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<東京怪談ノベル(シングル)>


理は緋き蛇にも似て


 アンティークショップ・レンにて、黒崎・吉良乃(くろさき きらの)は碧摩の入れた珈琲を口にしていた。たまたま近くを通りがかった為、顔を覗かせたのだ。幸いにも他に客は無く、碧摩は快く吉良乃を迎えてくれた。
「仕事は?」
「今の所は、無いわ」
「そうかい」
 あっさりと頷き、碧摩はその話題を終わらせた。こういうさっぱりとした所が心地よい、と吉良乃は感じる。
「前から、気になっていたんだけどさ」
 カチン、と音をさせながら珈琲カップを置き、碧摩が口を開いた。碧摩らしからぬ、歯切れの悪い口調だ。珍しい、と吉良乃は思いつつ、碧摩の次の言葉を待つ。
「あんたの左腕には、破壊の力が宿っているだろう?」
 吉良乃は頷き、無意識に右手で左腕に触れる。
 今は長袖を着ていて見えないが、吉良乃の左腕の肌は青白く、赤い紋章が刻み込まれている。そうしてその左腕には、破壊の力が宿っている。
 触れたものを一瞬で塵に変え、無に帰す力を。
「それは、いつからなんだい?」
「いつから……」
 吉良乃はそれだけいい、口を閉じる。
 宿した瞬間を、吉良乃は知らない。だから、どう返事をしていいのかが分からない。
「確かな事は……一つだけあるけど」
「何だい?」
「私が家族を失ったその時には、もう力は宿ってた」
 吉良乃はそこまで言い、再び口を閉じた。それ以外は分からない。どうしても、思い出せない。いつからなんて明確な答えは全くなく、ただ確かなのは一つだけしかない。
 家族を失った、あの時。
 おぞましくも恨めしいあの時。
 既に、吉良乃の左腕には破壊の力が宿っていた。ただ、それだけ。
「だから……」
 明確な答えは出せない、と吉良乃が言おうとすると、碧摩は「いいんだ」と吉良乃の言葉を制した。
「すまなかったね」
 申し訳なさそうな碧摩に、吉良乃はゆっくりと首を横に振る。そして、空になった珈琲カップを置いて「ご馳走様」と告げて立ち上がる。
「またおいでよ」
 背中から声をかけられ、吉良乃はそれに手だけで答える。
 薄暗い店から出ると、明るい日差しが目の中に入り込んできた。思わず吉良乃が目を細めていると、ヴヴヴ、と携帯電話が震えた。続いて着信の音楽が鳴り始める。
「もしもし」
 通話ボタンを押して電話に出、内容を聞いて吉良乃は表情を変えた。
 仕事の依頼であった。


