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激走! 開運招福初夢レース二〇〇八!
〜 スターティンググリッド 〜
気がつくと、真っ白な部屋にいた。
床も、壁も、天井も白一色で、ドアはおろか、窓すらもない。
(ここは、一体どこなのでしょう?)
納得のいく答えを求めて、懸命に記憶をたどる。
その結果、導き出された答えは一つだった。
(きっと、これは夢なんでしょうねぇ)
自分の記憶は、ちょうど眠りについたところで途切れている。
だとすれば、これはきっと夢に違いない。
眠っている間に何者かにここへ運び込まれた、ということもありえなくはないが、それよりは、これが夢である可能性の方が高いだろう。
それにしても、なんとつまらない夢だろう。
何もない、だだっ広い真っ白な部屋に、自分ひとりぼっち。
しかも、ただの夢ならともかく、これが二〇〇八年の初夢だとは。
(これは、どうやら目が覚めるまで待つしかなさそうですね〜)
少し考えた後、内藤祐子(ないとう・ゆうこ)はそう結論づけた。
……が、そうしてこの状況についての考察が一段落すると、今度は自分の服装が気になってきた。
普段からメイド服ばかり着ている彼女にとって――と言っても、いつも同じような服なのではなく、「メイド服」というカテゴリーに属する服ばかり色々、という意味で、実際にはかなりバラエティに富んでいるのだが――今着ている服が「メイド服ではない」というのが、どうにも落ち着かないのである。
(夢の中なんですから、これくらいはできますよねぇ〜)
勝手にそんなことを考えつつ、周囲の壁をがさがさやっていると、ちょうど良い取っ手のようなものが手に触れる。
それを引っ張ってみると、ちょうどその部分が引き出しのように開き、中から一着の一風変わったメイド服が出てきた。
(やってみるものですね〜)
そんなことを考えながら、彼女がメイド服に着替え終わった頃、突然どこからともなく声が響いてきた。
「お待たせいたしました! ただいまより、新春恒例・開運招福初夢レースを開催いたします!!」
(『新春恒例・初夢レース』……?)
新春恒例と言われても、そんなレースは聞いたこともない。
不思議に思っている間にも、声はさらにこう続けた。
「ルールは簡単。誰よりも早く富士山の山頂にたどり着くことができれば優勝です。
そこに到達するまでのルート、手段等は全て自由。ライバルへの妨害もOKとします」
(これはこれで面白そうですねぇ)
聞いているうちに、次第とそんな気持ちが強くなってくる。
なんでもありの夢の中で、なんでもありのレース大会。
考えようによっては、こんなに面白いことはない。
それに、どうせ全ては夢の中の出来事なのだ。
負けたところで、失うものがあるわけでもない。
もちろん、勝ったところで何が手に入るわけでもないのかもしれないが、楽しい夢が見られれば、それだけでもよしとすべきだろう。
「それでは、いよいよスタートとなります。
今から十秒後に周囲の壁が消滅いたしますので、参加者の皆様はそれを合図にスタートして下さい」
その言葉を最後に、声は沈黙し……それからぴったり十秒後、予告通りに、周囲の壁が突然消え去った。
かわりに、視界に飛び込んできたのは、ローラースケートやスポーツカー、モーターボートに小型飛行機などの様々な乗り物(?)と、馬、カバ、ラクダや巨大カタツムリなどの動物、そして乱雑に置かれた妨害用と思しき様々な物体。
想像を絶する事態に、なかば呆然としつつ遠くを見つめると……明らかにヤバそうなジャングルやら、七色に輝く湖やら、さかさまに浮かんでいる浮遊城などの不思議ゾーンの向こう側に、銭湯の壁にでも描かれているような、ド派手な「富士山」がそびえ立っていたのであった……。
そんな不思議空間にもかかわらず、祐子の行動は素早かった。
のほほんとしていてあまり細かいことに拘らない性格が、ここではプラスに働いたと言ってもいいだろう。
