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<HappyNewYear・PC謹賀新年ノベル>


鍋料理店、開店中でちゅう

□Opening
 いらっしゃいまし。さぁさ、温まって行ってください。え? ここですか? はい、ここは、見ての通りの鍋料理店でちゅう。
 昨日まではなかった?
 その通り、イベント商売でね、ここは正月のみの営業なんですよ。
 どんな鍋でもご用意します。自分達で調理するも良し、こちらで煮込んだものを注文されるも良し。思うままの鍋を存分に味わって行ってください。
 年始のご挨拶に顔合わせ。パーティーなどにご利用ください。
 はい? 私ですか? 私はこの店のオーナーでちゅう。今年限りの、ね。毎年持ち回りなのですよ。
 ささ、私の事などどうでも良い。
 どんな鍋をご注文されますか?

■01
 毎年決まってこの時期は町中が浮かれているな、と感じる。
 黒・冥月は、新年の祝いに賑わう町を一人歩いていた。
「冥月さん!」
 ふと、自分を呼ぶ声に振り返る。
 そこに居たのは、煌びやかな振袖を着込んだ花屋の店員、鈴木エア。彼女は、どこか愛嬌のある綿菓子の袋を笑顔で振り上げていた。どうやら、初詣の帰りのようだ。
「明けましておめでとうございます」
「ああ、今年もよろしくな」
 新年の挨拶を返しながら、冥月は口元を緩める。
「華やかで良いな。着物、似合っている」
「え! ……、あ、有難うございます。毎年、今しか着れませんから、着て良かったです」
 大きな牡丹柄の着物を見に纏ったエアは、いつもの控えめなエプロン姿とのギャップもあり華やかだ。
「冥月さんは、着物、着ないんですか?」
「ああ」
 褒められて照れたように俯いていたエアは、綿菓子の袋を撫でながら冥月を見上げた。
「私は着物は着ないんだ……胸のせいで窮屈だし似合わない」
 何処か寂しげに髪をかきあげる冥月。
 そして、……、エアは自分の胸の辺りに手をあて、ちらりと冥月の胸の辺りを窺って、……しょっぱい顔をした。胸、胸……っ!
「くっ、羨ましい悩みです。あ、でも、冥月さんは綺麗な髪だし、着物を着てもきっと綺麗だと思いますよぉ」
「昔、……、プレゼントされた着物を着たら、贈り主に大笑いされた事があってだな」
 お互い、一人で歩いていたことが分かり、並んで歩き出す。
 冥月は、一瞬遠くを見るように空を見上げてから、何でもないという風に少しだけ笑った。
「うーん。それって、お腹を抱えて大笑いって事でしょうか?」
「いや、そう言う笑い方をする人では無いんだけど、……、そうだな、喉の奥を鳴らして笑われたな」
 そう言えば、何故彼は笑ったのだろう。自分の容姿に絶対の自信があったわけではないけれど、恋人からプレゼントされた晴れ着に袖を通したのだ、少なからず自分は嬉しかったし彼だってそれを分かってくれると思ったのに。冥月は、首を傾げるエアの隣で、ふと疑問に思う。
 それをもう、確かめる事はできないけれど……。
「着物をプレゼントしてくれるなんて、本当に冥月さんは愛されていたんですねぇ。羨ましいです」
「なっ……、どうしたらそんな話になるんだ?」
 昼間から、あっさりと歯の浮くような台詞を言ってのけるエアに、冥月はため息をつきながら額を押さえた。
「それに、その方は、きっと冥月さんの着物姿を笑ったんじゃないと思います」
 くすくすと、エアは笑い続ける。
 女同士で恋人の話をするなんて、とても不思議な気持ち。冥月は、くるくると楽しげに歩くエアに歩調をあわせて歩いた。

■02
「いらっしゃいましーっ。さぁさ、そこのお二人っ、温まって行きませんか?」
 いつもの道をいつも通りに歩いていたのに、予想外の場所で声をかけられた。何もないはずの場所に、いつの間にか小さな店舗が出来上がっている。怪しい。いかにも怪しい。冥月は、ちらりと声をかけてきた小柄な人物を見てから、立ち止まることなく歩く。
「温まるって、何でしょう? あ、何か食べ物屋さんですか?」
 しかし、エアは、全く不審に思わずに立ち止まり、首を傾げた。
「そうですそうです! ここは見ての通り、鍋料理屋でちゅう。どんなお鍋でもご用意いたしまちゅよ、いかがです?」
「……、お鍋ですか。そう言えば、お昼はまだでした。冥月さん、もうお昼ごはんはお食べになりましたか? 良かったら、ご一緒しません?」
 確かに、店の中からとてもよい匂いがしている。
 けれど、エプロンを付けた小柄な人物は、普通の人間ではない。冥月は目の前でにこにこと微笑む店員の正体を、一目で看破した。看破した、のだけれど、冥月の隣でエアは目を輝かせていた。
 彼女を一人で怪しい店に入れるわけにいかない。
 何より、エアはじっと冥月を見上げ、今にもその腕を引っ張りかねない様子。
 冥月は誰にも見えないように小さくため息をついた。
「そうだな」
 そして、小さく同意を示し、エアの後に続いて店へ足を踏み入れた。

