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<東京怪談・PCゲームノベル>


初詣の楽しみは

 年中無休の喫茶「エピオテレス」。
 年が明けての三が日は、客も大入りで忙しかった。エピオテレスがすすんで兄ケニーを厨房へ引っ張り込んだほどだ。
 三が日が過ぎても、なかなか減らず。
 やがて人が引けて――
 5日。
「……そろそろ、私たちも初詣に行きましょうか」
 エピオテレスが提案した。
「行ったところでもう人いねえぞ」
 フェレが本を読みながら適当に返事をしている。
「それはそうなんだけど……ほら、やっぱりお参りはしておきたいわ。お守りもほしいし」
「熊手でも買ってくるか」
 と、こちらは新聞を読んでいるケニー。
「充分稼いでるじゃんか、ここ」
 エピオテレスの傍でむくれたのは、天使のクルールだった。「あたし面倒なの嫌だ」
 するとエピオテレスはクルールを見て、
「……お着物、着せてみたいわねえ。クルールに」
 頬に手を当てて、うっとりするようにほうと息をつく。「きっと似合うわ、あなたなら」
「似合うだろうさ。だって胸ねえもん」
 とフェレが言って――すかーんと、頭に銀のトレイを受けた。
「着物……?」
 クルールが自分の体を見下ろす。「着物?」
 頬が染まっていた。
「お前も着るのかテレス」
 ケニーが新聞から顔を上げる。
「ええ」
 エピオテレスは嬉しそうに、クルールの手を取った。
「ね? 一緒にお着物着ましょう」
「で、でも」
「それで、4人で初詣。……でも確かに寂しいから、誰か一緒に来てくださるといいわね」
 ふう、とエピオテレスが嘆息する。
「なら同行してくれたやつには無料で好きなもんを食べさせてやるか」
 ケニーが新聞をしまう。エピオテレスは飛びあがって喜んで、
「そんな方がいてくれたら嬉しいわ。クルールの艶姿、ぜひ皆さんに見てほしい――」
「テレス!」
 恥ずかしいよ、とまだうら若き乙女の天使はしきりに店長の服を引っ張った。

 ■□■ ■□■

 とりあえず常連さんに誰か付き合ってくれる人はいないかと、エピオテレスは色々電話をかけた。
 結果、店にやってきたのは長い黒髪も艶やかな美女の黒冥月。
 彼女は店ではしゃいでいるエピオテレスから改めて話を聞いて、軽く嘆息した。
「初詣か。まぁ付合ってもいいが、天使が御参りしていいのか?」
「知ら、知らないよ」
 天使のクルールは両手を拳にして腿に当てながら――要するに体を硬くしながら――顔を赤くした。
「あたしにはご主人様がいるわけじゃない。天からの遣いと言っても、要するに天使族のひとりだから」
「ふうん……しかしこっちには」
 冥月の視線がちらりと、珍しく席に座らずカウンターの所に立っている男二人を見やる。
「不信心者が二人いるが」
「俺は別に不信心者じゃねえぞ」
 フェレが片手を腰に当てた。「何しろ神剣の類なら喜んでもらうからな」
「それは神を信じていることになるのか?」
「知らね」
「いい加減なことだ。ついでに――」
 冥月はケニーに視線を移し、
「お前たちイギリス生まれアメリカ他色々育ちだろう。キリスト教じゃないのか」
「キリストを信じていたらあんな満身創痍な生き方はしていない」
 ケニーは肩をすくめる。「それにテレスが精霊憑きだからな。どちらかと言えば、妖精、精霊の類を信じている方だ」
「神の遣いとは違う意味のか。ふむ……」
「郷に入っては郷に従えと言うじゃないですか」
 エピオテレスはとことんはしゃいでいた。「それに日本人は、神を信じていようがいまいがお参りをします」
 身も蓋もないことを無邪気に言うので、冥月は脱力した。的を射ているから始末が悪い。
「ねえ冥月さん。クルールにお着物を着せたいと思うの、どうかしら?」
 身を縮めていたクルールの手を引っ張り、無邪気な店長はそんなことをのたまう。
 クルールはうつむいて真っ赤になっていた。
 冥月は呆れた。
「クルールに着物ね……似合うとは思うが等身大着替え人形遊びの感覚だろう、テレスは」
「そんなつもりは」
 エピオテレスが慌てて両手を振る。クルールが軽くエピオテレスをにらんだが、まんざらでもなさそうだ。
 まあいい、と冥月は軽く苦笑した。
「私は着物は着ない。胸のせいで窮屈だし、サラシ巻いても不恰好になる」
 途端に視線が自分の胸に飛んできたのを感じて――冥月は裏拳をフェレの顔面に打ち込んだ。
 フェレが悶絶する。
「辛いぞ、胸があるやつには。エピオテレス、お前もほどほどにしろ」
 と、言うのは建前で――
 実を言うと、昔愛する恋人に着物を贈られて、着てみたら大笑いされたという過去が彼女にはあった。それ以降絶対に着ないと決めているのだ。
「そう言えば冥月さん……胸大きいのに戦いでの動きはとても軽やかねえ」
「この稼業をやっていれば嫌でもそうなる」
 今でこそアルバイト探偵&用心棒だが、元は中国の暗殺者だ。胸がでかかろうと小さかろうと、そんなものを気にして修行などしていない。
 まあ、とりあえず今は、そんなことはどうでもいい。
「着付けなら手伝ってやるぞ」
 冥月がそう言うと、エピオテレスは喜んで、
「今着物を持ってきますわ……!」
 と二階へと飛ぶように駆けていった。

