コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


久朗、貸します


 待ち合せは日曜日、ショッピングモールの入口だった。
「それでは、よろしくお願いしますね!」
「了解なのです、荷物持ちならお任せなのです!」
 式野未織(しきの・みおり)と只乃久朗(ただの・くろう)はにこやかに握手をした。
 来たるバレンタイン商戦に向け、店の内装に使えそうな飾りを買ってくるように、と頼まれた未織である。買物じたいに否やはない――こういうことは得意なのだ――が、それだけについ買いすぎてしまうだろうことは想像に難くなく、荷物が持ちきれるかどうか心配だ。両親も、そもそも忙しいから彼女におつかいを頼んだのだから当てにはできない。
 そこで、久朗のレンタル略してクロレンの出番というわけだ。
「ミオって呼んでくださいね、只乃さん」
「了解なのです、僕も久朗でいいのです」
 向かうはインテリアや雑貨のエリアだ。小山のような大男を従え、小柄で童顔、十五歳という年齢よりずっと若く見られがちな未織が栗色の髪をなびかせて歩む様は、休日の雑踏の中でも人目を引いた。まして前者が開けっぴろげなにこにこ顔で、後者が大人びた神妙な面持ちとなればなおさらだ。

(ゆ、誘拐?)
(でも女の子の方が先行くよ?)
(じゃあストーカー?)
(だったらお喋りしながら歩きゃしねえだろ)
(なら兄妹……にしては年が離れすぎてるわね、親子?)
(似てないにもほどがある。小学校の先生と学童では?)
(子供の方がよっぽど賢そうなんだが)
(叔父さんと姪っ子って線はどうよ)
(だから似てないって。第一、子供がばんばん買い物して、大人に持たせてるぜ?)
(――お忍びのお嬢様とボディーガード)
(それだ!)

 不特定多数の皆さんからの主従認定をよそに、未織と久朗は立ち並ぶ店舗を覗いてゆく。洒落たもの、落ち着いたもの、凝ったもの、店々のこだわりが反映された陳列品はどれも魅力的だ。
 控えめな装飾の入ったカクテルグラス、小ぶりなレースのテーブルセンター、深紅のリボン――未織は琴線に触れたものを次々と選んでいった。
「こう、華やかに、それでも行き過ぎない感じのものがいいかなぁと思ってるんです」
 久朗に説明しながら、未織は頭の中でディスプレイ案を練る。なんといっても主役はあくまでパティシエたる父の手になるお菓子なのだ。引き立てこそすれ、押しのけてしまっては本末転倒である。
「でも、もちろん、最終的にどう組み合わせるかはパパとママに決めてもらうんですけどね……もし余ったら、っていうか、たぶん余ると思うので、残りはミオのお部屋に使っちゃおうかなぁ、なんて」
 指輪サイズのギフトボックス型ペーパーウェイト、ブロンズ色のフォトスタンド、アンティーク風の華奢なコーヒーテーブル――着々と増える形状様々な荷物を難なく抱え、引っ掛け、担ぎ、背負い、久朗は依然にこにこと未織の後を追う。
 ひとしきり買い回って、未織は可愛らしく腕を組み、ふう、と溜息を吐いた。
「こんな感じかなぁ……これでいけそうかな?」
 と、“戦利品”を順に思い浮かべていた未織の鼻先に、香ばしい匂いが漂ってきた。
「どうぞなのです」
 久朗が、湯気の立ち上る紙袋を差し出している。
「わぁ、大判焼……! ありがとう、久朗さん」
「僕のおすすめなのです。餡が紫芋なのです」
 皮はふっくら、縁はかりっと、餡はあっさりした上品な甘さだ。
「おいしい! でも、いつの間に?」
「向こうの角に屋台があったのです。ミオさんが考え事をしていたので、ちょこっとダッシュしてきたのです。甘いものを食べると、頭が元気になるのです」
 大判焼きをくわえて得意げに胸を張る仕草が、なんだか可笑しい。
「本当ですよね……じゃあ、買物も一段落しましたし、もっと元気になりませんか、久朗さん」
「ん? どうするのですか?」
「敵情視察ってことで、お茶にしましょう。確か、評判のお店がある筈です。大丈夫、お金はしっかり貰ってますから!」