ただ、あまりにも細かいことに拘らなさすぎる彼女は、この競技のルールに関しても、きわめて単純明快な割り切り方をしてしまっていた。
すなわち、「何をしてもいいから最後まで生き残れ」と。
幸い、彼女の手には強力な魔剣ディスロートがある。
この魔剣の飛行能力があれば、最短距離で目的地まで飛んでいくことも可能だろう。
そう判断すると、さっそく祐子は近くにいた別の参加者と思しき人物の方に突撃し、魔剣の一振りで明後日の方向にかっ飛ばした。
……よく考えるとどうして斬撃でかっ飛ぶのかが謎ではあるが、そこは気にしないことにして。
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〜 空は広いな危険だな 〜
世の中には、簡単そうに見えて難しいことというのが山ほどある。
そして、それはこの夢の世界でも例外ではなく。
……例えば、「空路で行こうとする」ことなどは、その最たるものである。
そうとも知らず、祐子は飛行能力を持った魔剣ディスロートにしがみつくようにして空を飛んでいた。
スタート地点でもたもたしていた参加者数人を全員明後日の方向にかっ飛ばした後、目的地まで一直線に……と思っていたのだが、世の中そう甘いものではないのである。
突然、目にも止まらぬ速さで何者かが突撃を仕掛けてきた。
風を切り裂くその一撃をどうにか回避し、続いてきた二撃目をディスロートで受け止め――あまりのことに驚愕する。
猛スピードで空中を飛行し、鋭い斬撃を繰り出してきたその相手は――どこからどう見ても太刀魚だった。
もともと太刀に姿が似ているためにその名がついた魚であるが、今目の前にいる魚は文字通りその身そのものが太刀である。
そうして驚いている間にも、また別の太刀魚が攻撃を仕掛けてくる。
つばぜり合いを一旦中断して後ろへ飛んで態勢を立て直すと、太刀魚たちも一旦攻撃の手を止め、直立の姿勢で一列に並んで空中静止した。
「我々の攻撃をしのぎきるとは……やってくれる」
無表情のまま――なのは、魚だから仕方ないのかもしれないが――太刀魚たちが口を開く。
「しかし! 空の王者・我々太刀魚四天王の名にかけて、ここは通さんっ!」
そんなことを言いながら、偉そうに胸を張る太刀魚が……五匹。
「四天王、ですか〜?」
祐子がそう聞き返すと、太刀魚たちはますます胸を張ってこう答えた。
「その通り! 俺が疾風!」
「俺が突風!」
「俺が旋風!」
「俺が暴風!」
「俺が台風!」
『我ら、太刀魚四天王!』
最後はきれいにハモっているが……やはり、どう考えても数が合わない。
「でも、五人……五匹でしょうか〜? いずれにしても、数が合わないと思うのですが〜」
祐子の指摘に、太刀魚たちはムキになってこう主張する。
「そんなことはない! 一、二、三、四! 間違いない!」
「そうだ! 一、二、三、四! 数は合っている!」
「一、二、三、四! どう数えても四匹だろう!」
「一、二、三、四! どうだ!」
「一、二、三、四! これでわかっただろう!」
『我ら、太刀魚四天王!』
確かに、彼らの数え方だと数が合うようにも聞こえるが、全員揃いも揃って自分を数え忘れているのだから話にならない。
「ええと〜……皆さん、自分を数え忘れているような〜?」
そこを祐子がツッコむと、やがて太刀魚の一匹がこう言い始めた。
「ならば、全員で点呼をとってみればはっきりすることだ! 番号!」
「一!」
「二!」
「三!」
「四! どうだ!」
『我ら、太刀魚四天王!』
「だから、最初の一人が……一匹が? 番号を言っていないのでは〜?」
もう心底どうでもいいのだが、何となくここで引き下がったらそれはそれで負けのような気もする。
……と。
一人と五匹でそんな漫才をやっていると、そこへ一人の鷹に乗った女性が通りかかった。
「あら? あなたは……祐子さんよね?」
見覚えのあるその姿は、シュライン・エマに間違いない。
「シュラインさんもここに来てたんですね〜」