「意外とミーハーだなテレスは……」
 エピオテレスの後姿を見送って、冥月が独りごつ。
「あれは日本文化が好きなんだ」
 ケニーが妹を擁護した。「せっかくのチャンスだから逃したくないんだろう」
「お前たちもついてくるのか?」
「まあ、暇だからな」
 ケニーは煙草を取り出していた。
「なーんで俺も行かなきゃなんねーのかなあ……」
 フェレは鼻を押さえながらぶつくさ言っている。
 冥月は白けた顔で、
「行きたくなければ行かなきゃいい」
「……テレスがうるさいんだよ」
「『家族全員で行きたい』ってな」
 言って、ケニーは煙草に火を点けた。
 家族……。冥月は何となくうつむいた。
 クルールとフェレは、エピオテレスにとって血のつながりなどない存在だが、それでも大切な家族なのだろう。
(喪って以来孤独を選んだ……私とは別か)
 やがて、二階に続く階段から足音が聞こえてきた。
 一瞬ぎょっとした。エピオテレスは両手で着物を持っているように見えて――その実、着物は宙に浮いていた。
 二枚の着物を持っているのだ。相当な重さだろう。それを風の能力で宙に浮かべているのだ。
「それは……小紋か。初詣には妥当だが」
 小紋。振袖に比べれば若干柄が地味だが、普段着として初詣には基本的に使われるものだ。
 薄桃色に金箔が散っているのがおそらくクルール用、白と薄紅色のチェック模様がエピオテレス用だろう。
「さあさあ、先にクルール、着ましょうね」
「ほ、ほんとに着るの……」
「何言ってるの。かわいいお着物を選んできたから、安心して?」
「そういうことを心配しているのじゃないと思うがな」
 冥月は苦笑して、クルールの手を引いた。
「厨房でいいだろう。男共の目が届かないところで着替えるぞ」
「ま、ま、待って、」
「この期に及んでじたばたしない」
 クルールの手を無理やり引っ張って、厨房へと歩く。
 後ろを、嬉しそうに宙に浮かべた小紋を持ったエピオテレスがついていった。
 残された男性陣は、
「――なーんか不服だな。クルールの着替えなんて誰も見たくねえっつの」
「ちなみに言えば、テレスの着替えを覗いたらいくらお前でも心臓に風穴が開くと思え」
 ケニーはさらっと言ってフェレの顔色を蒼白にさせ、煙草の煙を吐き出した。

 ――着付け始まり。
 まずは足袋を履きましょう。
「な、何これ、変な靴下……」
 クルールがぷるぷる震えている。緊張で顔が赤くなったままだ。
「着崩れ防止のためだ。いいか、こうやって半分まくった状態で、爪先はあまり入らないように、指と甲を完全に入れて……」
「冥月さん詳しいわ」
 エピオテレスは自分の小紋をキッチンに丁寧に置きながら、嬉しそうに微笑む。
 足袋は、無事履くことができた。
「足元が変……」
「慣れろ」
 ぽん、と冥月はクルールの肩を叩いた。

 肌着を着ましょう。
「ほら、この白いのを……」
 クルールの背中からかけて、腕を通すのを手伝ってやる。
「重ね方は下前が下――じゃなくて、右側が下だ。それで胸が――お前は小さいから、少し上げるように合わせろ」
 クルールがきっと冥月をにらんできたが、
「生まれ持ったもんだ。仕方ないだろう」
「……悔しい」
「天使に胸がいるのかどうかの問題じゃないのか」
「いるに決まってるじゃん! 少なくともあたしの部族は!」
 そうなのか、と冥月は多少クルールを気の毒に思ったが、……やっぱり生まれ持ったものは仕方がない。大きければ大きいで苦労は多いのだし。
 そんなこととは関係なしに、着付けに加わったエピオテレスが鼻歌を歌いながら上前と下前――左側と右側が鎖骨のあたりで交差するように合わせた。
 着物初心者なので、紐でくくることにする。
 衣紋を、肩の線より少し下くらいまで抜く。
「首筋……冷たい……っ」
「慣れろ」
 容赦ない冥月の言葉だった。

 裾よけのをつけましょう。
「これが基本だからな。着物を着ている女性の足捌きのよしあしがここで決まると言っていい」
 長い裾よけのを足袋にかかるくらいの位置に決める。残った上部はウエストの補正だ。
 下腹部を持ち上げるようにしながら、下前を巻きつけようと思ったのだが――
 クルールの体は鍛えられすぎていて、下腹部が筋肉になっている。
「……まあ、いいか」
 上前は右脇腹に。少し褄を上げ、裾をつぼめるように。
 紐は後ろで交差させ、前に持ってくる。そして、適当に左側で結んで余りの紐を入れ込んだ。

