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<東京怪談・PCゲームノベル>


     出会い桜

 神聖都学園の終業の鐘が鳴って間もなく、明るいざわめきと共に高校生たちが校舎から出てくる。校庭に駆け出す者や他棟に移る者、教科書の詰まった鞄をそれぞれ提げ、友人たちと他愛ないおしゃべりをしながら広大な敷地を横切り門に向かう者たち。そんな学生の中に一人、小学生か思われるほど小柄な少女がいた。青い大きな瞳が印象的で、それは胸元のペンデュラムと同じく澄んだ輝きを放っている。
 その可憐な少女――式野未織(しきのみおり)ことミオは、校門に向かう自分よりも背の高い同年代の少年少女たちの波にのまれたり、顔を出したりしながら、門の外の世界に待ち受けている『お菓子屋さん巡り』という放課後の楽しい予定に心を弾ませていた。気に入りの店の陳列台を思い浮かべては、そこに並ぶ見た目も味も最上の菓子に思いをはせる。
 「まずはあの通りのお店に寄って、次はあそこのお菓子屋さん、それから……。」
 そんなふうに店を指折り数えながらミオは校門を出て、目的の菓子屋を目指すはずだった。
 それが、どうしたことだろう。気が付けばミオは、門を出るまでの間に心を躍らせながら決めた、とっておきの道筋からはずれ、目的の方角とは反対の方へと歩き出していた。首にかけたペンデュラムが神秘的な輝きを放ち、ミオを人気のない都会の隙間へと導いていく。
 ミオの胸元にあるペンデュラムは、しばしば彼女に場所の判らない目的地を教えたり、あるいは望むと望まざるとにかかわらず奇妙な出来事の起こる場所へと誘ってきたが、後者の場合、そこには厄介ごとがついてくる場合が多かった。今回もその例にもれないとは限らない。できることなら例外であってほしいと思いながら、ミオはペンデュラムの導くままに人気のない広場へと足を踏み入れた。
 そこで真っ先に目に付くのは、がらんとした草地の中央に一本だけ立つ桜の樹である。この地に根付いて数百年は経ているらしく、西に傾き始めた太陽によってできる影が大きな闇となって地面を覆っていた。
 ミオはその桜の方へとためらいがちに歩み寄り――ふと、樹の影で作られた闇の中にぼんやりと光る白いものを見つけて足を止める。よく見るとそれは少女の姿をしていたが、どう見ても地に足がついている様子がない。それどころか身体の向こうの景色がうっすらと透けて見えており、そのせいか感情らしきものがうかがえない顔で、少女はゆっくりとミオの方を振り返った。ミオと少女の目が合う。これにミオはぎょっとして身を硬くした。
 「幽霊……?」
 まさか日のあるうちからお菓子の代わりにこんなものを目にすることになるなんて、と思いながらミオが呟くように言う。それが聞こえたのか、宙に浮いたまま少女は首をかしげるようにして桜の樹を見上げ、答えた。
 「わたしはこの桜だ。桜の幽霊、化身、あるいは精霊と呼ぶ者もいるかもしれないが、あなたに悪意は持っていない。」
 「精霊さん、ですかぁ。」
 ほっとしたのか、少し間延びした口調でミオは言い、にこりとかわいらしい笑顔を見せた。
 ミオの身に危険が迫れば、意思に関係なく彼女の小さな手からは水の刀が現れる。敵を倒しつくすまでミオの身体を支配するその破壊の刃が出てこないということは、この少女は危険な存在ではないのだろう。そう判断して、ミオは警戒を解いた。こういうことに関しては実に信用できる力である。しばしばその強大な威力に翻弄されることがあるにしても。
 ミオは興味深そうに桜の精霊に目を向け、それから広場にそびえ立っている樹を見上げてから、再び宙に浮いている少女に視線を戻した。
 「精霊さんは、何だか寂しそうですね。」
 小首をかしげて尋ねるように言ったミオに、桜の少女は少しだけ目を見開いてみせる。見た目だけは同年代であるミオをじっとその土色の瞳でとらえ、やがて目を細めて「そうかもしれない。」と呟くように答えた。
 「五百年ここにいるが、同じ時間を共に過ごしてきた者はいない。人間の季節は短いから。」
 そう言って桜の精霊はミオから視線をそらすようにして宙をただよい、ミオはそれを追って頭をめぐらせる。ミオは半透明の少女に腕を伸ばしかけたが、その手につかめないだろうことを悟って腕を下ろし、代わりに言葉でもって彼女をつかまえた。
 「ミオは霊の姿は見えても、どうすることも出来ません。浄霊が出来れば良いのですが、ミオに出来るのは水の刀で斬ることだけ。乱暴なことは嫌いですが、勝手に出ちゃうんですよね、水の刀……。」
 ミオは残念そうに言ってかわいらしい手の平に目を落とす。そこから現れるのは樹の精霊の孤独をはらう浄化の力ではなく、敵とみなした者をすべて斬り伏せる破壊の力だけである。だがもちろん、ミオはその力を目の前の精霊にふるうつもりはなかった。
 中空で立ち止まり、ミオのことを振り返って見ていた桜の精霊は戸惑ったような表情を浮かべたあと、かすかに笑ってみせる。
 「あなたは珍しい人間だ。力のある者は多くの場合、自分の持つ力の恐ろしさを知らないと聞いた。そして、そういう者は力をふるうことを厭わない代わりに、人間らしい心を置き去っていくのだと。」
 そう言って桜の精霊はミオに正面から向き直り、顔を上げてきょとんとしている彼女に敬愛の色をこめて「ミオというのがあなたの名前? あなたは優しい人間だな、ミオ。」とひかえめに称えた。
 「わたしにそんなことを言ってくれたのはあなたが初めてだ。だが、気に病むことはない。わたしは、わたしの下で交わされた約束のためなら何年でも、何百年でもここに立っていられるから。」
 「約束?」
 「そう、約束だ。」
 ミオがその青い澄んだ瞳で見守る中、桜の精霊は夕暮れの赤色が透けて見える手で本体――桜の樹に触れた。
 「交わした約束が必ず守られるとは限らない――世界は予見できない事象であふれているから。だが、交わした約束は永遠に失われることはない――この桜の下でなら。だから恐れないで、約束を交わすことを。わたしがあなたを覚えているから――たとえあなたがわたしを忘れても。」
 そう言って感情のうかがえない表情で見つめ返してくる少女にミオは、
 「恐れないで、ですか……。」
 呟くように言って一度うつむき、少しの間何やら考え込んでいる仕草を見せたが、やがてぱっと顔を桜の精霊の方に向けると、両手を広げて訴えるように声をあげた。
 「というか、『たとえあなたがわたしを忘れても』とか、寂しいこと言わないでくださいよー! ミオ、物理とか数学の成績は残念な感じですが、その他は比較的良いんです! だから、一度会った人のことは忘れませんよ。」
 そう言って腰に手を当て、二つに結んだ茶色の髪を揺らして胸を張る。そんなミオの愛らしい仕草に、桜の精霊は無言のまま頬をゆるめた。ミオもにっこりと微笑み返す。が、間もなく眉を寄せて頬に指をあてると、上目遣いにおずおずと口を開いた。
 「もしかして、過去に一度桜の精霊さんと会っていて忘れてるなんて、そんなことありますか……ね?」
 これに桜の少女は答えず、かすかな笑みだけを返す。その表情はミオの言葉を肯定しているようにも、否定しているようにも見えたが、はっきりとどちらであるかは判断できなかった。そのことに一瞬困惑の色を見せたものの、ミオはすぐに意を決したように一つ頷くと、「もしそうならゴメンナサイ。」と言ってぴょこんと小さく頭を下げる。
 「でも、今度は忘れないようにします。だから、また会いましょうね。」
 ミオはそう言って手を差し出し、小指を立ててみせた。
 「約束です。」
 「約束……わたしと?」
 「はい。」
 華やかな笑みを浮かべて頷くミオに、目を丸くしていた桜の精霊もつられるようにして笑顔を見せ、半透明の手を差し出した。白くかわいらしい指と、半分透けた指が触れ合わないまま重なる。
 ――その時、ふいに強い風が吹きつけて木の葉ともどもミオの長い髪を巻き上げたため、ミオは思わず目をつむった。風がおさまるのを待ってミオがその大きな青い瞳を開くと、そこには先ほどまであった少女の姿はなく、代わりによく似た顔の少年が立っていた。
 「陽櫻の桜華(ひざくらのおうか)はこの一本桜の昼の化身。日が暮れれば夜の化身であるわたしの出番だが、」
 少年はそう言って先ほどの少女――桜華よりも感情のある、どこかおどけた表情で申し出る。
 「この夜櫻の桜佳(よざくらのおうか)のことも覚えておいてくれると、とても嬉しいんだけど。」
 これにミオは小さく声をあげて笑った。
 「もちろん、忘れませんよ。」



