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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


宴までの道のり



「年越しのパーティーですかぁ」
 ステラは夜の小道をちょこちょこ走りながら、嬉しそうに微笑む。
「え、えへ。そういう、人がたくさん居て、楽しいの大好きですぅ」
 両手には大きな紙袋を抱え、よたよたする足を叱咤して進んでいた。
 いつもは草間武彦に邪険にされて追い返されるのだが、今日は零に招待されたから堂々と行ける。きっと、自分が今まで会った人や、そうではない人に出会えるのだろう。
「えっとぉ、碇編集長さんと、三下さんも行ってるんでしたっけ。あとは、雫ちゃんとか、ヒミコちゃんも」
 指折り数える。一瞬、表情が暗くなった。
 考えてみれば、自分の妙なアイテムのせいで迷惑をかけまくっている人たちばかりだ。
「うぐ……。わたしなんかが行っちゃってもいいんでしょうか……本当に」
 ふと足を止め、ステラはすんと鼻を鳴らした。なんだか泣きそうになる。
 ぶんぶんと頭を左右に振った。
「今日は一味も二味も違いますぅ。きょ、今日はちゃんと、通販のものとか、アイテムとか持ってきませんでしたし!」
 たくさん人が居るということなので、そういうのは持っていかないほうがいいと判断してのことだ。
 袋の中には煎餅ばかり入っている。貰い物だが、美味しいと評判のものだ。
「おせんべ好きな方もいますよね、うんうん」
 勝手に納得していたステラは、ふと周囲を見回した。
 街灯に照らされる夜道は薄暗く……だが、ステラは見覚えがない。
「は、はら……? そういえばここは、ど、どこ……?」
 迷った……?
 唖然とするステラはきょろきょろと見回す。だが誰もいない。
「あ、あれぇ……? な、なんで誰もいないんですかぁ……? ここどこぉ???」

***

 草間興信所では宴の準備が着々と行なわれている。
 シュライン・エマは腕時計の時間を確認し、零に視線を遣った。
「んー……ステラちゃん、そろそろ着く予定よね?」
「はい。遅くても19時には来ると言っていました」
「よね……。お腹が空いて動けなくなったとか、荷物が引っかかって歩けないだとかあったのかしら」
「……ありえますね」
 零が渋い表情をして応じる。簡単に想像できるのが、なんだかイヤだ。
 武彦は手をひらひらと振った。大所帯の興信所内で、彼は色々と大変そうではあるが。
「あんな疫病神呼んだのか? ほっとけほっとけ。勝手にハラを空かせてればいいんだ」
「…………」
 じろ、とシュラインと零が見る。シュラインは武彦につかつかと近づき、耳を力一杯引っ張った。
「いでででででっ!」
「ひどいこと言わないの!」
 これでもかというくらいに耳を引っ張った後、手を離す。武彦は左耳をおさえて蹲った。
 シュラインは魔法瓶とビスケットを用意し、それを鞄に入れて肩にかける。
「じゃあちょっと探しに行ってくるわ」
「はい、行ってらっしゃい」
 零は手を振ってシュラインを見送った。



