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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


うたかたの戦いのち宴 〜 レタスだけ 〜



 賑わう興信所内、台所では蓬莱と零2人が忙しく動いており、因幡・恵美と草間の娘もお手伝いに勤しんでいる。
 ソファーに座って無言の男3人組みは、若さパワーではしゃぐ瀬名・雫やルチルアに引きずり回される影沼・ヒミコと茂枝・萌を見ては、彼女達の若さパワーがコチラに向かないことを祈っていた。
 繭神・陽一郎と高峰・沙耶は何処を見ているのか分からない様子でジッとしており、月神・詠子はそんな2人を意味ありげな視線で見つめている。
「凄い事になってるな‥‥‥」
「同感だ」
「まぁ、どーせ今日だけのことなんだろう」
「どうせなら楽しんだ方が得よね」
 いつの間にかむさ苦しい男3人組みの隣に立っていた碇・麗香が呟き、その隣にひっそりと立っていた三下・忠雄がコクコクと頷く。
 確かにそうかも知れないな‥‥‥そう言おうとして開かれた草間・武彦の口は、背後から聞こえたノックの音に閉じられた。
 ソファーに座る彼の背後は壁だが、今の草間興信所にはそこら中に扉がある。
 また誰か来るのかと思いつつ立ち上がり、扉を開けた瞬間‥‥‥‥中から無数の黒い影が飛び出し、興信所の扉や窓を突き破ると夜の町へと飛び出して行った。
「今の音は何ですか!?」
 台所から零2人と蓬莱が飛び出して来ると、興信所内の悲惨な光景を見てアングリと口を開ける。
 まるで竜巻に襲われたかのような興信所内に、集まった人々は面食らっていた。
「今のはなんだ?」
「何か変なものを見た気がするけれど‥‥‥」
 口々に囁きあう中、突然1つの扉から漆黒の髪を持つ美しい双子の姉弟が姿を現した。2人はまず、興信所内に集まっていた人の多さに驚き、次に沙耶と武彦に視線を向けると小さく溜息をついた。
「大変な事になってしまいましたわ、草間様」
「夢宮‥‥‥」
 双子の性は夢宮。名は、姉が美麗で弟が麗夜。夢と現の扉を司る2人の登場に、武彦の背筋が凍る。
「何が起きたんだ?」
「夢と現の世界より、封じられていた様々なものが飛び出して行ってしまいました」
「例えば誰かの夢に現れた殺し屋」
「例えば裏の現にいるゾンビ」
「例えば誰かの夢に現れた霊」
 例えば、例えば、例えば ――――― 延々と続く双子の言葉に、緊張が走る。無表情で言葉を続ける双子も怖いが、真剣に聞き入っている面々も怖い。
「お前達の力で何とかならないのか?」
「イヤですわ」
 キッパリとした拒否の言葉に、武彦は目を丸くした。
「どうして‥‥‥」
「わたくしどもは、この時期は何かと忙しいんですの。飛び出していったものを捕まえて入れなおす、その作業をしているだけの体力も時間もありません」
「そもそも、扉を開けたのは草間様、ですよね?」
 麗夜の意地の悪い視線に負け、武彦は唸りながらどうすれば良いのかを尋ねた。
「霊の類でしたら、願いを叶えれば消えてくれるはずですが、攻撃的なものは倒さなくてはなりません」
「魔物も倒さなくてはなりません。ちなみに、俺達が把握している外に出て行ってしまったものは‥‥‥」
 殺し屋、ゾンビ、能力者の影、美少年コレクターの霊、腹ペコの霊、美少女ばかり誘拐する霊、吸血鬼。
「‥‥とりあえず、そいつらを倒すなり消すなりしてからパーティを再開するか」
 武彦が腰を上げ、それぞれの得意分野を踏まえたうえで指示を出す。武彦の指示など素直に聞くのかと一瞬不安になるが、意外にも皆素直に指示に従った。
 殺し屋にはファング、ゾンビにはギルフォードとマッハ、能力者の影には鬼鮫と萌、腹ペコの霊には蓬莱と零、吸血鬼にはエヴァ・ペルマネントとスノー。
「それで、美少年コレクターの霊だが‥‥」
 一同の視線が一斉に陽一郎に向けられる。何かを反論しようと口を開きかけた陽一郎だったが、直ぐに諦めたように溜息をつくと「分かった」と頷いた。
「美少女好きの霊には‥‥」
「私が行こうか?」
 名乗りを上げた萌を一瞥し、武彦はあえてその発言を流すとアリアにその役を頼んだ。彼女も確かに美少女ではあるのだが、少々胸元が‥‥‥。
「早く片付けて、パーティを再開しましょう」
 麗香がそう言ってソファーに座ると、脚を組んで踏ん反り返った‥‥‥女王様気質の彼女は、グチャグチャになった興信所内を片そうと言う気すらないらしい‥‥‥。