 長襦袢を着ましょう。
 襦袢を羽織らせ、衿先を合わせて背中の中心をそろえる。幸いクルールは姿勢がよい。
 背中を下に引っ張って、衣紋をぬく。
「だから、首筋冷たいって!」
 クルールはわめくが、首筋から見える後れ毛が綺麗なのだと昔から言うではないか。そんなことを言う冥月は日本人ではないが。
 エピオテレスに衣紋が前にこないよう引っ張ってもらいながら、下前と上前を合わせる。
 中央できっちりと揃えた。よし、なかなか順調だ。
 次に伊達締め。後ろから回し、前でぐっとしめる。
 背中のしわを取り、脇のたるみを取り、さて……

 小紋を着付けましょう。
「はい、これよクルール」
 薄桃色に金箔が散りばめられた小紋をエピオテレスが楽しそうに持ってくる。
 冥月はそれをクルールにはおらせた。
「苦しい……」
 クルールはすでにぐだぐだだ。
「帯を締めたらもっと苦しいぞ」
 わざといたずらっぽくそう言ってやると、クルールは青くなった。
 エピオテレスが小紋をクルールに羽織らせる。裾線を床すれすれに保ち、衿先を持って上前、下前の位置を合わせ、重ねる。
 腰紐を締め、結び。
 両脇の身八つ口から手を入れ、小紋が腰紐に挟まってないかどうかを確かめながら後ろのおはしょりを、続いて前のおはしょりを整える。
 掛け衿を合わせ、コーリンベルトを利用して下前の衿をはさみ、右脇へ回したコーリンベルトで上前の衿を止める。
 背中のしわを取り、
 衣紋と衿を整えて――
「よし」
「うううう」
 腰紐が苦しくてクルールが暴れそうになるのを必死でこらえている。
「心配するな、だんだん緩んでくる」
 これで、クルールは薄桃色と金箔の散った小紋をひとまず着終わった。
 まだ帯があるとは言え……
「なかなかいい見立てじゃないか、テレス」
「やっぱりこの色が一番似合うと思って……」
 ピンク色の髪に、金色の瞳を持つ天使。それに、この色の着物。
 ふふ、と冥月は微笑んだ。
「さて。じゃあ仕上げに帯を締めるか」
「まだ締めるの!?」
 クルールが悲鳴を上げる……

 小紋に合わせて、「一重太鼓」と呼ばれる結び方をすることになった。
 クルールの帯は小紋より強い紅色に、やはり金を散らした柄。
 まず帯板をつける。胸の大きいものはこの時点で苦しい。
 手先の長さを決め、帯を一巻き。
 手先を引き抜き、もう一巻き。ここでぐっと締める。
 さらに手先は背後まで抜き、そこで帯と重ねて、上へ折り上げる。
 折り上げた山のところに仮紐を通し、前まで回して結ぶ。残っていた手先はもう邪魔なので、ここで仮紐にはさんでおく。
 背後の帯を広げ、仮紐をかけ。
 帯枕を、背中の帯に挟んだ。そして帯枕をくるくる上へ回して、その動きで帯山と呼ばれるふくらみを作った。
 帯枕の紐を前に回し、脇で結ぶ。結び目は帯と着物の間に入れ込んだ。
 邪魔な今までの仮紐をはずし、帯枕の上には帯揚げをかけ。
 その後はもう、帯山を太鼓と呼ばれる状態にし整えるだけだ。
「くるしい……」
 クルールがすでに限界のようだった。
「慣れろ」
 冥月はすぱっと切り捨てた。

 そして最後に、簪。
 短いクルールのピンク色に輝く髪を無理やり後ろにまとめ、冥月は影の中から簪を取り出し、挿した。
 粋な簪だった。竹細工に金細工を組み合わせたもので、動けばしゃらしゃらと耳障りにならない程度に音が鳴る。
「まあ冥月さん、素敵! こんな簪どこで?」
 エピオテレスが嬉々として両手を合わせると、
「昔報酬代りに貰ってな。まぁ数百万程度だ」
 エピオテレスは目を丸くした。
 ……場合によっては数百万程度の調理代を取るこの店の店長であっても、一応経済感覚はあるらしい。

 そして――
 クルールの着付けは完成した。

「似合うわ……! やっぱり似合う!」
 エピオテレスが手を叩いてはしゃいだ。冥月も完成度を見、満足して微笑む。
 クルールは恥ずかしそうに袖を持ちながら、しゃなりしゃなりと歩いた。
 着物は足が開かないので、自然とそういう歩き方になる。
「けっこうかわいいじゃないか」
 ぽんぽんと肩を叩いて言ってやると、クルールは恥ずかしさの裏返しできっと鋭い視線を飛ばしてきた。
 まったく、困った子供だ。

