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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


うたかたの少女



1.
 年末年始でも草間興信所の扉は開いている。
 定休日というものを設けようと目論んでみたところで、依頼人はそんなものはお構いなしにやってくるのだから意味をなさないからという理由もあるのだが。
 そうは言っても、年末恒例の大掃除やその他もろもろを行えば自然と年の瀬の気分は味わえるらしい。
「今年もようやく終わりか」
 手に持っていたダンボールを片付け、感慨深そうに草間が息を吐いたときだった。
「助けて!」
 突然の声に振り返れば、そこには少女がひとり立っている。
「お願い、助けて!」
 切迫した少女の声に、草間は真剣な顔で口を開いた。
「どうしたんだ?」
「わたし、消されちゃうの!」
「……消される?」
 その言葉に草間は眉を潜めた、此処に訪れる者がそれを使う場合ほとんどが物騒な事件が絡んでいるからだ。
 草間の目の前に立っている少女はまだ幼い。その少女の命を誰かが狙っているというのだろうか。
「年が明けたら、わたしは消されちゃうの。わたし消えたくない。お願い、助けて!」
 必死の少女の声に、草間は大きく頷いた。


2.
「とりあえず落ち着いて? 此処は安全な場所だから」
 立ったままの少女にシュラインは笑いかけながら椅子に座るように促し、飲み物を準備する。
「シュライン、お前随分落ち着いてるな」
「焦って取り返しの付かないことになったら大変だもの。こういうときこそ落ち着きが肝心よ」
 武彦さんも、と付け加えながら少女の分と草間の分の飲み物をテーブルに置くと、少女はようやく少しだけ落ち着いた様子でそれを飲み始めた。
「あんな小さな子の命を狙う奴なんてろくな奴じゃないな」
 少女の様子を見ながら声を潜めて草間はシュラインにそう言ったが、シュラインの返事は草間が予想していたものとは違っていた。
「命を狙われてる、とは限らないんじゃないかしら」
「なんだって? けど、彼女は自分が消されると言っているんだぞ」
「そこなの。殺されるじゃなくて、消されると言ってるのが引っかかるのよ」
 目の前で飲み物を飲んでいる少女はまだ幼い。その少女が本当に命を狙われるような危機に遭遇しているとしたのなら、『消される』などという表現を用いずストレートに『殺される』と訴えるほうが自然であるように思われる。
 しかし、少女は事務所に訪れてから『自分は消される』と言い続けている。
 ならば、その言葉はそのままの意味なのではないだろうか。
 シュラインの説明に、草間はうーんと唸りはしたものの反論はしなかったが、その代わり確かめるように更にシュラインに耳打ちした。
「……あの子、人間か?」
 人であってもなくても助けを求められればそれに応じる男なのにそんなことをつい確認してしまう草間にシュラインはくすりと笑ってから、少し考える素振りを見せた。
 聞こえてくる少女の心音から察するに年齢は12歳というところだろうか。
「12……ね」
 いまのはシュラインの独り言だが、聞き逃さなかった草間はそれがなんだというふうな顔を向けてくる。
「なんとなく、もうすぐ終わるものとかを連想しちゃったのよ」
「終わるもの?」
 草間には答えず、シュラインは少女のほうを向くと安心させるような口調で尋ねた。
「ねぇ、消されるっていうのはあなたが殺されるっていうこと?」
「違うわ、消えちゃうの。年が明けたらわたしは消されちゃうの」
「それは、次の年に変わる、ということかしら?」
「どういう意味だ?」
 草間の問いに、シュラインはすっと指を一本立てて口を開く。
「もうすぐ消えるもの、終わるものといえば、この一年がそうかしらと思って」
 年が明けたら消えるという少女、ならば彼女はもうじき去り行く今年一年の象徴なのかもしれない。
 だが、そんなことを草間が簡単に納得するはずもなく、また唸る。
「一年って、お前そりゃ……」
「もしかすると、完全に消えるわけじゃないのかもしれない。新しい年に変わるという意味かもしれないわ。けれど、変化するということはいままでの自分が消えてしまう……そう考えたんだとしてもおかしくはないじゃない」
 シュラインの言葉に、なおも反論する言葉を探す草間だが、結局これということも出なかったせいもあり様子を窺うように少女のほうを向いた。
「えぇと、お嬢ちゃんはその……一年、なのか?」
 どう尋ねて良いかわからないといった口調でそう聞いた草間に少女はこくりと頷いた。
「それで、消されるっていうのはやっぱり年が変わるということなのね?」
「そうなの、そしたら、わたしは次の『わたし』になっちゃうの。じゃあ、いままでの『わたし』は何処にいっちゃうの? そう考えたら怖くて……」
 変化することで忘れられる、その恐怖を『消される』という表現で少女は草間たちに訴えていたらしい。
「じゃあ、明確に誰かに狙われてるってわけじゃないんだな」
 念の為そう草間は確認してから、どうしたものかねとシュラインのほうを見た。


