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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【東京アンダーグラウンドに蘇る吸血鬼】

 東京上空―。

 薄いブルーのテレビ・モニタが東京上空から中継放送を映し出している。間断なく続くローターの音を遮るように、黒髪をボブカットにしたリ若いポーターがフォルダケースを小脇に抱えるようにして、マイクに叫ぶ。

『ご覧下さい、新宿周辺は警官隊により厳重に封鎖され、箝口令が布かれています。このことにより交通渋滞が発生し、経済産業省によると損失は計り知れないものとなっています。国土交通省と警察庁の記者会見によると、現在同区域内で、自衛隊による対弾道ミサイルの特別策臨時訓練が行われているとの報告ですが、東京都知事であるササクラ氏は事実確認をまだとっていないと―』

 何も真新しい情報はなかった。あるいは、そういった情報を所持していることが危険であるということかもしれない。まだ、不可侵のデッドラインを越えているかどうか、判断がつかない。もしかすると、その先へと、足を踏み込んだまま、薄暗い闇の中へと、引きずり込まれつつあるのではないか? そうだとすれば、しばらく居所を移すことも考慮しなければならない。安全の確保をするために草間雫(くさま・しずく)は、知り合いの新聞記者の所へ預けている。以前から何かあったら、そいつに頼む手はずだった。

 テレビ中継が中断し、保険会社のコマーシャルに入る。人間の一生には何が起こるか分からない。だから、備えがいるのだ、という企業論理を出演している女優が事細やかに説明をする。たしかにその通りではあるだろう。何が起こるか分からない、という点で、今まさに保険の心配をするべきかもしれない。草間はスイッチを切る。ブルーのモニタか一瞬、淡く発光し、あれほどの騒ぎも喧噪も何事もなかったかのように、余韻も残さず、静かに、消えた。時計を見ると午前零時をまわっていた。スチールの簡素なデスクには、OA機器とパソコンが、検索システムを駆使し、無数のケーブルに電子情報を流しながら、逆流し、攪拌し、反転しながら、混沌とした情報世界から、砂のようなわずかな言葉と―真偽のつかない、出所も不明、誰がいったのかも分からない一滴の―東京に現れた、殺人鬼の情報を延々と捜し当てていた。

 この件の初動捜査で警察は後手に回った。あるいは、その猟奇性からして、通常の犯罪から常軌を逸した愉快犯の、事件のかく乱を狙ったものだろう、というのが大方マスコミの推測だったし、警察筋もその仮説に追従するような形で、無差別通り魔という枠で当てはめようとしていた。一件目は、渋谷のスクランブル交差点で起きた。人混みに紛れた通行人の横で、急に若い男が倒れる。近くにいた目撃者によると、アスファルトの上には大量の出血と、白い羽が辺りいったいを舞い、若い男の胸部には鋭い刃物のようなもので切り裂かれているのが見えたという。彼のダウンジャケットの割かれた部分から羽毛が吹き出していたのだ。その目撃情報から、犯行は男が倒れる直前に行われたとの見解が出されている。とんだ早業師がいたものだと、そのときは思っていた。

 二件目の事件が起きたのはわずか一週間後のことだ。都内の某ラブホテルで、30代の男の死体が発見された。被害者は裸で、二畳ほどあるユニットバスの中で、倒れていた。男の体はまるで、血を綺麗に抜き取ったように、一滴残らず、消えていた。死後、腐食を防ぐためにそういった技術を施すことが医療では行われることがあるが、それをラブホテルでやろうとする勤勉な研修生がいるとは思えない。男は外資系サラリーマンでいわゆるヒルズ族、妻帯者。子供はいないが、たいへんな愛犬家であり、飼い犬一匹と夫婦円満の暮らしを過ごしていた。が、抵抗した様子もないところから推察すると、気を許せるような相手が誰かいた、ということになる。前件との共通性はこの点でまだ見つからない。

 三件目、東京都新宿区で例の事件が発生。ついに連続通り魔事件として、マスコミに大々的に報道されるようにまで至る。被疑者として、ミイ・タケオ、という近隣の予備校へ通う予備校生が検挙された。事件発生時、血まみれで呆然と立ち竦んでいたところを、巡回している53歳の警部補が発見、彼の頬は血で覆われ、バットを左手に持って、茫洋と夜の空を見あげていた。地下鉄入り口付近はパニック寸前に陥り、警察により一時出入り口が封鎖される。

 草間武彦(くさま・たけひこ)のパソコンのデータより

 case_o1.jpeg:二メートル程のどす黒い四肢をしならせ、子供の背丈はあるだろう鋭い三本の爪を地面に引き摺りながら、背筋を曲げ、電話ボックスから出て行く瞬間が撮られている。電話ボックスのガラスは蜘蛛の巣のように割られ、ねっとりとした血が張り付いている。
case_02.jpg:怪物と殴り書きされた一枚のフィルムは、自衛隊が出動した際に、厳戒封鎖された区域に偶然入り込んだ写真屋が撮ったものだ。袋小路になったごみ箱の横に、怪物と思わしき、全体像が見える。ところどころに黒い丸のような銃創痕が見られ、斜めを走るように点々血の塊が続いている。浮き上がった脇腹の骨と、鋭い爪が投げ出された足が、人間の造りに似ているようにも思えるが、こんな人間はもちろんのこと見たことすらない。

【レポート:01】

 東京新宿区御苑地下鉄にて40代前半の男の屍骸が発見された。当初は時折ある暴力団同士の闘争か、あるいは猟奇殺人の類かと思われた。死因は外性出血によるショック死、打撲による紫斑からして、争った様子はあるが、あるいは一方的になぶり殺しにされた、といった方が正しいのか、とにかく知り合いの新聞記者から受け取った写真からは判断が付かなかった。男の体はまるで子供の男の子のように見えた。それくらい体が萎縮していた。屍骸周辺に血は一滴も残っておらず、最初は医療関係者かそれに精通している者の犯行との憶測も流れた。

【レポート:02】

 男の名前は、ハマダ・ヨシカズ。職業は弁護士。生前の写真を見せよう。彼の趣味は大学時代のサークルでやっていたテニスだ。その大柄な体格に似合わず、鋭いボールさばきをする青年だった。身長は196センチ。これほどの大男なら、ラグビーにでも活躍出来ただろうと思う。彼の遺族からコピーさせもらった保険証記録から、以前、歯の治療と、某社による薬害問題のとき、治療と称して当時問題の渦中にいた医師達から事情を聞いて回っていたそうだ。彼は何かを嗅ぎ付けたのか、その後3日家を空けたまま、消息を絶っている。

【レポート:03】

 どうも、この件はそうとう危険だと判断したのは、次の事件だ。クラブ・ハウス Iron may dead から聞いた女子高生の話だ。彼女はいわゆる宿無しで、出身を訊ねると秋田から遙々やって来たらしい。今でいうならプチ家出とういうやつだ。ICレコーダーのスイッチを入れる。

「えー、マジマジやばいよ、おじさん、あたしきいちゃったぁ」

「あー、何を?」

「ハマダって人この前殺されちゃったでしょ?」

「それは、聞いてるよ」

「それが友達のトモコって人が…ブルセラって知ってるでしょ? ちょっと言えないんだけど」

(ここで声を潜める)