 有名店の支店、しかも日曜ということでお目当ての喫茶店は混み合っていたが、ちょうど会計に立った客と入れ替わりでボックス席に着くことができた。
「内装はレトロモダンな雰囲気……メニューは見易く……え、店長のコラム付き?」
 敵情視察と称するだけあってチェックに余念のない未織に、久朗は「おお」と感嘆とも嘆息ともつかない声を漏らした。
「ミオさんすごいのです。大人なのです」
「そ、そうですか? でもミオ、子供に間違われる方が多いんですよ」
 己が容姿の高校生らしからぬことは重々承知の未織としては、手放しの賞賛は些か面映い。すると久朗がただでさえ丸い目を更にまん丸にして首をかしげ、こんなことを言った。
「ん? コドモっていうのは生まれたての弱いもののことですよね? 違うのです、ミオさんはおひさまによぉくあたってふっかふかになった真っ白な毛皮っぽいのです」
「それってどういう……」
 あったかくてふかふかで真っ白な(毛皮というからには)生き物となると――兎、猫、それとも羊? ともあれ、相手にとっては非常に好意的な表現らしい。もとより動物好きな未織は褒められたのだと判断し、にこりと笑った。
「よくわからないけど、ありがとう」
「わかり辛くて申し訳ないのです。僕はもと犬なので人語が微妙、なんだそうなのです」
「あっ、ミオそういう映画観たことありますよ、ラブラドールが主役でした」
「僕はどっちかというと落語だとおかあさんが言ってたのです。あっちはシロですが、僕はクロなので……あ、“本日の気まぐれスイーツ”とホットコーヒーくださいなのです」
「どうして人間になったんですか? 謎の宇宙光線とか、魔女の呪いとか、太古の封印が破られちゃったとか?……私はこの、“リトルプリンセスのお気に入りセット”で、紅茶を」
 オーダーを取りに来た店員を途方に暮れさせつつ、会話は続く。もと犬だと真顔で主張する大男と話が弾んでしまうあたり、未織もただ者ではない。ちなみに、このとき周囲に漏れ聞こえた内容に先の主従認定がミックスされ尾ひれがつきまくり、“黒き獣人を使役する白き魔少女”なる、やたらファンタジックな都市伝説が発生したのだが、それは彼女の与り知らぬことであった。
「正直、覚えてないのです。でも、人間になったおかげでチョコ食べ放題で嬉しいのです」
「確か、中毒を起こしちゃうんですよね?」
「そうなのです。あとオニオンリングとナスのシギ焼とイカ飯も好物なのです」
 どれも犬にはよろしくない食材である。そうこうしている間に運ばれてきた品に、久朗が目を輝かす。
「チョコなのです!」
 “本日の気まぐれ”は、チョコレートとフランボワーズのムースであった。交互に重ねられた黒と赤の層が、グラスの中で綺麗な縞模様を作っている。一方、“リトルプリンセス”はマンゴーのシフォンケーキだ。綿雲のようにふわふわした山吹色の生地から、ほんのりと南国の果実が匂い立つ。二人はどちらが言うでもなく、半分ずつ分け合った。
「おいしいですね!」
「まいうーなのです……どうしたのですか?」
 嬉しそうに目を細めてケーキを食べる久朗に、ちぎれんばかりに尾を振っている大型犬のイメージが重なってしまい、未織は堪えきれずにくすくすと笑い出した。


 その後もあちこち食べ歩き、もとい、情報収集を済ませた二人が未織宅に到着したのは、はや夕闇迫る時分であった。荷物の山を手早く搬入し、これにてクロレン業務終了である。
「今日は美味しいものがたくさん食べられてラッキーだったのです。ありがとうなのです」
「ミオの方こそ、たくさんお買物ができて助かりました。ありがとうございます」
 握手をかわし、踵を返しかけた久朗を、
「あ、ちょっと待っててくださいね!」
 押しとどめた未織が身を翻し、ほどなく店の包装紙をかけた箱を持って戻ってきた。
「はい、どうぞ! ミオんちのガナッシュケーキです。パパ作ですので、おいしいですよ!」
 久朗の喜ぶまいことか。文字通り躍り上がった。
「僕が貰っていいのですか!? うわぁ、嬉しいのです、ごちそうさまなのです!」
 久朗はぴょこんとお辞儀をすると、大事そうに箱を抱え、うきうきとした足取りで去ってゆく。その大きな後ろ姿に手を振っていた未織はふと、長く伸びた影法師にしっぽが揺れているような気がした。




□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【7321/式野・未織(しきの・みおり)/女/15歳/高校生】


【NPC/只乃・久朗(ただの・くろう)/男/外見30代/けもののきもち助手兼雑用係】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

■         ライター通信          ■

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

式野未織様

こんにちは、三芭ロウです。
お待たせして申し訳ありませんでした。
この度はクロレンのご利用、ありがとうございました。
お買物のお手伝いということで終始のんびりムードになりましたが、
いかがでしたでしょうか。
それではまた、ご縁がありましたら宜しくお願い致します。