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<東京怪談・PCゲームノベル>


激走! 開運招福初夢レース二〇〇八!

〜 スターティンググリッド 〜

 気がつくと、真っ白な部屋にいた。
 床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。

(よし、無事開始ね)

 普通はいきなりこんな不思議な空間に放り込まれれば驚くものなのだが、すでに四年前から毎年この「夢」を見ているシュライン・エマにとっては、すでにこれも毎年恒例の行事の一つになってしまっているので、特に驚くことなど何一つない。

「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」
 今年も一字一句変わらぬ同じ内容のアナウンス。
 ただ、気のせいか去年までとは少し声が違うような気がするが……担当者が変わったのか、あるいはただ単に風邪でもひいたのだろうか。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
 そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」
 ともあれ、それ以外はルールを含めて一切変更がないようなので、シュラインとしては一安心である。
 もっとも、あまり他者の妨害など考えないシュラインにとって、「妨害OK」の部分も変更がないのは必ずしも「安心できる要素」ではなかったが。

「それでは、いよいよスタートとなります。
 今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
 その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
 かわりに視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。
 そして遠くに目をやると、明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。

「今年もだいぶ顔ぶれが変わったみたいね」
 そう遠くない場所にいる他の参加者達を見回して、シュラインはそんな感想を抱いた。
 今年も参加者は目測でおよそ二十名で、総入れ替えと言うほどではないが、少なくとも昨年のこの場所では見かけなかったはずの相手が過半数を占めている。
 その中で、自分が毎年参加できる、もしくは参加させられている理由は何なのだろう、というのも少し気になるが、それは気にしても仕方のないことであろう。

 そうこうしているうちに、シュラインの姿を見つけて一羽の大きな鷹が彼女の目の前に降りてきた。
 すでに五年目ともなるとお互いに慣れたもので、最近ではシュラインが捜しに行かなくても向こうからわざわざ迎えに来てくれるようになっている。
「ありがとう。今年もよろしくね」
 シュラインはその鷹の頭を軽く撫でると、その背に乗って大空へと飛び立った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 空は広いな危険だな 〜

 世の中には、簡単そうに見えて難しいことというのが山ほどある。
 そして、それはこの夢の世界でも例外ではなく。
 ……例えば、「空路で行こうとする」ことなどは、その最たるものである。

 そうとも知らず、内藤祐子(ないとう・ゆうこ)は飛行能力を持った魔剣ディスロートにしがみつくようにして空を飛んでいた。
 スタート地点でもたもたしていた参加者数人を全員明後日の方向にかっ飛ばした後、目的地まで一直線に……と思っていたのだが、世の中そう甘いものではないのである。

 突然、目にも止まらぬ速さで何者かが突撃を仕掛けてきた。
 風を切り裂くその一撃をどうにか回避し、続いてきた二撃目をディスロートで受け止め――あまりのことに驚愕する。
 猛スピードで空中を飛行し、鋭い斬撃を繰り出してきたその相手は――どこからどう見ても太刀魚だった。
 もともと太刀に姿が似ているためにその名がついた魚であるが、今目の前にいる魚は文字通りその身そのものが太刀である。

 そうして驚いている間にも、また別の太刀魚が攻撃を仕掛けてくる。
 つばぜり合いを一旦中断して後ろへ飛んで態勢を立て直すと、太刀魚たちも一旦攻撃の手を止め、直立の姿勢で一列に並んで空中静止した。

「我々の攻撃をしのぎきるとは……やってくれる」
 無表情のまま――なのは、魚だから仕方ないのかもしれないが――太刀魚たちが口を開く。
「しかし! 空の王者・我々太刀魚四天王の名にかけて、ここは通さんっ!」
 そんなことを言いながら、偉そうに胸を張る太刀魚が……五匹。