「ちょっと内緒なんだけど、下着とか売るの。で偶然、携帯メールに買いたい人いるって来たからさ、トモコが後からあのテレビでやってる顔そっくりって言うのよ。でさでさ、トモコあんたってば、使い捨てコンタクトレンズ一ヶ月近くつけてるんだから目でも腐ったんじゃないって、マジ大爆笑で―」

 そのトモコという少女の家を訊ねる。

 メモをした住所は閑静な住宅街で、かつては土地を保有していた地主が山を切り崩して、開拓した土地を都に売り渡したらしい。辺りは社宅やアパートが建ち並び、団地になっていた。しかし、トモコという名の少女は二週間ほど前から、失踪者捜索届けが提出されていた。

【レポート:04】

 浮浪者が見たという、怪物は、ホームレス仲間のナカタさんという主に炊事する係の老人をそのまま連れ去ったという。東京に蘇る吸血鬼? いったい、どこのおとぎ話だろうか? これより、草間の人海戦術、都内のローカルネットワークを
駆使し、調査を開始する。現在、都内一部地区にテロ対策特別条例が適応され、厳重に封鎖されている。同区域内に侵入、依頼主である、公安警察庁、元副長官OBである、タケザワ・アキラからの調査を遂行、出来うる限りの情報を提供しなければならない。

【scene ロルフィーネ・ヒルデブラント 渋谷駅前スクランブル交差点にて】

 動脈がどくり、と波打った音を聞いた気がした。たぶん気のせいだろう、けれども、全身が総毛立つような、毛穴の間から沸き上がってくる、熱い、どろどろしたものが、何かの引力に引っ張られて、今にも体から溢れ出しそうな、そんな感覚が、一分一秒、刻々とさざ波をつくるようにうねり、薄い絹のような皮膚一枚隔てた裏側の、枝葉のように枝分かれした静脈を流れて、背中をぐるりと一周し、鎖骨の辺りを渡り、首までに迫り上がり―。

 ふと気が付くと空にぽっかり空いた穴のような、真っ白な、ミルク色のした満月がそこにあった。

 手を翳してみる。薄く透き通った静脈の覆う皮膚と、月の曲線を描くラインがお互い添い遂げるように、重なり、そして、調和する。そうだ、月と自分は同じ血を継いでいるのだ、きっとそうだ。

「ねえ、何してんの?」

 指の隙間からぬっと男の顔が現れる。男の口元には僅かに笑みが浮かんでいる。それから、ロルフィーネの前の辺りを、まるで野良犬が獲物を見つけたみたいに立ちはだかる。一瞬、その太くも細くもない首に唇を寄せたくなるのを我慢して、一回瞼を伏せ、耳の辺りの髪の毛をかき分け、

「いえ、なにも」

 と答える。

 その奥の方でスキーにでも行くような白いコートを着た男と、茶色い毛の赤いジャンパーを着た男が道路沿いのスチールの手摺りに体を預けて、嘲笑しながら、

「やめよう、まだ子供だ」

 と前の前の男を制止しようとする。その声からは止めようという意志みたいなものは感じられなかった。厄介だな、と思いながら、目の前の男の首元を見る。Vネックの赤いセーターから、銀色の、磔にされた骸骨のロザリオが、月光に照らされて、きらきらと輝いていた。

「いいだろ、これ」

 視線に気づいたのかVネックの男が、ロルフィーネの顔の前にロザリオをつき出す。

「いいアクセサリだね。でも、そんなものじゃ、効果ないよ」

「効果だって?」

 Vネックの男が訊ね返す。

「もっといいのがある、ちょっと近くに来てくれれば、リングとかピアスとかあるよ、なあ」

 と首を曲げて、仲間達の方を振り返る。白いコートを着た男が、横の男に目を合わせて、一息おいてから頷く。

「ああ、確かにいいものがある」

「そうね。でも、ボクは用事がある」

 用事があるわけではないが、この場凌ぎでついた出鱈目で通用することを願うだけだった。

「それなら…。まあ仕方ないな」

 白いコートの男が、手摺りを背もたれにして地面に座り、タバコをふかして言った。

「じゃあね、おじさんたち」

 脇を抜けながら、彼らに挨拶をすると、おじさんだって? あははは、冗談だろう、という声が背後から聞こえてきた。

 それから暫く石畳の歩道を歩いていると、早足の音が背後までやってきて急に腕を掴まれ、振り返る。さっきのVネックの男だ。白いコートの男達はもういない。ロルフィーネは、男の顔を見あげる。ダウンジャケットとVネック、髪をワックスで手入れしたのだろう、喩えるならライオンのような髪型をしていた。けれども、何とも思わなかったし、興味も沸かない。そして随分興奮した様子で彼は口を開こうとしていた。

「悪かった。騙すつもりはなかったんだ。いや、本当なんだ」

 と頭を下げて、許しを乞う。どうとも思っていなかったロルフィーネは、

「べつに、何の用?」

 と応える。

「いや、それがさ、君かわいいから、幾つかなって」

 男の目を見る。顎のラインがそれほど太くない、いたって普通の男だが、瞳の中に虚偽とったものは感じられなかった。どの道帰すつもりはないだろう。仕方なしに付き合うことにした。

「ひゃくはちじゅうさんさいだよ」

 男は、呆気にとられて、二の句が継げないようだった。それから、破顔一笑し、髪がかかった額の辺りを掻いて、

「ああ、それって、黒いドレスの女が集まって、不思議なルールを作るんだ、私はなんとかかんとかの女神の元から生まれました、とかというやつだろう」

 と否定するわけでもなく、慌てて体裁を繕うのがおかしく、ロルフィーネは微笑んだ。ほんの少しだけ。それから、その通りだというと、彼やっぱりそうかと頷いた。

「もしよかったら、近くでコーヒーとか。一緒に少し話そうよ。道玄坂センタービルの、バーガーショップでもいいよ、おごるからさ」

 どうでもよかった。それ以上の面倒はごめんだったから、

「いいえ、約束があるので、これで」

 はっとなってロルフィーネは背後を振り返る。黒いどろどろとした殺気のような、針で背中を刺すような、ちくちくとした感覚があった。誰だろうか。仲間であるなら、気配で分かる。この感じはそれには似ていない。

「どうした? ん」

「何でもないよ」

 突然、風を切るような音が頬を掠める。白い花びらが見えた気がした。振り返ると男は倒れていた。白い綿のようなものが辺りに舞い上がり、風に吹かれて回転しながら、ゆっくりと地面に降りていった。手の平を広げると、それがダウンジャケットから溢れ出た羽だと分かる。

 生臭い、血の匂いがした。

【scene 藤田・あやこ IO2第四十九研究室にて】

 ガラスのプレパラートの中で、刻々と変化していく細胞片を見て、あやこは柳眉を顰める。動物の組織を採取し、比較してみるが、共通点は核膜に覆われた核だけだ。ミトコンドリアの数が圧倒的に多い。それだけ効率よく発熱できる状態にあるということ。それに、気になること―。

