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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜Second〜】


(? あれって……)
 夜の散歩に出た樋口真帆は、視界に映った白銀に足を止めた。
 どこか思いつめたような表情で立ち尽くすのは、最近知り合った少女――ナギだった。
「ナギ、さん?」
 ただならぬ様子に恐る恐る名を呼べば、弾かれたように彼女は真帆を振り向いた。
「……樋口さん」
 少しだけ目を見開いてそうぽつりと漏らすナギ。
 何かが違う、と真帆は直感した。
「こんばんは。どうしたんですか? こんなところで立ち止まって」
 至極普段どおりに尋ねれば、ナギは静かに笑った。作り物めいた、妙な笑みだった。
「――少し、考え事をしていたんです。探し物がひとつ、見つかって。わたしたちの悲願が、叶うかもしれないと――その可能性を目の当たりにしたのに、何だか実感がわかなくて」
「『探し物』?」
 ナギの伏せられた瞳に映る感情を見ることができないまま、とりあえず気になったことを問えば、ナギは刹那逡巡し、そして彼女の手を――正確には彼女の手の中に納まっている布に包まれた『何か』を真帆に見えるよう掲げた。
「これです」
「これ、って……」
 嫌な気配を感じた。それが顔に出ていたのだろうか、ナギが苦笑して言う。
「『呪具』なんです。あまり良いものではないんですけれど――どうしても、わたしとライルに必要で…。今は封印をしてあるので、そう害はないはずですけど…」
「そうなんですか…。でもなんで――」
 さらに問いを重ねようとした矢先、突如ナギの持つ呪具が、禍々しい光を放った。
 そして、真帆の世界は暗転した。

◆ ◇ ◆

 突如変わった視界に一瞬戸惑った真帆だったが、直前の状況からナギの持っていた『呪具』による現象だろうとあたりをつけて、冷静に周囲を見回す。
 真っ先に瞳に映ったのは、黄昏の赤。
 そして、―――。

 飛び散った、鮮血の赤。

「っ…!」
 あげそうになった悲鳴を寸でのところで堪え、落ち着けと自分に言い聞かせる。これは呪具が見せているものだ、現実ではない。
 けれど、嫌でも過去を思い出すそれに、動揺が隠せない。
 深呼吸しながら何気なく視線を下ろした真帆は、目を見開く。戦慄が身体を駆けるのを感じた。
 いつの間にか、真帆が胸に抱えていたもの、それは。
 冷たくなって、もう動かない『モノ』になった、小さな仔猫だった――。


 子供達の声が聞こえる。
 無邪気な悪意に満ちた、罵りの声。

『魔女だ』
『仔猫をイケニエにした魔女』
『近づいたらイケニエにされちゃうんだって』
『だから一緒に遊んじゃだめなんだ。しゃべったら殺されちゃうんだよ』

 向けられる言葉は冷たく、容赦なく心を抉った。
 唇を噛み締めて、微動だにせずに耐える。
「もう……やめてっ…」
 声は、誰もいなくなった教室に溶けて消える。窓から見えるのは、あの時と同じ、禍々しいほどの黄昏の赤。


 周囲の景色が切り替わる。闇が辺りを包んだ。
『イケニエにされちゃう』
『魔女だ』
『仔猫をイケニエにしたんだって』
『近づいたら殺されちゃうよ』
『こっち来るなっ。人間もイケニエにするんだろ!』
『魔女』
『魔女だ』
 響く子供達の声。繰り返される。壊れたカセットテープのように何度も何度も何度も何度も。
 それを聞きたくなくて、必死に耳を塞ぐ。しかしそれをものともせずに声は頭の中に入り込んでくる。
 気が狂うような、とても長く思える間それが続き――。
「みんな殺しちゃえばいいんだよ。……僕を殺したみたいに」
 ふと、哂うような声が、耳の奥に響いた。
 瞬間、すっと表情を消した真帆は、ゆっくりと耳を塞いでいた手を下ろす。
 そして無感情に言い放った。
「………消えて」
 ――ぱきん、と妙な音がどこかでした。
「永久の闇。永遠の夜の中で彷徨いなさい」
 冷たく凍える夜風のような声で紡いだ呪が、 自身の持つ夜の眷属の力を解放する。
 周囲の闇よりも尚昏い闇が、全てを塗り潰した。
 遠く、何かが砕ける音が、響いた。


 ―――…本当に見たくなかったのは、自分の能力。
 この、命さえ容易く奪える、ちから。

◆ ◇ ◆

 どこか驚いたような、呆然としたナギの表情が、真っ先に目に入った。
「……ごめんね」
 真帆は、眉根を寄せて、僅かに苦笑した。
「呪具、使い物にならなくなっちゃった」
 怖がられるかもしれない、という恐怖を抱えながら、それでも微笑む。その笑みが寂しげなものになっていることに、真帆自身は気づかない。
 そんな真帆を見て、ナギは哀しげに目を細めた。
「――そんなことは、どうでもいいんです」
「でも、必要だったんでしょう?」
「どうでもいいんです。――今、樋口さんにそんな顔させてるっていう事実の方が、よっぽど問題です」
 首を強く振って、ナギは真帆の言葉を否定した。
 そして真帆に向かって手を伸ばし、その手を取る。
「怖くなんて、ないです。樋口さんは怖くなんてないです。確かに樋口さんは『力』を持っていますけど、それに呑まれない『心』があります。だから怖がったりしません」
 口にしていないはずの自分の恐怖を、ナギはまるで知っているようにそう言った。
「『力』より何より、わたしが怖いと思うのは、『心』だから。……過ちを犯して尚変わることのない、わたし自身の『心』が、わたしは何より怖いんです。――『力』の重さを知っているあなたを、わたしが怖がることだけはありません。だから――」
 ナギは、にこりと包み込むように――けれど、どこか泣きそうに、笑った。
「そんな顔を、しないでください。そうさせてしまったのはわたしだけれど、それでも、そんな顔をして欲しくないんです。わたしは、親しい人がそんな風に笑うのを、もう見たくない――…」
 ぎゅっと抱きしめられたその温もりが、じんわりと真帆に伝わってきた。
 泣きたいような、笑いたいような、名前の付けられない感情が、真帆の心を静かに揺らした。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6458/樋口・真帆(ひぐち・まほ)/女性/17歳/高校生/見習い魔女】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、樋口さま。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜Second〜」にご参加下さり有難うございました。お届けが遅くなりまして大変申し訳なく…;

 樋口さまの過去に触れる感じになったので、イメージと違ってないかなとドキドキしながら執筆してました。ナギの言葉に対する反応とかも。
 もっと雰囲気が出せたらと思ったんですけれど、これが精一杯でした…。
 ナギの精一杯の言葉に、少しでも何か感じていただけたらと願います。
  
 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。