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<東京怪談・PCゲームノベル>


VamBeat −Incipit−






 暗い路地裏。
 大通りからは街のネオンと、車のヘッドランプが流れ込む。
 だが、その人が居る場所だけは、何の光も降り注がなかった。
 腹部を押さえ、きつく瞳を閉じた顔は青白い。
 汗が額から頬へと伝わり、落ちる。
 腹部を押さえている手の下から、じわりと滲む赤い………

―――血だ!

 思わず駆け出した。
 あふれ出る血は路地に赤い血溜まりを作っていく。
「あーっ、もったいない!」
 その光景を見た瞬間ロルフィーネ・ヒルデブラントの口から出たのは、心配の言霊ではなく、非難めいた声音。
 それもそのはず。ロルフィーネは異世界の吸血鬼であり、人はロルフィーネにとって見ればご飯の何者でもないのだから。
「息があるうちなら、まだ美味しいかなぁ?」
 シューシューと吐き出すような息ではあったけれど、確かに生きている音が彼女からは聞こえる。
 ふふーん笑顔を浮かべると、ロルフィーネは彼女の傍らにちょこんと膝をつき、その首筋に向けてゆっくりと顔を近づける。
「ひゃっ!?」
 ロルフィーネは驚きと衝撃で眼を見開き、身動きが取れない。
 今まで息絶え絶えに倒れこんでいた彼女の頭が、ロルフィーネの首筋に納まっている。
 しっかりと噛み付いている彼女の瞳は、まるでその口から得る血の如く、白目をなくし真っ赤に染まっていた。
「…あっ、だ、だめ、吸っちゃ…やぁ…」
 まるで生気を抜かれるかのようにロルフィーネから力が抜けていく。
 抵抗する手には力が入らず、抵抗の声は上手く言葉にならない。止まりかけた頭で今の状況を一生懸命考える。
 突然、少女の口が首元から離れ、ロルフィーネはやっと自分を取り戻した。
 徐々に今自分に起こった状況が理解でき、顔を真っ赤にして彼女を見る。
「キミ…っ」
 少女はうろたえた瞳でロルフィーネを見つめ、ただ口元を押さえ座り込んでいた。
 ロルフィーネは今にも泣きそうな瞳で、そんな少女に詰め寄る。
「ボクの血を吸っていいのはお兄ちゃんだけなのにぃっ!」
 異世界出身のロルフィーネの事情を少女が知るはずもないのだが、どうやら、ロルフィーネが元々いた世界では吸血鬼が血を吸われるのは相手への隷属を意味するらしい。そんな理の中で生きていたロルフィーネにとってみれば、屈辱以外の何ものでもなかったのだろう。
 今まで、隷属……自分の純“血”を奪った旦那様――お兄ちゃんに対して貞“血”を守ってきた。それを知りもしない――餌にしようとしていた――吸血鬼に突然血を吸われて奪われてしまった。
「まだキスされたほうが何倍もましだったよ!」
 怒りと屈辱に任せて喚いてみたが、血を取られたことでロルフィーネは貧血気味にふらりと倒れこむ。
「ご…ごめんなさい」
「今更謝られたって遅いの!」
 血を吸ってしまったことに対して怒っているのは分かるが、根底の理由が違っているためどうにも会話がかみ合わない。
 ロルフィーネはお兄ちゃん以外に血を吸われた事に怒り、彼女は単純に血を吸ったことのみだと思っている。
「うぇえん。お兄ちゃん、ごめんなさい」
 自分ではどうにも出来ない状況だが、人間的に言えば思わず浮気してしまったようなもの。
 ロルフィーネは自分の都合ばかりで、先ほどまで重傷を負い死に掛けていた彼女が回復していること、狂ったほどに赤く染まっていた瞳に冷静さが戻っていることに気がつかない。
 少女は思った。血を吸ってしまったことは申し訳ないし、そのおかげで傷も癒えたのだが、これ以上一緒に居るわけにはいかないと。
「……………」
 ぞくり。と、背中が凍る。
 彼が近くに居るような…そんな気配が。
 少女はロルフィーネを見た。彼女が動けなくなっているのは自分のせいだ。
 自分は此処で意識を失いかけたが、此処があまり治安のいい場所ではないと理解できる。
 動けないほどにへろへろになっているロルフィーネを、ここに置いて行くわけにはいかない。
「立てる?」
 ロルフィーネは首を振る。むしろ立ちたくないといったほうが正しい。
 相当彼女の血を吸ってしまったのだろうか。