 ■□■ ■□■

 エピオテレスの着付けを終わらせ、厨房から出てくると、フェレがはっと息をのんだのが分かった。
 冥月は片眉を上げた。
「なんだ? クルールがあまりにもかわいくなっていたからときめいたか?」
「っ! ばっかやろ……!」
 ケニーは微笑ましそうに妹を見ている。エピオテレスは身長が高いという難点はあったが、元がいいので和服はよく似合った。
(こいつは意外とシスコンだな……)
 冥月はひそかに思った。そう言えば生まれ故郷のイギリスからアメリカに、その他様々な国に、結果日本に移ったのも、一重にエピオテレスのためだったという。
 ……どうやら両親がいないようだから、たった一人の肉親の情というやつだろうか。
(まあ、詮索は私の性には合わん)
 冥月はそこで考えるのをやめた。
「男たち。お前らはその服装でいいのか」
 背広のケニーとパーカーのフェレを見て言うと、
「着るものが他にない」
 ケニーがあっさりと、身も蓋もないことを言った。
 エピオテレスが焦って、「ごめんなさい二人とも……!」と言うのを制し、
「いーっつの。堅苦しいのはぜってー嫌だ」
 フェレが嫌そうな顔で言う。……フォローしたというより、これは本心だろう。
「そうか。なら行くぞ」
 どこの神社だ――? エピオテレスに尋ねると、
「ここから歩いて20分の、ええと、家内安全をお祈りできる神社……」
「はぁん」
 冥月は改めて喫茶店のメンバーの顔を順繰りに見る。
 エピオテレス。ケニー。クルール。フェレ。
 ……自分から「家内安全」なんぞぶち壊しそうなメンツではあるが。
「まあ、神頼みも悪くはない」
 呟くと、エピオテレスを促し早々に店を出ることにした。

 神社に着くと、一応中国人の冥月も日本風にのっとってお参りをした。
 冥月的には家内安全は願うと退屈なことになるので、代わりに、
(今年も退屈しないように……)
 とひそかに願った。

 それにしても。
 さすが初詣の時期などとっくに過ぎているだけある。神社は活気をなくして、閑散としていた。
 それでも屋台はかろうじてやっていた。すると、クルールが急に目を輝かせ始めた。最近の神社の屋台はお祭りのようなものだ。わたあめがあれば大判焼き、りんご飴もあれば一方で輪投げといった遊びもある。
 彼女には、見たことのないものばかりなのだろう。
「ねえ、ねえ、あれなに!?」
 クルールはしきりにエピオテレスの袖を引っ張る。
「駄目だクルール、引っ張ると着物が着崩れる」
 冥月は止めた。そして、
「フェレ、お前が説明してやれ」
「はああああ?」
「お前腐っても日本人だろう。分かるだろう?」
 口をぱくぱくさせるフェレに言いつけて放っておくと、フェレへの反目より好奇心が勝ったらしいクルールが、「フェレ!」と彼の腕を思い切り引っ張った。
「何だよ俺に引っ付くなよ……!」
「教えて! 教えてよ!」
 いつもより数段素直なクルールの輝く金色の瞳に、フェレは負けたらしい。
「だからだな、あれは食い物屋。あれも食い物屋。あっちも食い物屋でこっちも食い物屋……」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
 ばこんと肩を叩かれながら、フェレはクルールに引っ張っていかれた。
「……さて」
 冥月は目をすがめて、残されたエヴァス兄妹を見やる。
「私たちは大人らしく、鍋と酒とでも行こうか」
 向こうでは、クルールとフェレの口げんかが聞こえる。
 エピオテレスが袖で口元を隠して、くすっと笑った。
「何だかんだでフェレもはしゃいでいるみたい」
「それはそうだろう。あれも、子供だからな」
「冥月さんと同い年なのにね」
「おい」
 ケニーが煙草をくわえたままあごである方向を示した。
「もつ鍋屋が退屈そうにしてる」
「それはいい。退屈をつぶしてやる」
 歩きづらそうなエピオテレスの手を取ってさりげなく補佐しながら、冥月は退屈そうな主人がぼんやり座っているもつ鍋屋台へと、ケニーと並んで歩いていった。