「四天王、ですか〜?」
 祐子がそう聞き返すと、太刀魚たちはますます胸を張ってこう答えた。
「その通り! 俺が疾風!」
「俺が突風!」
「俺が旋風!」
「俺が暴風!」
「俺が台風!」
『我ら、太刀魚四天王!』
 最後はきれいにハモっているが……やはり、どう考えても数が合わない。
「でも、五人……五匹でしょうか〜? いずれにしても、数が合わないと思うのですが〜」
 祐子の指摘に、太刀魚たちはムキになってこう主張する。
「そんなことはない! 一、二、三、四! 間違いない!」
「そうだ! 一、二、三、四! 数は合っている!」
「一、二、三、四! どう数えても四匹だろう!」
「一、二、三、四! どうだ!」
「一、二、三、四! これでわかっただろう!」
『我ら、太刀魚四天王!』
 確かに、彼らの数え方だと数が合うようにも聞こえるが、全員揃いも揃って自分を数え忘れているのだから話にならない。
「ええと〜……皆さん、自分を数え忘れているような〜?」
 そこを祐子がツッコむと、やがて太刀魚の一匹がこう言い始めた。
「ならば、全員で点呼をとってみればはっきりすることだ! 番号!」
「一!」
「二!」
「三!」
「四! どうだ!」
『我ら、太刀魚四天王!』
「だから、最初の一人が……一匹が? 番号を言っていないのでは〜?」
 もう心底どうでもいいのだが、何となくここで引き下がったらそれはそれで負けのような気もする。

 ……と。
 一人と五匹でそんな漫才をやっていると、そこへ一人の鷹に乗った女性が通りかかった。
「あら? あなたは……祐子さんよね?」
 見覚えのあるその姿は、シュラインに間違いない。
「シュラインさんもここに来てたんですね〜」
 そうして挨拶を交わしたあとで、祐子はシュラインにこう尋ねてみた。
「ええと、あの太刀魚? シュラインさんには、何匹いるように見えます〜?」
「何匹って……五匹じゃないの?」
 その何の気なしの言葉に、いよいよもって激昂する四天王。
「うるさいうるさいうるさい! 我らを侮辱するものは、この場にて成敗してくれる!」
「受けてみよ! 我ら必殺の四連撃!」
 その言葉とともに太刀魚たちが一斉に戦闘態勢に戻り、時間差で攻撃を仕掛けてくる。
「一!」
 一撃目、電光のごとき突きをかろうじてかわし。
「二!」
 二撃目、上段からの一撃を――切り下ろしと言うべきか、ボディプレスと言うべきか――ギリギリのところで受け止める。
『三!』
 そして三撃目は……なぜか同じタイミングで二匹が仕掛けてきて、しかも途中で仲間同士で激突し、攻撃が途切れる。
「四!」
 最後に必殺の四撃目、目にも止まらぬ速さの切り上げが来るが、三撃目のところで態勢を立て直しているためにこれもどうにか回避できた。

 こうして「四連撃」とやらをやり過ごし、反撃に転じようとする祐子。
 しかし相手はその隙を与えてはくれず――すぐにもとの態勢に戻ると、やがて一匹が声を張り上げた。

「……ちょっと待て! なんで『三』で二匹行くんだ! おかしいだろう!」
「誰だ! タイミングを間違ったのは!」
「一、二、三、四でタイミング良く仕掛けてこその四連撃! どういうことだ!」
「誰か功を焦って二回仕掛けた者がいるんじゃないのか!」
「だとしたら許せん! まずはそいつから叩き斬って……」

 どうやら、攻撃が失敗したことには気づいていても、まだその本当の理由には気づかないらしい。
「あの〜」
 律儀にツッコミを入れようとした祐子の肩を、シュラインが軽く叩く。
「……多分、言うだけ無駄よ。
 そんなことより、仲間内でもめてるうちにこの場を離れた方がいいと思うわ」
「言われてみれば、それもそうですね〜」
 この状態でもこちらから仕掛ければ反撃してくるだろうが、放っておけばこの太刀魚たちの頭で正解に辿り着くことはなく、話し合いを中断してこちらを襲ってくることもないだろう。
 そう考えて、二人と一羽はそっとその場を離れたのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 おせち料理に何入れる? 〜

 祐子と別れた後、シュラインは海の方へと向かった。
 今年はおせちの材料が高くてあまり量を作れなかったことをふと思い出し、そこから「おせちの材料にあたる生き物はこの世界ではどんな風になっているのだろう」という疑問を抱いたのである。

 途中、「栗の木だと思ったら栗ではなくウニが木になっていた」などというハプニング(?)もあったものの、海までは特に大きなトラブルもなく辿り着き。
 海そのものも上空から見下ろす限りでは実に穏やかで、特にこれと言っておかしなものがいるようには見えない。
 
「さっき太刀魚は飛んでたけど、昆布とかイワシとかニシンとかはいるのかしら?」
 呟くシュラインの視線の先で、シーラカンスが水面を跳ねるが、もうこの程度では驚かない。
 空飛ぶ巨大クラゲ……は去年も見たので、とりあえず囲まれないようにだけ気をつけて回避する。
 そんなこんなでしばらく海上を飛んではみたが、結局あまりはっきりしたことはわからなかった。

