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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜本屋にて〜】


(これで全部、ですよね…)
 買う予定だったものを頭の中に思い浮かべ、自問する。
 穏やかで柔らかな雰囲気を持つ少女――八唄佳以は、家事に必要なものを買いに出たところだった。
 一通り店を回ったあと、目的のものを全て買い終えたことを再度頭の中で確認する。そしてそのまま帰路に着いたのだが――。
「あ、……」
 ふと目に入ったのは一軒の本屋。それなりに大きく品揃えも良いため、佳以も何度か立ち寄ったことがある。
(せっかくですし、寄って行くのもいいかもしれません)
 そう考えて、自動ドアをくぐって店内に足を踏み入れた。
 とりあえず新刊コーナーに近づいた佳以は、そこに見覚えのある人物が立っていることに気がついた。
 柔らかな光を放つ金糸の如き金髪、ただそこにいるだけで周囲の視線を集めるような、目を惹く外見と独特の雰囲気。
「………皓明さん…?」
 殆ど無意識に彼の名を呼べば、皓明は手にしていた本から顔を上げて佳以を見た。そしてにこりと微笑んだ。
「こんにちは、八唄さん。こんなところで会うなんて、奇遇だね」
「こんにちは。私もお会いするとは思っていなかったので、少し驚きました。…何の本を見ていらっしゃるのですか?」
 皓明は手に何冊かの本を持っていた。彼が一体どのような本を読むのか気になって――そしてそれをきっかけに彼について知ることが出来ないかと思って、佳以は尋ねた。
 彼と知り合ってまだ日が浅い上に、会うには偶然を頼るしかない。そもそもこれが2度目の邂逅だ。
 そんな状況で、どうして自分はもっと彼を知りたいと思うのか、それは佳以にも分からなかったけれど。
「うん? 見ているのはこれだよ」
 ほら、と皓明が佳以に表紙が見えるようにする。それは、ベストセラーとなり、映画化も決定した小説だった。
「そのご本、私も知っています。学校の図書室にありました」
「今話題の本らしいしね。流行のものはとりあえず読んでおくことにしてるんだ。だから買おうかどうか悩んでいたところなんだけど…」
「そうなのですか…。そちらの本は?」
 見せられた本とはまた別の本が皓明の手にあるのを見てとって、佳以は視線をそちらに向ける。
「これのことかな?」
 皓明が掲げたのは、少々分厚いハードカバーの本だった。タイトルは日本語ではないようだが――。
「外国のご本、ですか…? …むずかしそう……」
 少しだけ眉根を寄せて言う佳以に、皓明は柔らかく笑う。
「確かに外国の本ではあるけど、中身は日本語訳されているものだよ。そんなに難しくもないと…これはさっき古書店で買ってきたところなんだ。結構古いものだから」
「どういう内容のものなんですか…?」
 問えば、皓明は少し首を傾げた。
「そうだね、どう言えば良いかな…。たくさんの国の神々や異形のものを、色々な視点から考察した本、と言ったところかな」
「それは、面白そうですね。読んでみたいです」
 佳以の言葉に、皓明は目を丸くした。
「本気? 普通、あんまりこういうの好きな人っていないと思うけど…でも八唄さんって社交辞令とか言わなさそうだし、本気なんだろうね。……いいよ、僕が読んだ後でよければ、貸してあげる」
「いいのですか?」
「良くないなら言わないよ。そう面白いとも思えないんだけどね」
「ありがとうございます!」
 嬉しそうに笑う佳以に、皓明も相好を崩した。
 その優しげな笑みに後押しされて、佳以は口を開く。
「あの、少しお話できませんか…? この間は、あまりお話出来ませんでしたから…良ければ皓明さんの事とか、色々聞きたいです」
 佳以の言葉に皓明は少し驚いたように瞬いて、それからおどけるように笑った。
「ふふ、一体何を聞かれるのかな。……とりあえず、場所を変えようか。いつまでも立ち話じゃ、僕の主義に反するからね」
 皓明は笑って、佳以を店外へと導いた。

