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<東京怪談・PCゲームノベル>


piece.DG limited edition 【 at School 】

 …貴方は誰と行く?

「無論」
 詠子と。
 と、月神詠子を見ながら――この教室内で一番最後に意識を回復した女子生徒、亜矢坂9すばるは当然のように詠子に同行を申し出る。すばるであればまぁそう来るだろうなと思っていたのか、水原新一も遠山重史も特に否やはなくすんなり同意。詠子自身もすばるを見、うん、とばかりに真剣そのものの顔でこくりと頷く。
 すばると詠子は元々、友人である。…お互い、何処か似ているところがあるからとも言えるかもしれない。ちょっとした事件を切っ掛けに知り合って以来、何となく、顔を合わせる事が多かったり、顔を合わせればよく話をしたり、といつの間にやら連れ立って一緒に居る事が多くなっている。それだけ馬が合ったと言う事かもしれない。
 教職か生徒かはさておき、同じ高等部在籍である水原も遠山もその事は一応知っていた。…数多の個性溢れる神聖都学園の生徒の中にあっても、月神詠子の存在は、目立つ方に含まれる。
 水原はすばると詠子に目を向けた。それから遠山にも一度目をやる。
「じゃあ亜矢坂9さんと月神さん、僕と遠山君の二手に分かれて取り敢えず動く事にする」
 まず、教室を出たら廊下の右側と左側に分かれて移動。僕たちは廊下を右側に向かって上の階を調べてみるから、二人は左側に向かって下の階を調べてみて欲しい。連絡は…そうだな、三十分毎にこちらから定期的に携帯に入れる。何かあったらその時にもすぐ連絡を。危険だと思ったらひとまずここに戻ってくる。危険でここまで戻って来れないようだったら何処か別の場所で待つ事。ここに戻って来れても何か問題がありそうに感じたらその時も何処か別の場所で待つ事。その時々で適宜判断。別の場所で待つ事にしたらその場所が何処か連絡を入れる事。携帯はバイブにしておく事。とにかく、出来る限り慎重に、注意して行動する事。
 それと、無理だけはしないように。
 水原がそこまで続けたところで、すばるが指名を求めるように小さく片手を挙げた。他の三人の視線を集めたところで、おもむろに口を開く。
「すばるは携帯を持っていないのである」
「月神さんが持っているなら連絡はそちらに入れる。二人とも持ってなければ僕のか遠山君のを貸す。他に今使えそうな連絡手段があるなら携帯じゃなくてそちらを使うようにしてもいいけどどうする?」
「なら連絡は携帯ではなくすばるに直接入れるようにして欲しいのである。内蔵の強化パラボラでどんな帯域の電波であっても受信も発信もできる。すばるにはそれが一番早いのである」
「了解。だったら遠山君のノートPCに任せれば何とかなる。…ああ、どの電波使うか使用帯域示し合わせないとか」
「同意する。…すばるはそこが不安だったのである」
 すばる側はどの帯域の電波でも問題無いが、決まっていないと遠山側が受信するのに困るのである。
 こくりと頷きながらすばるは遠山を見る。遠山も微かに頷くと、ノートPCを操り連絡に使うのに都合のいい、感度の良い帯域を探した。程無くすばるに伝えられる。
 伝えられた帯域を認識してから、すばるは再び水原に向き直る。
「水原先生」
 言いながら、すばるは何処から取り出したのか眼鏡らしきものを一つ取り出している。それから、水原に対して当然のようにその眼鏡らしきものを、す、と差し出した。
「あなたは鏡面の反射を介すれば電波状態の変移要素…霊的存在が肉眼で見えると聞いた。ならばこの多屈折偏光眼鏡はこの空間を探索するに当たり有効と思われるのである」
 貸与しておく。
「さすが、便利な物持ってるね」
「すばるには必要なオプションパーツはそれなりに用意されている」
「有難く借りておくよ。いちいち手鏡使うより便利だ」
「ん。これで使用するには片手が塞がってしまい不自由になる手鏡より、両手が自由な状態で常時視野を広げて持てる事は約束できる。すばるの方は電波状態が『見え』る以上、視覚的・光学的な問題は無い。それから…もし不測の事態が起きたなら、の話であるが」
 別に拠点を設けて待機するまでもなく、その時はすばるに連絡を入れてもらえれば、すばるなら物体から空間まで捻じ曲げn個所に接続し、すぐあなたたちとも合流できるのである。
「…すばるはそれが可能なだけの装備は持っているのである」
 と。
 聞いた時点で詠子がぼそりと呟いた。
「…また失敗するんじゃないか?」
 すばるは少し考えた。
「…恐らくは」
 そして詠子の指摘をあっさり肯定。
 その場の空気、俄かに一時停止。
 一拍置いて、詠子が軽く溜息。
「…じゃ、大人しく水原の提案に乗った方がまだ無難だよね。ボクとすばるなら化物なんか怖くないし。…むしろ水原たちの方が心配なくらいだけど」
「大丈夫だよ。さっきから言ってる通り無理する気は全然無いから。僕は君と同じでこうなってからの外の様子も直接見てるしね。一応」
 まぁ、確かに僕も遠山君も月神さん程腕に覚えは無いけど、何とかなると思う。
「わかった。信用する。…水原も遠山も、無事で居てよ。他の皆みたいに、居なくなるなよ」
「二人の方も。気を付けて」
 よし、と四人皆で頷き合う。