そうして挨拶を交わしたあとで、祐子はシュラインにこう尋ねてみた。
「ええと、あの太刀魚? シュラインさんには、何匹いるように見えます〜?」
「何匹って……五匹じゃないの?」
その何の気なしの言葉に、いよいよもって激昂する四天王。
「うるさいうるさいうるさい! 我らを侮辱するものは、この場にて成敗してくれる!」
「受けてみよ! 我ら必殺の四連撃!」
その言葉とともに太刀魚たちが一斉に戦闘態勢に戻り、時間差で攻撃を仕掛けてくる。
「一!」
一撃目、電光のごとき突きをかろうじてかわし。
「二!」
二撃目、上段からの一撃を――切り下ろしと言うべきか、ボディプレスと言うべきか――ギリギリのところで受け止める。
『三!』
そして三撃目は……なぜか同じタイミングで二匹が仕掛けてきて、しかも途中で仲間同士で激突し、攻撃が途切れる。
「四!」
最後に必殺の四撃目、目にも止まらぬ速さの切り上げが来るが、三撃目のところで態勢を立て直しているためにこれもどうにか回避できた。
こうして「四連撃」とやらをやり過ごし、反撃に転じようとする祐子。
しかし相手はその隙を与えてはくれず――すぐにもとの態勢に戻ると、やがて一匹が声を張り上げた。
「……ちょっと待て! なんで『三』で二匹行くんだ! おかしいだろう!」
「誰だ! タイミングを間違ったのは!」
「一、二、三、四でタイミング良く仕掛けてこその四連撃! どういうことだ!」
「誰か功を焦って二回仕掛けた者がいるんじゃないのか!」
「だとしたら許せん! まずはそいつから叩き斬って……」
どうやら、攻撃が失敗したことには気づいていても、まだその本当の理由には気づかないらしい。
「あの〜」
律儀にツッコミを入れようとした祐子の肩を、シュラインが軽く叩く。
「……多分、言うだけ無駄よ。
そんなことより、仲間内でもめてるうちにこの場を離れた方がいいと思うわ」
「言われてみれば、それもそうですね〜」
この状態でもこちらから仕掛ければ反撃してくるだろうが、放っておけばこの太刀魚たちの頭で正解に辿り着くことはなく、話し合いを中断してこちらを襲ってくることもないだろう。
そう考えて、二人と一羽はそっとその場を離れたのだった。
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〜 巨大ロボと泥棒ネズミ 〜
祐子は急いでいた。
魔剣ディスロートの力で空を飛んでいけば早いだろうと思っていたら、予想外の障害にぶち当たって結構な時間をロスしてしまったからである。
そこで「上空は危ない」という話を聞いて低空飛行に切り替えたものの、結局危ないのは上空も地表付近も同じであった。
人食いバナナを返り討ちにし、体長五十センチほどのでかいバッタの群れを追い払い。
謎の桜餅のような生き物に危うく吸い込まれかかったり、銀色の巨大な猿に風車を投げつけられたりしつつ、それでも結構なペースで目的地へと進んでいた。
「この音は……なんでしょうか〜?」
斜め後方から不意に聞こえてきた爆音に、そちらの方を振り向いてみる。
彼女が目にしたのは、身体を真っ直ぐに伸ばし、両腕を力強く前に突きだして飛ぶ、巨大な人型ロボットの姿だった。
「さすがは夢の中ですね〜」
そう納得しかけた祐子であるが、よく考えてみれば、これもきっと他の参加者の誰かが乗っているものに違いない。
だとすれば……ここで潰しておくしかないだろう。
と、祐子がそう判断した時。
彼女が仕掛けるのを待たずに、突然ロボットがこちらに向かって急降下してきた。
『見つけたぜ、メイドの姉ちゃん! さっきはよくもやってくれやがったな!?』
どうやら、乗っているのはスタート地点で祐子がかっ飛ばした相手の一人であるらしい。
だとすれば、いずれにしても戦闘は避けられないと言うことか。
「お望みなら、お相手させていただきますよ〜」
足を止めて向き直る祐子に、ロボットも着地して戦闘態勢をとる。
『上等だ!