3.
 実際の危険が迫っているのならば草間にもそれを防ぐ手立てがある。だが、少女の助けはそういうものではない。
 こうなると草間には自分の出る幕無しという考えが浮かんでしまう。
 目の前の少女が恐れていることはわかるが、変化するものを止めることはできないし、まして時間を止めて年が変わるのを防ぐという魔法のようなことはできない。
 しかし、だからといってこのまま少女が『消える』恐怖に怯えたまま時が過ぎて行くのを黙ってみていられる草間でもない。
「シュライン、どうしたらよいと思う」
 こういうときもっとも頼りになる身近な相手であるシュラインは、尋ねられたことに少し考えてから少女のほうを向き直った。
「確かに、もうすぐ年が変わって『あなた』も変わっちゃうわね」
 シュラインの言葉に草間が慌てて「おい」と止めようとしたがそれは杞憂に過ぎなかった。
「けれど、あなたが……年が変わったからといって私たちが過ごした時間や経験、記憶はすべて消えるわけじゃないわ。つまり、『あなた』を誰もが完全に忘れるわけじゃない。ちゃんと、『あなた』は私たちと一緒に残るのよ」
 次の年も、この次の年もね。そう付け加えてシュラインは少女に微笑みかける。
「わたし……消えちゃうんじゃないの?」
「私たちも少しずつ成長したり変化はいつもしているわ。でも、だからといって前の自分が消えちゃうわけじゃない。受け継がれていくものだと思うわよ。それと同じよ」
 だから、怖いことはないの、大丈夫。そうシュラインが付け加えた途端、少女はようやく安堵したような笑顔を作った。
「いままで、そんなこと言ってくれた人いなかった」
 その言葉に、どうやら少女は毎年自分が変わる──消える恐怖に襲われていたのだとシュラインと草間は気付いた。
「相談相手が馬鹿だったんだろうな。良かったじゃないか、今度からはそんな怖い思いは絶対しなくて大丈夫だぞ。怖くなったらまた此処に来たらいい。俺たちのこと、忘れないでくれよ?」
 空気を和ませるためか冗談めかしてそう言った草間に少女は笑いながら頷いた。
「でも、どうせ良い機会だからいまの『あなた』もきちんと残しておきましょうか。時間もまだ少しはあるんだから」
 そう言いながらシュラインはカメラを取り出すと立ち上がった。
「あなた、名前は?」
「え? 名前……?」
 言われた少女は戸惑った顔をみせ、どうやら特定の名というものを彼女は持たないのだとシュラインは気付いた。
「タイムはどうだ? ありきたりかもしれんが簡単なほうが忘れにくいだろ?」
 草間の提案に少女は不思議な面持ちで最初考え込んでいたが、すぐに頷いた。
「じゃあ、タイムちゃん。私たちと一緒に写真でも如何?」
「写真?」
「そ、記念写真。もうすぐあなたは変わるけど、その前の姿を残しておくの。そうすれば、私たちは今年と一緒にタイムちゃん自身のことも覚えていられるでしょう?」
 写真というものを撮ったことがないらしい少女──タイムは興味津々といった顔でシュラインが持っているカメラを見つめていた。
「じゃあ、武彦さんも入って。3人で撮りましょう」
 その提案を草間が断るはずもなく、シュラインと草間の間にタイムが入り、にこやかな笑顔で自動シャッターの切れる音を聞いた。


4.
「ほんとにありがとう」
 写真を撮り終えた後、タイムは笑顔のままそうふたりに礼を言った。
 そこには事務所に飛び込んできたときのような恐怖の色はない。
「ねぇ、今度も此処へ来ていい?」
 今度というのは来年の末ということだろう。
「勿論、今度はもう少しいろんなことをしましょうね。事情がわかってれば簡単なパーティくらいは十分できたもの」
「じゃあ、来年の今日は事務所の仕事は休みでパーティに決定だな」
 そんなふたりの言葉に嬉しそうにタイムは笑った。
「絶対ね、絶対約束ね」
「勿論、約束は絶対守る主義なんでね」
 草間の言葉にタイムは嬉しそうに笑ったまま出口へと向かった。
「ふたりとも、次の年もよろしくね」
 良いお年を、そう付け加えたのは彼女なりのユーモアだったのかもしれない。
 扉が閉じ、シュラインは先ほど撮った写真を見た。
「武彦さん、見て」
 その言葉に見れば、シュラインと草間の間にはちゃんと先程の少女の姿が消えずに残っている。今年の彼女はこうして残ったのだ。
「もうじき年が明けるな」
「そうね」
「仕事納めには良い依頼だったかもしれないな」
 笑いながらそう言った草間にシュラインも微笑んで頷いた。
「でも、事務所の片付けはまだ終わってないんだから、それは引き続きやらなくちゃね、武彦さん?」
「お、おい。折角人が良い雰囲気で締めようってときにそれはないだろ?」
「駄目駄目。ちゃんと今年一年のものはきちんとまとめておかないとタイムちゃんに怒られるわよ?」
 シュラインの言葉に、やれやれと溜め息をついてから草間は片付けを再開した。
 勿論、それを手伝うシュラインの耳には微かにカウントダウンを始める楽しげな声が届いてくる。
 その声の中に、タイムの声が混ざっていたような気がして、シュラインはくすりと微笑んだ。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)       ■
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0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦

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■         ライター通信                    ■
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シュライン・エマ様

いつもありがとうございます。
この度は、当依頼にご参加いただき誠にありがとうございます。
少女の名前をこちらで付けさせていただきましたがよろしかったでしょうか。
変化し、消えることに怯える少女に対するエマ様の語りかけや接し方にとても優しさが伝わってきました。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