 ―減数分裂を繰り返すはずの通常生殖細胞と比べて、回数が格段に多い…。これは、ある意味、遺伝子に特殊な形質を保っていると言えるかもしれない。これだけ貴重なデータをあやこ自身が保持していることに、内なる好奇心と同時に、何か奥深いところから絶えず警鐘を鳴らす、危機感のようなものが込み上げてくる。もし、特殊な遺伝子を持つ、この生物が、生殖可能な状態にあるとすれば…。これはある意味人類に対する脅威になり得る。そんなもの権力を持った国家が野放しにしているはずがない。だとすれば…。

 紡錘糸にひっぱられた染色体を見つめながら、パソコンにデータを記録していく。それから飲みかけたコーヒーを呷り、草間興信所から受け取った資料に目を通す。資料には詳細に渡り、情報がプリントされていて、めぼしい情報にはポストイットが貼られている。東京で発生した三件の殺人事件のうち一件は、検死の結果が出ている。直接の死因は頭部挫傷によるもので、死後、数分後に大量の血液が頚部から抜き取られている、と記されている。写真を見ると、二つの点のようなものが、首筋に映し出されているのが見て取れる。それを、デスクのスタンドライトの傘に張り付け、数センチ離して眺めて、独り愉悦に浸る。

 東京に蘇る吸血鬼…。あやこはその言葉の響きに、胸の高鳴りを抑えることができない。何て素敵な事件なのだろう。無論のこと事件の悲惨さや、危険性は理解している、けれども、脳の快楽中枢が、ビリビリと全身を貫き、かき立て、暴れ回るこの高揚感に抗うことなんてできない。居ても発ってもいられず、あやこは早速“用意”にかかる。デスクを立って、研究室の一室に設けられたクローゼットに駆け寄り、両開きの扉を開く―。

 ―ずらりと並んだ、秋葉原専門店から渋谷の109まで買い漁った衣服やコスプレ衣装の数々が、二メートル幅の中に収まっている。

「どれにしようかな」

 トモコという少女がかつて、Iron may deathというクラブハウスに通っていたことを思いだし、中にある“一着”を手に取る。これなら怪しまれることはないだろう。袖を通し、手荷物であるバッグを引っ提げ、鏡の前で、背中から流線型に伸びた羽のラインを確かめる。悪くはない気がした。たぶん、これなら十代に見られなくもない。つまり、これから行く場所はそういった容姿が求められている、ということだ。背中の羽に幾分か引っかかる点は残るものの、そういったシチュエーションであるということで丸く収められるはずだった。

 さあて、吸血鬼探しを始めよう。

【scene ロルフィーネ・ヒルデブラント 新宿区靖国通り】

 新宿区役所に面した靖国通りにパトカーが数台、かまびすしいサイレンを鳴らしながら通り過ぎていく。あれ、人殺しよ、嫌だわと近くの通行人が囁くのを聞く。空を見あげると、半月がまるで街の喧噪を忌み嫌うように雲の影に隠れようとしていた。血のざわめきが全身を駆け抜けるような、嫌な予感と、甘い痺れのような喉の渇きを感じた。ロルフィーネは自分を満たすものを求めて、靖国通りの人混みを、バランスの取れない足取りと、薄れゆく意識の中で、彷徨い歩いた。もう、体の限界も近い。震える体と寒気を抑え込むように、両手を交差させる。突如襲う、“吸血鬼”としての自我が体のありとあらゆるコントロールを蹂躙し、奪おうとする力と、微かに残った人としての意識の抗おうとする拮抗が、ぶつかり合うのをひたすら快楽の坩堝の中で、傍観しているしかなかった

「おい、大丈夫か」通行人と肩がぶつかり、倒れ込みそうになる。だめだ、血が…。血が欲しい。果実のように滑らかな曲線を描く、その首筋に唇を寄せて、溢れ出てくる血を、尽きるまで啜りたい。何故、それができないのだろう。こんな人混みのなかでやってしまってはきっとお姉様にしかられるだろう。面倒だ。そう、何もかも、面倒なのだ。隠れて人の社会で、吸血鬼が生きていくためにはそれなりのルールを遵守することが求められる。だから、無闇に人を殺めてはいけない。行き着く先は、快楽と自由が蔓延る混沌の場所―。

 靖国通りを抜け、歌舞伎町へと向かう。視界が振り子のように、重心を失い、斜めへと傾いていく。雑踏をかき分け、凍てつく夜風とともに、電球が散りばめられた通り沿いを抜ける。もう少し、もう少しで辿り着く。目的地はIron may deathというクラブハウスだった。そこは人の社会に隠れて吸血鬼達が集まる、ロルフィーネは無論のこと、さまざまな人種と国籍の人間が集う、“抜け穴”だった。かつて吸血鬼達は歴史の中で暗躍し、影の内に生まれ、影の中で死んできた。それでも、血と鉄でできた墓標の上に自らの生きた証を残そうと、徐々に住処と存在としての権利を獲得してきた。勿論、そのためには人との争いは避けられない。誰かが生き残り、誰かが死ぬ、それは生きとし生きるもの全ての生命に与えられた神の罰かもしれない。多くの仲間達はそのために血を流してきたし、人もまた彼らを排除しようと、攻勢を翻さなかった。そして出来上がったのが、これから向かう、人と吸血鬼たちの間に生まれた緩衝地帯だった―。

 クラブハウスの前で、スーツを着た大男が立っている。ロルフィーネは目配せをし、メンバーカードを差し出す。

「近くでもめ事があったようだ」男が言う。

「何が?」

「分からない。もしかすると、掟を破った者がいるかもしれない」

 ロルフィーネはその言葉の意味が飲み込めず、暫く間を置いた。

「例の殺人事件だ」と男が、切り出す。「近くで起きた。ボスも警戒している。何か情報があったら教えてくれ」

「ああ、それなら、草間興信所っていうところから仕事受けてるんだ。でも、面倒だから、どうでもいい」

「そうか…」

 それから男は黙ったまま、ロルフィーネを通すために脇へ避けた。

【scene 藤田・あやこ 新宿区歌舞伎町クラブハウス Iron may deathにて】

 内蔵を震わせる重低音の電子音が始終流れて、熱気とも汗ともつかない湿った空気が室内に立ちこめていた。ステージの前で総立ちになった観客目がけて、スピーカーの大音響とボーカルの絶叫がストレートにぶつけられる。若い男三人と女一人のグループだった。ラップ調の韻を踏むリズムに乗せて、ステージ中央に立った黒を基調としたゴシック調の服装をした女が腕を振り上げ、観客を盛大に煽り立てる。あやこは異様な熱気に気圧され、少々たじろぐ。これは、調査どころではないと思った。人混みに押されながらも人の肘や肩にぶつからないよう体を縮めて、バーカウンターのある、非常口の方へ非難した。ブルーのライトに照らされたカウンターテーブルの中に唇にピアスをした短髪の若い男が立っており、一心不乱にグラスを磨いていた。あやこの方に視線を向けると、格好のせいか、怪訝な表情を浮かべる。座ってもよいかと訊ねると、案の定、

「すみません、未成年は―」と応えようとするので、それを遮って、名刺を差し出す。自然体を装うように、こういう格好だが、一応成人なのだということ、アルコールは飲まないことを伝える。それでも疑念は晴れないようで、しぶしぶという感じで、やっと座ることを許可された。