「じゃあ、行こうか?」
 まず、詠子が教室の扉に手を掛けた。
 すばるもすぐその後に続く。

 ――――――『亜矢坂9・すばる、探索同行者:月神・詠子』。



 すばるは空き教室で目覚めた時の事――詠子と水原に助け出されたらしい時の事を考える。
 …まずは、何故自分が意識不明だったのか。
 思考回路に浮かびはするがそれより先に現状を確認。今すばるは詠子と二人で空き教室から出た後の廊下に居る。すばるはすぐに頭を切り替え、電波状態を『見て』確認する。…ここはかなり特殊な世界だ。通常の状態とは異なる波長の電波が歪んで飛び交い錯綜している。
 …派遣先で見付けたこんな状態の場所を、特命生徒であるすばるが放って置ける訳がない。
 故に、恐らくは自らこの状況に突入したのが――人間で言うなら意識不明、とされる状態にすばるが陥っていた理由なのだと推測される。それまでの状態と著しく異なる電波の干渉を受けたなら、いかに強化パラボラ内蔵の身とは言え――いやその強化パラボラで数多の電波を見境無く受信してしまうからこそ、と考えた方がいいのかもしれない――とにかくそんな状態にあれば、一時的な誤作動も起こり得るだろう。
 …すばるは機械、そして特命生徒なのだ。
 派遣された学校に発生する超常事件を終息させる任務を帯びている。
 自らの存在理由――『任務』を改めて己の内に言い聞かせつつ、すばるはそのまま黙して電波状態の――今置かれている空間の解析を続ける。
 空間発生時以降の変移要素は、淡く金色に発光するその化物と、すばるたち四人だけと見える。…まぁ、我々が標的でも異物でも遠からず元凶が現れよう。
 現れざるを得ないように結界も破壊=正常化していく必要がある。
 ひとまず、今のところ危険はない――と言うか、すばるが危険だと判断した時点で、その危険――変移要素の一つである化物を、すばると同行している詠子が即座に撃退し無力化してしまっているので危険状況は長く続かない。…機械であるすばるが化物に抗する具体的な行動に移るより先に、詠子が動いて解決してしまっている。何故か詠子はこういった行動に限っては、機械を軽く上回る。
「っと…いったい何なんだろう、これ」
 どうにかしなきゃとは思うけど、何だか切りが無いし、見たところ廊下とか壁とか天井とかは…特に変わった様子も無い普段通りの校内風景のまんまだし…。
 金糸が解けるような形を見せて形をなくしていく化物の残骸を、消え切る前に自分から放り棄てつつ詠子はぼやく。どうやら詠子にとって現れる化物自体は片手で捻れる程度の連中しか出て来ないので大した障害にはなっていないらしい。殆ど気にしていない。
 階下に向かったら、階段が終わったところで何故か防災シャッターが下りている。
 詠子が無言ですばるの顔を見る。
 意図を知るのに言葉を介すまでも無い。すばるも詠子に見られるのと同時かそれより前に、既に何故か下りている防災シャッターそのものとその先にあるものについて危険が無いかどうか解析している。こういった分野は詠子よりすばるだろう。詠子の方にもそんな頭がある。
 問題無し。詠子に頷いて見せると、すばるは一丁のショットガン――本日の装備の一つ、マックスウェルマスターキーを何処からともなく流れるように取り出し、往く道を塞ぐ防災シャッターに向け慣れた手付きで照準。詠子が制止する間もなく発砲。
 殆ど時差無く、爆音が轟く。
 …但し、肝心の防災シャッターには傷一つない。
 マックスウェルマスターキーの作動――発砲による唐突な爆風に煽られて煙と埃舞う中、けほけほと詠子が軽く咳込んでいる。…作動は、している。
 が、よくよく見ればすばるの手許が変だった。
 マックスウェルマスターキーはショットガンの形をしている。そしてその銃口は、何処からどう見てもすばるの後方を向いている。そのまま銃口は煙を吐いている。
 …やや諦観の入っている詠子の視線がすばるに刺さる。
「…それ銃の形してるよね。多分すばるはそれを撃ってこのシャッター壊そうとしたんだと推察するけど、そこで肝心の銃の前後を間違うかな…」
「…間違えてしまったようである」
 むしろあんな手慣れた扱いをしていながら当然の如くそんな風に間違う方が凄く器用だが。
 すばるは器用に逆さに持ったショットガン――マックスウェルマスターキーに視線を落とす。
「これは扉のみを破壊して開放、封鎖をするショットガンであり、殺傷能力は無いのである」
「…ふぅん。それで今間違って撃っちゃった後ろの方は壊れてないんだ」
「そうなのである」
「まぁ、そんな物使わなくても素直に開けてみればいいじゃん」
「だが一度閉められてしまうと防災シャッターは開けるのが大変なのである」
「別にボクやすばるならすぐ開けられない事も無いと思うけど…でもこういうシャッターって、そんな大騒ぎしなくても非常用の扉付いてるもんだよ」
 ほら、と詠子がシャッターの端にある人一人通れる程度の四角い枠組を指す。よくよく見れば非常用出入口とも小さな字で書いてある。その四角い枠組の内側、ちょうどドアノブがあるような位置にドアノブのような物がついている――ドアノブそのものである。それを詠子が起こして回し、押す。
 人一人通れる程度の四角い枠組の部分だけ――ドアの部分だけ、開いた。
「ね?」
「おお」
 やけに無感動な声音で――でもその内心では本気で――すばるが感心する。
「行ってみよう」
 詠子がまた先にドアを潜る。