 そこで、シュラインはあることを思いついた。
「……魚は無理そうでも、昆布くらいなら海岸に打ち上げられてないかしら?」
 実際「拾い昆布漁」なるものも成立するくらいであるから、昆布もしくはそれに類するものが生息しているなら、その一部が海岸に漂着していても不思議はないだろう。

 そして実際、すぐに「昆布のようなもの」は見つかった。
 明らかに昆布のような形状をしたそれが、唯一彼女の知る昆布と違っていたのは。
 まるでメッキ加工でも施したかのように、妙な金属光沢を放っていたことのみである。
「これは……食べられるものなのかしら?」
 シュラインは、少しの間そう考え……ひとまず、これは見なかったことにすることに決めた。





「あとは……そうそう、黒豆はどうかしら。鷹さん、心当たりはない?」
 次にシュラインが考えたのは、黒豆を探してみることであった。
 去年いずこかへと旅立っていった茄子たちのことなども思い出しつつ、植物ならばまだ多少は安心だろうと考えたのである。
 もっとも、この世界には獰猛な人食い植物なども生息しているようなので、必ずしも植物相手なら警戒は不要、というわけでもなかったのだが。

 ともあれ。
 シュラインの言葉を受けて鷹が辿り着いたのは、雲の上まで続く巨大な黒い柱のある場所であった。
「……これは……何?」
 予想を超えたスケールの何かに、さすがのシュラインも驚かずにはいられない。
 鷹の様子を見る限り、鷹はこれが何かを知っているようで、少なくとも警戒する必要のあるものでないことくらいはわかったが、それ以上の詳細はわからない。
「何にしても、ちょっと調べてみましょうか」
 ひとまず周りをぐるりと回ってみた結果、かなり大雑把ではあるが縄状に細工が施されている、というより、まるで何かの蔓が絡み合ったような形状になっていることがわかった。
 それから試しに柱の表面に手を触れてみると、これが思ったよりも柔軟性があり、少なくとも石やら金属やらそういった素材でできているのではないようである。

 これらのことから、想像できる答えは一つであった。
「……まさか……?」
 ほぼ確信にも似た予感を抱きつつ、ゆっくりと高度を上げていく。
 夢の中だからか、不思議とどこまで行っても空気が薄くなったりすることもなく。
 雲の上に出たあたりで、シュラインは「それ」を見つけた。

 黒い柱の正体は、それ自体が豆の蔓。
 そして雲の上に出たところでは、その柱から無数の細い茎が突きだしており、数多くの葉っぱと、そして鞘に入った豆がぶら下がっていた。
 葉や豆の鞘まで黒いのは気になるところだが、蔓自体の桁外れの大きさの割に、豆や葉のサイズは普通のものとほとんど変わりない。
「これだけ大きな豆の木なら、あの穴埋めにも役に立つかもしれないわね」
 そう思いながら、シュラインは用意してきた籠いっぱいに豆を集めたのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 バクと黒豆 〜

 それは、どれくらい歩いた頃だったろうか。
 川辺にたどり着いたところで、白樺雪穂(しらかば・ゆきほ)は、異様な気配を感じて辺りを見回した。
 ところどころに、ぽっかりと空いた穴のようなものが見える。
 ……と言っても、岩や地面に穴が空いているのではない。
 穴が空いているのは、「その場の空間そのもの」であった。

「これ……何だろう?」
「何にしても、あまり近づかない方がよさそうね」

 相手が何らかの動物や何かであればまだ対処の仕様もあるが、こういったものに対してはそれ以外にできることもないだろう。
 白樺夏穂(しらかば・なつほ)の言葉に雪穂は一度頷くと、なるべくそれらの穴には近づかないようにして先へ進むことにした。

