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<東京怪談ノベル(シングル)>


Non piace


 この世界の主は、一体誰なのだろうか。

 神様?
 それとも悪魔?
 そんなのとは関係ない誰か?

 まぁ誰がどう言ったところでそんなものに正統性はないだろうし、答えは出ないのだろう。
 だが、今自分が闊歩しているこの界隈は自分のものであると、そうはっきり言うことが出来る。
 否、文句は誰にも言わせない。そうして初めて『縄張り』というものが主張できるのだから。
 文句を言えばどうなるかなど、自然の摂理を知っていれば自ずと分かる答えだろう。



 などと、彼女自身が考えているかどうかは分からない。
 ただ、それでも彼女自身にはしっかりとした縄張り意識というものがあった。
 縄張り意識など、退化したと思われた人間ですら持ち合わせるのだから何も不思議はないのだが。

 眠らない街。よく見かけるフレーズではあるが、その街にはまさにその言葉こそが似合う。
 例えどれほど夜が更けても、光も人並みも途切れることがない。寧ろ夜になってからこそがその街にとっての時間。
 そんな街に住まうのだ。人々も何処か他の街のそれとは違う。

 彼女もそんな一人。ただ、彼女の場合は人間というには少しおかしなものだったが。というよりは、人間ですらないのだが。



 彼女がこの界隈を縄張りと決めたのは一体何故なのだろうか。
 確かに煌びやかな街と喧騒はそれだけで飽きないのかもしれないが。

 彼女はその縄張りで色々なものを見る。

 何時ものように酔いつぶれるサラリーマン。
 何も知らずにぼったくりバーに入って金を毟り取られる男。
 明らかに法律を違反した風俗店。
 彼女とは別に縄張りを主張する人間たち。

 何時もの光景。もう見慣れてしまったと言ってもいい。
 それでも飽きることなく街を見る。同じに見えて、やはり細部が違うから。
 そして、今日いた人間たちは何時もとはちょっと毛色が違っていた。



 そこにいたのは四人の少女。
 一人の少女を囲み、他の三人がその少女を見ては笑い声を上げる。
 地面に跪く少女の髪は乱れ、確かにその頬には何かが輝いている。
 そして、それを見てはまた手を上げる少女たち。その度に上がる悲鳴。



 なるほど、なるほど。それだけ見れば恐らくは誰でも事情を理解できるだろう。
 しかし、それでも手は差し出されない。この街で、すぐ隣の人間など救う価値のない他人だから。
 人間ゆえの浅ましさと傲慢さを見せ付けられて、少女はさらに咽び泣く。それでも人々の足は止まらない。

 無感情な瞳がそれを捉えていた。人知れず、何かが小さく音を立てる。
 少女たちは、何時の間にかその生贄を連れて何処かへ行ってしまった。どうせろくでもないことをまだ考えているのだろう。
 彼女はそれを無表情で見送り、小さく鼻を鳴らしてそして踵を返した。

 街は変わらず光を放ったまま、少女たちをその中に飲み込んでいく。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 彼女は高校の中にいた。昨日見た少女たちが纏っていた制服の高校に。
 その高校が縄張り内にあった高校だというのは、制服を見た時点で気がついていた。
 彼女は自分の縄張りの中であれば全てをまさに思い通りに出来る。記憶の操作から人々の操作、やろうと思えば領域内の変革すら可能だろう。
 そんな能力を持っているのだ、高校であろうと入り込むのは造作もない。
 尤も、彼女自身普通に高校へ通っていてもおかしくない年恰好なのだが。

「おはよー」
「おーっす」
 教室に明るい声が響く。そしてその声は、他ならぬ彼女にも向けられていた。
 昨日の三人組が一斉に教室に入ってくる。少女たちは彼女の前の席に座り、そして振り返った。
「昨日のあれ見たー?」
「すっげー面白い顔してたよね」
「あんたもくればよかったのに」
 口々に飛び出す言葉。考えずとも、それがあの一人の少女を指しているのはその態度から分かる。
「私は色々ありましたから」
「付き合いわるー」
 しかし、そんなことを言いながらも少女たちの言葉があくまで明るい。まるで、彼女を仲間だと思っているかのように。