 現れる化物の強さには特別変化はないらしい。
 詠子の様子を見る限りは、そうだ。
 探索する内、ドアが開かない教室を見つけた。
 それも、鍵が掛かっていると言う様子ではなく、何か奇妙なくらいぴったり閉じているような感触がある。ただ、それ以上は通常状態との違いは取り敢えず感じられない。ここは空間を繋ぎ合わせた点、そうでなくとも何か要となる点になるのか――見ただけの今の時点では判断が付かない。
 けれど一応、ドアの形をしてはいる。
 ならば、とすばるはそのドアに対して、再びマックスウェルマスターキーを発砲した――但し相変わらず持ち方は前後逆だった。また無駄に撃発時の爆風。詠子けほけほ。…そして今度こそ詠子にマックスウェルマスターキーの使用を本気で制止され、すばるはマックスウェルマスターキーから次元振動性ライン投射タイプのビームアイに主力装備を変える事にした。このビームアイは眼から精密投射可能な分子レベル繊維を発する事ができる代物であり、次元断層も斬る縫う貼るがこれ一本で可能になる。…機能通り使えるならと注釈は付くが。すばるの場合、基本機能領域に【失敗プログラム】が搭載されているので――この装備も本来与えられている機能通り大いに活用できるかどうかは果てしなく謎になる。
 まぁ、電波状態の異常な空間――結界――の破壊=空間の正常化を行う分には、ビームアイを作動させた時点で幾ら何でも失敗のしようが無いだろうが。…実際にすばるは装備を切り換えて早々、そのビームアイで開かなかった教室のドアをあっさり切断、開いている。…但し、切断したドアを再び問題無いよう縫い合わせられるかどうかはまた別の話になるが。ただ壊すだけに限るなら取り敢えず失敗のしようはない。
 ドアの向こう――妙にぴったりと閉じられていた教室の中を確かめる。
 と。
 何故かそちらにも今まで歩いて来たのと同様の廊下が広がっていた。
 詠子とすばるはお互いの顔を見合わせる。
「…このドアの先は本来教室があって然るべき、だよね」
「…この先の空間もまだおかしい。ビームアイで空間の縁を切り裂く事ができた筈なのであるが…電波状態に異常が見られる空間が幾重にも重なっている、と言う事だろうか。この先も、今までと電波状態に変化が無い」
 異常なままだ。
 ならばこれは、幾重にも重なる空間の内、一つの空間を破っただけになるのかもしれない…のである。
「いよいよ変だな。化物だけだったら何かが学校に現れたからこそのこの異常、って事だけで済みそうな気もするんだけど…」
 学校の建物自体が、何か妙な事になってる。
「これじゃ理屈も脈絡も無くって、何だかまるで、夢の中みたいだ」
「…」
 ぽつりと呟く詠子に、すばるは同意しない。…まだ空間解析が不充分。
 そうこうしている内に、新たな化物がまた現れた――また、すばるが認識し実際の行動として反応するより先に、詠子が前に出てあっさりその化物を撃退している。
 けれど。
 その淡く金色に光る化物の形を構成していたものが、ばらりと金糸が解けるように形を無くし消え行く様を見て。
 今度は――何故か、詠子の動きが俄かに止まっていた。
 …それはもう、何度も見た光景の筈だった。
 化物を倒すたび、化物はそうやって何処へとも無く消えている。
 なのに、詠子の中で何か、今になって引っ掛かった。
 それは――夢の中みたいだ、と思ったから?
 夢の中だと思ったら、記憶の何処かに重なる事があったから?

 ――――――…やはり分かたれた意志と言えど悪鬼としての性質は変えようがない、か。

 何処からとも無く聞こえた気がした声に、詠子は足を踏み出す事も躊躇った。
 すばるは詠子が何故足を止めたのかわからない。すばるの耳には詠子の耳に聞こえた――気がした――声など聞こえない。
 ただ、詠子の様子がおかしいとだけ思う。
 すばるはこの二手に分かれての探索活動も空間解析を主として考えている。移動については詠子への付き合い以外意味は無い。
 だからすばるも足を止める。
 足を止めて詠子の様子を窺う。
 詠子の目は今、何も見ていない。
 何か、自分の中だけで必死で考えを巡らせているような表情。

 ――――――…まだ殺し足りないようだな、月詠。

 また、詠子にだけ、声が聞こえた。
 すばるには何も聞こえない。



「詠子」
 すばるは声を掛ける。
 反応はない。
「詠子。…何かあったのか、詠子?」
 すばるは話しかけても何の反応もせず動かない詠子の肩に触れて少し揺さ振ってみる。
 反応はない。