     了




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【7321 / 式野・未織 (しきの・みおり) / 女性 / 15歳 / 高校生】


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■         ライター通信          ■
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式野未織様、はじめまして。
この度は『出会い桜』をご注文下さりありがとうございました。
とても可憐なお嬢さんとお会いできて、桜もわたしも大変喜んでおります。
見た目のかわいらしさや話し方に反して、水の刀という強力な力を持ってらっしゃるところや、そんな力をお持ちであっても無闇に使わず苦労してらっしゃるところなど、そのお人柄にとても惹かれました。
桜の精霊が二人とも出張ってしまったのは、ひとえに式野未織様の魅力のなせる業だと思います。
二人とも、ぜひともまたお会いしたいと思ったようですので。
機会がありましたら、またこの一本桜の下に足を運んでやって下さい。
どの時間にお越しいただいても、桜は心から歓迎致します。
それでは最後に、語られなかった出来事を一つ。

 ――「陽櫻の桜華はこの一本桜の昼の半身。日が暮れれば夜の半身であるわたしの出番だが、」
 ――「この夜櫻の『桜華』のことも……ああ、変換を間違えた。もう一度やり直してもいいかな?」
 ――自分のことを印象付けようとわざと言ったのか、ただ間違えただけなのか、それは桜佳にしか判らないこと。

ありがとうございました。