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<東京怪談・PCゲームノベル>


貴方のお伴に 〜人形になって〜

「うわ、なんか不気味……お化け屋敷みたい」
「これだけ揃うと、ちょっと怖いよねー」
 ざわざわと騒がしい。いつも閑古鳥が鳴いているこの人形博物館にとっては、かなり珍しい状況だった。
 前回久々津館を訪れたときから、数日の後。みなもは再びこの館にやってきていた。とはいっても、先ほどの台詞はみなものそれではない。一緒に連れてきた、部活の先輩達だった。
 といっても、連れてきた――という表現はあまり適切ではないかもしれない。その様子はどちらかと言えば、連れられてきた、というようなものだった。もう少し声を抑えたほうが……と言おうとする声も、他に誰もいないし構わないって、と遮られてしまう。
「オ客様。館内では、静かにお願いシます」
 見かねたのか、炬が先輩達に向かって諌めるような声を掛ける。
 調子の外れたイントネーションの言葉に、興醒めしたように全員が静まり返った。
「……みなも、人形にしてくれるのってこの人?」
 そういう先輩の声は、不満と疑いに満ちていた。慌てて説明する。この人は炬さんといって、博物館の受付と管理をしていること。そして今回頼むのはこの館に住んでいて、向かいで人形のお店をやっているレティシアという人だということを。
 じゃあその向かいへ行きましょうよ、と先輩達。もうすぐこっちへ来てもらう予定ですから、と宥める。
「あらあら、思ったよりも大勢ねえ。どうしようかな、応接に入りきれるかしら」
 そんなやり取りをしていると、ちょうどレティシアがやってきた。ほっと一息だろうか。これで話が進む。このまま先輩達を博物館内に長居させて、トラブルがあったら困ってしまう。
 レティシアに先導されて、博物館から館の別室へ向かう。古い造りの洋館を見て、先輩達ははしゃいでいた。そうしているとすぐに、応接室に着く。
 一緒に来た先輩達の人数は三人。みなもを含めて四人である。応接のソファーに二人ずつ腰掛けると、もうそれでソファーに空きはなくなってしまった。
 どこから持ってきたのか、木製のデスクチェアに腰掛けるレティシア。座ると、見下ろすようにして語り始めた。
「上からになっちゃって申し訳ないですが、ご容赦を。お話はみなもちゃんから聞いてます。で、人形役は結局どなたに?」
 視線が集まる。答えはなくとも、その視線が答だった。
「……みなもちゃんね、分かったわ」
 見つめられる。視線が痛い。けれども、レティシアはもう、確認の言葉を投げかけてはこなかった。
 本当にいいの? と、瞳だけは言外にそう言っていたけれど。
「それじゃ、他の人たちはここで待っていてね。博物館を見学するなら炬が案内するから言ってちょうだい。行きましょう、みなもちゃん」
 軽いノリの「頑張って〜」と言う声を背中に受けて、部屋を出る。
 以前と同じように、レティシアの背中を見ながら、同じように地下室へと入る。
 指示されるまでもなく、寝台の上に仰向けに寝転がる。あのときと変わらない天井が見えた。
 扉の閉まる音がした。狭い部屋の中で、足音が数歩、こちらへ近づいてくる。
「一旦起きて、これ飲んで。それにしても……この体験をまたしたいなんて、あなたが初めてよ。物好きというか、なんというか。実は大物なのかもね」
 やれやれ、と言葉が続きそうな台詞だった。カップを受け取り、例のどろりとした液体を飲み干す。珍しいとは言われたが、二回目の慣れということだってある――あるに違いない。そう思っておきたい。
 レティシアが慌しく動き始めた。それにあわせるようにして身体から力が抜けていく。意識が身体から遠ざかっていくような、金縛りにも似た感覚が身体を襲う。
 時間の流れが麻痺してきて、どれだけたったか分からなくなってくる。
「はい、できあがり。鴉を呼んで運ばせるから、もう少し待っててね」