 それから音楽はやや抑えめの曲調に変わり、大声を出さずとも会話できるようになり、ここぞとばかりにあやこは写真をポケットから取りだし、バーテンダーに見せる。

「こういう男をご存知?」

 やや、間を置いてから、男は肩を竦める。

「さあ…。見ての通り、人の出入りは多いんで、どうかな…。ただここ、メンバー制だから」

 その事実は知っている。今日初めてここへ入ろうとしたとき、スーツ姿の男に制止され、メンバーカードを提示されるよう求められた。いったい何のことかと、返事に窮し、慌てたものだが、からくりが分かった途端、あやこは早速、ポケットマネーを使い、このクラブのメンバー会員として登録を済ませたのだ。しかし、こんな場末のクラブハウスに人数制限を設けるほど“需要”があるとは思えない。トモコという少女が出入りしているという情報も掴んでいる。何かあると踏んで、危うい賭けに出たのだ。最悪のシナリオを描けば、不審人物として、クラブハウスの店員につまみ出され、二度と出入りを許可されないこともあり得る。

「ああ、その人なら、知ってるよ」

「ロルフィーネさん…」

 あやこは驚いて隣を振り返る。ピアスの男がロルフィーネと呼んだ少女は、丁度あやこの横に腰掛けていた。小柄の体をスツールに乗せ、背が小さいせいか、足をぶら下げて、赤い、血のような液体物をストロー越しに飲んでいる。それから、あやこの目を見ずに続ける。

「君、草間興信所から依頼された人でしょ? ボクも少し興味あって、同じ仕事受けてるんだけど」

 そういう少女の横顔を見る。透き通った、赤い目をしている。まるで白い雪の中に鮮血を流し込んだような、何者も寄せつけようとしない、それでいて、吸い込まれてしまいそうな瞳の色だった。よく見れば、色素という色素が抜け落ちたみたいに、肌が真っ白で、遠くから見れば日本人形と見間違うのではないかと思うほど、人間独特の有機性が感じられない。あるいはそういった人間臭さを持つのがこのクラブハウスでは一つの禁忌とされているのではないか、なるほど、さっきから客達から何か生温かさや生気といったものが感じられないというのは、こういうことだったのではないか。そういえば、誰もが、無表情で無機質のように思えてくる。この熱気は作り物で、じつは、張り子のようなステージの上で人形達が踊り狂っているだけではないか、異様に張りつめた空気が、あやこのなかで真空の空間を作るように、あちこちを引っ張りながら疑念を次々と生み出していく。

「あなたは一体…」

 呆気に取られているあやこを傍目に、少し身体をこちらの方に向け、耳にかかった髪の毛をかき分け、それから蝶が羽ばたくみたいにゆっくり瞼を開閉させ、ロルフィーネと呼ばれた少女は

「吸血鬼を知っているね」

 と言った。

 心中を言い当てられ、どくりと心臓が波打った。そうか、そうだったのだ、ここはそういうところだったのだ。脳の電気信号が、フル回転で末梢神経を往来し、答えを導き出そうとしている。

「あなたも…、その…」

 あやこは詰まって言葉を濁すが、言いかけたを理解したのか、ロルフィーネは小さく一回頷く。だとすると彼女のコップに入っているのは血液だろうか。青いライトに照らされて、どろどろとした粘着質の液体はやや紫がかっている。液体は細い彼女の頸へと運ばれ、ゆっくりと鎖骨の辺りまで下っていく。それからロルフィーネは徐にあやこが手に持っている写真を指差して、その指をそのまま頸の方へ持っていき、真横に切った。

「その人は殺されてしまった。誰かに」その男が殺されてしまった、という事実を、ひとつひとつ言葉にして嚥下し、それを呑み込むように、ロルフィーネはゆっくりと呟いた。

「彼も…。つまり吸血鬼だった?」あやこは言葉を慎重に選びながら、横にいる少女に問いかける。「彼は何故殺さたの?」

「一つめの質問」と言って彼女は人差し指を上に向ける。ストローに唇をつけたまま。

「彼は厳密に言えばハーフ。つまり純粋な血族を受け継いでいない。何故か」質問とも自問とも取れるジェスチャーに戸惑いつい「何故?」と訊ねてしまった。

「もちろん」とやや小首を傾げ、ストローでコップの中の液体をかき混ぜる。氷ははいっておらず、攪拌される液体の流れる様子が、グラスの中でレーザーに照らされ、極彩色のグラデーションを描く。「人と交わったからだよ。吸血鬼と人間のハーフは、別に珍しいことではないし、どこにでもいるんだ。それに―」と、指と指の間を組み合わせながら、テーブルに肘をつき、手の甲に顎を乗せ、あやこの方へ身を乗り出す。乗り出すと言っても、やや胸を傾ける程度で、あやことロルフィーネが座るスツールの間には、数センチの距離がある。

 間近で見る彼女の目は、薄い膜に覆われたルビーのように思えた。わずかな緊張感を感じながら、彼女の言葉を待つ。

「―自分がそれかどうか、意識せずに普通に暮らしている者もいる。ひょっとすると、君もそうかもしれない」そう言い終えると、再び瞼を閉じて、ストローで液体を回す動作に戻った。

 もしかすると、と、別の写真をバッグから取りだし、ロルフィーネに見えるように、ブルーライトの下に翳してみせる。ロルフィーネはストローでかき混ぜる手を止め、やや目を細める。

 やや間を置いてから、

「ああ」

 と心当たりあるような口振りで続ける。「見たことあるかも。ここのグループに興味津々といった感じのコだったかな。どこにでもいるんだ、そういうコ。でも名前は知らない」

あやこは説明するように、別の写真を取り出す。トモコの全身が映った写真だ。化粧やコスチュームを装っていない、普通の学生姿の方だ。

「トモコという子なの」

「どうだかな…」

「知らない?」

「うーん。あ、マスター。酒好きのイヌヅカって人いたでしょ? あれと仲良くしてなかった?」

 マスターはさあ、と肩を竦めて、思案する。止めていた手を、タオルで拭き、三つ隣の客の注文を受けてから、またあやこの前に戻ってくる。どうやら忙しそうだ。手持ちぶさたになった手でグラスの水を掴み、そのまま飲む。冷たい水が喉を通って、わずかに昂ぶった気を落ち着かせた。喉はたいして渇いていなかったが、何も注文していないせいか、居心地の悪さを感じているころだった。

「おやっさんなら知っているかもしれない。通すよ、丁度」と腕時計に目を落として続ける。「休憩時間も近い」

 カウンターを空けては、大変ではないか、あやこは彼の提案を断ろうか思案したが、良い言い訳が思いつかなかった。ここまで来て二の足を踏むのはどうかと思ったが、あやこはどうすることもできずバーテンダーの言うとおりにすることにした。バッグを取ってスツールを立つと、ロルフィーネも黙って後ろをついてきた。思い返せば好奇心が高じて、ここまで足を運んだものの、彼らの言うことを全て受け入れるにはまだ心の整理がついていない。吸血鬼という人種が確か存在するのか。だとすれば、彼らはどうやって生活を営んでいるのだろう? 仕事はしているのか? 収入はどうしているのか。確かな興味はあったが、直に踏み入れて、彼らの懐に入り込もうとしている、そこに僅かな不安を感じる。あやこはひょっとして招かれざる客ではないのか。自身がイレギュラーな存在であることを承知の上でここまで来たというのに、今では逆に不安要素だけが頭にちらつく。いけない、こんなことでは調査は続かないではないか。意識では分かっているものの、この先目にしたものを、そのまま受け入れる自信がなかった。