 ――――――…月詠は破壊と殺戮の為に造り出された鬼。あの時分かたれ生み出された幼い意志ならばと思ったが、それもどうやらあまり変わりないな。

 その声はすばるには聞こえない。
「大丈夫か。おい詠子?」

 ――――――…己が何者か思い出し、己の在り方を己に問え。本当にこのまま歩んでいいのか。月神詠子。

「…い」
「?」
「うるさい! 黙れっ!」
 詠子は自分の肩に触れていたすばるの手を乱暴に振り払う。
 驚いた。
「…どうしたのだ詠子」
 茫然と――とは言えそれはあくまで主観であり口調としては相変わらず淡々と平坦なままなのだが――すばるは詠子に声を掛ける。詠子はそこまで至り初めて、自分がすばるの手を乱暴に振り払ってしまった事に気が付いた――ようだった。
「…っ」
 今にも泣きそうな目で改めてすばるを見、詠子はよろけるように数歩すばるから後退る。足を止めた――足が止まってしまったところで、今度は自分の頭を抱えて力無くその場に蹲ってしまった。
 すばるにはいったい詠子に何が起きたのかわからない。
 ただそれでも、放って置けない事は変わらない。
 何が起きたのかはわからなくとも、何か、酷く打ちひしがれた辛い様子でいる事は、見て、察しが付く。
 すばるは気遣うよう詠子に歩み寄った。
 歩み寄ったところで。
 すばるの目の前すぐ側に――鋭く危険な風が疾った。
 僅か切られたすばるの髪と制服ブレザーの繊維がはらりと舞い落ちていた。
 それは、凶暴な攻撃の意志を見せる詠子の腕が、爪を立てるように広げたその手が、動いた後。
 そう認識できた時には、途轍もないショックを受けたように詠子は瞠目し、たった今すばるへ向けて薙いだのだろう自らの手を押さえ込んで震えている。

 ――――――…前にもこんな事をした事があったな。

 すばるにはその声は聞こえない。
 詠子は何か無理矢理自分自身を抑えているような感じで、怯え、震えている。
 すばるは目を細めた。…詠子の中で何か看過出来ない事態が起きている。それも、すばるには一切認識できないレベルで。
 今この場にまで来て、突如起きた詠子の内面の異常。…今この状況で『それ』以外に何か変移に関わる要素が出てくる可能性は何パーセントか?
 すばるの思考回路から、弾き出された答えが一つ。
「…元凶からの攻撃か」
 詠子の中で起きている何かは。
「…違う、元凶ならボクだ!」
 すばるの科白を受けるなり詠子が絶叫する。痛々しいが今はそれより。その叫びをさておき、すばるは空間の解析と把握を継続する。索敵も行う。先程までの化物だけでなく、それ以外の何者かは。錯綜する異常な電波状態を冷静かつ慎重に、迅速に見定める。
 …この空間を作り出した元凶が詠子に害を為すと言うのなら、見付けて即座に止めさせる。
 錯綜する電波の、密度の濃い場所を見付けた――見付けるなりすばるはその場所へとビームアイで分子レベル繊維を照射する。途端、照射した当の場所が派手に崩壊した――しかもそれが今すばるたち二人の居る地点の殆ど真上だったりした訳で、すばると詠子の上に天井が崩壊した結果の瓦礫が派手に降って来た。
 …失敗。思わず出力を最大にしてしまっていた。恐らく己の感情の問題なのだろうが、とすばるは自分の行動を冷静に分析しつつも、何はともあれ取り敢えず降って来る瓦礫から詠子の身を己が身を以って庇う。…普段の詠子ならいざ知らず、今の詠子はこの事態に反応できまい。
 思った通りに詠子は動きもしなかった――できなかったようで、咄嗟のこの状況では大人しくすばるに庇われていた。…庇い切れた。
 と。
 何処からか、低い、控えめな笑い声が聞こえた。
 まるで、少し離れた場所で一連の状況を見ていて、笑う気も無かったのに思わず笑ってしまったような。そんな客観的な笑う声。
 降って来る瓦礫が一段落したところで、すばるは声の聞こえた方向を振り返る。
 派手に崩壊した先の場所では無く、全然別の場所。何故か新たな廊下が見出せた教室ドアの向こう側でも無い。すばると詠子が歩いていたその廊下。その廊下の先から歩いて来ていた――もしくは先程すばるがビームアイで抉じ開けたのとは別の教室ドアから出て来ていた――のだと推察される。
 すばるが見た時は、その姿は立ち止まってただ廊下の真ん中、その場所に佇んでいる。
 学生服を着た背の高い細身の男。…すばる同様、と言っていいのか悪いのか、妙に感情の起伏に乏しいような全体の表情。そこに、今は皮肉めいた微笑を浮かべている。
「…己の真上を壊せば瓦礫は己の上に降って来る。そのくらいの事は特に難しく考えずともわかりそうなものだと思うが」
 びくり、と。
 その男の声を聞くなり、詠子の身体がぶるりと大きく震えた。
 すばるの方も、男の姿を見、声を聞いて、自分の中に唐突に生まれた既視感に途惑った。

 ………………この男、何処かで、会ったか?