 彼女は、記憶を操作して少女たちの意識内に自分が仲間であると認識させていた。
 勿論そうしたのにも意味がある。



 学校では何時ものように授業が始まり、何時ものように時間が過ぎていく。
 彼女という異分子がありながら、その『世界』はそれをすんなりと受け入れ、そして綻びもなかった。
 気がつけば放課後。人の中の生活というのも、存外に忙しいものだ。そんなことを少しだけ思い、彼女は席を立った。
 目の前で例の少女たちが駄弁っている。金がないのだろうか、あの生贄にたかろうかなどと話していた。
「あの」
「んー?」
 今日の目的は、この時のためにあった。
「これからちょっと付き合ってくれませんか? 凄いものを見つけて」
 ありきたりの言葉だった。しかし、頭の悪そうな少女たちならすぐに乗ってくるだろうということも分かっている。
「え、なになに?」
 少女たちは案の定身を乗り出してその話に乗ってきた。彼女の思惑など一切知らぬままに。





 繁栄した街には、少なからず廃墟というものも存在するものである。例えば、今彼女がいる廃工場のように。
 かつては溶鉄、錬鉄でもしていたのだろうか、巨大な鋳型や窯が放置されているそこは、廃墟特有のもの寂しい空気に包まれている。しかし、今日は普段の静けさとは違い、確かに人の息吹が感じられた。
 仄暗い工場内、そこについてきたはずの少女たちが横たわっていた。
 それは一種異様な光景と言えた。普通に考えて、何故そんなところに横たわっているのだろうか?

 それを見下ろす冷ややかな視線。言うまでもなく、少女たちをここに連れ込んだもの。
 結局は全て彼女の思惑通りなのだ。少女たちは彼女の言うことを記憶を操作されているなどと思わず信じ、そしてここに連れ込まれ今に至る。どうやって気を失わせたかなど瑣末事に過ぎない。彼女にとって、自らのシマでの出来事は全て思い通りに起こすことが出来るのだから。

 ゆっくりと時間が過ぎていく。陽が少しずつ傾き、誰彼と呼びあう時間。金色の中に沈む彼女の姿は、何処か人間離れした何かを想像させる。
 その中で、少女たちが目を覚ます。自分の体に起こる違和感に気付き、胡乱なままに。



 金色の世界。その中心に、漆黒の闇がある。
 少女たちの知る闇というにはあまりにも暗く、光という存在を認めない一切の黒。
 言葉には言い表せない、何も許されない黒。

 虚無という言葉だけが、ただぴったりとその様を表していた。

 その中に、自分の足が飲み込まれている。
「…ぇ、いや、なにこれ、なんなのよぉぉぉっ!?」
 闇に飲み込まれた先の感覚はない。冷たさすら放棄された感覚は異様なまでに何も感じられず、少女はただそれに恐怖した。
 二つに結われた髪を振り乱し金切り声をあげる。しかし、一向に自体は好転してはくれなかった。
 ゆっくりと、ゆっくりと。少しずつその闇に飲まれていく己の体はどこか現実離れしすぎていた。
 夢、そう夢、これは夢だ、夢のはずだ、夢の、
「いやぁぁぁぁぁ!!」
 そんな思いはすぐさま打ち消される。まだ光を映した自分の瞳までがすっかりと闇に飲まれてしまったから。
 最後の最後まで悲鳴を上げ続けることしか出来ず、その少女は闇に姿を消した。

 そんな悲鳴が上がって、他の二人が目を覚まさないはずもない。
 そして、目を覚ませば先に行ってしまった仲間の後を追うことになる。

 次に目を覚ました少女も同じように悲鳴を上げて闇に飲まれていった。違ったことと言えば、今までずっと一緒だった仲間たちへの意味不明な呪詛を呟いていたことだろうか。
 それがどういう意味を持つかも、彼女にとってはどうでもいい。寧ろ、そんな状況でそんな言葉が出てくることに対してのほうがずっと興味深かったから。
 ひょっとしたら、その少女は原因に気付いたのかもしれない。ならば存外に聡明であったとも言えるだろう。
 尤も、それに意味があるかどうかは別だが。