 サテンのさらさらしたカーテンを潜ると、狼を象った銅像が突きあたりに見える。外ではクレーターの様子が見えるほど、月がはっきりと輪郭をつくっていた。人が二人並べば、道を塞いでしまうのではないかと思うくらい、狭い通路を通ると、バーテンダーは足を止め、左手の扉を開けてノックをする。それからあやこ達の方を向いて、顎を開いた扉の方へ傾ける。

「丁度儀式を終えたところだ」

【scene 藤田・あやこ×ロルフィーネ・ヒルデブラント クラブIron may death ゲストルームにて】

 赤いカーペットの上で腰掛けていた黒人らしき男は立ち上がらずに、あやこに向かって胸を当て、会釈した。開襟シャツの胸元には様々な種類のネックレスがかけられている。どれも銀色だった。輝き加減や重厚感を見ると、本物のシルバーのように思えた。それが何かの信仰を意味するのか、あるいは単なるファッションとして装飾されているのか、分からなかった。前者かもしれない。そう思わせるような部屋の造りになっていた。部屋の四隅には燭台が立てられてあり、上には明かり取りの窓が見える。マントルピースの上には女性を象った天使らしき像が壁に埋め込まれている。もしここが東京だと分からずに来ていたら、本当に西洋のどこかの部屋に案内されたのだと錯覚しただろう。

「What’s up my sweet daughter?」

「hi papa Jam」

 後ろにいたロルフィーネが英語で応える。それから黒人の男は、ゆっくりと立ち上がり、ロルフィーネに抱きついて、頬にキスをする。
「お元気そうで何よりです」と言って、裾を持ち上げ、ロルフィーネは会釈を済ませ、あやこの方を一顧して、「パパ・ジャムだよ。ここのボス。日本語は少しだけ喋れる」と説明した。

「こんにちは、ジャムさん。あの…」

「こんにちは、あやこ。話は聞いている」

 驚いたことに名前で呼ばれたので、どこで情報が漏れたのだろうかと思い出そうとしたが、心当たりはなかった。もしかするとメンバーカードの登録をすませたときから監視されていたのかもしれない。当然だろう、そうでなければあんな大男を出入り口に立たせているわけがない。あやこは慎重に言葉を選びながら、事件のことを口に出す。

「ハマダ・ヨシカズという男をご存知ですか?」

「ああ」と言って椅子に座り、向かいの赤いソファに手を差し伸ばした。ロルフィーネが先に座り、後に続いて、あやこも座る。

「彼は我が家の顧問弁護士だった」パパ・ジャムは思い出すように目を閉じて天井を仰ぐ。膝元に置かれた手が、僅かに握りしめられる。「何故、殺されてしまったのか。彼は無くすには惜しい存在だった」

「理由をご存知で?」

「いや」と即答する。「知らない」

 あやこは食い下がる。

「本当ですか?」

「ロルフィーネ」

 呼ばれたロルフィーネは微動だにせず「はい」と返事した。

「吸血鬼はなぜ忌み嫌われるのか、言ってみなさい」

「人の血なしでは生きていけないからです」

 応えたロルフィーネを傍目に、瞼を臥せ、パパ・ジャムは膝元に置かれてあった本を開いて、何かを呟く。よく見えないが、聖書のようなものだった。

「我が息子達は道を見誤ったようだ。致し方ない。我々は人々と共存する道をかつて選んだ。その拮抗は崩されざる壁であり、端であり、絶対の掟だ」ふう、と一息嘆息しぱたりと本を閉じる。

「ここに粛清の機を命じる。やつの息の根を止めろ。あやこ。君も、すでに我が手の内にある。他言は無用。ロルフィーネと共に行きなさい」

 あやこは息を呑む。粛清? つまり吸血鬼を倒せと? この男は本気で言っているのだろうか? 一般人がいるにも関わらず、的はずれなことを蕩々と喋るこの人物に多大な疑念を抱かざるを得ない。第一、あやこには全く関係ない身内の出来事ではないか、強制される謂われも拘束力も持たない。あやこはたじろぎ、困惑を隠せない。

「どういうことですか。何故私なんかが…」

 パパ・ジャムは唇に人差し指を当て、微笑む。

「君も力がある。手を貸して欲しい。全ては大きな輪の繋がりだ。その中に踏み入れてしまっただけのことだ。誰にもその輪を越えることはできない。断じて」力強い、彼の講釈に、あやこは反論することができなかった。何故だろうと自問し、目を閉じ、拳を握りしめる。吸血鬼…。いったい何をしようとしているのだろう。彼らは何を望んでいる? 自分に何をさせようとしているのだろう? ここまで他人の秘匿された領域に踏み込んで、すでに引き返せないところまで来ている。大きな渦に絡め取られ、どうにかしようと藻掻いている。何とかして真相を知りたかった。しかしすでにパパ・ジャムは話すことをやめ、手をひらひらと振らせ、出て行けと命じた。最初に会ったあの柔和なイメージは一瞬で薄い闇の中へと消え去っていた。冷たい鉄のような、彼の言葉にすでに返す言葉もなく、黙ってロルフィーネの後に続いた。

「パパ・ジャムはああいう手合いだから。誰も逆らえない。腹黒いんだ」

「これからどうするの?」廊下を歩くロルフィーネの後ろ姿を見ながら訊ねてみる。

「どうやって吸血鬼を…」

「武器がいるね、それと」といって人差し指を天井に突き出し、あやこの方を振り返る。「血が欲しい」

【scene ロルフィーネ クラブiron may death内 ロッカールーム】

 若い男女が身を絡ませるように薄暗い通路で、話し合っている。黒いレザーのジャンパーの男がロルフィーネ達に気づいて、二人は奥へと消えていった。ここのロッカーを借りていたロルフィーネはキーのタグにつけられたナンバーを確認して、その場所へと移動する。あやこは黙々と後をついてくる。目当てのボックスを見つけると、鍵を差し込み、中の荷物を取り出す。うさぎの縫いぐるみと一緒に合成革のショルダーバッグを背負い、非常口の方へ向かう。錆びついた扉を開くと、凍てつくような寒い風が入り込んできた。寒さというものも、体温調節でどうにかなる、吸血鬼はそういう人種なのだ。どの時期にいようともいちいち洋服を変えたりはしない。

「あの、私はどうすれば…」

 後ろをついてきたあやこが腕を抱えるように小走りで着いてくる。

「そうだね。あいつは女好きだから、丁度いい餌になってくれれば、こっちとしては都合がいい」

 ぐい、と肩を掴まれ、あやこの方へ無理矢理振り返らされる。

「それは本気で言っているの」

 ロルフィーネはあやこの目を見る。不安が表情から滲み出ていて、今にも泣き出しそうな顔をしているように見えた。ただ暗がりで、そう見えるだけで、本当に泣いているのかは分からない。