■03
 案内された席は、スライドカーテンで間仕切りされており、まるで個室に居るような雰囲気だった。
「ご注文はいかがいたしまちゅう?」
 店は繁盛しているのか、ウェイトレスが走り回っている。冥月達を席まで案内して来た店員が、そのまま注文を訊ねた。鍋料理ならば、何でも良いのだと言う。
「ところで、何かちゅうちゅう煩いな。……、来年は、もーもー煩くなりそうだな」
「ちゅちゅちゅ、何の事でちゅう?」
 にやりと冥月が笑うと、店員はくるくると眼を回してあたふたと辺りを見回した。
「そうだ、エア、鍋料理と言うけどな、美味しい鼠料理は知ってるか?」
「ね、ね、ね、鼠?! や、止めてくださいよぉ。美味しいって、た、食べれないですよ。だって、鼠ですよ、鼠……」
 冥月の言葉を真っ向から否定するように、エアは激しく首を横に振る。エアが否定すればするほど、席の隣で注文を待つ店員は、辛そうに目を逸らした。あんまりいじめないでくださいでちゅう。店員の訴えかけるような視線を冥月は面白そうに受け止める。
 しかし、いじめすぎても可哀想なので、冥月は、思考を切り替えてエアに顔を向けた。
「辛いのは、大丈夫か?」
「辛いもの、ですか? はい、大丈夫ですよ! 唐辛子系も塩系もバッチリです。お鍋は何にしましょうか? 冥月さんのオススメってありますか?」
 エアは指を折りながら、好きな鍋を思案している。
 何でも良いのなら、と、冥月は店員に提案した。
「火鍋は用意できるか? 麻辣湯と白湯、両方を食べる事ができるものが良いな」
「ええ、ええ、ご用意できまちゅう」
 冥月と店員の会話を聞きながら、エアは首を傾げていた。ほぉこー、とは何だろう? あまりなじみの無い言葉だった。店員が用意できると胸を張るのだから、鍋だろう。冥月が辛いものを聞いたという事は、辛い鍋なのか?
「具材は旬の物を中心に任せる、ああ、それと水餃子を入れてくれ。新年だからな」
「はいはいでちゅう。お飲み物はどうなさいますか?」
 店員の問いかけに、冥月は再びエアを見た。エアは困ったように首を傾げ、「冥月さんにお任せします」とひっそり耳打ちした。
「私は白酒を、それから彼女には果酒の、……そうだな桂花陳酒を」
「はいでちゅう。それではしばしお待ちください」
 果酒なら、口当たりも良く飲みやすい。しかし、気遣われたはずのエアは、聞いた事の無い言葉ばかりが右から左に流れて、ぼんやりとしていた。

■04
「あ、そう言えば、先日はありがとうございました。タワーもすっかり元通りになったようですし、何より、えへへ、お姫様抱っこ!」
 店員が店の奥に消えると、エアがぺこりと頭を下げた。
 先日の東京タワーでの出来事を言っているのか。冥月は、少し大げさにため息をついて、ぴんと指先でエアをつついた。そして、少し険しい表情を作り、静かに語った。
「事件に巻き込まれやすいようだがあまり危険な事はするなよ。常に助けられるとは限らないからな。本当は、あんな事をせずに済む方が良いんだから」
 冥月の言葉は、当たり前の事だけだったけれど、エアは嬉しそうに微笑む。
「心配、してくださって、ありがとうございます」
「……、あのなぁ」
 そう言うことではないのだけれど……。
 冥月は眉を寄せ難しい顔を作ったが、諦めたように肩を落とし、自分の隣に影の空間を広げた。
「とにかく、着物が汚れてはいけない。この中に衣裳部屋があるから適当に着替えろ」
 影の空間にある衣裳部屋。そこには、冥月の変装用に、ありとあらゆる衣装が揃っている。エアとは随分体格に差があるけれど、彼女にあう服もあるだろう。
「はい。有難うございます。この着物は汚せませんよぉ。なんて言っても三年ローンですからっ!」
 エアは何故かぐっとガッツポーズを作りながら、影の空間に入って行った。
 いや。
 影の空間に足を踏み入れてから、エアは一度振り向いた。そして、にっこりと笑って冥月を見る。
「これで最後にしますね。本当は、お姫様抱っこ、凄く嬉しかったんです。私、ああ言う風に抱きかかえられるのって、とても好きです。だから、嬉しかった。……、あの場面では、不謹慎だから絶対に言ってはいけないと思っていたんですけれど」
 そして、冥月の言葉を待たず、今度はすっと空間へ入って行った。
 可愛い、とは、彼女のような女性の事を言うのだろうなと、冥月はその背中を見送った。