 しかし、ちゃんと時は過ぎていたようだ。随分と久しぶりに思えるレティシアの声が、それを教えてくれた。
 ほどなく、レティシアが戻ってくる。足音がさっきより増えている。鴉が一緒に来たのだろう。担ぎ上げられ、運ばれる。元いた応接へと。
 床に降ろされ、立てかけられた。斜め下から声が聞こえる。うわ、似てる、代わりの人形? などと疑問の声が。視界の端に見覚えのある髪が揺れるのが見える。顔のアップ。覗き込まれる。身体中を触られているようだが、実感はない。
 レティシアが説明していた。人形じゃなく、人形に見せかけてあるだけで、本人だと。ちゃんと体温はあるし、鼓動もある。関節を固めてあるから本人がかなり頑張らないといけないが、動けないこともないと。
 さっそくリクエストの合唱が起こる。とりあえず、動いてみれくないか、そういう先輩達の声が耳を打つ。
 右肘に力をこめる。コツは覚えていたが、それでも数十秒かけて。
 軋む音が聞こえるかのような動きで、肘があがってくる。歓声があがった。右腕を次々と触られている様子が見える。相変わらず現実味は全くないのだけれど。
 ひとしきり騒いだ後、後は自分達で運ぶのでと先輩達が話した。レティシアは心配しているようだったが、それも事前に決めたことだ。このまま学校へ運んでもらう。そして、イベントをこなす。
 終わったらまたここに運んできますので、という声とともに、視界が回る。横にされ、持ち上げられたのだろう。鴉のときに比べて大分揺れるのは、何人もで抱えているからだろうか。ちょっと心配になる。この状態で落ちでもしたら、受身も何も取れない。
 そんな心配をよそに、少しずつ風景は動いていった。久々津館のホールにあるシャンデリアを眺め、すぐに冬らしい薄く高い空へと変わる。今日は雪の心配もないな、と暢気な感想を思い浮かべて、心の中で苦笑した。
 車のブレーキの音。タクシーだろう。学校まではそれで移動すると言っていた。ゆっくりと高さが変わり、そして空が消える。鉄板。トランクの天板だ。と思った瞬間には、周囲が暗闇に閉ざされた。
 それから、十数分だろうか。最初の余裕も消えてくる。触感はなくても、寒さは感じる。トランクの中は底冷えのする寒さ。芯から身体が冷えてくる。身体を少しでも丸めて縮こまりたいが、もちろんできるわけもない。寒さはそのまま疲れとなって積もってくる。
 苦痛と寒さに必死に耐えていると、唐突に光が目を灼いた。トランクが開いたのだ。見覚えのある校舎が見える。ようやく着いたのだろう。少しだけほっとする。
 再び抱えあげられ、さっそく部室へ向かって運ばれていく。相変わらず、揺れが激しい。階段を上がる途中で、手すりにぶつかりそうになる。不安が高まる。
 それでも、やっとのことで部室の扉を越えた。
 これで本当に到着、と思った、その瞬間だった。
 がつん、と音がした。自分の身体が何かに当たった。
 そう思ったときには、既に。
 全身に、液体を被っていた。感覚がほとんどないのでどんなものかはよく分からないが、確かにそれは液体だった。ぶつかった棚かなにかから落ちてきたのだろうか。
 先輩達が慌てているのが分かる。手近にあったタオルなどで、身体が拭かれているようだ。
 いったい、何が掛かったのだろう。不安は最高潮になる。何もかもが、自分の手ではどうにもならない。それがなおのこと恐ろしい。
 たいしたことない、たいしたことない。胸の中で、そんな言葉を繰り返しつぶやく。そうするしかない。限界が近づいてきている疲労も紛らわすために、ひたすら唱え続ける。
 そうしている間に、どれだけの時間が経ったのか。いつの間にか、周りには先輩部員だけではなく、同級生たちも集まっていた。イベントが始まっていたのだ。
 先輩達がどこか自慢げに語っている。夢見心地でそれを聴く。同級生のみんなは、疑い半分、怖さ半分でこちらを見つめている。
 体温や鼓動だけでは、どうにも信じていない様子だ。なら、先輩達との計画通り。
 肩に力を集中する。身体を動かして、驚かすのだ。
 ……。
 あれ?