 仕方がないとため息一つ、疲労から荒い息を繰り返すロルフィーネを抱え、吸血鬼の少女は場所を移動した。
 セシルは辺りを見回し、適当なビルの屋上に目星を着け飛び上がる。
「…………」
 少女はぐっと唇を噛み締めた。
 後悔の念が瞳を曇らせる。
 一回の跳躍でビルの屋上まで跳べるほど力が戻っている。
「…ごめんなさい」
 少女はロルフィーネに小さく謝る。
 先ほどとはトーンが違う。謝っている事柄が違うのだ。ロルフィーネは彼女が謝った理由が分からずに首を傾げるしか出来ない。
 彼女はロルフィーネを床に降ろすと、辺りを見回した後、ほっと息を吐いたようだった。
 が―――
「ぁっ…!」
 肩に打ち込まれた弾丸。彼女は肩を抑えて蹲る。
「逃げられるとでも?」
 やはりビルの屋上に跳び上がった事は目立ちすぎたか。
 ロルフィーネと少女は声がした方向を振り返る。
 そこに立っていたのは、人が良さそうな笑顔を浮かべた……神父。
「……血を、吸いましたね? セシル」
 少女吸血鬼セシルは、そっと今付けられた傷口から手を離す。血は流れたものの、瞬間にして傷口はふさがっていた。
「アレだけ厭っていたのに、やはり……」
「言わないで!!」
 神父の見下すような眼差し。セシルは耳をふさぎ否定するように激しく頭を振る。
「吸血鬼だもん、血はご飯でしょ!?」
 ロルフィーネは神父をきっと睨み付け、それが当然と言うように言葉を挟む。
 神父の注意がはじめてロルフィーネに向いた。
「どうやらその小娘も粛清の対象のようですね」
「違うわ……」
 セシルの静かな声音に、神父は微かに小首を傾げる。
「……私に血を吸われたのなら、彼女は被害者。そうでしょう?」
 例え見た目からして人外だとしても。
「……ふふ。そうですね」
 神父は口の端を釣り上げ嘲笑した。
 エクソシストならば人に仇なすものは全て粛清の対象のはず。それなのにこの神父は、セシル以外の人外をどうでもいいというようにロルフィーネを一瞥し、意識の外に捨てた。
「おじさん今ボクのこと馬鹿にしたね!」
 キー! と、ロルフィーネは怒りを露にするが、それをすっとセシルが制する。
「黙っていて。狙われているのは私だけ。本当にごめんなさい」
 セシルはロルフィーネから離れるように駆け出す。
 そして、ビルの端に立ち、挑戦的な眼で神父を見た。
「私を殺すんでしょう? ヴァイク」
 その瞬間神父の顔から表情が消えた。
 答えの代わりに放たれる無数の銃弾。
「あっ…!」
 その幾つかがセシルの背に当たったようだった。
 微かな血の筋を残し、ロルフィーネの元からセシルは消える。
 微かな神父の舌打ち。こんな時に限って込められた弾は銀じゃなかった。
 神父もまた、ロルフィーネの存在など忘れたかのようにセシルを追ってビルから去っていった。
 一人、ロルフィーネは屋上に取り残される。
 見下ろした街は、何事もなかったかのようにネオンを煌かせていた。




















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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4936/ロルフィーネ・ヒルデブラント/女性/183歳/吸血魔導士/ヒルデブラント第十二夫人】

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■         ライター通信          ■
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 VamBeat −Incipit−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 まず最初にごめんなさい。結果を問いかける形でも構いませんが、それはPCの自発的な行動にはなりませんので、NPCに対しての好感度は殆ど上がりません。少しでも「こうする」という断定があったのならば違っていました。
 今のままでは望む関係を構築するためにかなりの努力が必要です。がんばってください。
 それではまた、ロルフィーネ様に出会えることを祈って……