 依頼は、臓器密売を行っている病院の院長を暗殺して欲しい、との事だった。暗殺行を生業とする吉良乃にとっては、いつも通りとも言える依頼内容だ。
(あそこが、その病院ね)
 大きな病院だった。時間は深夜、入院病棟もひっそりと静まり返っている。
 吉良乃は慎重に忍び込み、院長のいる場所を目指す。依頼主に寄れば、今日は臓器密売の取引がある日で、地下にある秘密病棟にいるのだという。
(つまり……まずは地下に行かないといけないわね)
 身を潜め、エレベーターに素早く入る。ボタンの所を探ると、案の定隠してあるパネルが出てきた。これでパスワードを入力し、地下に降りられるのだろう。
 元々依頼主から教わっていたパスワードを入力すると、エレベーターは呆気なく地下へと向かい始めた。地下に到着するまでに、吉良乃は何度か深呼吸をした。
『いつからなんだい?』
 不意に碧摩の言葉を思い出し、慌てて吉良乃は頭を横に振る。
(集中しないと)
 これは仕事なのだ。他の事に惑わされていては、ミスに繋がる。ミスは、自らの命にまで関わる。
 やがて、音も無くエレベーターは地下に到着した。秘密病棟だけあり、到着音は知らせないようになっているのだろう。吉良乃はエレベーターから銃を構えつつ降りる。
「何だ、おま」
――ばきっ!
 見張りが一人いたが、吉良乃はこれを呆気なく倒す。連絡する暇も無い、あっという間の出来事。見張りが交代する時間まで、自分が潜り込んだ事はばれないだろう。
(尤も、そんなに長い間此処にいるつもりはないけど)
 吉良乃は慎重に辺りを見回し、監視カメラを見つけるとそれらの死角になる場所を探し、移動を続ける。奥の方から、小さな声が聞こえている。
 恐らくは、標的である院長。
 吉良乃は足音を立てないようにその奥の部屋に近づき、そっと覗き込む。ドアには小さな窓がついており、そこから中の様子が探れた。
(あいつね)
 部屋の真ん中にいる、白衣を着た恰幅のいい男性を見つけ、吉良乃は銃を握り締める。依頼主から聞いている標的、そのものだ。
 彼の周りには、沢山の黒い服を着た体格のいい男達がいた。院長の周りにいるあたり、彼らは院長が雇った用心棒だと伺えた。そして、院長の目の前には、4,5人の柄の悪そうな男がいる。恐らくは、取引相手の密売組織メンバー。
(数は……15人か)
 吉良乃は数を確認し、窓にはめ込まれているガラスをつう、と丸く切り抜く。男達は取引に夢中で、吉良乃の行動には気付かない。そうして、窓からゆっくりと銃を構える。
(さようなら)
 心の中で呟き、引き金を引く。
――パァンッ!
 勢いの良い振動音が響き渡り、次にばたりという倒れる音が聞こえた。銃弾は一発、院長の頭を撃ち抜いた。
「誰だ!」
 部屋の中にいた用心棒や、密売組織メンバーが騒ぎ出した。吉良乃はすぐにエレベーターへと向かう。
 監視カメラにうつる事を、今度は気にしない。ただ走る。ちらりと見えるだけでは自分を判別するのは無理だと分かっているし、監視カメラで警備している人間が自分の姿を見たからといって、今更どうでもいい。
 殺す時は見つからないように、逃げる時は颯爽と。
(無事、殺せたわね。依頼完了)
『いつからなんだい?』
 碧摩の言葉が頭に響いたかと思うと、次の瞬間には倒れていた。何もない所でこけた。足がもつれた。
 吉良乃は舌打をし、再び立ち上がってエレベーターへと向かう。既に警報ベルは煩いくらい鳴り響いていた。監視カメラを見た警備が鳴らしたのだろう。後ろからはあの部屋にいた男達が自分を追いかけている。他にも、警報ベルを聞いて駆けつけたものもいる。
 たくさんの者達が、吉良乃を追いかけている……!
――パンッ!
 エレベーターまで後一歩、というところで、銃声が響いた。足に熱と痛みが一気に押し寄せ、溜まらずその場に倒れこむ。じりじりと痛む足を堪えつつ身体を起こすと、銃弾が足を貫いていた。
 どくどくと、赤い血が流れる。
(しまった)
 痛いミス。熱い足。血が流れている。
「貴様、よくも!」
 黒服の男が叫ぶ。彼らは吉良乃を追い詰め、それぞれが懐から銃を取り出す。カチャリ、と音をさせながら、銃口を吉良乃に向けている。
(もう、駄目だわ)
 足が動かない。動けば、抵抗もできるであろうに。
 血が流れている。赤い血。立てない。動けない。このままこの場にい続けることしか出来ない。銃口を向けられている。後は死ぬだけ。
 死。
 死ぬしかない。
 他に何が出来よう。
 死、死、死……! 覚悟するしかない、死が押し寄せている!
『いつからなんだい?』
 沈む意識の中、碧摩の言葉が、響いた。


 吉良乃は、目を覚ました。頭だけを動かすと、そこは吉良乃の部屋であった。
「生きて……」
 ずきり、と足が痛んだ。夢だという落ちはない。その証拠に足は痛んだし、ご丁寧に包帯まで巻いてある。
「何で、私」
 喉がからからに渇いていた。吉良乃はだるい身体を起こし、水を冷蔵庫に取りに行こうと考える。
 カタ。
 その拍子に、何かが床に落ちた。手を伸ばして取ると、それは一枚のディスクだった。ずっと手に持っていたらしく、ディスクケースがどこと無く暖かかった。
「何、これ?」
 ディスクケースを見ると、表に「監視カメラの映像だよ。一人で見てね♪」と書いてあるメモが貼ってあった。吉良乃はのろのろとパソコンの電源をつけ、ディスクをセットする。
「……これは」
 吉良乃は絶句する。映像は確かに、あの地下病棟の監視カメラが映している。だが、それは全く以って問題ではない。
 問題なのは、映っている自分自身。
 吉良乃は歩いていた。足の傷はよく分からない。怪我なんてしていないのではと思わせる、軽やかな足取り。
 彼女が歩くたび、黒服たちは次々となぎ払われている。近くにあるものは、塵と化す。
「あはははは」
 宙に舞う塵を見て、吉良乃は笑っていた。いや、吉良乃といえるだろうか。
 全身が、左腕のように青白くなっており、紋章は全身に広がっていた。瞳は左が金になっており、右目の下には龍麟が現れている。耳の近くからは黒い角が生え、背中に赤い膜を持った翼が四枚出ている。右翼、左翼は各二枚で、その間からは大蛇を思わせる尻尾。
 映像の中の楽しそうな吉良乃。吉良乃であって吉良乃ではない。
 記憶が無い。
 はあはあ、と吉良乃は肩で息をする。呼吸が上手くできない。
「私、私は」
 吉良乃は震える手で、ディスクケースに貼り付けられていたメモを見つめ、大きく目を見開いた。
 それは、紛れも無く吉良乃の筆跡だったから。
『いつからなんだい?』
「知らない……分からない……! 私、私は!」
 碧摩の声が、再び吉良乃の頭の中で響いた。


<左の腕を握り締め・了>