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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


私と彼女のダイアリー 番外編その2

 夕暮れの蒼月亭。
 隅の方のテーブル席に座りながら、私は目の前に座ってコーヒーを飲む黒 冥月(へい・みんゆぇ)さんにある建物の見取り図を差し出した。
「これは何だ?」
 うーん、呼び出したのは私だけど流石につれない。このクールさも人気の秘密なのかしら……なんて。
「地下鉄路線図に見えました?」
 軽くボケて見ると、冥月さんが溜息混じりにチラリと私を見た。わあ、何か私の周りの空気だけ温度が下がった気がするわ。軽いジョークじゃない、人生ゆっくり行かなきゃ。
 でも、冥月さんが怪訝な顔をするのも無理はない。
 私が見せたのは都内にある貿易会社「極東貿易」のビルがある位置や、その建物の見取り図などが書かれた用紙だったんだから。
「実は社長に『ここにある情報を、どんな小さな物でも良いから出来るだけ収集してきて欲しい』って言われたんですよ。それこそ、会社の経費で一月にどれだけトイレットペーパー使ってるかとかまで」
 ふぅ。ちょっと大げさに溜息。
 それはまあ冗談としても、実際情報収集を頼まれたのは本当の話。私はまだ詳しいことを聞かされていないけれど、どうやらその貿易会社は、うちの会社と古くから因縁がある研究所と、遠くだけど繋がりがあるらしい。
 集められる情報は、どんなものでも集めておく。それはある意味収集の基本。
 分からない人が見れば意味のないものでも、それは必要な人が見ればダイヤモンドの輝きを持つわけで……絶対記憶を持つ私向けの任務よね、確かに。
「ふーん。で、私にどうしろと」
 おおう、流石話が早い。
 私は紅茶のシャルロットが乗ったケーキ皿を手元に寄せ、フォーク片手ににっこり頬笑んだ。
「てな訳で、仕事を手伝って欲しいんです」
「……何故私だ」
 むう、軽くスルー。すんなり「分かった」と言われるとは思ってなかったのよね。メールで呼び出して、ここに来てくれて話を聞いてもらってるだけでもすごいことなのに。まあ……もし来てくれなくても、ここで張ってたら会えるとは思ってたけれど。
「適任だから。助っ人選ぶ権限は私にあるし」
 もぐもぐ。うーん、今日のケーキも美味しいわ……っと、ゆっくりしてられないんだった。仕事の話をしたら、今度は会社に戻って打ち合わせ。結構ギリギリのスケジュールで動いてるから、大変なのよね。
 私はケーキを全部口に入れてコーヒーを飲むと、地図をテーブルに乗せたまま立ち上がった。
「じゃ、明日ここでよろしくお願いしまーす。時間書いてますから。あ、コーヒー代払っておきますね」
「ちょっと待て。まだ請けるとは言ってないぞ」
 確かに冥月さんは請けるとは言っていない。だけど、絶対請けてくれる確証が私にはある。つか、それがなかったら、いくら何でも私だってこんな無茶振りしないわ。
「冥月さんが来てくれないと、葵ちゃん大変かも?」
 葵ちゃんと私が言うと、冥月さんの動きが止まった。
 葵ちゃんは私の同僚で親友で、冥月さんともよく知った仲……なんだけど、冥月さんと葵ちゃんの間に最近何かあったらしい。でも、お互い気にしてるのは分かるのよね。二人とも不器用なところがあるから、きっかけがないとどうにもやりにくいんだろうけど。
「どういう事だ?」
「あのね彼女囮役なの。そこの会社、扱っている物が貴金属類だから、警備員は何十人も……」
 うっ、睨まれた。
 最近貴金属とかは結構高騰してるのよね。情報よりも、どちらかというと警戒しているのはそっち方面かも知れないけど、それでも警備が多いのは本当のこと。
「んじゃ、よろしくー」
 ささ、話をしたら長居は無用。考える隙とか与えたら、断られちゃうかも知れないもんね。
 さてさて、後は任務とかが上手く行きますように。お祈り!

