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<東京怪談・PCゲームノベル>


『休息〜立場の選択〜』

「ゴメン、注意不足やった。この事態を想定しておくべきやった」
 神城・柚月は、呉・水香に頭を下げた。
 水香の傍らには、ゴーレムの水菜の姿がある。いや、水菜であったものがある。
「なんであなたが謝るのよ」
 水香は振り向かなかった。
 ゴーレムの身体を持ち上げようとする水香に近付いて、柚月は彼女の顔をそっと見た。
 薄く、浅い笑みを浮かべている。
 自嘲的な笑みだ。
「私、あなたを雇った覚えないし。あんた、警察官でもなんでもないじゃん」
 ゴーレムの腕を、2人でそれぞれ背負いながら、水香の研究室へと歩く。
「雇われたんじゃなくても、守るつもりやったから」
 その後は、無言で歩いた。
「……詳しくは知らないのですけど、先輩は8年前に今回に似た状況を経験されています。その時にいろいろな人達の思いと行動に救われて今の自分があると先輩は仰っていました」
 呉・苑香と共に、水香と柚月の背中を見ながらアリス・ルシファールが言った。
 ――苑香は泣いていた。
 流れる涙を拭いながら、姉の後ろ姿を見ていた。
「水香さんを気遣い見守って下さい。ただ暴走させない程度に」
 アリスは心を込めた優しいトーンで苑香に言った。
 苑香はこくりと頷く。
 アリスは、謳を歌い始める。
 癒しの謳を。
 壊れた部屋と、抜け殻になった人形を。
 包み込むように。
 見守る人々を、抱きしめるように。

「気持ちを整理するにしても、この先は自分で決める事やよ」
 研究室にゴーレムを置いた水香に、柚月はそう言った。
 水香は何も答えずに、ゴーレムに背を向けて、机に向った。
 どことなく寂しげで……しかし、決意を秘めたその背に、柚月はこう続けたのだった。
「ただこうゆう経験の先輩としてアドバイスやけど、今ある自分を大切にしてあげてな」
 傍に寄って、頭に手を置いた。
 囁くように、言葉を続ける。
「そして、支えてくれた人の思いも大事にな」
 その言葉に、水香は顔を伏せた。
 柚月は二度、励ますように水香の肩を叩くと、その部屋を後にした。

「さて、きっちりと片を付けに行ってこよか」
「はい!」
 柚月とアリスは再び、呉家の庭に出た。
 呉家の周りには、天使型駆動体6体を配置しておいた。
 どれだけ、時間がかかるのかはわからない。
 これから向う世界が、どのような世界なのかも。
 だけれど、幾度となく時空を越えている彼女達にとって、その世界もきっと受け入れることができるだろう。
 2人は、異界へのゲートを再び開く――。

**********

 時雨、ジザス・ブレスデイズ達一行は、アリス、柚月達と合流を果たすと、身を隠すように林に入った。
 アリス達は道中、ジザス達が向った後に東京で起こったことを、皆に説明をする。
「そうか……」
 そう言ったまま、ジザスは考え込む。
「水香様達はご無事ですか!?」
「はい、お2人とも大して怪我をされていません。残った方もいらっしゃいますし、天使型駆動体を配置してきましたので、大丈夫です。……おそらく」
「おそらく?」
 アリスが最後につけた言葉に、時雨が反応を示す。
 アリスと柚月は顔を合わせた。
「勢力を把握してへんから、絶対とは言えへん」
 柚月がそう言った後、皆は揃ってジザスを見た。
 ジザスが深いため息をついた後、最初に言った言葉は――。
「そうか、ミレーゼはこちらに戻ったのか」
 少し間を空けて、アリスが「はい」と答えた。
「どうするべきだと思う? フリアル」
 ジザスの言葉に、時雨は重い顔で沈黙した。
「ミレーゼの身体を蘇らせることは不可能ではない。しかし、それには多大な力を要することになる。……そして、ミレーゼとして生き返った場合、再びゴーレムとして生きることは出来ないぞ」
「何故ですか」
 理由は大体わかっていたが、アリスは敢えて聞いた。
「生きた生物の魂だけを抜き取り、他の器に根付かせることは出来ないからだ」
 以前ジザスが言っていたように、時雨や水菜は、前世の姿で蘇った場合、再びゴーレムとして生きるためには、こちらでの生を終わらせる必要がある……ということだ。
「それは追い追い考えていこう。まだ少し時間はある」
 その言葉には、兄としての迷いが感じられた。
 この世界で生きるよりは、ゴーレムとして生きた方が、妹にとっては幸せだと思ったためだろうか――。
 今は問うことはせず、柚月はジザスに並んだ。
 他に、聞いておかなければならないことが沢山ある。
「とにかく、早く片付けた方がええっちゅーことやな。状況や情勢、勢力分布について知っている範囲で構へんから、話してや」
「まずは、国内の状況からお聞かせいただけますか? 人数というよりは、純粋な力のバランス状態です。また、国外から現政権に増援の可能性は?」
 柚月とアリスの言葉に、ジザスは苦笑をした。
「随分としっかりしたお嬢さん方だ」
 そして、小さく吐息をついた後、ジザスはこう語った。
「そうだな……私も現在の状況はよくは把握していないのだが。敵側に、皇族の特有能力を持った人物はいないはずだ。息子はまだ覚醒していないしな。仲間と合流をし、フリアルを復活させれば、互角に渡り合えるはずだ。国外からの増援は……あり得る。だが、我々が迅速に城を制圧したのなら、手出しはしてこないだろう。国外との交渉……もしくは、交戦はその後だ」

