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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


穏やかなお正月
●オープニング【0】
「やれやれ……っと」
「お疲れさまでした、草間さん」
 年が明けた日の早朝、事務所に戻ってきた草間武彦を、夜通し起きていた草間零が暖かく出迎えた。
「それから、あけましておめでとうございます」
「ああ、あけましておめでとうだな、零。まさか年越しで仕事するとは思ってもなかったが……」
 苦笑しつつ零に新年の挨拶をする草間。そうなのだ、実は大晦日の夜から元日早朝にかけて仕事が入っていたのである。おかげで年末は大忙しであった。
「ま、これでゆっくり正月が味わえるってもんだ」
「そうですねえ」
 草間の言葉にうんうんと頷く零。
「今日はのんびり出来るといいんだが……」
 草間はそう言ってから、ふっと笑みを浮かべた。
「誰かしら来るんだろうな、やっぱり」
「綺麗な1000円札用意していますよ」
 零が言ったのは、もちろんお年玉用のお札のことだ。
「用意のいいことだな」
 草間がまた苦笑した。
 そして今年の元日も、草間興信所には人が集まるのである。
 どんなことになるかは――その場の流れ次第。

●さっそくの来客【1】
「さて。こんな早朝からやってくる奴も居ないだろうし、ちょっと横になるか……」
 と言いながら、ふわぁとあくびをする草間。何しろ徹夜明けの身体なのだ。けれども、1時間程度でも眠ればだいぶましになることだろう。
「あ、はい。じゃあ毛布を持ってきますね」
 草間がソファに腰掛けたのを見た零が、毛布を取りに行こうと歩き出そうとする。その時だった、天井から声が聞こえてきたのは――。
「いや、もう来ているんだ……」
 そして、すたっと飛び降りてくる影が1つ。それは守崎兄弟の兄、守崎啓斗であった。
「お前なあ……どっから入ってくるんだ」
「新しい年になったんだ。初心忘れるべからず、と言うだろう」
 呆れ顔の草間に対し、そう切り返す啓斗。
「ともかく……あけましておめでとう草間」
「……ああ、おめでとう」
 啓斗と草間が新年の挨拶を交わしていると、今度は普通に玄関の扉が開いて誰か入ってきた。
「草間〜、零さ〜んあけましておめでと〜」
 眠い目を擦りながらそう言って入ってきたのは、啓斗の弟の守崎北斗である。
「ああおめでとう。お前はちゃんと入ってきたんだな」
「だってさぁ、眠いんだよ〜……ふわぁぁ」
 大きなあくびをする北斗。それを見て草間が苦笑した。
「何だ、お前も完徹か」
「ああ。兄貴の大掃除に付き合わされて俺まで……ふあ〜。俺、今年の正月は寝正月にしようって心ひそかに決めてたのになー……」
 北斗がぶつぶつと文句を言う。と、啓斗が眉間にしわを寄せて口を開いた。
「本当はもう少し早くここに来たかったんだが、家の大掃除にかかりっきりで遅くなってしまった」
 そう言ってから、窓からの光を遮るように手を目の辺りに持ってくる啓斗。どうやら徹夜明けには、朝日というのは辛いようで……。
「閉めましょうか?」
 零がカーテンをちらっと見て尋ねると、啓斗は小さく首を横に振ってから思い出したようにこう言った。
「あ、そうそう。これは零さんに」
 何やら白い粉が入った袋を零に手渡す啓斗。見た所、だいたい1キロ程度だろうか。
「何ですか、これ?」
「重曹だ。雑誌で読んで半信半疑で使ってみたんだが掃除にかなり便利だった。ぜひ」
「お掃除にですか」
 『掃除』と聞いて零の目が輝いた。
「ありがとうございます、使わせていただきますね」
「まあそれ以外に、料理でも活躍するから使い道に困ることはないだろう。あと、草間にはこれだ」
 今度は草間に何か袋を手渡す。
「ん、何だ? お徳用炭焼き珈琲飴……ブルマン味。俺に舐めろってことか?」
 袋に書かれていた文字を読み上げ、じろっと啓斗を見る草間。
「さすがにこれを舐めている間は煙草も吸えないだろう」
「その気になったら、俺は吸うぞ。ま、ありがたくいただいておくか。せっかくだしな」
 笑いながら草間が言った。
「去年お年玉を貰ったからな……」
 ぼそっとつぶやく啓斗。それが草間に聞こえていたかは、反応がなかったので分からない。
「舐めないなら舐めないで、代わりに俺が舐めるし」
 横から北斗が口を挟んでくる。年が改まっても、相変わらず北斗の食欲は旺盛のようだ。
「舐めるか? 眠気覚めるだろ」
 ずいと袋を差し出す草間。
「あー……いいや。まずは雑煮。そんでお節。で、旨いもん色々ー」
 北斗がきょろきょろと室内を見回す。
「……あれ、雑煮は? お節は? 台所?」
「お節はシュラインが持ってきてくれるとか言ってたぞ。雑煮も何か下ごしらえしてたよな、昨日?」
 草間が零に確認をする。
「あ、はい。時間のかかることはもう大晦日のうちに」
「じゃ、シュラ姐待ちかー。楽しみだよな〜……さんま以外だったら……」
 最後ぼそりとつぶやいた時、北斗の表情に若干の陰りが見られたのはきっと気のせいではないだろう。
「さすがにもうさんまはないだろ」
「……ある所にはあるんだぜ、草間」
 草間にそう返してから、北斗はちらっと啓斗を見た。啓斗は目も合わせず無反応である。
「それにさぁ、せっかくの正月なんだし、旨いもん食いたいじゃん」
「それは分からなくもないな」
「かにとかさ? 寿司とかさ?」
「回転寿司とか、食べ放題の所でも行ってこい」
「えー。けど、そこ行って兄貴と2人っきりで食うのも味気ないじゃん。その点ここに来ればほら! 草間も零さんも皆も居るから賑やかじゃん? 何でもないもんだって旨いかもしんないしさぁ」
 そう力説する北斗。確かに、同席する面子次第で料理が旨くなったりすることはある。味覚というものには単に料理自体の味だけではなく、環境などのメンタル面での部分も関連してくるのであろう。