 もつ鍋屋台の店主は、冥月たちが目の前に来てもしばらくぼんやりしていた。欠伸までした。あまりにも気が抜けている。大丈夫かこの屋台。
「こら店主。客が来ているのだからちゃんと接客しろ」
 冥月が言いつけると、ようやく店主は目をしばたいて、ぱっと立ち上がった。
「ああすまん、今から火をつけるよ」
「今からか……」
 冥月はこめかみをもんだが、これだけ客がいなければ仕方がない。
 まあ、今日はのんびり行こう。どうせ一日暇で、この喫茶店のメンバーと付き合う予定なのだから。
「店主。先に酒……ああ、ケニー、テレス、何を飲む?」
 エピオテレスが嬉しそうに、「わたくしは甘酒を」と言った。
「俺はビールでいい」
「私は熱燗」
「はいよ」
 だしを鍋に放り込んで、にんにくのスライスやら鷹の爪やらを追加し、店主は火を点けると、ビールと甘酒と――熱燗はなぜかインスタント。1杯ずつ店頭に出した。
 呆れながら熱燗の蓋を開ける。
 ぐいっと一飲みすると、この寒さの中に染み渡る熱さだった。
「……悪くない」
 ほうと息をつくと、空気が白く染まって散る。
 遠くでまだクルールとフェレの騒ぎ声が聞こえる。
 「へたくそ!」「お前のがへたくそだ!」「あたしはちゃんと一本入った!」「うるせー、男は最後に決めるんだよ!」
 何をやっているのかと振り向いたら、輪投げだった。
 ゲーム……
 何気なく通りを見渡すと、とことんお祭り風味なスーパーボールすくいに、ダーツに……ん? この寒いのに金魚すくい? まあいいか。それに、
 射的――
 冥月は唇の端を上げた。
「……ケニー」
 ちょうど煙草を消して、ようやくビールに口をつけようとしていたケニーが、手を止めた。
「なんだ?」
「射的がある。勝負といこうじゃないか。お前が勝ったらビールをおごってやる」
「………」
 ケニーは考えたようだった。彼はガンマンである。とは言え、射的の銃は勝手が違う。
「どうした? 負けるのが怖いか?」
 茶化してみると、「いや、あなたに負けるのは別に構わないが――」と何ともつまらないことを言う。
 確かに彼は、勝ち負けに頓着しない性格ではある。が。
 冥月は顔をしかめて、
「お前の大切な妹の前で試合放棄か。情けないぞ」
「………」
 ケニーは妹を見る。
 エピオテレスは心配そうに、兄を見上げていた。
「……ふむ」
 ケニーはビールの入った紙コップを置いた。
「分かった。勝負しよう」
 冥月はにやりと笑った。


 射的の弾は、一回3弾だった。
 屋台の中には、雛壇のような段が置かれている。そこに、大きいものから小さいもの、遠いところにあるものから近いところにあるものまで、的がとりどりに置いてある。
 的には1から5の点数が振ってあった。
 3弾打って、合計点数で商品がもらえるのだ。
 冥月はちらりと商品を見る。最高は15点――商品は、商品券。
 他の点数には飲み物、カレンダー、ぬいぐるみ、ボールやシール。
(……15点以外狙うものはないがな)
 3弾で15点。つまり難易度の高い5点の的を3回。はずすことは許されない。
 5点の的は遠く、そして小さかった。
 だが冥月は銃を構え、
(軽いな)
 片目をつぶり、焦点を当てた。
 冥月にとって軽い。それはケニーにとってもおそらく――
 考えた。ケニーに勝利するには。
 ――今、壇上には、5点の的がちょうど6枚あるが――
 目をつける。一箇所、やや間が狭い2枚の「5点」がある。
 冥月は弾のサイズを確かめた。そして、ケニーを見た。
「交互に打つ。……先攻、後攻、どちらがいい?」
「……テレス。どうする?」
 頓着しない兄は妹に尋ねる。エピオテレスは焦ったように、「ええと、その……後攻で……」とためらいがちに言った。
「分かった、私が先攻だ」
 早速銃を構えながら、冥月はわずかな高揚感を覚えた。
 ――これも賭けだ。
 ケニーも同じことを考えたなら、さて、自分はどうしようか――

 パンッ

 一撃目。
 冥月は軽く5点の的を落とした。
 屋台の店主が拍手をする。
 冥月はちらとケニーを見る。ケニーは無造作に銃を構え――

 パンッ

 ほんの1秒も間を開けず焦点を決め、5点を撃ち落とした。
 冥月はますます高揚した。――さすが。
 こうなると冥月も負けてはいない。口元が緩むのを隠せないまま2発目。

 パンッ

 ケニーに負けないほどの速さですぐさま撃った。
 落としたのはもちろん5点。
 と思ったら、

 パンッ

 ケニーの2発目が終わっていた。
 5点。
 冥月は微笑した。――ケニーは、賭けをしてこなかった。
 ではこちらから攻撃させてもらおうか――

 狙うのは、例の間が狭くなっている5点の的2枚。
 弾の大きさを指でもてあそんで再度確かめる。そして目測する的2枚の間の距離――いける。
 冥月は、打つ位置を少し変えた。
 斜めに構えた。そして――
 今回は、あえて早撃ちをしなかった。

 パンッッ

 1枚の、5点が落ちる。
 そして――
 微妙にそれに近かったもう1枚の5点にもかすり、5点の的は動いた。
 自分たちから見て直角の角度に。

 店主が鈴を鳴らす。「最高点だよ!」と商品券を差し出してこようとする。冥月はそれを黙殺し、ただ面白そうな光をのせた瞳でケニーを見た。
 直角になった的は薄さ1mm。
 さて、どう落とす? 稀代のガンマン。
 斜めからなら落としやすいだろう。それともここは腕の見せ所、真正面から撃つか――?
 ……ケニーは。
 真正面向きに、構えた。