「冗談だよ。ただ協力はして欲しいだけ。ボク一人だとどうにもならないからね」

「他の吸血鬼に協力してもらうとか、できないの?」

 本気でそう言っているのだろうか? だとすれば、本当に何も知らないで、ここに来たに違いない。確かに、協力ということはある点で可能ではある。けれども、本来群れることを好まない彼らは、独善的な行動ばかり取っていて、自分に利益のないことは滅多に頸を突っ込まない。よほど自分に美味しい話でなければ、頼んでも、一歩も動かないのが、彼らの常なのだ。ましてや仲間の粛清などという面倒事に喜んで手を貸そうだなんていう殊勝な輩などいない。

「望み薄だね。パパ・ジャムは利用できるものは何でも利用する。自分の手は汚したくないんだ。目を付けられたら諦めた方が良い」

「そう…」

 納得してない様子で、まだ何か言いたそうにしていたが、踵を返して、先へ進むことにした。情報通の知り合いに尋ねて、居場所を探らなければならない。この時間に起きているか心配だった。早めに訊ねることに越したことはない。徒歩で向かう距離には遠い気もしたが、他に足がない。タクシーでも止めようと思ったが、財布を忘れてきてしまった。それに、さっきから人をまるで見かけない。どうしたのだろう? この時間帯の歌舞伎町はいつも人手賑わっているのに。

「もし用があるなら、私、車がある」と言って、あやこは遠くのセダンを指差す。グレーの車で、丁度ゴミ収集コンテナの横につけてあった。それは好条件だと思い、お願いすることにした。車高の低いセダンに近づくと、オートロックが解除され、テールライトが二回ほど点滅する。ロルフィーネは助手席の方に周り、中に入ってシートベルトを締める。荷物は後部座席の方へ置いてもらうことにした。後部座席にもう一つ大きなケースが横たえられていたが、中身はよく分からなかった。彼女の私物なのだろう。

「どこに向かえばいい?」キーをかけて、エンジンを始動させたあやこが訊く。

「表参道まで」

「分かった」

 車輪が滑らかに路面を滑り出す。人影は見当たらない。明治通り薄暗い道路は不自然なくらいがらんとしていた。オレンジ色にライトアップされた道路が風景から流れていく様子を眺めながら、トモコという少女のことを思い返した。どういったことで関わったのだろう? なかなか思い出せないでいた。顔は覚えている。ただ、そこに加わった意味や、輪郭をなぞれないでいる。長い間、無為な時間を過ごしていると、一日の内容が紙のように薄っぺらなものになっていく。そうやって様々な情報を切り捨てて、記憶に蓋をして、シンプルな紙のような一日を、めくりながら、そこに何も描けないまま毎日を生きている。いつかはそこに色づいた日常が戻ってくるのだろうか? どうだろう、分からない。このまま何もないままの時間を費やし、取り留めのないことや、雑念を吐き出しながら、だらだらと生きていくだけかもしれない。

「ラジオつけていい?」ハンドルを握りながらあやこが言うので、別に構わないと応えた。騒がしいのはあまり好きではないけれど、何かしら情報が欲しかった。どうにも街全体が不自然だった。それにあやこも気づいたのか、窓の方をしきりに気にしている。何を思っているのだろうか? 月の逆光に照らされて、顎のラインしか見えないため、表情が読み取れない。

『ご覧下さい、新宿周辺は警官隊により厳重に封鎖され、箝口令が布かれています。このことにより交通渋滞が発生し、経済産業省によると損失は計り知れないものとなっています。国土交通省と警察庁の記者会見によると、現在同区域内で、自衛隊による対弾道ミサイルの特別策臨時訓練が行われているとの報告ですが、東京都知事であるササクラ氏は事実確認をまだとっていないとの情報です。では、記者会見の模様をお伝えします―』

 ホワイトノイズとともに漏れだしたラジオの音声は、緊迫していた。中継がヘリコプターによって行われているのだろうか、重低音が背後から聞こえてくる。騒がしいな、と思いつつも、窓の外を見る。ローターの音が微かに聞こえる。星のように思えたのはヘリコプターのライトだろうか? だとすると丁度上空を飛んでいるのかもしれない。

「この辺りね。どうしたのかしら?」

「たぶん、あいつのせいだよ」

「誰なの? いったい…」

「裏切り者だよ。人を殺してはならない、その掟を破ったんだ」

 上擦った声を吐き出したあやこは運転席で、ハンドルを急に切る。目の前に黄色いヘルメットを被った幾人かの男達が、非常灯を振りながら車に制止を求める。通行止めの衝立が見えた。それとパトカーが何台か路肩に止まっている。とっさに、ブレーキをかけようとしたあやこの足下のペダルに、横から膝を当て、アクセルを踏み込む。

 ヒステリックに喚くあやこを傍目に、ペダルに目一杯蹴りを入れる。危うく一人ひき殺しそうだった。スピンした後輪が、摩擦しながら弧を描いて、方向転換する。ハンドルを握っているか、確認しつつ、ミラーで後方を見る。

「待って! 私が運転するから! お願い無茶は…」

「いいから、振り切って」

 赤い光がバックミラーにちらつく。それと同時にサイレンのけたたましい音。

『そこの車、左に寄せて停車しなさい!』

 案の定、スピーカーで警告を発した後方のパトカー2台が後ろにつく。エンジンがシフトしながら、回転数を上げていく。メーターを見る。90キロ近く出ている。あやこに任せて平気だろうか? 車のことはよく分からなかった。咄嗟の行動に自分自身も驚いているくらいだった。もし、免許を持っていたとしたら、あっと言う間にスピード違反で捕まる、そんな予感がする。体がシートに押しつけられ、エンジンの激しい振動が内蔵を震わせる。パトカーは依然、後ろをついてきている。危害は加えないだろう。たとえ掴まったとしても、何とかなる気がした。

「このまま六本木ジャンクションに入る」

 ロルフィーネは返事をせず、携帯電話を取りだし、メモリーから相手を呼び出す。四回ほどコールを挟んで、相手が出る。

「もしもし、頼みたいことがあるんだけど」

『…ああ? すまん、寝ていたんだ。もう一度言ってくれ』

「今から粛清する相手がいる。だから奴がいそうな場所を教えて。テレビかラジオつけてみて」

『はあ? おい、ちょっと待てよ。粛清って。クソ、足を角にぶつけた。今からテレビをつける。パパ・ジャムは知ってるのか?』

「直々の命令だよ」

「マジかよ。おいおい…」

 携帯電話のスピーカーから人の話し声が聞こえる。どうやらテレビをつけたらしい。

『今、カーチェイスしてる画面を見てる』

「それ、ボクたちだよ」

『はあ? マジかよ。どうするんだよ』

「逃げるしかない。今掴まったら、次がない」

『ちょっと待て、パソコンをつける。奴にメールしろ、それで居場所が分かる』

「了解。恩に着る」

 携帯電話を切って、メールを打つ。特に話す話題もなかったので用件だけ伝える。これから君に会いに行く、とだけ打ち込み、送信する。窓の外を見る。二、三条の光の筋が、頭上を照らしている。ヘリコプターがこちらを監視しているようだった。もう駄目かもしれない、と思った。このまま掴まってもよかった。たぶん、パパ・ジャムに咎められることはないだろう。用済みなのだ。彼にとってロルフィーネやあやこは単なる手駒でしかない。二、三日、留置所で足止めされて、釈放され、どうでもいい日々を送りながら、また普段の日常に戻るだけだ。しかし…。