五百七十トンのミサイルキックでペラペラにして、ポスター代わりに部屋の壁に飾ってやる!』
大地を揺らして巨体が駆け、予告通りの超特大ミサイルキックがかっ飛んでくる。
とはいえ、威力もサイズも並ではないが、直線的な攻撃なので避けられないほどのものではない。
祐子は素早く回避しつつ逆にディスロートでの斬撃を見舞ったが、軽くこちらの三十倍以上の巨体を誇るロボット相手では、切れ味うんぬん以前に剣の長さが絶対的に足りず、装甲の一部を傷つけるに留まる。
『効かねぇなあ! 全然全くちっともさっぱり効かねぇなあぁ!!』
その言葉とともに、再び着地したロボットが振り向きざまの裏拳を放つ。
これもどうにか回避は間に合ったが、危うく風圧だけで持っていかれそうになる。
「さ、さすがにこれは反則ですよぉ〜!」
光線技や飛び道具らしきものがないのが救いといえば救いだが、スピードもパワーも桁外れのこんな相手に勝てるはずがない。
と、なれば。
あとは、「三十六計逃げるに如かず」である。
「えーと……さようならぁ〜!」
回れ右して直ちに急上昇する祐子。
『あっ! ちょっと待て逃げんのかコラぁ!』
それをものすごいスピードで追ってくるロボットをかわし、今度は急降下に転じる。
ロボットはしばらく行きすぎてからこれまた急降下に転じ、ものすごい速さで追いついてきて。」
祐子が地表スレスレで水平飛行に転じると、勢い余って見事に頭から地面に突っ込み、腕や頭はもちろん、胴体の半分近くまで地面に埋まってしまった。
『ぬあぁっ! ぬ、抜けねえぇっ! 謀ったなあぁっ!?』
地面からにょっきり生えたロボットの下半身だけがバタバタしている様は、すでに恐怖でもなんでもなく、ただ滑稽なだけである。
「それでは、私は先を急ぎますね〜」
それだけ言って先を急ぐ祐子の背後から、男の怒号だけが追いかけてきた。
『コラ! この、待て、覚えてろおぉっ!!』
それから、どれくらい経っただろうか。
「夏ちゃん、この巨大な足跡、何だろうね?」
「何かはわからないけど、何にしても凄い大きさね」
白樺夏穂(しらかば・なつほ)は、双子の白樺雪穂(しらかば・ゆきほ)と、お互いのお供である九尾の狐の蒼馬、そして白虎の白楼の二人と二匹でのんびりと歩き続けていた。
だだっ広い大平原。
目につくものと言えばいくつかの巨大な足跡と……「何か」を運んでいる多くのネズミ。
「あ、またネズミ……何運んでるんだろう?」
「……見た目からして金属みたいね。何に使うのかしら」
そんなことを話しながら二人が進んでいくと、やがて「妙な何か」が二人の視界に飛び込んできた。
よく、人が大勢集まっている様子を「黒山の人だかり」と表現する。
その表現に習うならば、「黒山のネズミだかり」とでも言うべきだろうか?