 すばるは機械だ。あやふやな記憶など有り得ない。ならば既視感がある以上、この男の記憶が自分の中の何処かにある筈だ。すばるは己のメモリーデータを検索する。検索しながらも、明らかに今現れたこの男の声を耳にして震えてしまっている詠子を抱き締める事に努めた。…今詠子は怯えているのである。だから、力付ける為に。
 この男と――詠子。月神詠子と言う要素を追加して、すばるは更に己の記憶に検索を掛けてみる。
 けれどやっぱりこの男に関する、意味のある纏まったデータは出て来ない。保存中にデータが壊れたか。もしくは入力時点から元々断片のデータであり、その断片である『容姿のデータ』や『音声のデータ』だけをすばるは辛うじて保存する事ができていたと言う事なのか。…わからない。もどかしい。
 ただ、今すばるが空間破壊――結界を壊した事で、状況が動いた事だけは、確かと言える。
「…何者だ」
 現れた男に誰何する。…反応を見る。
 と。
 先に詠子の声がした。
「…なんでキミがここに居るんだ」
 いつの間にか詠子が茫然と男の顔を見ている――詠子はやはりこの男の事を知っている。
 詠子は茫然と、もう一度同じ疑問を投げ付けてしまう。
「なんでキミがここに居るんだ――繭神陽一郎」
「…それはないだろう? わたしはきみの代わりをしていると言うのに」
 そんな、化物でも見るような目で見て、今ここに居るわたしを責めるなんてね。
 詠子の疑問を受け、淡々と続けられる、男の――詠子曰く繭神陽一郎の科白。
『繭神』、それは確か詠子の後見をしている陰陽師の一族の姓。すばるのメモリーデータ内にはそう入力されている。ならば『陽一郎』、その個人名については――どうだ?
「きみはわたしの代わりにこの世で自由に動く術を得た。その結果が結局、これなのだな」
「…なん…だよ」
「自分の理解の外にある存在の事を、何の躊躇いもなく率先して殺してるじゃないか。化物と呼んで」
 繭から金糸が解けていくかの如き有様を見せて消滅する、あのものどもを。
「――ッ」
「わたしは選択を間違ってしまったと言う事になるのかな。分かたれたきみ自身が既に悪鬼の性を持っているなら、この身を以って本体を封印しても何も完全じゃない事になる。わたしは結局、月詠を解放してしまったか」
「…そんな」
「僅かなりとも変革を求めるのは愚かだったか。我が祖先も、伊達に長きに渡り封印してはいなかったと言う事なのだろうな」
 できなかったからこそ、何も変えなかった。
 滅ぼす事のみならず、僅かな変革すらも不可能と悟っていたからただ封印を続けて来た。
 わたしのように愚かな選択はしなかった。
 そういう事なのだろうな。
「…いずれきみは、本能に命ぜられるまま破壊と殺戮を行う事になるのだろう」
 わたしは罪深い事をした。
 封印の御役目を放り出し、己が永久の眠りに付きたいばかりに。
 …己の代わりとして封印を守る役目を譲った相手が当の悪鬼になるようでは、本末転倒も甚だしい。
「ボクはそんな事、しない…」
「きみが同じ事を言うのは前にも夢の中の異界で聞いた。それで結局どうだったかな」
「…っ」
「抑え切れずに暴走し掛けた事が何度あった。人を傷付けた事が何度あった」
「…」
「わたしが愚かな変革を望み月詠を本当に起こしてしまったのなら。わたしのした事だ。後始末をきみに任せる訳にはいかない」
 違うか?
 繭神は詠子に対しそう続けてくる。詠子が怯んでいる。言葉を無くしている。
 今のやりとり。
 そのまま――そのものではないが、『彼らの姿を持つ者』が今のやりとりと近い事をしていたのをすばるは何処かで知っている。
 だが。
 すばるが電波状態から「見る」限り、今詠子が繭神陽一郎と呼んでいるその男は――この特殊な世界に属するもの、淡く金色に光るあの化物と、同じだ。
 即ち、すばるたちのような異物的要素では無い事だけは、言い切れた。
 だからそこで、口を挟む。
「一つ問う、詠子。…何やら込み入った話をしているようだが、この男は、以前からの知り合いであるか」
 もし万が一そうであるなら、電波状態からして、偽物である事だけは言い切れるのである。
「…でも繭神は――陽一郎は繭神一族の御役目で陰陽師だった! すばるは電波状態って言うけど、さっきから出てくる金色のあの連中、繭神の使う式神と感じが凄く似てるんだよ!」
 確か陰陽術とかって、すばるの視点で言うなら電波状態と関係出てくるものなんでしょ?
 じゃあ今ここに居る繭神自体は偽物だったとしても、本物の作った分身って事は有り得るよね。本物が使ってる術って事だって。その可能性は、あるよね?
 だって今は繭神は、ボクの代わりにボクの本体を封印して眠りについてる筈なんだ。だから本物が何か術使った結果が、今ここでボクたちの前に現れてる可能性だって…――。
「…詠子」
「…だって、言ってる事は間違ってないんだよ」