「年越しパーティーか……どうしようかしら。特に予定も入ってないから、参加してもいいけど……」
 そんなことを呟きながら歩いているウラ・フレンツヒェンは唐突に立ち止まった。
「あら。道間違えたかしら?」
 こんなことは滅多にないのだが。
 どこかでか細い泣き声が聞こえる。鳥の声?
 その声がどこから出ているのかと歩くウラは、道の真ん中でおろおろしている金髪の少女を発見した。
「うわぁぁんっ、だ、だれかぁ〜」
 情けない泣き声だ。どうやらこの少女の声だったらしい。
「うん? おまえ誰?」
「はひ?」
 ウラの声に彼女は瞬きをし、涙を拳で拭う。
「こ、こんにちはぁ。わたしはステラと申しますぅ」
「あたしはウラよ」
「うら? 浦さん?」
「ウラ・フレンツヒェンていうの」
「…………」
 彼女は瞬時に顔を真っ赤にさせ、ばたばたと両手を振り回した。かなりの奇行に見える。
「す、すすすすみませんっ。そ、そうですよね、外国の方ですね、どう見ても。つ、つい日本の苗字かと」
「? おまえ、動きが変よ」
「はう!」
 ステラはガーンとショックを受け、それからしょんぼりと肩を落とした。
 ウラは腰に片手を当て、ステラに尋ねる。
「こんなところで何をしてたの?」
「あのですね、道に迷ってしまって」
「ふうん?」
「草間さんのところの年越しパーティーにお呼ばれしてまして、向かっている最中なんです。で、なぜか道に迷ってしまったというか」
「草間のところに行くのに迷いがあるわけね」
「? いえ、いつもご迷惑をおかけしてますから遠慮はありますけど……迷いなんですかねぇ、これ」
 首を大きく傾げるステラを、ウラはじろじろと見た。見た目は小学生だ。草間にこんな知り合いがいるとは。
「草間に迷惑って?」
「わたし、サンタをしてまして……。色々と通販グッズとかぁ、うちの課で配られたアイテムの処分とかでよく草間さんに迷惑をかけてて……。そのお礼というか、それでこのお煎餅を差し入れにしようと」
「通販グッズね。ふぅん、面白そうじゃない。今度変なもの手に入れたら、あたしを呼びなさいよ。クヒヒッ」
「……ウラさんの笑い方って、ちょっと怖いですねぇ」
 のほほんと言うステラを気にもせず、ウラは彼女が抱えている袋の中が気になる様子だった。
「ざらめはないの? あたしはしょっぱいだけより、甘いほうが断然好きよ」
「ざらめはちょっと……あられはあったはずですよ」
「ふ〜ん……。そうね、決めたわ」
「? なにをですかぁ?」
「おまえの煎餅を食べるという目的ができたし、とっとと草間のところに行かなきゃね」
 ウラの言葉にステラがパッと顔を輝かせた。
「ほ、本当ですかぁ? 良かったですぅ。心細くてしょうがなくて……なんかおなかも空いてきましたし」
 ぐぅ、と呼応するようにステラの腹部が鳴る。彼女は「あぅ」と洩らして照れ笑いをした。
「おまえ、お腹が空いてるの?」
「実はうち、貧乏なんですよぉ。お金を稼ぐって、本当に大変ですよね」
「おまえ、小学生なんだから親にしっかりしてもらいなさいよ」
「…………あの、これでもわたし、16歳なんですぅ」
「…………おまえ、あたしよりも年上なの?」



 ステラを探しにやって来たシュラインは、周囲を見回す。ステラが家を出た時間は、彼女のトナカイに確認している。時間を計算すると、興信所からそれほど離れていないはずだ。
「あら。足音?」
 耳を澄ましたシュラインは、気づく。この特徴的な足音は……。
(なんだ。やっぱり近くに居たのね)
 安堵と共に足音のする方向へ向かう。
 もう一つ足音がすることから、ステラは誰かと居るようだった。
「ステラちゃん」
 曲がり角から姿を現す際に、そう声をかける。二人の少女は硬直してこちらを見た。シュラインに気づいてステラが大きく瞬きをする。
「はぅ〜! エマさぁんっ」
 どばーっと涙を流すステラにシュラインは駆け寄った。
「迷子になってるんじゃないかと思って来てみたの。あら、こちらは……」
「ウラさんですぅ。興信所のパーティーに参加されるってことで、一緒にここまで来てもらったんですぅ」
「鼻水が出てるわよ、ステラ」
 ウラの指摘に気づき、ステラはティッシュを出して鼻をかんだ。
「気づいたら誰もいなくて、心細くて……ちょうどウラさんが通りかかってくれて、おなかすいて……ふぃ」
 泣く手前だったようだが、ステラは無理矢理堪えた。
 シュラインは周りに視線を向ける。そういえば……人の気配がない。
 時間的にこんなものかと思っていたが、ちょっと異常だ。他の音がしないなんて。
(霧も出ていないし……アレとは違うんだろうけど)
 興信所に居るメンバーを思い出すと、ありえないことではないが……。いや、可能性としては。
「まさかと思うけど、ステラちゃん……変なアイテムに触ってから来なかった?」
 一番可能性大なのは、ステラだ。彼女の厄介な道具の数々。
「そんなことしてませんよぉ! せっかくお誘いいただいたのに、そんな迂闊なこと……し、しませんよぉ。今回に限って」
「ほんと?」
「本当です。課長と部長に誓います」
 意味はよくわからないが、ステラは自身の上司をすこぶる怖がっている。嘘はついていないようだ。
 とにかくここに揃った三人で、草間興信所を目指すことになったことは、間違いない。