**********

 林の中を歩き、国境近くに出る。
 一行は、木々の合間に存在する小さな集落で、休息をとることにした。
 日本の田舎の集落とは違う。寂れた集落であった。
 時折目に映るのは、強者が弱者を虐げる姿である。
 しかし、ジザスはそんな集落や人々の様子を気にもせず、宿屋へと歩みを進めた。
 多分、これがこの世界、この国の「普通」なのだろう。

 ジザスに頼まれ、雑貨屋でカツラとサングラスを購入してから、柚月は皆が待つ宿屋へと入った。
 さすがにこの集落ではジザスの顔は知られていないようだが、念のため、これからは変装して行動するとのことだ。

 夕食後、ジザスと時雨はテラスでしばらくの間、会話を楽しんでいた。
 柚月とアリスは室内の質素なソファーに座って、今後について話し合っていた。
「私達の目的は、「この国の安定」ではなく、呉・水香のゴーレム、時雨と水菜を助けることにある……ってことでええんやろ?」
 柚月の言葉に、アリスは頷く。
「でもそれには、この国を安定させる必要が出てくるかもしれませんが……」
「そうやなあ。けど、それは規模の大きな話やな。小国とはいえ、人口百万人くらいって話やし」
「そうですね、政治に関与しだしたら、終りがなさそうです」
 真剣に話し合う二人に、突如ティーカップが差し出された。……時雨であった。
「休める時に、お休みになった方がいいですよ」
 いつの間にか、テラスから戻り、紅茶を淹れてきたようだ。さすが、水香の最高傑作の執事ゴーレムである。
「だから、皇族がそういうことをだな……」
 続いて部屋に戻ってきたジザスは、時雨の行動に終始呆れ顔だ。
「いいやん。敵の目を欺けるやろうし、私達も嬉しいし。どや、隣に座らへん?」
 柚月に勧められ、時雨は柚月の隣に腰掛けた。
 ジザスは苦笑しつつ、時雨の向い――アリスの隣に腰掛けた。
「ところで先ほど兄と話したのですが……」
 時雨が、柚月とアリスに、この国での女性の立場について説明を始める。
 この世界では、女性の立場が低く、要職に就くことができない。
 皇族の力も、男性にしか受け継がれず、女性の方が男性よりも様々な面において劣っているというのが一般的な考えである。
 但し、女性は子を産む尊い存在であるという意識はあるようで、特に高貴な女性に対しては厚遇であり、レディーファーストの習慣も根付いている。
「そういうわけで、お前達を私の仲間に紹介するためには、それ相応の立場を持っていてもらわなければならないのだが」
「立場っちゅーてもなー」
 柚月は考え込む。自分の職業を話して協力を申し出たとして、受け入れてもらえるのだろうか。いや、完全に部外者として扱われるだろう。
「とりあえず、だ。私の婚約者ってことにしておくか? フリアルでもいいが」
「は? あんた結婚してるやん。……ってそうか、皇族だから一夫多妻制っちゅーわけか」
 柚月は直ぐに納得をする。
 確かに、それは手っ取り早い案ではある……。
 少し考えた後、柚月はにっこり不敵な笑みを浮かべた。
「面白そうやね、ええよ。で、誰がお相手になってくれるんかな?」
 その言葉に、ジザスが声を上げて笑った。
「ゲートを開くほどの女だ。俺が選んだ女として、十分紹介できるな」
 薄いサングラスの下の眼が、怪しい光を帯び、柚月を見つめた。
 柚月は不敵な笑みを崩さない。
「それじゃ、私の立場はあなたの婚約者ってことでええんやな? 何と呼べばええ? ジザス君、ジザスちゃん、ダーリン?」
 柚月の明るい口調に、一同笑い出す。
「おい……一応「様」をつけてもらえるか?」
