングをありがとうございました。
初めてお会いするということで、ライターなりに解釈しながら書かせて頂いた部分もあります。
お客さまの意図通りに書けていれば良いのですが…。

「夢現の塔」第一話はこれでゲームクリアとなります。
今後は夢世界と現実世界を自由に行き来できますので、また一輝にお力をお貸しくだされば幸いです。
それでは今回のご注文、重ねてありがとうございました。


宮本ぽち 拝