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<東京怪談ノベル(シングル)>


好奇心は猫をも殺す


  神聖都学園…何も知らない者にはただただ平穏な学園生活が目の前に広がっている。
 しかし、常日頃学園の何処かで何かが起こっている。
 それに気づく者と気づかない者。気づく者はそれを解決しようと動く者のいれば、ただ傍観する者もいる。
 学園自体は規模こそ大きいが極々ありふれたもの。
 だがその規模ゆえに、人ならざる者や人の領域を凌駕した者も多く紛れ込み、日々をおくっている。
 進んで騒ぎを起こす者もいれば、静かに、人の生活に紛れ込んでいるだけの者もいる。紛れ込んで己の欲を満たそうとする者もいる。
 そして、大抵の者は騒がれる事を、注目される事を嫌う。
 口止めは必ずしも穏便なものばかりではない。

 『好奇心は猫をも殺す』の如く…



 「あら、また来てるみたいね」
 授業を終え、教室を出ようとした響カスミは自分のクラスの生徒である新聞部の少女を視界の端にとらえる。
 今授業を終えたクラスにいるある少女に取材を申し込もうと粘り強く通いつめているようだ。
「――――またですか…」
 そんな中、取材対象にされている渦中の少女、石神アリスは深々とため息をついた。
 自分の事を嗅ぎ回されるのが嫌いなアリスは音楽室から移動する際、チラリと視線を向ける。
 先日取材を突っぱねた事が彼女の新聞部魂に火をつけたのだろう、それからというものアリスの周辺をこそこそとうろつくようになった。
 それこそストーカー紛いの行動。
 しかし学園内では新聞部という事もあってか、周囲の対応は寛容だ。
 勿論、苦笑交じりの対応なのは間違いなのだが。
 表面上を撫でられるのも好ましくないアリス。しかし嫌う理由はもうひとつ。
 偶然にでも裏の顔を知られるわけにはいかないからだ。
 これ以上続くようなら、考えなければならない。

 ある日のこと、母が運営している美術館へ立ち寄った際、あの少女の姿を見かけた。
 まさかここまで来るとは。
 表向きの経営者は母だが、裏を取り仕切っているのは自分。
 ブラックマーケットの更に深い闇に潜むもう一つの顔。
 自分の能力も知られる恐れが出てきた。
「まぁ…あまり好みの方がありませんが、これ以上は仕方ありませんわねぇ」
 アリスの金色の瞳に、獲物を狙う獣のような陰りがさした。



  何だか周囲の反応がおかしい。
 街で友達を見かけて声をかけようとしても、あちらは全く気にも留めない。
 まるで知らない人のような目で見る。
 どうして?
 まさか、苛め?
 仲のよかった友達がある日突然敵になることなど今の世は日常茶飯事。
 話に聞いていたものが今、目の前で現実になってしまったのか。
 急に孤独感に苛まれる。
 家に帰ると親までおかしくなっていた。
 自分を不審者扱いして追い立てる。
 訳が分からない。
 行く当てもなく夜の街を彷徨っていると、携帯の音にびくりとする。
 こんな中で誰が自分に電話をかけてきたのだろう。
 着信を見ても非通知。
 しかし出ざるを得なかった。
 誰もが自分を拒絶する中で、唯一この誰とも分からない電話だけが自分に向かってきているものだから。
『美術室にいらっしゃい』
 クスクスと笑う女の声。
 誰なのかと問いかようとした矢先にぷつりと通話は終了する。
 学校へ。
 何がどうなっているのか。
 電話の相手がこんな事を主導したのだろうか。
 だとすればどうやって?


「いらっしゃい、遅かったですね」
 守衛がいる事を除けば、ここへ来るのは実に容易だった。
 それも入り口から何から、ここへ来るまでの通路には鍵がかかっていなかったから。
 何のつもりかと、何をしたのかと、一体誰なのだと問えば、カーテンを僅かに開け、差し込む月明かりに照らされたその顔は石神アリス。
 美術部部長で親は美術館の館主。芸術一家めいた話に記事を書ければ、そんな風に思っていただけだった。
 必要以上に取材を拒む彼女に興味が湧いてしまったのがいけなかったのか。
「だぁれも貴女の事覚えてなかったでしょう。あれね、わたくしがやったの」
 『魔眼』を使って。
 少女は何が何だかわからない。からかわれているのかと憤りを感じているのは手に取るように分かった。
「取材を断った時点で諦めれてばよかったのに。貴女がいけないのよ?こそこそとわたくしの事を嗅ぎ回るから。おかげで貴女の知人親類縁者全員に魔眼で催眠をかけるのに一苦労だったわ」
 頭がおかしいのかと問われる。
 おかしいのかも知れないわね、と笑う。
 自分が狂っている事を認識していれば一般人のフリをするのは造作もないことだから。
 『普通』と『変』の境界線は何?
 答えは簡単。
 知らないか、知っているか。
 自分がどういうものなのか理解しているかどうか。
 知らなければ周囲と同じく無知な人間でいられるだろう。でも自分は知ってしまっている。
 この身の内に宿る力を。
 この瞳に宿る力を。
「こんなこともできるのよ」
 アリスの瞳が怪しく輝く。
 すると少女の体が急に動かなくなった。
 いや、動かなく『なっていく』
「好みの子だったら傍に置いておくのだけれど」
 貴女はここでいいわ。
 体が段々固くなっていく。
 声が出ない。


 助けて


 誰か助けて!



「大丈夫よ、ちゃあんとデッサンで使ってあげるから」
 クスクスと笑うアリス。
 助けを求めるように手を伸ばすが、視界に入った自分の腕は灰色で、それが石だとわかった時にはもう、声を出す事も動くこともできなくなってしまった。
 衣服を剥がされ、準備室の石膏像と一緒に並べられる。
「よく似合ってるわ。その姿の方が素敵よ、それじゃあ…また昼間に逢いましょうね」


 待って


 ここから出して


 助けて


 誰か…



 朝が来た。
 生徒たちの声が遠くに聞こえる。
 けれど、助けを求める声は届かない。
 生徒たちは彼らの日常をおくり、物言えぬこの身は準備室の片隅で立ち尽くすばかり。
 誰も自分がいなくなったことに気づかない。
 誰も
 誰も…



 準備室の石像の事も、一人いなくなった事にも誰も気づかず時間は過ぎていく。
 そして職員室で簿記を開いたカスミは首を傾げる。
「あら?これ誰かしら…」
 自分のクラスにはこんな名前の生徒はいない。
 自分が受け持つ前にいた生徒の名だろうか。
 その程度にしか疑問を抱かず、カスミは一覧にあったその名前を修正テープでピッと消し潰した。