 そうして歩いていくと、やがてあまり見慣れない動物が何かを食べているのが見えてきた。
「夏ちゃん、あれ何だろう? 行ってみようか?」
 この空間にいる色々な珍しい動物や植物が、雪穂は面白くて仕方がないのだが、夏穂の方はどうもそれほど感じるところもないのか、だいたい「凄いわね」の一言で淡々と対処している。
 これまでもそんなことがしばらく続いていたが、今回の夏穂の対応は少し違っていた。
「……あれには近づかない方がいいと思うわ。だって、あれは多分バクだもの」
 なるほど、言われてみればあの白と黒の体色といい、やや長めの鼻といい、おそらくマレーバクに類した何かであろう。
「夢を食べるという獏とは本来別物のはずだけど……ここではわからないわ」
「それじゃ、この辺の穴も?」
「可能性はあるわね」
 そういわれてみると、確かに近づかない方が無難なのかもしれないが……それ以上に、雪穂はその真偽を確かめたくなってしまった。
「ちょっと見てきてみる!」
 それだけ言って、手近なバクの方に駆け寄る雪穂。
 バクはそんな彼女に気づいているのかいないのか、一切構わず「何か」を食べている。
 雪穂はその口元をのぞき込み……そこに「何もない」のを見て、夏穂の考えが当たっていたことを知った。

 とはいえ、バクの方はそれを知られたからどうこう、というわけでもなく。
 雪穂たちの姿などないかのように黙々と「その場の空間」を食べ続けるバクを尻目に、雪穂はすぐに夏穂のところへと戻った。

「すごい! 夏ちゃんの言った通りだったよ!」
 そう話す雪穂に、夏穂は小さくため息をつく。
「雪ちゃん……あの子たちがおとなしい子だったからよかったけど、もし襲ってきたらどうするつもりだったの?」
「それは……」
「……ここの生き物たちが珍しいのはわかるけど、もっと気をつけないと」
 夏穂の口調がややきつくなってしまうのは、本気で雪穂を心配しているからこそなのだろう。
 それは雪穂もわかっているが……わかっていても、やはりカチンとはくる。
「それはそうだけど、そこまで冷たく言わなくても」
「これくらい言わないと、雪ちゃん聞いてくれないでしょ?」

 ……と。
 二人がそんな口喧嘩(?)をしていると、一羽の大きな鷹が近くに降りてきた。
 その鷹には一人の女性が乗っており、背には何かがいっぱい入った籠を背負っている。

「……何だろう?」
 そんな彼女の様子に興味を持った二人は、すぐに喧嘩を止めてそちらの方へ行ってみることにした。





「去年より、だいぶひどくなってるわね」
 辺りの様子を観察して、シュラインは改めて事態の深刻さを実感した。
 去年バクに食い荒らされた地域より、だいぶ「奥地」の方まで、被害地域は広がってきている。
 そしてバクの群れは今も変わらず夢世界の侵食を続けており、このままでは本当に大変なことになってしまうかもしれない。
「一応ゴールにいる係の人にも報告しておくとして……あとは、この黒豆が役に立つかどうか、かしら」
 そんなことを考えていると、九尾の狐と白虎を連れた二人の少女がこちらにやってくるのが目に入った。
「あら? あなたたちもレースの参加者なの?」
「ええ……ということは、あなたも?」





 お互いに自己紹介を済ませた後、話はシュラインが一体何をしようとしていたのか、ということに移った。
「……それで、この黒豆をこの穴にまいてみたら、ひょっとしたらこの穴がふさげるんじゃないかと思ったんだけど」
 シュラインの言葉に、雪穂が目を輝かせる。
「そんな大きな豆の木からとれた豆なら、確かに何とかなるかも」
 それとは対照的に、夏穂の方はどこまでも冷静だ。
「確かにその豆の木はすごいと思うけど、豆の方にもそれだけの力があるかはわからないわ」
 とはいえ、結局こればっかりはやってみるより他にない。
「とりあえず、一粒まいてみましょうか」
 そう言うと、シュラインは近くにあった小さめの穴のところに行って、試しに鞘から出した黒豆を一粒まいてみた。
 豆は穴の中に吸い込まれるように消えていき……それっきり、何も起こらない。
 他のいくつかの穴にも豆をまいてみたが、結果はやはり同じだった。
「やっぱりダメなのかしら」
「……そうみたいね」
「残念。その大きな豆の木を見てみたかったのに」
 ……と、三人がそんなことを話していると。

 不意に、小粒の雨が降ってきた。
「天気雨かしら?」
「雨宿りできそうなところもないのに……困ったわね」
「こんなことなら、傘持ってくればよかったかな」
 音もなく、霧雨のような――しかし、霧雨と呼ぶにもまばらなほどの、ほんの僅かな雨が降り。

 そして、突然、大地が揺れた。

「地震!?」
 あまりの揺れに、立っていられずその場に膝をつく。
 そんな三人の目の前で――何本もの「黒い柱」が、天へと向かって伸びていった。

 シュラインがまいた黒豆は、消えてしまったわけではなかった。
 ただ単に、まかれたところでじっと待っていただけだったのだ。

 そう、誰かがほんの少しの水をくれるのを。

「凄い! もうてっぺんがどこにあるのか見えないよ!」
「まさか、あっという間に……確かに凄いわね」
 大喜びする雪穂と、呆れたように言う夏穂。

 そんな二人と、みっしりと密集した巨大黒豆の木を見ながら、シュラインはただただ苦笑するより他なかった。

(一応、穴は埋まったけど……これは、少しやりすぎたかしら?)