 ボクは…全部、思い出した。
 あくまで夢の中の事、だと思ってた事。
 自分は、古に繭神一族の手によって、月の魔力で造り出された破壊と殺戮の為の鬼――兵器だと言う事。
 けれど手に負えなくなって悪鬼として封印されて、幾星霜。
 幼い意志が生まれて、綻び掛けた今現在の封印の地――神聖都学園で繰り広げられる光景に興味が湧いて。
 その幼い意志だけが、夢の中に興味の対象――学園の形の異界を作り、その中で遊んでいた。
 その異界で、人と関わり人と触れ合う事を知った。
 やがてその異界の中で繭神陽一郎と出会い、自分の正体を改めて確り知らされた。
 確りと再封印をしなければ自分がこの世に破壊と殺戮を齎す事になると言われた。
 破壊と殺戮なんて、嫌だった。
 でも、封印されるのも嫌だった。
 それでも。
 …比べるなら、自分が封印されるより、人を傷付けてしまう方が、やっぱり嫌だった。
 だから期限付きの自由を貰って――繭神は期限付きの短い間だけどボクに自由をくれて、それでボクは期限が来るまで夢の中の異界での生活をできる限り謳歌した。
 期限の日。
 繭神は。
 ボクを封印すると言っていたのにそうしないで、自分自身を以ってボクの本体を封印して眠りについた。
 気が付いたら、ボクは夢の中のじゃなくて、本物の神聖都学園の前に居た。
 今までの事が全部夢のような気がしてた。
 繭神と言う姓を持つ陰陽師の一族の人たちが、ボクの後見をしてくれて、神聖都学園に転入させてくれた。…姓が同じ。でも陽一郎と言う名前のあいつはその中に居ない。繭神と言う姓を持つあいつらも、陽一郎と言う名は出さなかった。彼の事には何も触れない。元から居なかったみたいに。いや、元から居なかったのかもしれない。そんな名前の人物は。ただ、地下の封印を守れと言われた。…何だか他にも複雑な事を色々言われて、理解し切れなくて困った。ボクが話をわかっていないようだとわかると、ならとにかくこの場所――神聖都学園を守るんだとそれだけ言い聞かせられた。ボクは学園生活が大好きだった。だから言われた通りに神聖都学園を守る事にした。細かい事はいいから。それだけは理解したから。
 …だんだん、記憶は曖昧になった。
 夢の中で起きていた事の記憶は、ボクの中でかなり薄らいでいた。
 薄らいでいて、今のボクが居た。
 今のボクは、今繭神に言われた通り、ここに出てくるあの金色に光る連中の事、率先して倒してた。
 倒す事に、何の疑問も持たないで。
 ただ、邪魔だからって。
 化物って呼ぶ事にも躊躇いは無くて。
「…詠子」
「ボクは、本当は自由で居ちゃいけない」
「そんな事はない。…これは空間を造り出した元凶からの詠子への攻撃に過ぎない」
「…違うんだ」
 今、この繭神に言われたから、だけじゃないんだ。
 外で色々やってみてわかった事がある。
 …単純に、自分の事は人に押し付けちゃいけない、って事なんだ。
 ボクは結局、自分自身を繭神に押し付けてる。…繭神だって、自分自身から逃げてる。
 全部思い出した今、それは駄目な事だったんだって、気が付いた。
 …いつかは、元に戻さなきゃいけない事なんだ。
「だから、外に出てきて人に迷惑を掛ける事しかできないボクが、やっぱり繭神の代わりに戻るべきなんだ」
「…詠子が、迷惑?」
「…うん。そうだろ?」
「すばるは詠子の事を迷惑などと思った事は全く無いのであるが。…いや迷惑と言うのならすばるの【失敗プログラム】の実行結果の方が余程人様に迷惑を掛け通している自覚があるのであるが」
 むしろ詠子はすばるのその失敗のフォローにさえ回ってくれるではないか。すばるはその都度有難いと思っているのである。
 この空間に現れる淡く金色に光る化物を率先して倒していた事だとて、事前に害意が見えればそれなりの対応をするのは当然だと思うのであるが。実際にすばるも往く道を塞ぐ限りはあの化物を撃退するつもりでいた。ただ、すばるが撃退に動く前に詠子に先回りされていただけなのである。
 すばるが言い募る。
 繭神が静かに目を伏せる。
「…きみは月詠を知らない」
「すばるは月神詠子を知っている」
「…ならば何か事が起きた時には、きみが月神詠子を止められるとでも?」
「止める必要が出てくるとあらばいつでも止めよう。…まぁ、止められるのは大抵すばるの方なのであるが。だが繭神陽一郎と詠子に呼ばれていたか。あなたに何を言われてもすばるは詠子から手を離すつもりは無い事だけは言っておくのである。詠子はすばるの友人だ」
 ――…『例え本人に頼まれてもすばるは詠子の友人である事を止めてなどあげないのである』。
 詠子は茫然とすばるを見た。
「…すばる」
「詠子はすばるが嫌いか」
「そんな訳ない。でもボクは…」
 …すばると友達で居る、資格無い。
 詠子は弱々しく紡いでいる。
 と。
 強い力を持つ、声がした。