●食料確保【2】
 さて、それから30分かそこら経った頃だろうか。草間興信所にさらに2人の女性が姿を見せた。
「あけましておめでとうございます」
 1人は天薙撫子。お馴染みの和服姿だが、その柄は正月らしく梅をあしらったもので、清楚でいて少し華やかさもあった。何やら風呂敷包みを抱えている。
「あけましておめでとうございます、武彦さん、零ちゃん。それと、昨晩からお疲れさまでした」
 そしてもう1人はシュライン・エマ。こちらは大量の荷物持ちである。袋の中にあれこれと入っているようだ。
「ああ、2人ともおめでとう。立ってるのもあれだし、早々に座ってくれていいぞ」
 と、草間が2人を気遣って言う。だが撫子は改めて草間や零に向き直りこう言った。
「昨年はお世話になりました。本年もよろしくお願いいたします」
 そして深々と頭を下げる撫子。
「あ、いえ、こちらこそ」
 慌てて零も頭をぺこんと下げ返す。
「今年もお手伝いいたしますので、いつでもお申し付け下さい」
 撫子はにこっと微笑んで草間に言った。
「ああ。今年も何かしら頼むことはあるだろうしな」
 草間がそう返したそばでは、シュラインと零が言葉を交わしていた。
「零ちゃん。ひとまずお節、武彦さんの机の上に置いておくから」
「あ、はい、分かりました」
 そして2人は台所へ向かう。
「お節?」
 北斗がぴくっと反応し、ふらふらと草間の机の方へ近寄ってゆく。
「北斗ー、まだ食うなよー」
 笑いながら草間が北斗の背中へ言葉をかけた。すると、撫子が風呂敷包みを差し出してきた。
「あの、もしよろしければこちらも……」
「ああ、お節か。見ての通りだしな、ありがたくいただくさ」
 草間は北斗をちらっと見てから、撫子の差し出した風呂敷包みを受け取った。
「そういえば、昨晩から何とかと先程仰られていたような……?」
「ちょっと仕事でな。さっき終わって帰ってきたばかりだったんだ」
「まあ。それは大変でしたでしょう。お疲れさまでした」
「そういう仕事だからな」
 撫子の労いの言葉に対し、苦笑して言う草間。それから撫子は、啓斗と北斗にも新年の挨拶をしに向かった。
「ねえ零ちゃん。武彦さん、少しは仮眠したの? もちろん零ちゃんもだけど」
 台所に入ったシュラインが零に尋ねた。
「いえ。仮眠しようとした所で、お二人が来られましたから」
「じゃあ寝てないのね。……お酒飲んでお腹膨れたら寝ちゃうんじゃないかしら」
 シュラインは台所から草間の方を覗き込んだ。見た所、すぐにでも眠りそうには見えないが……身体が中から暖まってくるとどうなることか。
「それじゃあ零ちゃんには、お雑煮用のお鍋の温めと、お餅焼き係をお願いしようかしら。食器とか、飲み物の用意は私がするから」
「はい、分かりました」
 寝てない零の負担を減らすよう、割り振りを考えるシュライン。そして割烹着をつけて、あれこれと動き出すのであった。