さながら角砂糖に群がるアリのように、無数のネズミが「何か」に群がっては、そこから何かを運び出していた。
「……凄いわね、雪ちゃん。色々な意味で」
「凄いね、夏ちゃん……他に言葉が見つからないよ」
と。
そのネズミの群れをかきわけて、一人の男が顔を出した。
「ぉおーい……助けてくれえぇ……」
ネズミの側は彼には一切興味がないようだが、それでもお互いに邪魔なことにかわりはないようである。
「助けましょうか」
「助けようよ」
二人はそう言いあうと、夏穂の「お願い」で一旦ネズミたちに退いてもらい、男を引っ張り出すことに成功したのだった。
「助かったぜ、嬢ちゃんたち。恩に着るぜ」
大宮と名乗った男の話によると、彼はレース開始直後に謎のメイドに襲われてかっ飛ばされ、どこかの遺跡のようなところに突っ込んだらしい。
そこで巨大ロボットを見つけた彼はそれに乗って富士山へ向かおうとしたものの、途中で再び先ほどのメイドに遭遇し、罠にはめられて墜落してしまった、ということだった。
「さっきからネズミたちが運んでたのは、そのロボットの部品だったんだ」
相変わらず作業を続けているネズミたちを見ながら、雪穂が納得したように言う。
「そうみたいだな。
まさかネズミにバラされるとは思わなかったが、おかげで出られたんだからよしとするか」
大宮の話を半分程度に聞いたとしても、それだけ巨大なロボットをネズミに解体するというのは確かに凄いことである。
「でも、あんなもの本当に何に使うのかしら……?」
「さあな? けど、ロボットをバラせるだけの頭があるんだから、実は何か作ってたりしてな」
「ひょっとしたら、別のロボットとか?」
雪穂の言葉に、大宮が楽しそうに笑う。
「ははっ、そいつはいいや。意外と今年の門番はそれだったりしてな」
「……門番?」
夏穂が尋ねてみると、大宮は「俺もそこまで詳しいワケじゃねぇが」と前置きしてからこう説明した。
「ああ、どうもこのレースは毎年ゴール前に門番がいるみたいでな。
ゴールまで着いても、なかなか一筋縄じゃゴールできねぇんだ。
確か去年は猛スピードで突っ走るイノシシの背中のゲートを後ろからくぐれ、だったな」
「それは大変そうね……で、どうしたの?」
「ああ、その時はちょっとしたハプニングがあってだな……」
と、こんな調子でこのレースについての話を少しした後、大宮は「また何か適当な乗り物探してみるか」と言って立ち去っていったのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 ゴールはどこ? 〜
巨大ロボットをかわし、七色の湖の上を飛び越えて、祐子は誰よりも速く富士山の頂上にたどり着いた。
「ん〜、ここがゴールですねぇ〜?」
辿り着いて、きょろきょろと辺りを見回す。
けれども、そこにはゴールを示すようなものは何一つなく。
ただ、大きな木箱が一つあるだけだった。
「おかしいですねぇ〜?」
待てど暮らせど、何かが起きる様子もなければ、誰かが来る様子もない。
「ひょっとすると、この箱が何かなのでしょうか〜?」
そう考えて、祐子は箱を開けてみることにした。
箱の中では、黒衣の男が気持ちよさそうにすやすやと寝息を立てていた。
「……どちら様でしょうか〜?」
レースの参加者とも違うようだし、ますます謎が増えてしまったことに困惑する。
ともあれ、悩んでいてもなにもわかるものではないので、ひとまずこの男を起こしてみることにした。
「あの〜、すみません〜」
まずは声をかけ、それでも起きる気配がないので、軽く肩を揺すってみる。
そうしていると、やがて男はゆっくりと目を開け……跳ねるように飛び起きた。
「れ、レースは!?」
慌てた様子で辺りを見回す男。
「私が一番でここについたと思っていたのですが、あなたも関係者の方ですか〜?」
祐子の言葉に、男はますますわけがわからないといった顔をする。
「もうついたって……私がスタートの合図をしないとレースは始まらないはずなのですが」
しかし、実際スタートの合図があったから祐子はここにいるわけだし、彼女の記憶が確かならば、あれは確かにこの男の声だったはずである。
「スタートの合図はちゃんとありましたよ〜。それで、ゴールはどこなんですか〜?」
「いえ……私には、合図をした記憶はないのですが……。
……確か、風邪気味だったので薬を飲んで、それから……?」
男はなおも腑に落ちない様子だったが、ひとまず職務に戻ることにしたのか、一度咳払いをしてこう続けた。
「何にしても、始まってしまっていたのなら仕方がありません。
ゴールならそこにゲートがあると思いますので、それをくぐればゴールになります」
だが、男の指した方向には、それらしいものなど影も形もない。
「ゲートなんて、どこにも見あたりませんよ〜?」