 ――…『記憶が戻った程度で、わたしに言われた程度でいちいち揺らぐな。譲った甲斐が無いぞ、共犯者』。

 繭神陽一郎、の声が。
 ただその声は――今まで目の前に居た繭神陽一郎が発した声では無く。
 ただ、何処からとも無くその場に聞こえた。
 詠子にだけでは無く、すばるにも。
 恐らくは――今目の前に居る繭神にも。

 詠子は息を呑む。
 …今の『声』。
 今目の前に居る繭神と同じ『声』なのに何故か違って聞こえた。
 事実、今目の前に居る繭神の口も動いていない。この繭神も、今の声を聞いた方。…発した方では無い。
 今目の前に居る姿ある繭神が、ごく僅かながら何処か不自然に、慄いている。
 …今の『声』に、慄いている? 今の『声』に、反応している?
 今の『声』。
 酷く、ボクの中に響いて来た。
 間違いなく『あいつ』の、『声』だった。
 あの堅物がそんな言い方する訳ないのに、少し、軽口めいた柔らかい雰囲気も何処かにあって。
 でもだからこそ逆に、あいつを真似するだけの奴がそんな言い方をわざわざする訳が無くて――そんな言い方できる訳がなくて。
 だからかどうかわからないが――詠子にとってはこの場所で今まで聞いた繭神のどの科白より、今何処からとも無く聞こえた最後の科白こそが、沁みた。

 詠子は思い出したばかりの『あの時』の事を、考える。
 …あの年の、九月三十日。再封印が行われた時の事。
 わたしはすべてに背を向けて眠りたいからきみに役目は譲る。
 生きたいきみは生きればいい。今日までのわたしのように役目に拘束されて生き続ければ。
 …勝手に決めて勝手に実行した。
 ボクは確かに封印からの開放を望んだけど。
 あいつも役目からの開放を望んでいたんだろうけど。

 …本当は、駄目な事。
 自分自身の事を人任せにして、逃げて。
 こんな立場のすり替え方は、ずるい事。
 繭神が勝手にボクの身代わりになろうとした事には憤りも覚えた。どんな意味の憤りだったかは覚えていない――と言うか、今もまだ詠子は自分のあの時の感情が理解できていない。
 でも。
 繭神がそうする事で、自分が今のまま続けられるとわかって、嬉しかった部分がある事も、否定できない。
 金糸に包まれ月詠本体と共に封印される直前。繭神も漸くほっとできる――みたいな表情をしてた、と思う。
 それがいい事なんだとは素直に思えなかった。
 多分、繭神も同じだったと思う。
 どちらかと言えばあんまりよくない事になるんだろうって、気はしてた。
 でもあの時、ボクも繭神も、自分の中の何処か深い部分では、それでいいと納得してたんだ。
 これからは、繭神の方が眠る。
 後の事は、この先も生きたいボクがする。
 繭神が、ボクに生きる事を任せてくれたんだから。

 だから。
 …うん。
 いちいち、揺らがなくていいんだ。
 誰が見てもいい子でいる事なんかないんだ。
 …そうだボクたちは共犯者だ。
 本当は駄目な事でも、それでいいんだ。
 やりたいように、やってみるんだ。
 だからボクはここを――学校を守るんだ。
 そう約束したんだ。

 あの日から今まで、ずっとそういう風にやっていて。
 今は友達だって、できたんだ。
 だから、この選択はボクたちにとっては間違ってない事なんだ。

 ――――――すばるはボクの友達なんだ。



【.DG somewhere chat.】

「驚きました。あの当時より思考が幾らか柔軟になりましたね。
 それに意志もより強固になった。
 より人間的になったと思います」

 …ただ、まさかここで『本物の揺籠』が介入して来るとは思いませんでしたが。

「仕方無いだろう?
 ここは0と1だけで構成されてる訳じゃない。その間にある曖昧なものも構成要素に含まれてる。
 電子の海だけじゃない――人の心の奥底にある無意識の海も混じってるんだからね」

 …『本物の繭神陽一郎』の意識もまた、何処かでここに繋がる事に違いはない、って事だよ。
 僕たちの思惑如何に関わらず。
 僕たちの思惑なんか簡単に通り越す。

「だからこそ、楽しい。…だろ?」
「貴方程になると、そう思えるようになるのかもしれませんか。貴方に付き合うとこんな事ばかりだ」
 …まぁ、それもまた一興ではありますがね。