●新年ご挨拶【3】
 それからしばらくして、諸々の準備が完了する。テーブルにお節のお重が2つ置かれ、それを取り囲むように飲み物や料理などが並んでいた。
「お〜、すげ〜! やっぱここ来てよかったな〜」
 並んだ料理を眺め、北斗がとても嬉しそうな声を出した。残念ながらかにと寿司はないけれども。
「お雑煮は何にしますか?」
 台所から顔を出し、零が皆に尋ねてきた。
「ん? どういう意味だ、それは?」
 不思議そうに草間が聞き返すと、シュラインの声が飛んできた。
「今年は色々作ってみたの。ほら、お節の材料が色々高くて量が少なめになったから」
 そう言われてシュラインの持ってきたお節を見ると、確かにちょっと量が少なめかもしれない。
「分かった。で、何があるんだ?」
「ええと、おすまし、白味噌、具沢山、洋風……この4つよ。缶でよければ、小豆も用意はしてあるけれど」
「地域を意識した感じだな……」
 ラインナップを聞いた啓斗がぼそっとつぶやいた。その隣では北斗が思案している。
「ん〜、どれもこれも全部食いたいな〜」
「順番に食え。逃げやしないんだから」
 草間が苦笑して北斗に言った。
 ともあれ全員が希望の種類と餅の個数を告げ、各々の前に雑煮が並ぶ。それでようやくシュラインと零も座ることが出来たのだった。
「よし、じゃあ始めるか」
 皆の顔を見回して、草間が言った。各々が飲み物を手に持つ。
「あけましておめでとう。今年も色々あると思うが……よろしく頼むな。じゃ、乾杯だ」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
 草間の乾杯の挨拶で新年の宴が始まる。忘れないうちにということか、シュラインが皆にお年玉袋を配り始めた。
「はい。武彦さんから」
 それを受け取るのは、啓斗に北斗、それから撫子、そして零の4人である。
「じゃ、これは俺からだ」
 シュラインが4人にお年玉を配り終わったのを見て、草間が懐からお年玉袋を取り出した。もちろんこれを受け取るのはシュラインである。
「え、私に?」
「いいだろ、たまには」
「……そうね。ありがとう武彦さん」
 シュラインは草間からのお年玉を両手で受け取ると、くすっと笑みを浮かべた。
「そういえば、皆様の今年のご抱負などはどうお考えなのでしょうか?」
 撫子が何気なく皆に尋ねた。
「今年の抱負? あー、去年の抱負が守れなかったんで今年こそ極力実行ってことでどうよ?」
 雑煮の餅と格闘しながら、北斗がそう言った。それに草間が興味を示す。
「ほう。で、何だ?」
「『空気が読める探偵』つーこって」
「……まあ、頑張れ」
 草間が苦笑いを浮かべて北斗に言った。そしてそのまま啓斗へと尋ねてみる。
「啓斗はどうなんだ?」
「そうだな……願った通り去年は結構ゆったり過ごせたし今年も…というのは少し贅沢か」
 そう言って苦笑する啓斗。
「しいて言えば今年こそ家計簿の赤字脱却なんか目指してみたいが……出来そうもないな……。ともあれ、健康で過ごせればそれでいいのかもな」
「健康に過ごせるのは大変いいことですわね」
 撫子がうんうんと頷いて言った。
「そういえば2人は? どういう年にしたいんだ?」
 啓斗は今度は草間と零に尋ねてきた。
「俺か。俺はだ……今年こそ『怪奇探偵』と言われないように……」
「無理だ」
「無理だろ?」
「……難しいのではと」
「それはちょっと武彦さん……」
「ええと……」
 草間が皆まで言う前に、他の全員から突っ込みを入れられた。
「……俺はもう2度と抱負なんか言わん!」
「まあまあ。はい武彦さん、お酌します」
 空になった草間の盃に、燗の酒を注ぐシュライン。
「今年もよろしくお願いします」
 そして改めてシュラインは草間に言った。
「ああ……こっちこそよろしく頼むな」
「零さんの抱負は?」
 啓斗が零に尋ねる。
「え、あ、はい。私はそうですね……皆が平穏に仲良く過ごせたらそれでいいかもしれません」
 笑顔で零はそう答えた。
「平穏に仲良く、か。そうだなあ……この正月みたいに1年いきたいもんだ」
 しみじみとつぶやく草間。さて、その願い通りになるかどうか、この先が楽しみである――。

【穏やかなお正月 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
         / 女 / 18 / 大学生(巫女):天位覚醒者 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全3場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしました。お正月の穏やかな模様をお届けいたします。ご覧の通り平穏なお正月風景……だと思います。平穏なのはお正月だけだという話もありますが、それはさておき。
・年末年始にかけて、東京怪談のボイスドラマをお聞きになられた方も居られるかと思いますが、もしよろしければご感想などいただけると高原は嬉しく思います。
・守崎北斗さん、32度目のご参加ありがとうございます。かにですが、高原はこの2月になって今シーズン初のかにを食べました。美味しいですよねえ……かに。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。