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 今年のビックリドッキリ門番 〜

 あちこちの観光を終え、シュラインが富士山の山頂にたどり着いた時には、例によって例のごとく、もう何人もの参加者が集まっていた。
 もちろん、ここに参加者が「集まっている」ということは、すなわち「ここまでは来たもののまだゴールできていない」ということを意味する。

(今年は子年だから、鼠小僧とか、PCのマウスとか……なんにしても、一筋縄ではいかなさそうね)
 そんなことを考えながら、シュラインたちはゆっくりと高度を下げていった。





 山頂に着くと、いつもの黒衣の男が数人の参加者たちにつるし上げを食っていた。
 何があったのかは気になるが、とても聞けるような雰囲気ではない。
 どうしたものかと思っていると、たまたま近くで待機していた祐子の姿が目に入った。
「祐子さん、一体ここで何があったの?」
 シュラインが尋ねてみると、祐子は少し頬を膨らませてこう答えた。
「ゴールをねずみに盗まれちゃったみたいなんです。せっかく一番に着いたのに」
「ねずみ……と言うことは、今年の門番は鼠小僧の方だったのね」
「鼠小僧というと、あの盗賊の、ですか?」
「ええ。このレースは毎年ゴール前に干支に関連した門番がいて、それをどうにかしないとゴールできないのよ」

 二人がそんな話をしている間にも、参加者たちが次々と到着する。
 その中には、夏穂と雪穂の姿もあった。
「あ……シュラインさん。ここがゴール?」
「それがね……」
 二人にシュラインが事情を説明しようとした時、辺りが急に騒がしくなった。

 空気を振るわす爆音と、大地を揺らす震動と。
 それらに遅れて、富士山の反対側から、一同の前に姿を現したのは。

 体高数十メートルはあろうかという、巨大なネズミ型ロボットだった。

「あ、あれが鼠小僧ですか〜!?」
 驚く祐子の隣で、別の参加者がニヤリと笑ってこう続ける。
「いや、鼠小僧ってより、どっちかというと鼠巨像って感じだな」

 発言者が可及的速やかに黙らされたことは言うまでもない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 対決! 鼠巨像 〜

 富士山頂に出現した、巨大なネズミ型ロボット。
「信じがたいことですが、あのロボットの中からゴールゲートの反応があります」
 黒衣の男の言葉は、参加者たちを凍りつかせた。
「それじゃあ……」
「ええ。何とかしてあれを倒さないと、ゴールは不可能です」
 そんなことを言われても、あれだけ巨大なロボットを倒すとなると……。
 一同が半ば絶望的な気分になり始めた時、雪穂が急に声を上げた。
「あれは!?」

 彼女の指差した先にあったのは、こちらに向かって飛んでくる大きな人型ロボットの姿だった。
 そのサイズはネズミ型ロボットにも負けないくらい大きく、胸には「Ver.2」の文字がでかでかと躍っている。
 皆が見守る中で、ロボットはゆっくりと着地し、ネズミ型ロボットと対峙する。

『へへっ、とうとう俺にも運が向いてきたか!』

 そのロボットから聞こえてきた声は、まぎれもなく大宮のものであった。

『人のロボットの部品パクって作った急ごしらえで、こいつに勝てるわけねぇだろ!』

 そう叫んで、大宮のロボットがパンチを繰り出そうとした瞬間。

『ヂュヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!』

 ネズミ型ロボットが一声鳴くと、突然電撃を放ったのである。
 哀れ人型ロボットはその直撃をまともにくらい、あっという間に機能停止してその場に倒れてしまった。

「……見かけ倒しね」
「何、今の?」
「ダメダメですね〜」
 期待させるだけさせておいて、あまりにもあっけない展開に、皆が落胆の声を漏らす。
 とはいえ、これはこれで収穫はあったと言えるだろう。
 少なくとも、力押しでこれに勝つのは限りなく不可能に近い、ということがわかっただけでも。