 任務決行日の深夜……。
 少し離れた場所に隠して止めた車の中で、私は葵ちゃんと最後の打ち合わせをした。
「じゃ葵ちゃん、表で派手に暴れてね。強くないけど、数多いから注意よ」
「任せてくださいませ。桜さんも気をつけてくださいね」
 任せて……とは言ってるけど、やっぱり葵ちゃん少し不安そう。多対一、しかも囮役なんて経験はほとんどないんだから、当たり前かも知れない。
 囮役に大事なのは、とにかく注目を集めること。私の方に目が向いちゃったら、任務はそれだけで失敗の可能性が高くなる。しかも相手に「一体何者がやって来たのか」を悟られてもいけない。
 緊張してるのは、葵ちゃんもその重要性を知っているからなんだろう。私は安心させるように肩をポンと叩いて、小さくウインクしてみせる。
「安心して、そのうち助っ人が来てくれるから。強い人だから、それまではしばらく耐えてね」
「助っ人って……私一人でも大丈夫ですわ」
 ええい、意地っ張りめ。そんな子にはデコピンよ。
 ぺしっと葵ちゃんのおでこを叩くと、私は少しだけ真剣に葵ちゃんの顔を見た。
「一人で十分なんて過信しないの。個人戦とは全く違うのよ」
 今まで一人で戦うことが多かったから、やっぱりそう思っちゃうのかな。でもこれからどんどんこういう任務が増えてくるはず。それに、私達は一緒に仕事してるんだから。
「私のこと忘れちゃ困るわ。葵ちゃんに何かあったら、私も大ピンチなんだからね」
 そう言うと素直に反省する葵ちゃん。
「ごめんなさい。そうでしたわね……私一人の任務じゃありませんでしたわ」
「分かればいいのよ。さ、行くわよ」
 作戦開始。
 葵ちゃんは裏口の方に回って、私は警備の死角になっている窓の方へ。ここは警報が鳴らないようになってるっての知ってるのよねー事前情報も大事だわ。
「屋内に人影なーし」
 葵ちゃんが引きつけてくれているから、流石にこっちに人はいないみたい。その間に目的の資料を探さなきゃ。
「立ち上がってるパソコンの中身と、紙で残ってる資料全部目を通しておけばいいかしら」
 とにかく目を通しさえしておけば、意味は分からなくても私の記憶にはしっかり焼き付く。それを後からゆっくり引っ張り出してもいいんだから。
「パスワードは覚えてきたから、後は流すだけ……っと」
 葵ちゃんは大丈夫かしら。ちらと外をうかがうと、人数が多い中頑張ってる。でも髪を伸ばす能力を使うと、誰がやったかばれちゃうから、全部格闘というのは少しキツそう。
 しかも慣れない集団戦。上から見ると誰がどこにいるかとか分かるけど、葵ちゃんの視点からじゃ……。
「あ、危ない!」
 うっかり声が出そうになった。
 葵ちゃんの死角から、飛びかかろうとする影。あのままじゃ殴られちゃう。
 その時……。
「………!」
 時間が止まったかと思った。紙一重のタイミングで現れた冥月さんが、パシッと止めた手を捻りあげて男をひっくり返した。
 ちょっと、そのタイミングは格好良すぎだわ……。

 死角から出てきた拳を避けられない!
 そう思い、せめて衝撃を和らげようかと思っていた葵にかけられた声。
「大丈夫か?」
「み……」
 どうして冥月がここにいるのか。その瞬間、最後の打ち合わせで言われた言葉が甦る。
『安心して、そのうち助っ人が来てくれるから』
 助っ人とは、冥月のことだったのか。安心と、戸惑いで呆然とする葵に冥月は敵を捌きながら声を掛けた。
「敵が大勢の時は、周囲全てに目を配れ」
「は、はい!」
 そうだった。ここで呆然として、冥月の足を引っ張るわけにはいかない。それにここで自分に何かあったら、侵入している桜が危機に合うのだ。葵は構えを取り直し、冥月と背で合わせるように向き直る。
「いいか、こういうときは足を止めるな、一撃を確実に入れろ」
 そう指示しながら、冥月は見本になるように相手の手を止め一撃を入れる。相手が強い戦闘能力を持っている方が案外と楽なのだが、こうして力より数で来る相手はとにかく確実に減らしていくことが大事だ。
「………」
 何かに気付いたように頷き、敵に向かっていく葵に声を掛けながら、冥月も同じように敵に向かっていった。