■Ending
 ある程度煮込まれた火鍋がテーブルに運ばれてきた時には、エアはすっかり着替えが終わっていた。シンプルなAラインのワンピースを選んだエアは、しきりに胸の辺りの余った生地を気にしてつまみ上げている。
「つけダレは店のオリジナルが良いな」
 冥月は、いくつか差し出されたつけダレの中から、店のオリジナルを三種類ほど選んだ。
「はぁ、この、真っ赤な方は本当に辛そうですねぇ」
 火鍋を覗いて見ると、鍋の真ん中が仕切ってあり、赤と白二種類のスープが煮えていた。
 一つは、見るからに辛そうな真っ赤なスープ。海老や練り物などが見えていて、食欲をそそる。白いスープには、肉と春雨、たっぷりの野菜に水餃子が見える。こちらは、あっさりとした味わいが期待できそうだった。
「辛いからな、こちらのスープは飲むな。白いほうはスープとしても飲める」
「はい。それでは、いただきます」
 冥月の的確な指示と心配りが嬉しい。エアは香ばしいごま油の匂いがするタレを持ち、早速手を伸ばした。
「冥月さん、またお店にいらしてくださいね」
「ああ、そうだな。あの花屋の花達は、賑やかで良いな」
 鍋から野菜を取りながら、ふと思う。
 花達は、今日も元気に色んな事をねだっているのだろうか。誰かと話をしたくてうずうずしているだろうか。それから、消えて行った花達の想いを受け継いでいるだろうか。
 花屋の花達には、随分と色々な事をねだられたけれど、今となっては良い思い出かもしれない。
「……、うーん。冥月さんも店長と同じような事をおっしゃるんですよねぇ?」
「ああ、そうか」
 エアは、不思議そうに首を傾げた。曰く、花なのだから、綺麗だとか可愛いではないのかと。
 冥月は、頷いたけれど、それはエアは花の声が聞こえないと言う事を思い出したからだ。花達は、あんなにエアの事を気にかけているのに、エアだって花の事はとても大切に扱っているのに、どこか行き違いのある関係だなと思うと自然と笑いが漏れた。
「ふふふ。冥月さん、あのね。冥月さんに着物を贈られた方はね」
「ん? 何の話だ?」
 花の話をしていたはずなのに、何故突然彼の話に飛ぶのか? 冥月は、不思議に思い、手を止めてエアを見る。
「そうやって、優しく微笑む冥月さんの事が、きっととっても可愛かったんですよ……、いや、うーんと、何と言うか、子供の可愛らしさじゃ無くって、あっ、そうです、愛しいって思ったんだと思いますよ」
「は……、いや、私がいつ微笑んだと」
 そうだそうだと、一人頷くエアに、冥月は手のひらをひらひらと振って見せた。
「だって、私を心配してくれた時だって、花達の話をしている時だって、冥月さんはいつも優しい顔をしているじゃないですか。その表情が、こう、異性にはぐっと来るんですよ! そうに違いありません。年長者の私には分かるのです」
 エアは、口の端に赤いスープがついている顔で我が意を得たりと胸を張る。
 いやいや。
 冥月は先ほど、エアのような女性こそが可愛いのだろうと思っていたのだ。
 それにエアは彼の事を何一つ知らない。
 けれど、と、冥月は静かに目を閉じた。
 そんな風に考える事ができるのは、幸せな事なのかもしれない。
 エアの言葉は、少しだけ、冥月の思い出に色を添えてくれた。
<End>


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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黒・冥月様
 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
 火鍋ですか〜! 確かに冥月様ならば、日本の鍋料理よりもきっとなじみが深そうです。火鍋のスープは、沢山味わえた方が良いと思って二種類にしてみました。いかがでしたでしょう? いつもエアの事を心配していただいて有難うございます。
 楽しんでいただけたら幸いです。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。