祐子の言葉に、男も慌ててそちらに目をやる。
「確かにここにあったはずですが……これは一体?」
ゲートがあったと思われる場所へと走っていって、いろいろと調べ始める男。
……と、その男の出てきた箱の底に、一枚の紙切れが入っているのが目に入った。
「これは……?」
祐子がそれを手に取ってみると、そこには墨で黒々とこう書かれていたのであった。
「ゴールのゲートはいただいた ねずみ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 今年のビックリドッキリ門番 〜
あちこちの観光を終え、シュラインが富士山の山頂にたどり着いた時には、例によって例のごとく、もう何人もの参加者が集まっていた。
もちろん、ここに参加者が「集まっている」ということは、すなわち「ここまでは来たもののまだゴールできていない」ということを意味する。
(今年は子年だから、鼠小僧とか、PCのマウスとか……なんにしても、一筋縄ではいかなさそうね)
そんなことを考えながら、シュラインたちはゆっくりと高度を下げていった。
山頂に着くと、いつもの黒衣の男が数人の参加者たちにつるし上げを食っていた。
何があったのかは気になるが、とても聞けるような雰囲気ではない。
どうしたものかと思っていると、たまたま近くで待機していた祐子の姿が目に入った。
「祐子さん、一体ここで何があったの?」
シュラインが尋ねてみると、祐子は少し頬を膨らませてこう答えた。
「ゴールをねずみに盗まれちゃったみたいなんです。せっかく一番に着いたのに」
「ねずみ……と言うことは、今年の門番は鼠小僧の方だったのね」
「鼠小僧というと、あの盗賊の、ですか?」
「ええ。このレースは毎年ゴール前に干支に関連した門番がいて、それをどうにかしないとゴールできないのよ」
二人がそんな話をしている間にも、参加者たちが次々と到着する。
その中には、夏穂と雪穂の姿もあった。
「あ……シュラインさん。ここがゴール?」
「それがね……」
二人にシュラインが事情を説明しようとした時、辺りが急に騒がしくなった。
空気を振るわす爆音と、大地を揺らす震動と。
それらに遅れて、富士山の反対側から、一同の前に姿を現したのは。
体高数十メートルはあろうかという、巨大なネズミ型ロボットだった。
「あ、あれが鼠小僧ですか〜!?」
驚く祐子の隣で、別の参加者がニヤリと笑ってこう続ける。
「いや、鼠小僧ってより、どっちかというと鼠巨像って感じだな」
発言者が可及的速やかに黙らされたことは言うまでもない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 対決! 鼠巨像 〜
富士山頂に出現した、巨大なネズミ型ロボット。
「信じがたいことですが、あのロボットの中からゴールゲートの反応があります」
黒衣の男の言葉は、参加者たちを凍りつかせた。
「それじゃあ……」
「ええ。何とかしてあれを倒さないと、ゴールは不可能です」
そんなことを言われても、あれだけ巨大なロボットを倒すとなると……。
一同が半ば絶望的な気分になり始めた時、雪穂が急に声を上げた。
「あれは!?」
彼女の指差した先にあったのは、こちらに向かって飛んでくる大きな人型ロボットの姿だった。
そのサイズはネズミ型ロボットにも負けないくらい大きく、胸には「Ver.2」の文字がでかでかと躍っている。
皆が見守る中で、ロボットはゆっくりと着地し、ネズミ型ロボットと対峙する。
『へへっ、とうとう俺にも運が向いてきたか!』
そのロボットから聞こえてきた声は、まぎれもなく大宮のものであった。
『人のロボットの部品パクって作った急ごしらえで、こいつに勝てるわけねぇだろ!』
そう叫んで、大宮のロボットがパンチを繰り出そうとした瞬間。
『ヂュヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!』
ネズミ型ロボットが一声鳴くと、突然電撃を放ったのである。
哀れ人型ロボットはその直撃をまともにくらい、あっという間に機能停止してその場に倒れてしまった。
「……見かけ倒しね」
「何、今の?」
「ダメダメですね〜」
期待させるだけさせておいて、あまりにもあっけない展開に、皆が落胆の声を漏らす。
とはいえ、これはこれで収穫はあったと言えるだろう。
少なくとも、力押しでこれに勝つのは限りなく不可能に近い、ということがわかっただけでも。
その後、大宮が次の兵器を捜しに何処かへ行ったり、黒衣の男に何か手はないのかと詰め寄るものがいたりはしたが、勝ち誇るネズミ型ロボットに挑もうというものは誰一人いなかった。
夢の中だからなのか、いつまで経っても夕方にも夜にもならず、ただただ無為の時が過ぎる。
だが、これだけ強力な相手をどうにかする手段を探すのは、なかなかに困難なことだった。