 間が、あった。

 パンッ

 的が落とされた音――

 冥月は呆然とした。
 ――「1点」だと?
「何を……馬鹿な」
 はずしたようには思えなかった。逃げた? まさか。まさか。―――?
「合計11点だね。ほい、こちらの中から選んでおくれ」
 店主が11点の商品を並べる。スーパーボール、着物を着たぬいぐるみ、知恵の輪、シャボン玉用具。
 ケニーは迷わずぬいぐるみを選び取り、
「ほら」
 とぽけっとしているエピオテレスの腕の中に落とした。
 ――あれは日本文化が好きなんだ――
「………」
 冥月はケニーの言葉を思い出し、着物を着たぬいぐるみを受け取って喜色を浮かべるエピオテレスを見つめる。
 唖然。これしかない。
 ケニーは妹のために、勝負を捨てたのだ。
「……とことん、気に喰わんやつだな……」
 低くつぶやくと、ケニーは肩をすくめた。
「あなたがあんな難易度の高い状態にするからだろう」
「自信がなかったのか?」
「さあ、どうかな」
 どこまでもひょうひょうと。
 ――本当に、やりにくいやつだ。
 冥月は嘆息し、「まあいい」とケニーの胸板をぽんと叩くと、
「そう言えば私が勝った時のそっちの罰を決めてなかったな」
「何がいいんだ?」
「ビールをおごれ」
 ケニーが微笑した。「ごめんなさい冥月さん」とエピオテレスが慌てて謝り、もつ鍋屋に払いに行く。
 ちょうど、もつ鍋にもつや野菜が放り込まれたところだった。
「もう少し待ってろよ」
 と店主が火を最大にして煮込む。
 3人で酒とビールと甘酒を堪能している間に、また「子供」組の騒ぎ声が聞こえてきた。
「へたくそ」
「なんだとっ!」
「さっきから一匹もすくえてねえじゃねえか」
「う、うるさい」
 見やると、金魚すくいの場でクルールとフェレは夢中になっている。
「やれやれ。単純な連中だ」
 冥月は微苦笑してその姿を遠目で見ながら、次はフェレと金魚すくい対決といこうか――と考えた。
 まあそれより前に。
 いい香りのしてきた、もつ鍋で腹を満たすことにするが……。

 もつ鍋を冥月が食べるだけ食べ終わった頃にも、まだ子供組は金魚すくいをやっていた。
「いつまでやってるんだか」
 つぶやきながら、「行ってくる」とまだ鍋を食べているエヴァス兄妹に言い残し、フェレの背中を目指す。
 そして、
「フェレ。金魚すくいならうまくいっているのか」
 背後から突然声をかけてやった。
 うわっとフェレが跳ねた。
「無防備だな」
 にやりと冥月は唇の端を上げる。「下手をしたら命取りだ」
「……お前かよ……」
「いつから私をお前呼ばわりできるようになった」
 言いながら見やると、店主の前に山のように破れたポイが積まれている。
 クルールがうーうーうなりながら、頬を真っ赤にしてポイを水にくぐらせているが、すぐに破れてしまう。彼女の持っている碗には一匹も金魚がいない。
 対するフェレの碗には、10匹ほどが入っていた。
「ほう……何回やったか知らんが、けっこうな数を取ったな」
 冥月が感心すると、フェレは鼻を鳴らした。
「この程度」
「この程度、ね……ふん、いいだろう。私と勝負だ」
「はあ!?」
 店主にお金を差し出し、碗とポイを受け取ると、冥月は片膝を地面につけた。
「ほらフェレ。お前も新しくしろ」
「……上等だ!」
 フェレはまだ破れていなかったポイを捨て、小銭を出して店主に渡すと、新しい碗とポイを受け取った。
 フェレが持っていた金魚10匹の入った碗はクルールに一時的に渡された。
 クルールが頬を紅潮させたまま、
「やっつけちゃってよ、冥月!」
 と冥月の傍らにちょこんとくっついた。
「こら、動きづらい」
「あたしも動きづらい」
 そう言えば慣れない着物姿だったか。まったく、困った子供たちだ。
「さあ、勝負だフェレ。お前が勝ったら武器についてまたいい情報を教えてやる」
「………!」
「代わりに私が勝ったら――」
 冥月はにやりと笑った。「お前、今日1日私の下僕だ」
 ぐ、とフェレが詰まった。怒りで褐色の肌が紅潮する。
「じょーとーだ!」
 強調して言い放つ。
 そして勝負は始まった。