 ただ一人、ジザスの笑みだけは苦笑であったが。
 続いて、ジザスはアリスを見る。
「あのぅ、私はちょっと……。他の方法でお願いします。例えば仲間の女性のお抱えの歌師になる方向とかは無理でしょうか」
「女性で権力者といえば、ルクルシーだが……彼女につくことも可能だが、どうやって彼女に取り入る? ルクルシーに紹介するための立場が必要でもあるんでな」
 アリスは困り顔になりながら「無理なら仕方ありませんけど……」と呟く。
「それなら兄さん、婚約者ではなく、娘ということにしてはいかがですか? 彼女くらいの年齢なら、却ってその方が合っているように思えます」
「娘?」
 時雨の言葉に、ジザスが眉根を寄せた。
「ほら、兄さんが異世界に留学された時期と合いますし、その時に異世界の女性に産ませた子供だと言えば……」
 ジザスが隣に座るアリスを眺め回す。アリスはちょっと身を反らした。
「それは無理だろ。髪も目も肌も色が違いすぎる。全く似ていない」
「母親似ということにすれば……無理ですかねぇ……」
 ジザスと時雨、2人の男性に穴が開くほど見つめられ、アリスは思わず俯いた。
「そんなん、難しく考えなくても、私のお抱え歌師ってことにすればええやん」
 柚月の言葉に、一同一瞬にして納得する。
「単なる歌師では、立場的に低いからな。柚月の護衛も兼ねているってことにすれば、私の傍に置けないこともないか」
「深い話し合いには参加できない可能性もありますが、逆にその時間、独自行動がとりやすくなるかもしれませんね」
 ジザスと時雨の言葉に、アリスはほっと胸を撫で下ろす。
「でも、子供って案も捨てがたいんちゃう? 直系皇族の子供やったら、邪魔な存在やろ? 狙われた方が敵の正体を見極め易くなるかもしれへんしな」
「それもそうだが、どちらにしろ演技が必要になるからな。ルクルシー達と合流までに、考えておいてくれ」
 柚月の言うとおり、子供という立場も捨てがたい……のかもしれない。髪は染めるという手もある。
 しかし、子供のフリの演技とは、何をすればいいのだろう。
 なんとなく……この人、手が早そう。
 アリスには、ジザスがそんな風に見えてならなかった。
 とはいえ、今のジザスより、自分達の方が力量的に勝っているので、恐れは全くないのだが。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6047 / アリス・ルシファール / 女性 / 13歳 / 時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】
【7305 / 神城・柚月 / 女性 / 18歳 / 時空管理維持局本局課長/超常物理魔導師】
【NPC / 呉・水香 / 女性 / 17歳 / 発明家】
【NPC / 呉・苑香 / 女性 / 16歳 / 高校生】
【NPC / ジザス・ブレスデイズ / 男性 / 30歳 / バルヅ帝国第一皇子】
【NPC / 時雨(フリアル・ブレスデイズ) / 男性 / ?歳 / ゴーレム(バルヅ帝国第五皇子)】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
ゲームノベル『休息』にご参加いただき、ありがとうございました。
立場の方ですが、いくつか選択肢が投げかけられましたので、本編開始までに考えておいていただければ助かります。無論、もう一度こちらのノベルにご参加いただき、お答えや質問をして頂いても構いません。
それではまたどうぞよろしくお願いいたします!