 ふぅ、一瞬どうなるかと思ったけど、もう安心ね。葵ちゃんの動きも良くなったし、さて、自分の仕事しようっと。
 パソコンの画面にテキストを映し出し、それをスクロールバーで一気に下まで流す。
 書類ケースに入っている紙は、見てはしまい見てはしまいを繰り返す。
「大体これで全部かしら……あ、机の上に置いてあるメモも、一応覚えて帰らなきゃ」
 この中に役立つ情報があればいいんだけど……いや、役立てるのは他の人の仕事よね。とにかくこれで私の任務終了。あとは外出て帰るだけだわ。
「お待たせー」
 外に出たら、気絶者累々の中葵ちゃんと冥月さんが、どことなーく気まずそうに距離を取って立っていた。
「終わったようだな……じゃあな」
 ちょ、何帰ろうとしてんの冥月さん! 私は思わず冥月さんの腕をはしっと掴んだ。
「あ、あのっ、私報告あるんで、二人で後始末よろしく!」
 全く、このツンデレお嬢さん達は……だから放っておけないのよ。私がいるとぎくしゃくしちゃうだろうから、ここは気を利かせないとね。
 いや、報告しなきゃ行けないのは本当だけど。

「………」
 後始末。
 そう言われた葵は何となく所在なさげに、気絶した警備員を寒くなさそうなところに運ぼうとした。すると冥月が横からそれを手伝う。
「怪我はないか?」
 その声に思わず顔を上げ、冥月と目が合った葵は恥ずかしそうにこくっと頷いた。
「だ、大丈夫です。冥月師の手を煩わせてしまいまして……」
「もう『師』は止めないか。確かに教えはしたが、葵とは対等でありたいんだ」
「えっ。じゃあ、冥月様……でしたら」
 冥月からすると「様」付けもどうかと思うのだが、他の皆にも様付けなので、多分それが精一杯なのだろう。ふと葵を見ると、葵は困ったように冥月を見ている。
「ダメでしょうか……」
「いや、それでいい。メールでは不快にさせて悪かった」
 それを謝ると、葵は白い息を吐きながら小さく首を横に振った。
「いえ、私も申し訳ないなって思ってましたの。でも、なかなか言いにくくて……こういう性格、直さなくてはいけませんわね。何かくすぐったいですわ」
 そう言って頬笑んだ葵の表情は、久々に見る笑顔だった。それに冥月も微笑み返し、ポケットに入れていた紙袋をそっと差し出す。
 本当はクリスマスに渡そうと思っていた、手編みの手袋。
「良ければこれ使ってくれ……またメールしてもいいか?」
 それを受け取った葵は中を見て、一瞬驚いた表情をした後、嬉しそうに笑った。
「もちろんです。メールお待ちしてますわ」

「ただいまー。これで任務本当に終了よ、お疲れ様」
 社長に報告して二人の所に戻ると、冥月さんがそそくさと帰ろうとしているところだった。
「冥月さんお疲れ様、助っ人ありがとう」
「ああ。二人とも無事で良かった、じゃあな」
 一度引き留めたから、また引き留めるのは野暮ってものよね。私は冥月さんを見送ると、同じように手を降っている葵ちゃんの顔を見た。
「葵ちゃん、お話しできた?」
 なーんて聞いてみたけど、顔見れば分かる。さっきまでぎくしゃくしてたのが、私が戻ってきたときにはなくなってたから、きっとちゃんと仲直り出来たんだろうな。
「ええ。お話しできましたわ」
「そ、よかった。その紙袋どしたの?」
「え、ええ。頂きましたの」
 ちょっとくしゃくしゃになった紙袋。それを大事そうに持ってるって事は、もらったのかしら。今日の所は勘弁しとくけど、何もらったか後で教えてもらおっと。
「さて、何か食べて帰ろっか。葵ちゃん牛丼とか食べたくない?」
 さてと、今回の任務無事達成に仲直り。冥月さんの戦い方も見れて、ちょっと恩も売れた……かな?
 一石四鳥? 私凄い?
 友達がケンカしてて、元気ないのは寂しいもんね。雨降って地固まる。それが一番。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】  
7088/龍宮寺・桜乃/女性/18歳/Nightingale特殊諜報部/受付嬢
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