コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


『映し出された真実〜見れない過去〜』

「その鏡に興味があるのかい?」
 店主、碧摩・蓮が近付いてくる。
「この街ではよくある道具さ」
 鏡を取ると、こちらに向けてきた。
 人の顔よりも大きな手鏡だ。普通に自分の顔が映っている。
「強く願えば、過去が見えるらしい。どうだい? 面白そうだろ」
 蓮の説明によると、その鏡は覗きながら強く念じることにより、映っている場所の過去を映しだすことができるらしい。
 ただし、鏡に映るだけで、その過去に干渉することはできない。
 ただ、見るだけである。
「あんたも知りたいことくらいあるだろ? 例えば、あんたのいないところで、あんたの恋人が何をしてるか、とかさ」
 くすりと笑いながら、蓮は鏡を差し出した。
「この鏡はレンタル用でね。1日1000円でどうだい?」

**********

 一人。
 華南・亜衣は雪山にいた。
 ずっと昔。
 幼い頃、姉と逸れた雪山に。
 決して忘れられない過去。
 だけれど、次第に薄れていく過去。

 蓮から借りた鏡を取り出して、亜衣は自分の顔を映した。
 亜衣には双子の姉がいる。
 同じ顔をした、世界で唯一の存在。
 この雪山で逸れるまでは、いつも一緒に。
 亜衣の傍らには常に姉が……いた。

 黒い髪に、白い雪が降りかかる。
 あの時も、今日のような天気だった。
 ちらちらと雪が舞い、冷たい風が吹き抜ける。
 風になびくマフラーをコートの中に入れて、亜衣は再び鏡を見る。
 自分の顔を。
 姉が生きていたのなら、同じように成長し、同じ顔をしていたのだろう。
 この鏡に映ったのは、姉と自分、2つの同じ顔だったのだろう。
 だけれど、今、姉は亜衣の隣にはいない。
 ……存在しない。

 記憶を辿り、姉と逸れた場所まで歩いた。
 手を繋いで、ここまで来たのだ。
 笑い合いながら、一緒に。
 何も恐れはせず。
 明日もまた、2人一緒にいるのだと、疑いもせず。
 姉は自分の半身だった。
 自分の一部だった。
 だからいなくなってしまった今――。
「私は……」
 生きているのだろうか。
 生きているといえるのだろうか。
 生きていていいのだろうか。

 夏になれば、この場所の雪は解ける。
 雪が隠していたものが、全て露になる。
 だけれど、姉の姿はなかった。
 姉は現れはしなかった。

 顔を上げれば、崖が見える。
 あの崖の下に、落ちてしまったのだろうか。
 川の中に、沈んでしまったのだろうか。

 鏡を、見た。
 再び、映っているのは、自分の顔。
「もしか、したら……」
 生きているのかもしれない。
「だって、何一つ、見つからないものっ」
 遺体も……服も、鞄も何一つ、姉のものは見つからなかった。
 僅かな、本当に微かな希望を胸に、亜衣はこの山にやってきた。
 身体が、小刻みに震える。
 寒さ、ではない。
 亜衣が感じているのは、恐怖だった。
 何度も深呼吸をして、亜衣は念じ始める。
 あの日、小さな自分の眼には映らなかった真実を。
 自分が気を失った後、ここで何があったのか。

 鏡に、過去が映し出される。
 今と同じ風景。
 山は、今と全く同じ姿であった。
 真っ白な山。
 雪は踊るように回っていて……。
 綺麗、なのに。
 いつの間にか、凶器へと変わる。
 冷たい刃を押し当てられたような感覚を肌に受ける。
 映し出されているのは、吹雪。
 そして、2つの影。
「っ……」
 音も立てず、鏡が亜衣の手から滑り落ちる。
 亜衣はしゃがみこんで、鏡を手にとった。
「だ、め……」
 見れない。
 見れない。
 これ以上、見れない。
「怖い、怖い、お姉ちゃん……」
 小さい頃も、よく言っていた言葉だ。
 自分はどうしてこうも、勇気がないのだろう。
 どうして、こうも情けないのだろう。
「お姉ちゃんがいないと……私は……」
 なにも、出来ない。
 側にいてほしい。
 戻ってきてほしい。
 生きているのなら、自分の元に、現れないわけがない。
 だから、わかっているんだ。
 もう、姉はこの世にいないということが。
 だけれど、微かな希望を……ほんの僅かな希望を、消してしまうことが、亜衣には出来なかった。
 姉が雪に沈む姿を見る、勇気が、なかった。
 身体が凍りつくほどの寒さの中で、亜衣は泣いていた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃんっ」
 あの時と同じように、姉を呼びながら、泣いていた。
 鏡を見ずとも、当時の光景が鮮明に亜衣の中に蘇っていた。
 手を、伸ばした。
 姉に向けて。
 だけれど、あの時と同じ。
 掴んでくれる手は――。
「大丈夫か!?」
 突如、腕をつかまれる。
 涙に濡れた目で、亜衣は目の前の人物を見た。
 ……中年の、男性であった。
「声が聞こえたから。まさかと思って来てみたんだが。ここは危険区域だ。入ったらダメだ」
 呆然と、亜衣は男性を見詰める。
 姉とは似ても似つかない。
 ああ、でも……。
 あの時もそうだった。
「君の姉もいるのかい!?」
 男性が顔に手を翳し、雪を防ぎながら周囲を見渡す。
 いつの間にか、吹雪いている。
 もう、何も見やしない。
 雪で、全て多い尽くされてしまった。
 あの時のように。
「いません。私、一人です……」
 そう言った後、亜衣の意識は途切れた。

 あの時もそうだった。
 伸ばした手を掴んだのは、姉ではなかった。
 自分だけ、助けられて。
 自分だけ、生き残った。
 生き残ってしまった。

 目が覚めたら、姉になっていればいい。
 姉と入れ替われればいいのに。

 お姉ちゃん。
 ごめんね。
 全て、私のせいだ。
 私のことなんて、助けてくれなくていいのに。
 誰かお願い、お姉ちゃんを――。
 私のお姉ちゃんを、助けてください。

 雪が降っている。
 冷たい強風が、雪を凶器へと変える。
 凶器の中に飛び込んだのは、自分達。
 冷たい凶器は幼い姉妹を引き裂いた。

『亜衣、何落ち込んでんの、元気出しなって!』
 声が、頭の中に響いている。
 姉の声だ。
 だけど違う。
『ほら、笑って笑って!』
 違う!
 分かってる。
 あなたは、私が作りだした、姉。
 私自身でしかない。

 過去に戻りたい。
 あの時に戻りたい。
 あの時、この場所で――
 2人の位置が逆だったら。
 それ、だけで。
 本当、それだけで、何もかもが変わっていたのに。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6419 / 華南・亜衣 / 女性 / 17歳 / 職業】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの川岸です。
もう少し柔らかい文章にしたかったのですが、思いの他硬くなってしまったかもしれません。
お心を上手く表せているといいのですが……。
続く亜衣さんとお姉さんの物語を、楽しみにしています。
ご参加、ありがとうございました!