 
 その後、大宮が次の兵器を捜しに何処かへ行ったり、黒衣の男に何か手はないのかと詰め寄るものがいたりはしたが、勝ち誇るネズミ型ロボットに挑もうというものは誰一人いなかった。
 夢の中だからなのか、いつまで経っても夕方にも夜にもならず、ただただ無為の時が過ぎる。

 だが、これだけ強力な相手をどうにかする手段を探すのは、なかなかに困難なことだった。





「夏ちゃん、ちょっと」
 最初に何かを思いついたのは、雪穂だった。
 雪穂が夏穂を呼び、夏穂に何事か耳打ちする。 
 それを聞いた夏穂が、今度はシュラインに何事か耳打ちする。
 そして、そのシュラインが今度は祐子のところに来て、雪穂の考えた「作戦」を打ち明けた。

「……ということなの。協力してくれないかしら」
 シュラインの言葉に、祐子は半信半疑ながらもとりあえず首を縦に振った。
「私はそれを見ていないので、なんとも言えませんけど〜。
 それで何とかなりそうでしたら、喜んでお手伝いしますね〜」





 魔剣ディスロートを背に、祐子は静かに巨大なネズミ型ロボットと対峙した。
 先ほどの人型ロボットもそうだったが、こうしてみるとなんとも言えぬ威圧感がある。

 けれども。
 これを倒さなければ、ゴールできない。帰れない。

 ならば、やるより他に道はない。

 祐子は静かに左脚を上げ、大きく前に踏み込んで……右手を力強く振り抜いた。
 その手から放たれた「それら」は、祐子の怪力のおかげもあってものすごい速さでロボットに向かい――そのうちのいくつかが、狙い通りに装甲の隙間や関節部に入る。

 それに続けて、夏穂が手にした扇子を一閃させ。
 ネズミロボットに、頭から水を浴びせた。

 それは、攻撃魔法でもなんでもなく。
 本当に、ただ僅かな水を浴びせただけ。

 だが、たったそれだけで十分だった。
 ――シュラインが摘んできた、あの「巨大黒豆」にとっては。





 無数の黒い柱が、鋼鉄のネズミをやすやすと引き裂き、天へと向かう。
 ちっぽけな文明の力を嘲笑い、大自然の力を見せつけるかのように。





 こうして、無事にネズミロボットは破壊され、ゴールゲートは奪還された。
 その後、誰がどの順番でゴールするかということで多少騒ぎはあったものの、このネズミロボット退治に貢献してくれた四名については全員同着一位扱い、そして残った者は全員同着五位扱いとするということで丸く収まったのであった。

「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
 本年が皆様にとって良い年となりますように……」 





 ちなみに、唯一その場にいなかった大宮が単独最下位となり、二年前に続けて罰ゲームとなったが、このことを知るものは本人以外には誰もいない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜 その後 〜

 そして……シュラインは、夢から覚めた。

 目を覚ました後で、変わったことが一つだけあった。
 テーブルの上に、何やら小さな箱が置かれていたのである。
「これも、いつも通りね」
 シュラインが中を開けてみると、中には「あの」黒豆の種が数粒入っていた。
「これって……まいてみたら、どうなるのかしら」
 まさかとは思うが、こちらでも同じように育つ、という可能性も否定できない。

 まいてみるべきか、それともやめておくべきか。
 年初から、さっそく悩むことになってしまったシュラインであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 7182 /  白樺・夏穂   / 女性 / 12 / 学生・スナイパー
 7192 /  白樺・雪穂   / 女性 / 12 / 学生・専門魔術師
 3670 /  内藤・祐子   / 女性 / 22 / 迷子の預言者

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■         ライター通信          ■
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 西東慶三です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、このレースも今回で五度目。
 毎年地形が変わったり変わらなかったりしているので、違った年のものと読み比べるといろいろ辻褄が合わないのはご愛敬ということで。

・このノベルの構成について
 このノベルは全部で七つのパートで構成されております。
 そのうち、五番目と六番目を除く各パートについては複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。

・個別通信(シュライン・エマ様)
 五年続けてのご参加ありがとうございました。
 今年も相変わらずの飛ばし具合となりましたが、いかがでしたでしょうか?
 鼠小僧はビンゴでしたが、今回はさらにそこからもう一ひねりしてみました。
 黒豆はもしかしなくてもかなり凶悪な破壊兵器の気が……保管にはくれぐれもご注意を(?)。
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。