 もう一度、力を込める。
 ぴくりとも動かない。もうコツは掴んでいたはず。疲労がたまりきっているから、力が入っていないのだろうか。長く運ばれている間に、どこか完全に固定されてしまったのだろうか。
 気を取り直して、目標を左腕に変更する。いつもだったら顔が真っ赤になっていただろう。それくらいに、力を振り絞る。
 ――動かない。 
 どうして? どうして? どうしてどうしてどうしてどうして――
 身体だけではなく、思考までが硬直する。
 そして――巡り巡った思考は、あるところへたどり着いた。
 さっきの、液体。
 あれの所為に違いない。思い出してみれば、唐突すぎる。不自然な当たり方、そして、身体全体を覆うような被り方。
 さらに気づく。自分も、後輩なのだ。驚かす対象。想定外のことで、びっくりさせる。怖がらせる。
 きっとあの液体は、糊のようなものだったのだろう。
 先輩達は、半信半疑の同級生達をたっぷりと眺めている。心なしか、ちらちらとこちらを見る瞳にも、愉悦の色を感じた。みなもの反応を見ているような、そんな瞳だった。
 しばらくそんな時間が続いて。
 やがて、部員たちは本来の部活動に、今度の劇の準備に入っていく。硬直したままのみなもをそのままにして。
 どこか一箇所でも動かないかと、最初のうちは色々試したりもしていた。けれどそれは、余計に体力を消耗するということに気づく。
 ――助けて。
 その思いは、しかし、声にならない。
 こうしたままでいることがどれだけ辛いか。談笑しながら大道具などの準備をしている皆には伝わらない。同じ部屋の中なのに、みなもだけ、別の世界にいる。見えない、けれどどうやっても破れない硝子の檻に阻まれているかのよう。そこにいるのに、誰にも気づかれない。気にもされない。究極の孤独。
 叫び続ける力も尽きてきた。こうなれば、我慢するしかない。部活が終わり、先輩達が久々津館へ連れ帰ってくれるまで。それまでの我慢だ。
 しかし。
 そんな淡い期待は、簡単に打ち破かれた。
 その数時間後、意識も朦朧としてきた頃。部員が一人ずつ部室を出て行く。
 同級生達。
 それと――先輩達。
 最後には、部室には誰もいなくなる。蛍光灯が消され、薄闇に包まれる。廊下の常夜灯の光だけが、うっすらと届く世界。
 誰もいない世界。
 ――置いていかれた。
 そこまではしないだろう、と思っていた。信じていた。けれど、人の悪意はそんな期待をあっさりと越えたのだ。
 いや、悪意というほどの思いはないのかもしれない。ちょっとした悪戯。たいしたことはない。このくらいはじゃれ合うようなもの。そんな気持ち。
 きっとそんな風に思えるからこそ、罪悪感に苛まれず、こういうことができるのかもしれない。自分にだって、そういうことはあるだろう。先輩達ばかりが悪いわけじゃないんだ。軽く考えて行動する、それが取り返しのつかない事態を引き起こした。これはそういうことなのだろう。
 そんな考えが、取りとめもなく次々と脳内で溢れてくる。まとまらない。
 少しずつ、どうでもよくなってくる。
 言葉の、思考の一つ一つが、辺りの闇に溶けていくように消えていく。
 そして――みなもは意識を失った。

 灰色の天井。もう何度見ただろう、あの地下室の天井。
 意識を取り戻すと、それが見えた。
「……夢?」
 その言葉は、しっかりと口を衝いて声となった。
 そこは、久々津館の地下室だった。
「残念ながら、夢じゃないわ」
 すぐ近くからレティシアの声がする。首を動かすと、ちょうど右手の処理をしていたのか、かがんだ格好の彼女と目が合った。
 憐憫。そんな感情がこもっていた。
「あまりに遅いんで、迎えにいったのよ。場所も聞いてね。どうもあなたの先輩達は事の深刻さが分かってないみたいだったから、ちょっと荒っぽくしちゃったけど。それで、鴉と一緒にここまで運んできたの。正直、朝まで放置されていたら――」
 そこで言葉が途切れる。
「――とにかく、まずはお風呂と食事。どっちも用意してあるから、まずはゆっくり身体を温めることね」
 そうしてレティシアが話の向きを変えると同時に、背中に手が回され、抱え込まれた。そのまま持ち上げられる。人形になったときとは違い、お姫様抱っこの格好だ。
 上を仰ぎ見ると、鴉の姿があった。
「歩くのも辛いと思いますから、浴室まで案内しますよ。もちろん着替えは私ではなく、レティシアが手伝いますが」
 優しく笑いながら、地下室を抜け、廊下を歩いていく鴉。頬が赤くなるのを感じる。
 自分のその反応に、少し驚く。
 あれだけ絶望を感じたのに、人間って、意外と強いんだと、我ながら思う。
 と同時に、人の弱さもよく分かった。
 長い長い一日だったけれど。
 間一髪。それこそ命の危険すらあったけれども。
 それでも、何とか終わった。得るものもあった。
 熱めの湯船に身を沈めながら、みなもはそう思うのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】

【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、伊吹護です。
 連続の依頼ありがとうございます。
 前回言い忘れましたが、本年も宜しくお願いします。
 こんな仕上がりになりましたが、いかがだったでしょうか。またの発注、お待ちしております。(数日休憩のため窓口は閉じてしまいますが汗)