  ◇

 皓明が案内したのは、近くにあった公園だった。そこのベンチに座って、自販機で買った飲み物を手に口を開く。
「夜行さんは、初めてお会いしたときにお歌を歌っていらっしゃいましたけれど……皓明さんも、お歌は好きなんですか?」
「歌? 歌は、そうだね……好きだよ。聴く分には、だけど」
 佳以の問いに、皓明は複雑そうな表情をした。
「歌うのはお嫌いですか?」
「嫌いではないんだよ。ただ、ちょっと事情があって好きに歌えなかっただけで。その分夜行に歌を強請ったから、夜行は歌が得意なんだ」
「そうだったのですか…」
 相槌を打って、ふと気づく。
 皓明は自分よりも年上のように見えるし、だからそのように接していたが、実際にどうなのか知らない。
「そういえば、お年は…?」
「――いくつに見える?」
 どこか楽しげに、しかしその瞳には何故か僅かに憂いを滲ませて、皓明が問う。
 その憂いが気にならないはずはなかったけれど、佳以はとりあえず答えた。
「正確にはわかりませんけれど……私より年上のように見えます」
「うん、正解。八唄さんよりは年上だね」
 にこりと笑って告げられた言葉に、佳以は両手の平を合わせて声を弾ませる。
「わあ、そうなんですね…もし私にお兄さんが居て、その方が皓明さんみたいな方だったら、楽しそうです」
「そんな言葉をもらえるなんて、光栄だな。僕には兄弟がいなかったからね。…八唄さんみたいな妹がいたら、きっと過保護にしてしまうと思うよ」
「過保護なお兄さん、ですか…。私、弟が居るんですけれど、お兄さんはいないので、少し想像がつきません」
「八唄さんは可愛いからね。もしお兄さんが居たら、そのお兄さんは気が気じゃないと思うよ。会ったことないけど、弟くんもそうじゃないかな」
 さらりと告げられた言葉は、聞きようによっては口説き文句とも取れる。だが、佳以はそれに全く気づかない。
「可愛いだなんて、そんなことありませんよ」
 笑う佳以に、皓明はふう、と溜息を吐いた。
「……そういうところが、ね。すごく無防備なのに、言葉はさらっとかわすなんて、男からしたら上げ膳据え膳というか、じれったいというか。判っててやってるのかと思ってしまうよ」
「あの……?」
 皓明が言っていることの理解が出来なくて困惑した声を出すと、皓明は妖艶な笑みを滲ませた。
 そして佳以に顔を寄せて、吐息がかかるんじゃないかというくらいの至近距離で囁く。
「例えば、今の状況も。……一回会っただけの男と、こうやって簡単に2人きりになっちゃ駄目だよ。男は狼だから、八唄さんみたいな可愛い子羊さんはぺろりと食べられてしまうかもしれないからね」
 皓明の整った顔が、すぐ間近にある。その状況に佳以は驚いて、どうしたらいいか判らずに意味なく周囲を見回した。
 そんな佳以に皓明はくすりと意味ありげに笑って、身体を離した。そして口を開く。
「とにかく、八唄さんはもう少し気をつけたほうがいいよ。君は隙がありすぎる。君の雰囲気に呑まれるような男ならともかく、それ以外にはいろんな意味で危険だから、ね」
「は、はい……」
 言葉の意味は不透明だったけれど、皓明が自分を心配してくれているのは何となくわかったので、頷いておく。
 皓明はそれを敏感に感じ取ったらしい。小さく溜息を吐いた。
「あんまりわかってないみたいだね。……そうだな、これを」
 言って、皓明は佳以に一枚の紙を渡した。
「?」
「僕の携帯の番号とメールアドレスだよ。…知らない男の人からむやみやたらと話しかけられて困ったときとかに連絡してくれたら、助けに行ってあげる。似合わないけど、正義のヒーローみたいにね。…まあ、他に助けてくれそうな人がいそうだから、必要ないとは思うけど、念のため」
「ええと、……」
 皓明の真意がよくわからず少し首を傾げて、それから改めて皓明を見て。
「…ありがとうございます、皓明さん」
 深々と頭を下げた佳以に、皓明は静かに苦笑したのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7184/八唄・佳以(やうた・かい)/女性/18歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、八唄様。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜本屋にて〜」にご参加くださりありがとうございました。

 皓明とお話、ということで、色々喋らせてみましたが…皓明、こんなキャラで大丈夫でしょうか…。
 終わりのほうとか、なんだか怪しいような。いろんな意味で。
 少し皓明の地が出てきてるんだと思われます。
 伏線は少なめに。さりげなすぎて気づかなさそうな伏線が多いですが。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。