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<東京怪談ノベル(シングル)>


新春! 瑞穂杯争奪ボウリング大会!

「ナイトホークさんは、ボウリングとかって得意かしらん?」
「は? 藪から棒に何を」
 桜塚 詩文(さくらづか・しふみ)が経営するスナック瑞穂のカウンターで、蒼月亭のマスターであるナイトホークは、一枚のチラシを渡された。
 その紙には「新春! 瑞穂杯争奪ボウリング大会」と書かれており、どうやら毎年新年会代わりに瑞穂の常連で行われているものらしい。ちなみに二次会もあって、二次会はボウリング場の広間を借りるという。
 閉店間際のため客が引けているカウンターで煙草に火を付け、ナイトホークはそのチラシをまじまじと眺めている。
「ボウリングブームとかあったから、それはそれなりに出来るけど……よその店のマスターが、新年会に出ちゃっていいのか?」
 そんなことを言うと、詩文はクスクスと悪戯っぽく笑う。
「あら、ナイトホークさんはもう瑞穂の常連でしょ。来ないと皆寂しがるわん」
 同じような飲食店を経営している二人だが、お互いの店に行き合うような間柄だ。ナイトホークは、常連の印である詩文手作りの人形もキープしているボトルについている。
「一位の商品は、酒屋さんが持って来てくれるって言うから、遊びのつもりで。ね?」
 確かに詩文の言う通りだ。
 行けば盛り上がるだろうし、新年会は日曜日なので暇を潰すのには丁度いい。そもそも店が休みの時のナイトホークは、コンビニ以外に出かけないという体たらくだ。賑やかしに出るのも一興だろう。
「ナイトホークさんが来てくれないと、私も寂しいわん」
「詩文さんにそう言われたら、出ないわけに行かないな。じゃ、参加させてもらう」
「うふふ……」

 ボウリング大会当日。
「何で『ローズバンク』のウイスキーがここにあるんだ?」
「酒屋さんが持って来てくれたのよん。先代のお爺さま……その人も瑞穂の常連だったんだけど……が仕入れて、そのままになってたんですって」
 貸し切りになっているボウリング場で、景品が置いてあるテーブルを見たナイトホークは『優勝』という紙が貼られているウイスキーの箱に釘付けになっていた。
 置いてあるのは『ローズバンク』の『ザ・ブラザーズ』
 1993年に醸造所が閉鎖され、幻のモルトの宝庫であるローランドでも最高と言われており、今でもファンが多いことで有名だ。マニアが見たら垂涎物である。
「詩文さん、優勝したらこのボトルもらえんの?」
「そうよん」
 無邪気に頬笑んでいる詩文は、このボトルがどんなものかを知っているのかいないのか。いや、知っていたとしても、詩文は純粋に楽しめればいいのだろう。
 ……他の景品は、お米券やハムの詰め合わせなどだ。
 それはそれであると大変ありがたいが、やはりこのボトルは欲しい。大人げないと言われようが、欲しい物は欲しい。
「よっしゃ! 本気出す。超本気出す」
「うふふー。でも、みんな手強いわよん」
 そう言っている詩文も、マイシューズにマイボール持参だ。よく見ると、参加しているメンバーもマイシューズ持ちだったり、グローブをしていたりと本格的だ。ウォームアップしているメンバーの中には「行けるかと思ってたら、スネークアイ(7番と10番ピンだけが残ること)で残っちゃったか」とか、専門用語を話している者もいる。
「そっか、他のみんなもボウリング世代だ」
 瑞穂の常連は実年世代が多いので、ボウリングブームを体験している。体力で行けばナイトホークに分があるが、久しぶりと言うことを考えると相手に分がある。これはいい勝負になりそうだ。
「ささ、シューズとボール借りてきて練習しましょ。何だか楽しみになってきたわー」