「んー……」
 耳を澄ましていたシュラインは、お手上げだと言わんばかりに肩をすくめた。
「元の空間の音は聞こえてこないみたい。どこかが歪んでると思ったんだけど」
「思うに」
 ピッと人差し指を立ててウラは言う。
「こういう場所は、遠回りになりそうな道や、正しくなさそうな道を選んで進むのが正解なのよ。あとは目的地に絶対辿り着くっていう信念!」
「おぉ! あれ? でも結局それって、心持ち次第ってことですかぁ?」
「そうとも言うわね」
 うんうんと頷くウラとは違い、シュラインは不安げな眼差しで辺りを観察している。
「空間が歪んでる感じもしないし……どうしてこんなことになってるのかしら」
「はぅ〜」
 ステラのおなかが「ぐぅ」と鳴った。それにハッとして、シュラインはいそいそと持ってきたビスケットを取り出した。
「やっぱりおなか空いてたのね。はいこれ」
「え? で、でもいいんですかぁ?」
「ステラちゃんのために持ってきたのよ? おにぎりにしちゃうとお腹いっぱいになると思ってこれにしたんだけど」
 シュラインからビスケットの入ったビニール袋を受け取り、ステラはすん、と鼻を鳴らした。
「すみません本当に……」
「ステラって本当にあたしより年上なの?」
 信じられないという顔つきのウラに、シュラインは苦笑するしかない。誰が見てもステラのほうがウラよりも年下だと判断するだろう。
 とりあえず進むことになる。シュラインはひたすら周囲の音に気をつけ、ウラはずんずんと自信満々に歩いていた。
「でもパーティーって凄いですぅ。楽しみですよ」
「すっごい人数なのよ。ステラちゃんが知らない人も多いんだけど」
「いえ、いいんです。もしかしたらその内の誰かがうちの宅配便を使ってくれたらちょっと嬉しいなとか、思ってませんからぁ」
 笑顔で照れながら言っているが、バレバレだった。シュラインは「……へぇ」と曖昧な返事をするだけだ。
 ウラはシュラインに尋ねる。
「すごい人数とはどのくらいなの? こんな大晦日に草間が年越しパーティーをするなんて珍しいじゃない」
「色んなところからお客さんが来てるの。ほら、高峰さんが……」
 そこでシュラインは「あ」と声を出した。
 色々な世界を「繋げた」術。
 あちゃー、と洩らして額に手を遣った。
「なるほどね……その影響がこの辺りにも出たってことか」
 居るはずのない人物。繋がるはずのない世界。その「歪み」。
 ということは、害はないということだろう。ウラの言うように「絶対に辿り着く」信念が必要になりそうだ。

 2時間後――――。
「や、やっと着いた……」
 はぁ、と大きく息を吐いた三人は、興信所の前で出迎えた零と武彦に、疲れた笑顔を向けたのである。



 興信所では、普段の閑散さとは違ってかなりの賑やかさが占められていた。
 あまりの人数の多さにかなり狭苦しいことになっている。
「うむ。なかなか美味しいじゃない、このあられ。ヒヒッ」
「でしょぉ? えっへん。これはわたしのお友達がかなりのオススメだってくれたんですぅ」
 場違いな差し入れを早速食べているウラの横では、ステラが座って煎餅をもしゃもしゃと食べていた。
 シュラインのほうは食べ物の追加や、飲み物の補充で大忙しだ。二人の零にも色々と指示を出している。
「お。そろそろ12時だな」
「お兄さん、0時って言ってください」
 武彦にそう言ったのは、現在の零だ。
 時計はちょうど新年の0時を示す。全員が一斉に声を合わせた。
「あけましておめでとーっ!」
 口笛や、拍手が沸き起こる。
 さあ、新しい年の始まりだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3427/ウラ・フレンツヒェン(うら・ふれんつひぇん)/女/14/魔術師見習にして助手】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 無事に宴は開催されたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。