「夏ちゃん、ちょっと」
最初に何かを思いついたのは、雪穂だった。
雪穂が夏穂を呼び、夏穂に何事か耳打ちする。
それを聞いた夏穂が、今度はシュラインに何事か耳打ちする。
そして、そのシュラインが今度は祐子のところに来て、雪穂の考えた「作戦」を打ち明けた。
「……ということなの。協力してくれないかしら」
シュラインの言葉に、祐子は半信半疑ながらもとりあえず首を縦に振った。
「私はそれを見ていないので、なんとも言えませんけど〜。
それで何とかなりそうでしたら、喜んでお手伝いしますね〜」
魔剣ディスロートを背に、祐子は静かに巨大なネズミ型ロボットと対峙した。
先ほどの人型ロボットもそうだったが、こうしてみるとなんとも言えぬ威圧感がある。
けれども。
これを倒さなければ、ゴールできない。帰れない。
ならば、やるより他に道はない。
祐子は静かに左脚を上げ、大きく前に踏み込んで……右手を力強く振り抜いた。
その手から放たれた「それら」は、祐子の怪力のおかげもあってものすごい速さでロボットに向かい――そのうちのいくつかが、狙い通りに装甲の隙間や関節部に入る。
それに続けて、夏穂が手にした扇子を一閃させ。
ネズミロボットに、頭から水を浴びせた。
それは、攻撃魔法でもなんでもなく。
本当に、ただ僅かな水を浴びせただけ。
だが、たったそれだけで十分だった。
――シュラインが摘んできた、あの「巨大黒豆」にとっては。
無数の黒い柱が、鋼鉄のネズミをやすやすと引き裂き、天へと向かう。
ちっぽけな文明の力を嘲笑い、大自然の力を見せつけるかのように。
こうして、無事にネズミロボットは破壊され、ゴールゲートは奪還された。
その後、誰がどの順番でゴールするかということで多少騒ぎはあったものの、このネズミロボット退治に貢献してくれた四名については全員同着一位扱い、そして残った者は全員同着五位扱いとするということで丸く収まったのであった。
「本日は、当レースに御参加下さいまして、誠にありがとうございました。
本年が皆様にとって良い年となりますように……」
ちなみに、唯一その場にいなかった大宮が単独最下位となり、二年前に続けて罰ゲームとなったが、このことを知るものは本人以外には誰もいない。
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〜 その後 〜
そして……祐子は、夢から覚めた。
「なんだか、凄い夢を見ました〜」
改めて思い出してみると、新年早々かなり盛りだくさんな夢だった。
太刀魚と戦ったり、巨大ロボットに追われたり。
ともあれ、夢はあくまで夢である。
何かの話の種くらいにはなるだろうが、それよりもまずはいつも通りの日常に戻らなければ。
そう考えて、祐子はさっそく今日の支度を始めた。
……いつの間にか部屋の片隅に置かれていたおかしな刀に彼女が気がついたのは、その日の夜のことである。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
7182 / 白樺・夏穂 / 女性 / 12 / 学生・スナイパー
7192 / 白樺・雪穂 / 女性 / 12 / 学生・専門魔術師
3670 / 内藤・祐子 / 女性 / 22 / 迷子の預言者
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■ ライター通信 ■
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西東慶三です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
さて、このレースも今回で五度目。
毎年地形が変わったり変わらなかったりしているので、違った年のものと読み比べるといろいろ辻褄が合わないのはご愛敬ということで。
・このノベルの構成について
このノベルは全部で七つのパートで構成されております。
そのうち、五番目と六番目を除く各パートについては複数パターンがありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(内藤祐子様)
今回はご参加ありがとうございました。
祐子さんはプレイングがわりと攻撃的な感じでしたので、そんな感じの相手を狙って当ててみましたが、いかがでしたでしょうか?
太刀魚の辺りなどはもうほとんど趣味丸出しで申し訳ないですが、ああいうベタなネタは大好きでして。
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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