 程なく二人目が消え、そして残るのは一人。何時もリーダー格として、率先して虐めを行っていた少女だ。
 その少女も少し前から目を覚ましているが、彼女は他の二人とは少し様子が違う。
 恐怖に震えてはいるものの、他の二人のように悲鳴を上げることはしなかった。ただ、それがやせ我慢であるというのは目にも明らかだったが。
 それをつまらないもののように見下ろし、彼女はその少女をただ冷ややかに見つめる。

 血の様に赤い瞳。その瞳に、全く既視感が沸かないのは何故だろうか。
 そこにきて、少女は今までのおかしさに気付く。誰もが全く疑問にも思わなかったこと。

 自分はこの女のことを、一切知らないと――。

 記憶を無意識に改竄されるという理不尽。
 一瞬で理解した、ともすれば自分ですら手を出せないその領域に手を出されたことは甚だ不快であり、そして同時に恐怖を助長させた。
 そんなことを出来るこの女は一体何なのか?
 いや、そもそもなんで自分たちがこんなことをされなければいけないのか?

 考えれば考えるほどに思考の渦へと落ちていく。
 そして、そのままずっと考えさせてくれるほど彼女は慈悲深くもなかった。

 闇が蠢き、そして少女の足を捕らえる。ゆっくりとゆっくりと、黒が肌色を侵食していく。
 感覚が消えていくという『感覚』。おかしすぎるそれが、少女をゆっくりと蝕んでいく。
 そうしてやっと理解した。次は自分の番なのだと。今まで考えるのをやめていたそれが、否応なく頭の中を一杯にしていく。

「やっ、いやっ、こんなのいやぁぁぁ!! お願いやめて、やめてよぉぉぉっ!!」

 崩れ落ちるのは簡単だった。先ほどまでと同じように、髪を振り乱して発狂したかのように泣き叫ぶ。
 しかし、彼女は気付いているだろうか。今の自分の姿が、何時も虐めている少女のそれと同じだということを。
 恐らくは一切理解していないだろう。それはただただ溜息を彼女にもたらす。
 だから、彼女はただ無慈悲に言う、

「気に入らない」

 と。

 その言葉が引き金となったのか。もうその叫び声など聞きたくないかのように、闇が急速に膨れ、一気に少女を飲み込んで消えた。
 文字通り、この世界にあの少女たちはもういない。何処かの次元に飛ばされたのだろうが、もうそんなことには一切興味もない。
 不機嫌そうに鼻を小さく鳴らし、彼女は歩き始めた。誰も居ない廃工場の中に、小さな足音だけが響いていた。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「スリュヘルッテさん、どうかした?」
「…あぁ、いえ。少し考え事を」
 彼女はまた学校に来ていた。既に目的は果たしたはずなのに、それでも尚。
 『世界』は今日も滞りなく過ぎていく。消えた少女たちのことなどすっかり忘れてしまったかのように。
 失踪を遂げた三人の少女の問題については、縄張りの記憶を改竄することであっさりとクリアしている。少々強引な手段ではあるが、普通のものには知覚すらできないのだから問題はないだろう。

 彼女の視線の先には、あの日以来虐めにあうこともなくなった少女がいる。何時も泣いていた顔には今は笑顔が咲いていた。
 どうやら新しい友達が出来たらしく、彼女はそのことで持ちきりらしい。恐らくは、今日の帰りに何処へ行こうかなどと話しているのだろう。
 大いに結構なことだった。虐められなくなったのなら、彼女がここにいる理由もない。

「……?」
 そこまでいって、彼女は小さく首を傾げた。なんで自分があの少女のことを目で追っていたのだろうと。
 さして興味もなかったはずなのに。よく分からない感覚なのだ。

 友達と一緒に校門を出て行く少女を眺めながら、また彼女は小さく鼻を鳴らす。その感覚が分からなくて、首を捻るしかない自分がなんとも滑稽に思えて。
「気に入らない――」
 人知れず漏れたその言葉は、誰にも届かず消えていった。

 彼女――スリュヘルッテ・アディヘルノの知らないことはまだまだこの街にあるようで。また小さく鼻を鳴らす音が聞こえた。





<END>