 このまま奴を野放しにしておけば、確実に、また呼び出されるに違いない。早めに終わらせてしまえば、彼らとの関わりを断ち切ることができる。そうだ、多分、ずっと、自由になりたかった…。吸血鬼とか、あるいは人間であるということとか、そんな概念から縛られず、ただ自由になりたかった。粛清を終わらせれば、自由になれるのだろうか? 分からない。でも、どこかにきっと…。どこかにあるかもしれない…。そんな予感がする。ふと、フロントガラスを見ると、光が飛び込んできた。

【scene ロルフィーネ・ヒルデブラント 六本木ジャンクションにて】

「おい、大丈夫か?」

 耳鳴りがする。躯が重い。一条の光が見える。視界が水に濡れてふやけたペーパークラフトみたいに、ぐしゃぐしゃしている。何だろう、一体何が起きたんだろう。
ゴムとざらついた表面の靴擦れの音。足音が近づいてくる。一歩、また一歩。

「大丈夫か?」

 顔が見える。男の顔だ。誰だろう? 光を当てられて眩しいんだ。光を当てないでくれ。タイヤの焦げた匂いがする。嫌な匂いだ。ここはどこだろう。

「酷いな。こりゃ。車がひっくり返ってる。救助できそうか?」別の誰かが言う。

「今助ける。しっかりしろ」

 両肩を掴まれ、躯を持ち上げられる。

「子供じゃないか」

 子供と呼ばれて、それが自分のことだと分かるまで時間がかかった。こんなときにまで子供扱いされるなんて、とても可笑しかった。そうか、自分は子供なんだ。だったら甘えてもいいじゃないか、何で今まで強がって生きてきたのだろう? どうだかな…。もしかすると本当は弱いだけかもしれない。吸血鬼のくせに…。

「触らないで」男の手をはね除けて、立ち上がる。冷たい空気が喉を通り、躯の芯から伸びをする。どこも痛くはない。骨が軋んだ気がしたけれども、すぐに元に戻るだろう。改めて辺りを見渡す。タイヤを剥き出しにした、車のフレームが、くの字に折れ曲がっている。そうか、車に乗っていたんだな、やっぱり、免許は取るべきではないかもしれない、と無関係なことばかり思い浮かび、隣に乗っていたあやこのことを思い出すまで、しばらくそうやって車の残骸を見つめていた。

「君、大丈夫なのか?」

「うん?」

 振り返ると警察官が二人、ライトを当てて、こちらの様子を伺っている。ロルフィーネを見て、唖然としていて、二人とも驚いているようだった。

「大丈夫だよ」そう、応えるものの、一向に反応を示す様子がない。まるで、別の気配に気を取られているような、そんな素振りだ。あやこを見つけたのだろうか? 振り返ると――そこに巨大な影があった。

「ロルフィーネ」

 だん、と背後で音がする。

「何だ、こいつは?」警察官が叫ぶように言う。

 血が引いていく、感覚。こいつだ、こいつなんだ、そう躯中の細胞が警告を発し、戦闘態勢を取るように頭の中の信号が錯綜しながら、次の行動へ移そうと手を動かすが、獣に睨め付けられた小動物みたいに躯が強ばり、言いたいことも、あるいはどうにか対処しようとする考えも全て吹き飛んでしまったみたいに何をすることもできず、全身全霊で躯のコントロールを奪い去ろうとして、足もとが崩れる。

「久しぶりだね。こんな形で会えるなんて」

「ボクは…。会いたくなかったよ」

 声が震えていた。こんなに間近で見たのは初めてだった。強大な力をひしひしと感じて、皮膚が痛いくらいだった。何で気づかなかったんだろう。こいつがトモコだったなんて。あるいは初めから、気づかないふりをしていただけかもしれない。最初近づいてきたとき、目を交わしたとき、言葉を交えたときトモコの内にある、どろどろとしたどす黒い何かを見逃して、どうでもいい日常に逃げようとして、ただひたすら自由という幻想にすがりついて、安寧の場所で惰眠を待っていただけだった。最初からずっと彼女は繰り返し伝えようとしていたんだ。決して人には伝わらない、でも、それは、吸血鬼という同類だけにしか分からないシグナルで、ゆっくりと蝕むように、いつもそこで痙攣するように何度も、ずっと、同じ信号を発しながら、ロルフィーネに気づかせようと、必死になって、すれ違っていくだけで、理解すらしてやれず、こんなにも大きく、立ちはだかって、そして…。

 気がつくと生暖かいものが頬を伝っていた。何で泣いているんだろう。何で悲しいんだろう。どうして、何もしてやれなかったんだろう。後悔という名の空気みたいなものが、次から次へと喉から溢れ出てくる。何だ、吸血鬼でも泣けるんだ、そう思うと、とても可笑しくて、虚しくなって、何をする気も起きなかった。

「ロルフィーネ…。私は自由になれたんだ」

 ひゅう、と喉を鳴らすように、トモコは言った。

「私、空も飛べるんだよ」

【scene 藤田・あやこ 六本木ジャンクションにて】

 ひっくり返った車の向こうから話し声がする。バンパーは完全に折れ曲がり、ガラスが粉々に砕け散って、車の部品やらオイルの匂いがあちこちに散らばっていた。丁度、向こうから物陰になったところで腰を下ろし、一息つく。一人はロルフィーネで、どうやら警察官に見つかったようだった。それらしい会話が聞こえてくる。数分前まで気を失っていた、あやこは自力で車から抜け出し、どうにか意識を保っている。運が良かったのか悪かったのか、特に痛い箇所は見つからなかった。けれども、車の無惨な姿を見て、安心した、とまではいかない。一歩間違えればあの世行きで、とんでもないことになるところだった。それからロルフィーネのバッグと、魔銃を取りだし、銃弾を装填する。

 安全装置を外し、チェンバーに埃や破片が入っていないか確認する。最後に長身のバレルを引くと、金属音の軽快な音が跳ねる。

「何だ、こいつは?」

 見つかった、と一瞬錯覚し、身を屈める。だん、という重いものをぶつける音がして、白い、浮遊物のようなものが辺りに舞っていることに気がつく。何だろう? 羽? 一枚、目の前に落ちてきたのを掴んで、それが確かに羽だということが分かった。鳥だろうか? この季節には珍しい気がして、車の影から一瞬、向こうを見遣る。羽がそちらの方向から飛んできたからだ。白い浮遊物が道路一帯を雪のように覆い、それが風に巻き上げられながら、夜空の方へ吹き上げられていく。その中央に塔のような人影、そう錯視したのは、たぶんその大きさのせいだろう、十字になった影が車の壊れたヘッドライト付近まで伸び、その向こうで警察官二人が見える。一人は尻餅をついて、十字になった影へハンドライトを照らしている。

 ロルフィーネ、と十字の影が呟く。まさか? あれが粛清する敵だというの? あんなに大きいとは想定していなかった。血管が縮こまる。バレルに取り付けられたスコープから影の方を覗く。レンズを拡大し、大きな羽を広げた人影が、ロルフィーネの傍で佇んでいる。スコープの位置を調整し、人影にロックオンさせる。