 フェレは確かにうまかった。さっさっさっさっと金魚をすくって碗に入れていく。
 だが。
「いえーい! いけいけ冥月ー!」
 クルールがノリノリになっている。
 冥月の碗の中の中があっとう間に金魚で埋まる。
 ありえない速さで、冥月は金魚をすくっていた。
 正しく言えば、一度に数匹ずつすくっているのだ。
「それってありかよ!」
 律儀に1匹ずつすくっているフェレが怒鳴る。
「ありだ」
 冥月は即答した。
 事実、一度に複数匹すくうことなど初歩中の初歩の技術ではないか。少なくとも冥月の中ではそうだ。
「くっそ……っ!」
 焦りやら怒りやらで気持ちを揺らしたのがいけなかった。
 フェレのポイが、ふいに破れた。
「――あ――」
「やった! 冥月の勝ち!」
 クルールが手の内の金魚碗を落とさないようにしながらも、大喜びする。
 冥月の碗の中はすでに金魚がひしめく状態だ。
 かたやフェレの碗の中。それでもなかなか奮闘、13匹。
「13なんて不吉な数字で負けた……」
 フェレはがっくりと肩を落とした。
 冥月は店主に金魚を全部返しながら、ぽんとフェレの肩を叩いた。
 にっこり、と微笑んで。
「最後に一言だけ自由なことを言わせてやる。下僕」
「……いつかぶっ飛ばす……!」
 青年の渾身の一言だった……

 さて。
 初詣と言えば、恒例のおみくじがある。
 おみくじ売り場では、いい歳のおじいちゃんが「ほれほれほれ〜」とからからおみくじを振りながら一行を呼んでいた。
「さあおみくじ引いていきなさい。若人よ、神のお告げをなめてはいかんぞ」
「自分の運だろうが」
 身も蓋もないことを言ってみたが、運も神の定め。……なのか?
 全員がおみくじを引いた。
「あら、私大吉……」
 エピオテレスが頬をほんのり染める。何だか今日の彼女はついているらしい。
 ケニーは無表情だった。冥月がちらと覗き込むと、「吉」である。
 ただ、内容に――
 読んだ冥月は、思わず噴き出すのをこらえた。
「『身近な者を束縛せず、解放の翼を』……痛いところを突かれたじゃないか、ケニー」
「………」
 ケニーは嘆息して、おみくじを折り始めた。
「ねえ、これなに?」
 クルールがエピオテレスに尋ねている。
「あら、クルール。あなたは中吉ね」
「ちゅうきち?」
「なかなかいい運勢よ。ええと……『身近な者との情厚く。ぶつかりあいはほどほどに。心は反対』……」
 んん? と聞いていた冥月は何となくクルールとフェレを見比べる。
 自分のおみくじを開いているところだったフェレは、「あん?」と顔を上げた。
「何で俺を見るんだ?」
「……下僕の動きを観察してるんだが」
「下僕言うな!」
 やけになった様子で言いながら、フェレががさがさとおみくじを開き――
「……っちっくしょー!」
 冥月はすかさずフェレの手からおみくじを奪い取った。
 『凶』
「『何事も焦らず』『強き者に無闇に逆らわず』『自分の弱さを認める強き心を』『無理のしすぎで体を壊す注意』」
 ――噴き出さなかったのが不思議だった。
 あらあら、とエピオテレスが手を合わせた。
「大変だわ。今年はフェレの健康状態に気をつけなくちゃ」
「いつものことだろう」
 おみくじをフェレに押し付けて返しながら、「さて、私は……」と冥月はようやく自分のおみくじを開いた。
 『小吉』
「『縁が影を運ぶ。善きも悪きも気持ち次第』『腐れ縁は悪縁にあらず。見捨てるな』」
「………」
 何となく眉をひそめて、軽く喫茶店メンバーを見やる。
 縁が影を呼ぶ?
 腐れ縁……悪縁ではないから『見捨てるな』?
「影は私の手足だがな……」
 否。そういう意味での『影』ではあるまい。
 どうも、またこいつらのせいで何か巻き込まれる予感がする文面だ。
 やれやれ、と腰に手を当てた。
「まあ……腐れ縁を悪縁と勘違いするほど愚かでもないさ……」
「冥月さん?」
 エピオテレスが不思議そうに名を呼んでくる。
 何でもない、と答えて、
「一応木に結んでくるかな」
 と冥月はおみくじを折りたたみ、結びつける木へと歩いて行った。