 詩文のアベレージは80〜100前後で、ピンが倒れれば素直に喜び、周りの人がストライクなどを出すと一緒にはしゃいだりと、素直にボウリングを楽しんでいた。
「みんな頑張ってねん」
「若いもんは頑張っとるのう」
 詩文のように、皆と一緒にボウリングに参加するのが楽しいというお年寄りは、ガーターのないレーンで楽しんでいるし、ボウリングが苦手だという人たちは、最初からブービー狙いだったりと和気藹々とした雰囲気だ。
 そんな中……。
「よし! ダブル来た!」
 ナイトホークは、思い切り大人げなく本気でボウリングをやっていた。しばらくやっていなかったので心配だったのだが、元々運動神経は悪くないし、ボウリングブームの時はそれなりにやっていたので、何度かやると勘を取り戻してきた。
「ナイトホークさんはパワーハウス(ストライク後に10本のピンが全て後部に落ちること)多いな」
「こりゃ俺らも本気出さないと」
 満足げにガッツポーズを取るナイトホークに、他の常連達も触発されたようで、上位はなかなかの好ゲームが続いている。真っ直ぐにストライクを取りに行くナイトホークに対して、去年の優勝者である通称「課長さん」は、スピンなどをかけたボールで上手くスペアを取りに行ったりして、つかず離れずの接戦だ。
 いい音と共にストライクを決めた課長さんは、ナイトホークを見てニヤッと笑った。
「二年連続優勝は譲らんぞ」
 その言葉に皆が沸いた。
「おおー、今年も課長さんは本気だな」
「ボウリングが趣味だって言ってたしな。これはなかなか良い勝負になりそうだ」
 皆の投球を見ていたが、やはり課長さんが一番の強敵だろう。今でも週に何度かボウリングをやっているだけでなく、レーンの癖などをよく見ている。
「………」
 景品がローズバンクのボトルでなければ、お米券あたりを狙いに行くのだが、これは譲れない。課長さんは瑞穂でも時々ウイスキーのボトルをキープするが、コーラで割るのが好きだと言っていた。別に酒の飲み方など、その人が好きなように飲めばそれが一番だと普段なら思うが、流石にローズバンクをコーラ割りされたら泣く。
 ……でも負けたくないのは、本当にそれだけか?
「………」
 少し重めのボールをクロスで拭い、レーンに向かって真っ直ぐ立つ。
 気がつくと、一位二位の争いはナイトホークと課長さんの戦いになっていた。第9フレーム、ナイトホークはスペアを決めたが課長さんはストライクだ。
「はい、ナイトホークさん。タオルよん」
「ああ、サンキュー」
 少し固い椅子に座ると、詩文が濡れたおしぼりを渡してくれた。それで顔を拭き、他の人の投球を見ていると、詩文が横にちょこんと座る。
「ナイトホークさんが熱くなってるのって、何か珍しいわね」
「ん? ああ……ローズバンクのボトルかかってるからなぁ。ずっと探してたし、一度は飲んでみたくて」
「それだけ?」
 悪戯っぽい微笑みに、ナイトホークもつられて笑う。
「うーん、それもあるけど、純粋に負けたくないかな。最初はボトルが欲しいだったけど、今は課長さんにも負けたくない」
 ボトルが欲しいだけなら、負けたとしても個人間のやりとりで譲ってもらう事も出来るかも知れない。一杯飲ませてもらうだけでも充分だろう。
 結局自分は負けず嫌いなのだ。詩文と話しているうちにそれに気付き、ナイトホークは苦笑する。
「じゃ、行ってくる」
 そう言って立ち上がるナイトホークの背を見て、詩文は笑いながらこんな事を思っていた。
「男の人って、いくつになっても可愛いのよねん」
 無邪気で、負けず嫌いで。
 さて、そろそろ化粧直しをしようか。バッグからコンパクトと口紅を出すと、詩文は丁寧に口紅を塗り直し始めた。

 第10フレーム。
「これで一位と二位の勝負が決まるな」
 ナイトホークと課長さんの戦いは、お互い決まらないまま最終レーンになっていた。スペアかストライクが出れば3回の投球が出来るが、それすら譲る気はないだろう。
 本当に新年のボウリング大会なのかというほどの緊張感の中、詩文は何かを呟きながら、化粧直しをしていた。
「んーぱっ! んーぱっ♪」
 塗り残しやはみ出しがないように、丁寧に口紅を塗り鏡でチェック。そんな事をしているうちに、歓声が上がっていた。
「で、だれが優勝しちゃったのかしらん?」
 ひょいと立ち上がると、ナイトホークが嬉しそうに他の常連客にハイタッチをしているのが見える。
「課長さん惜しかったなぁ」
 そう言われた課長さんも、苦笑いをしつつナイトホークと握手をしていた。
「いやー、最後色々思ったら集中切れちゃったよ」
「ありがとうございます。良い勝負……うわっ!」
「優勝おめでとーん♪ はい、優勝景品のボトルと……」
 ナイトホークは優勝景品のボトルと共に、詩文からの「ほっぺにキス」をもらったのだった。

「びっくりしたびっくりした、本気でびっくりした……」
「ははは、ナイトホークさんは、本当の優勝景品知らなかったみたいだよ」
 二次会に進んで、まだ詩文からのキスにびっくりしたままでいるナイトホークを、常連達がからかった。それをごまかすようにビールを飲み、ナイトホークは溜息をつく。
「だから課長さんが最後『色々思ったら』って言ったのか」
 去年の優勝者だったら、それは確実に知っているはずだ。優勝したらキスだと思ったら集中だって切れる。
 空になったグラスにビールを注ぎ、工場の社長さんがナイトホークの肩を叩く。
「まあまあ。ママのキスは縁起がいいんだよ。新年早々それをもらえるなんて、今年はいい年だ」
「そうなんですか?」
 するとナイトホークの向かいに座っているお年寄りが、笑って課長さんを見た。
「だけど去年は課長さん、新年早々カミさんと大喧嘩したらしいじゃねぇか」
「あれは、キスマークつけたまま家帰ったからだろ。な?」
 キスマーク。
 そう言われ、ナイトホークは自分の頬を押さえてから、掌を見た。確かにピンクの口紅がついている。
 それを拭おうとすると、皆の手がナイトホークを止めた。
「ああ、二次会終わるまで取ったらダメだって」
「せっかくのキスなんだからなぁ」
「ちょっ! 恥ずかしいから取らせて」
「大丈夫、ナイトホークさん色黒いからそんなに目立ってないよ」
「そう言う問題じゃなくて……詩文さーん」

 ナイトホークが自分を呼んでいる声を聞きながら、詩文はお手洗いでもう一度口紅を塗り直していた。
「うふふーん。みんな楽しんでくれてるみたいで良かったわん」
 最後の一球の時、詩文が化粧直しをしていた理由。
 それは豊穣の女神シフの祝福の呪文を唱え、最後にキスをすることでその祝福を発動させるためだった。毎年この大会の優勝者のために贈る、詩文からのささやかなプレゼント。今年はナイトホークに行ったので、きっと一年シフが守ってくれるだろう。
「詩文さーん!」
「はーい、今行くわーん」
 今年も瑞穂に来てくれる皆が、健やかで良い年になりますように。
 そんな思いを込めながら、詩文は鏡に向かってにっこり笑い、皆がいる広間へと向かった。

fin