「久しぶりね、こんな形で会えるなんて」

「ボクは…。会いたくなかったよ」

 ロルフィーネの知り合い? そうか、粛清する相手は吸血鬼同士なんだ。見知り合っていたとしても不思議ではない。もう一度、スコープから目を離し、肉眼でロルフィーネを見る。立ちすくみ、2メートルほどある影と対峙している。影は羽を上空へ広げ、今にも飛び立ちそうな形で、背骨が浮き出て見えるくらい背中を曲げ、ロルフィーネの方へ頭をもたげている。

 いくつか言葉を交わし、ロルフィーネの体がふらつく。腕を胸に交差させ、何かをつぶやいている。こちからはうまく聞き取れなかった。巨大な吸血鬼は大きく羽ばたくように、羽をうねらせ、警察官二人へと近づく。あやこはどうすることもできなかった。こちらに気づかないだけでも幸いで、足が震えている。あんなものに魔銃が効くのだろうか? 警察官二人は叫び声をあげ、パトカーに走っていく――。

 銃声――。

 断末魔――。

 警察官の躯を突き刺した、三本の鋭い爪はゆっくりと、男の腹部から抜き取られ、あとから液体のようなものが滴り落ちる。どうするか戸惑い、もう一人の警察官が尻餅をつきながら、銃を発砲するのをスコープ越しで見ているしかなかった。見つかったら殺される、恐怖が躯中を駆けめぐり、頭から爪の先まで針金で突き刺されたような冷たい痛みが、全身を拘束する。瞼を閉じ、警察官のうめき声が聞こえた後、無関心を装う風の音が車の隙間から、頬に吹きつけてくるのを聞き届け、何も起こらないことをただ願うばかりだった。僅かな間、躯を温めるため、そして恐怖から逃れたい一心で腕を抱えて、魔銃を肩に傾け、そうやって無心のまま思考することを諦めて、固まっていた。長い沈黙と枯葉の擦れ合う音が、があやこを嘲笑うかのように、時折、傍を駆け抜けていく。

「あやこ!」

 突如訪れた叱咤にあやこは身震いする。ロルフィーネの声だ。気づいていたのか…。

「あやこ! レイピアを!」

 戸惑いながらもそれがロルフィーネのバッグに収められたものだと分かり、一瞬、車の物陰から身を乗り出し、それを投げ付ける。それから立ち上がり、ロルフィーネの傍まで駆け寄る。巨大な影は見当たらなかった。ロルフィーネは片腕をぶら下げ肩に手を当てている。

「やられたんだ。空にいる。引きつけられる?」

「試してみる」肩にかけていた魔銃を構え、空を見あげる。暗くて何も見えなかった。

「来る」ロルフィーネが警告する。ひゅうと風切り音が耳の傍を通る。エイのような形をした影が尾を引きながら、斜めに滑空してくる。思わず身を屈め、ロルフィーネの方に躯を預け、地面に転んだ。

「だめ、早すぎる」

 ロルフィーネはレイピアを構えていた。あんな武器で立ち向かえるのか? 相手は空を飛んでいるのだ、あれでは傷一つ与えられないではないか。あやこの心配を余所に、ロルフィーネは身を前屈みにして、腰を落とし、走っていく。空の影を回り込むように、弧を描きながら、道路の白線を越えて、走っていく。あやこはもう一度銃を構え空に威嚇射撃する。赤い点滅が空を引き裂き、発砲音が轟く。

「来い」ロルフィーネが空に向かって叫ぶ。「トモコ、こっちだ」

 トモコ? あれがあの少女だというの? まさか? その事実を知ったところでどうすることもできない。銃を向けるのを躊躇うだけで、撃ったところで当たるどころか掠りもしない。早すぎる。敵影が大空を滑るように、八の時を描く。一瞬満月のラインと交わり、空に放たれた花びらのような翼が、方向を変えて、こちらに向かってくる。その音が冷たい空気を引き裂きながら、だんだんと距離を縮めてくる。あやこは駆け抜けて、反対方向へ逃げる。止まってはだめだ、やられる、そう思いながらも、足で地面を蹴り、汗で滲んだ拳を振り上げながら、車の残骸へ跳躍する。

 背中を掠めた風の音は、また遠くの方へ飛んでいく。

 その方向へ銃を構える。トリガーを引くと、敵影は斜めに落下して、ロルフィーネの丁度頭上辺りまで、失速しながら、落ちていく。

「トモコ!」ロルフィーネがもう一度彼女の名を呼ぶ。「もういいんだ! もういいんだ」

 ロルフィーネが頭上に向けてレイピアを向ける。それが巨大な影の躯を突きぬけ、そして、沈黙―。巨大な影はロルフィーネの胸に抱えられながら息絶えた――。

【scene プロローグ】

 どっしりとした物腰で、向かいにかけている男は、テーブルの上に置かれたコーヒーを呷り、それから、草間に二言声をかけて、レポートを投げだした。脇を固めるSP達は、無言のまま、彼の傍らに佇立している。草間は、落ち着いた様子で、それを取り、薄暗いテーブルの上に置かれた、生物標本と思われる、腕の一部に目を落とした。

「それは無事回収された。非常に感謝しているよ」とタケザワ・アキラは言った。

「どういうことですか」

「その言葉の通りだよ」と言って肩を竦め、スタンドライトの向こうで、ほくそ笑む。

「まさか実験体が脱走しただなんて、公に出来ないからね。君の協力で被害は最小限に抑えられた。報酬は、しっかり口座に振り込んである。あとはこのことを他言しなければ、何も文句はない」

 草間はふう、と息を吐き、煙草に火を点ける

「このことをマスコミに公表するとしたら? と言ったらどうなるでしょうか」

「どうなるだろうね。そうだ、別の話をしよう、草間君」

 草間は頷いて、アキラの方に煙を吹きかける。わずかに咽せ、怒りを露わにしなかったが、慇懃無礼な態度にSPがこちらに向かって、銃を向ける。煙草を銜えたまま手を挙げて、その行動を諫める。

「君の行動一つで、その言動一つで、別の事柄が上手くいかないようになるんだよ。たとえば、君が朝起きて、このことを新聞社、あるいは知人、あるいは家族、そういった諸々の他人という存在に私を含めた、これまでの一切の事実を話すような気になったとしよう」と言って胸のポケットに手を入れる。指の先で挟んだ紙のようなものをこちらに滑らせ、草間の丁度目の前で止まる。雫の写真だった

「分かるね?」

「なるほど」草間は煙草をテーブルに押しつけて、拳で思い切りテーブルの表面を殴りつける。それから椅子にかけてあったジャケットを肩にかけて踵を返す。

「くれぐれも、我々の期待を裏切るようなことはしないでくれたまえ」

 手をあげて、背後の声に応える。

 アキラ、聞こえているか? と、悟られないように笑う。いつかその喉元に、真実という刃を突き付けて、その化けの皮を剥いでやる。絶対に――。草間は、権力に立ち向かうためのいくつかのステップを頭の中で描きながら、雫を迎えにいくために、その場をあとにする。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【7061/藤田・あやこ/女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】
【4936/ロルフィーネ・ヒルデブラント/女性/183歳/吸血魔導士/ヒルデブラント第十二夫人】

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせ致しました。長くなり、内容も少し重くなりましたが、楽しんで頂けたら幸いです。またの受注を楽しみにお待ちしております。ではでは…。
                         吟遊詩人ウィッチ