 ■□■ ■□■

 楽しい初詣ももう終わり――
 喫茶店に戻って、改めて食事をしようということになった。
 特にクルールとフェレはわたあめしか食べていない。急ぎだということで、珍しく厨房にはケニーも入ることになった。
「火鍋を頼む」
 中国では庶民的に親しまれる火鍋を注文すると、はいと笑顔でエピオテレスが返事をしてきた。
「何かお好きな具はございますか?」
「何でもいいが、水餃子を忘れるな」
「かしこまりました」
 そして兄と共にエピオテレスが厨房に消えると、クルールが、
「ねえ、何で水餃子入れるのさ?」
 と訊いてきた。
「中国では日本の年越し蕎麦に近いんだよ、クルール」
「年越し蕎麦……そう言えば、オオミソカにテレスに食べさせてもらった」
「それと同じだ。もう新年だがな」
 ――食い盛りの青年と少女がいて。冥月もそれほど小食ではなくて。
 エヴァス兄妹の食欲は知らないが、火鍋の中身はボリュームがあるに違いない。
「待っていろ。火鍋は中国人が誇る味だ」
「へえ」
 興味なさそうな声を出したフェレにちらっと目をやり、
「下僕。後で厨房の掃除をしろよ」
「はあっ!?」
「火鍋は具材がたくさん出てくるんだ。それだけ厨房も汚れる。しっかり磨け」
「はあああっ!?」
「分かったな、下僕」
「はあああああっ!?」
 フェレがわなわなと震えている内に、ケニーがやってきてテーブルの中心にガスコンロを置いた。そしてまた厨房に引っ込む。
 ややあって、厨房からいい香りがしてきた。
「わあ、食欲そそる」
 クルールが袖をまくっている。彼女はまだ着物姿である。
「着物を汚すなよ」
「……いいじゃんもう少しくらい」
 何だかんだで着物を気に入ってしまったらしかった。
 ケニーが再び厨房から出てきた。手に鍋を持っている。やや大きめの鍋だ。
 それをコンロの上に乗せ、ケニーは火を点けた。
「なにこれ、赤と白?」
 クルールが鍋の中を覗いてすっとんきょうな声を上げる。
「……何で真ん中がくねってんだ?」
 フェレが興味深そうに鍋を覗き込んだ。
「火鍋は基本的にそうなんだよ。肉をくぐらせるスープを入れる場所が二箇所に分かれてる。パイタンスープとマーラースープ……見れば分かるだろうが、赤いマーラースープの方が辛いからな」
「何で区切る場所がくねってんだ?」
「単によくある形の鍋というだけだ」
 ケニーが端的に言った。
 火が点いた鍋からは、スープがますます香り立つ。
 「兄様!」と厨房からエピオテレスの声がした。
 ケニーが厨房に戻っていく。その後姿に、
「……テレスに恋人が出来たらどうする気なんだ、あいつは……」
 と冥月はつぶやいた。
「胸に風穴開くんじゃない?」
 クルールが気楽に言った。
 そんな会話も知らず、ケニーはウエイター代わりになったらしい、次々と具材を載せた皿を持ってくる。
 水餃子はもちろん。
 特選ラム肉、特選和牛、かに肉、海老、ホタテ、コウイカ、鯛、白菜、蓮根、豆腐、魚団子、麺……
 盛り付けが美しい。すぐに崩れるものとは言え、こういうところにも気を配るのが一流だ。
「テレスは」
 ここまで来ればもう準備はいいはず。ケニーに尋ねると、
「デザートの準備をしている」
「いたれりつくせりだな」
「だから、お先にどうぞ、だとさ」
 冥月は微苦笑した。そして、
「テレス!」
 厨房に呼びかけた。
 はーい、と厨房から慌てた様子でエピオテレスが出てくる。
「何か不備がございましたか?」
「そうじゃない」
 冥月は手招いた。「食べるならみんな一緒だ。『家族全員』だ」
「―――」
 エピオテレスが目を見張る。
 クルールとフェレが、信じられないといった顔で冥月を見る。
 冥月は微笑んでいた。
「だから、来い。お前が揃わないと、食事が始まらない」
「は――はい!」
 エピオテレスは喜びの声を上げて、厨房に引っ込んだ。
「着物でつまずかなければいいが」
 ケニーが腕を組んで立っている。
「お前も座れ」
「最後にな」
「何故だ?」
「一応、大黒柱だ」
 冥月は、何が大黒柱だ、と茶化してやった。
 ただのシスコンのくせに。ただの過保護保護者のくせに。
 まったく、やりづらいやつだ。
「こら下僕。ならお前もケニーにならって立ってろ」
「何でだよ!?」
 単純な反応しかしない、ああこいつは何て軽い……放っておけないやつなんだか。
 クルールの頭を撫でてみると、
「あ、忘れてた」
 クルールはひょいと顔を冥月に向けた。
「この、髪に挿したやつ、ありがと。さっき鏡見た。綺麗」
「簪って言うんだ。覚えとけ」
「かんざし? かんざし……」
 素直にクルールは新しい知識を吸収しようとする。純粋な……天使だ。
 エピオテレスが袖を抱えていそいそと厨房から出てくる。
 全員を包み込む、母親のようなその女性は。
「さ、みんなで美味しく頂きましょう」
 今日は冥月さんも家族ね――と。
 何だかくすぐったかった。

 会食。暖かい時間が始まる。
 わいわいがやがやと少し騒がしい、けれどそれが自然な食卓。
 ――家族とは、こういうものなのかもしれないな。
 少しだけ心に触れた痛みも、騒がしさが吹き飛ばした。
「まったく。もっと落ち着いて食え」
 冥月は言った。
 今日一日限りの『家族』に向かって、言った――。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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黒冥月様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回は新年ノベルにご参加頂き、ありがとうございました!
性懲りもなくまたもや大幅な遅刻……申し訳ございません。
その分たっぷり中身を詰め込みました。火鍋のごとくご堪能いただけるとよいのですが。
よろしければまた、喫茶店メンバーと遊んでやってくださいね。