 始業終業その他類する時間の区切りに響き渡るチャイムの音で我に返った。
 …すばるはボクの友達なんだ。詠子が高らかに宣言するよう言い切った後、空間に金糸がするすると這い、壁や床や天井を覆い尽くし始めた。いつからかわからない。どのくらいかもわからない。ただ気が付いた時には辺りに凄まじい光量が満ちていた。まるで世界中が金糸で編まれていたのかと錯覚してしまいそうな圧倒的な光景。すばるの目――光学的機能はその圧倒的な光量により一時的ながら失われていた。
 それから、今。
 何故かすばるは自分の教室の自分の席に着いている。
 他の席を見る。…人は居る。クラスメイトに、それ以外。男子も女子も。休み時間。雑談を交わしている者も多い。たまたま前の授業が水原の担当だったので水原の存在も既に確認した事になる。遠山の方はまだ確認していない――まぁ、彼の場合は学年も違う訳で元々接点は無いに等しい相手だから、それはわざわざ確認しようと試みる事をしなければ――偶然顔を合わせるような事はまず無いのだが。
 返却された記憶は全く無いのに、水原に貸与してある筈の多屈折偏光眼鏡が自分のオプションの中に何事も無かったように仕舞い込んである事にも気付いている。
 …少し、途惑った。
 どうやら、元に、戻っている。
 いつの間にか。
 改めて空間解析を試み確認してみれば、今はもう電波状態も正常である。
 …。
 これは、文武火学省へどう報告を入れるべきだろうか。
 すばるは考え込む。事の始まりから考え直し自分の中のデータを確かめる。報告内容の構築を試みる。…どうも勝手に終息したような節がある。いやもしや万が一、すばるがここに戻る事ができたのはただの偶然で、まだまだあの世界は残り何処かの誰かに何かを仕掛けているとか。…すばるは元凶にただ翻弄されてしまったと言う事なのだろうか。それとも元凶など元々無かったのであろうか。そもそもすばる自身の記録に問題が起きていると言う事は有り得ないだろうか。…いや、遥かに遠い星からの毒電波でも何処かで受信してしまいすばる自身の思考回路や記憶回路が誤作動を起こして混乱してしまっているだけと言う事も有り得ないだろうか。…とにかく、あの状況からいきなり元に戻っている今はいったい?
 と、考えれば考える程、すばるの頭の回路はオーバーヒートしそうになる。
 詠子がすばるの前まで歩いて来た。
 や、と軽く控えめに声を掛けてくる。
 それ以上は、特におかしい事は無い。いつも通りと言えばいつも通り。
 他愛無い会話を求めてくる。
 …詠子はあの状況をどう考えているのだろう。
 今ここで詠子の姿を見る限りは、判断のしようがない。わからない。
 あの状況を憶えているかどうかすら判然としない。
 そもそも本当にあった事かどうかすらすばるには判断が付いていない。
 …ただ、すばるは何故かあの時の事を今の詠子に訊いて確認してみる気になれない。
 詠子の態度を見る。
 あの状況の前と後の違い。…何となく、以前より近付けているような気はするのである。
 いつも誰に対しても何処か一線引いているような距離を感じさせる詠子なのだが、今は心持ち、態度が気安くなっている気がするのである。
 …それだけで取り敢えずよしとする。
 すばるは詠子を責めるのは本意ではない。
 今、あの時の事を訊いてしまったら、問い詰める事に――責める事に繋がってしまいそうな気がするのである。
 だから、訊いてはいけない気がしているのである。
 詠子の様子は殆ど平常通りだ。
 ならば、別にその内面を、記憶を外から無理に抉り出す事は無い。
 …そんな事は、なんでもいいのである。
 詠子が詠子なら――詠子が今こうやって穏やかでいられるのなら、それで。
 それ以上は、詠子の友人としてのすばるは何でも構わないのである。

 ――――――…そうなると、今は。
 特命生徒として、上への報告をどうするかを考える方が先なのである。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■2748/亜矢坂9・すばる(あやさかないん・-)
 女/1歳/日本国文武火学省特務機関特命生徒

■パートナー選択NPC
 □月神・詠子

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          ライター通信
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 亜矢坂9・すばる様、今回は発注有難う御座いました。お待たせしました。
 …初めましてのPC様でありながら、この金銭的御負担のやや大きい(汗)上にやや謎でもあるシナリオに来て頂けるとは思ってもおらず、パソコン前のライター、少々どぎまぎしております。
 そんな訳で、PC様の性格・言動・内面の描写等々でこうは思わないこんな事はしないと言うような場合が…何か違和感があるようでしたら、出来る限り善処致しますのでお気軽にリテイクお声掛け下さい。
 勿論、他にも何かありましたら。

 肝心のノベル内容の方向としてはグッドエンド…ハッピーエンドに近い状態にはなりました。
 とは言え、一番ハッピーエンドな状態かと言うとそうでもなかったりしますが。
 …ちなみに、選択可能パートナー三人の中では月神詠子嬢選択が恐らく一番ハッピーエンド方向に持ち込み易いんじゃないか…と提供側として一応思ってはおります。やっぱり女の子には優しくしてあげようと言う事でそんな判定になっていると言うか…東京怪談それも手前の出した過去の依頼に参加下さってる方々の傾向(?)としてこう来られる可能性が高いんじゃないかな、と思う方向の判定フラグにハッピーエンドを置いてあると言うか…いや単純に私が月神詠子×繭神陽一郎なカップリングを密かにイチオシしたいからなだけと言う部分もあるかもしれませんが(え)
 ともあれ、如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いです。
 では、またお気が向かれましたらその時は(礼)

 深海残月 拝