◇ ★ ◇


 興信所の事務員、シュライン・エマは武彦の言葉をボンヤリと聞きながら、ふと気になる事があって首を傾げた。
 ――― 武彦さん、さり気無く自分は行かないっぽいわ ‥‥‥
「それから、シュラインと桐生は‥‥‥そうだな、シュラインは蓬莱と零を手伝ってくれるか?それで、桐生は‥‥‥」
「俺は鬼鮫さんと萌ちゃんを手伝うよ」
 金色の髪に赤い瞳 ――― 何度も顔をあわせている彼、桐生・暁はそう言うと、鬼鮫の隣に立った。
「よし、これで全員割り振ったな。後のヤツはここの片付けを頼む」
「‥‥‥頼むって、草間様は何をするおつもりですの?」
「まさか、呑気にそこら辺で座ってるなんて仰るおつもりじゃありませんよね?」
 夢宮の双子の攻撃に、武彦が「ち、違うぞ!」と噛みながらも反論を開始する。
「俺は‥‥‥その、興信所の片付けを‥‥‥」
「一番向かない場所に行こうとしていますわね」
 美麗の視線が興信所内に注がれる。今でこそグチャグチャだが、普段はもっと綺麗だ! そう反論しようとした武彦だったが、グッと堪える。例えそう言ったところで、彼女達の館から見れば雑多な場所に他ならない。
 それぞれが自分の仕事を果たすためにゾロゾロと興信所を出て行き、残った面々が後片付けに回る。草間の娘が一番テキパキと動き、麗香にビシバシ指示を飛ばされる三下が悲惨な失敗をしながらもなんとか頑張っている。が、己の失敗の後片付けに手一杯になっている様子だった。
「それじゃぁ、私たちは腹ペコ幽霊さんのお腹を満たすことにしましょう」
「はいで〜す!」
 可愛らしい笑顔で片手を上げ、蓬莱が青色の瞳を細める。零もやや遅れながらも片手を上げ、台所を覗き込む。
「幽霊さんを連れてきた後、ここでお料理をお出しした方が宜しいんでしょうか‥‥‥」
「うーん‥‥‥現段階ではちょっと難しそうね」
 背後で一生懸命働いている ――― 者もいるが、そうでない者もいる。そしてむしろ後者の方が多く、挙句後者の方が何かと態度が大きい気がする ――― 人達の邪魔はしたくはない。それに、これだけバタバタしているところで料理をすると言うのも気が進まない。
「まぁ、そのことは後で考えるとして、まずは腹ペコ幽霊さんを探しましょう」
「うぅーん、腹ペコ幽霊さんはどこにいるんでしょ〜?」
「そうね‥‥‥今入れそうな食べ物のある場所と言えば‥‥‥コンビニにファミレス、ファーストフード系かな?一般家庭だと、お正月飾り以外にも神棚とかにお神酒をお供えしてそうだし、やっぱり霊は入り辛そうよね。お店を中心に回ってみましょう」
「さほど遠くに行っていないと良いですね」
「たぶん、遠くには行ってないと思いま〜す。だって、お腹が空いていたらそれほど動けないでしょ〜?」
「蓬莱ちゃんの言う事も一理あるわね。零ちゃん、近付いたら霊の気配は分かる?」
「えぇ、任せてください!」
 零がグッと拳を握り、蓬莱もつられて拳を握る。 ――― なんだか可愛らしいツインに、自然と顔が綻ぶ。
「それじゃぁ、外に繰り出しましょう。 ‥‥‥それにしても、外は寒そうね‥‥‥」
 シュラインは自分のコートがあり、零もそれなりの装備をして外に出るようだが、蓬莱は見るからに寒々しい。人ではないため寒暖はあまり関係がないのかも知れないが、それにしたって北風が吹きすさぶこの寒い中、薄い服装は見ているだけで鳥肌が立ちそうだ。
「あ、ねぇ‥‥‥あなた。良かったら私のコート貸すよ。外寒いだろうし」
 シュラインと同じ事を考えたらしい草間の娘が、ソファーに投げられていたコートを蓬莱に差し出す。 別にそんな心配はいらないのにと、少々困ったように眉根を寄せる蓬莱の肩を叩き、貸してもらったら良いと声をかける。
 蓬莱の服装にピーコートは合わないが、先ほどよりは大分温かそうだ。 頑張ってね!と応援してくれる声を背に、外に出る。興信所の扉を出た途端に身体に絡み付いてきた冷たい空気に縮み上がる。白い息が細く後方に流れ、空を見上げれば白い月が輝いていた。
「ここから一番近いお店はどこなんですか〜?」
「真っ直ぐ行ったところにコンビニがありましたよね? それに、もっと行けばファミレスもあります」
「それにしても、腹ペコ幽霊さんはどんなお料理がお好みなんでしょうか〜?」
 蓬莱がピンクがかったような紫色の髪を風に流しながら目を伏せる。赤いリボンが髪に絡みつき、波打つ。
「そうね、そこなんだけど‥‥‥日本の霊だと食事出来るのか疑問かも」
「あぁ、確かにそうですね」
 食べて貰えないかも知れないとの言葉に、シュンと寂しそうに肩を落とした蓬莱。あまりにも悲しそうな横顔に、シュラインが慌てて言葉を付け足す。
「でも、霊は香りを食べるって話もあるの。だから、お線香やバニラエッセンスとか、香り物を準備してみたらどうかしら?」
「そう言うことでしたら、わたしも美味しい匂いのする物を作るようにしま〜す!」
「バニラエッセンスはありますし、お香やキャンドルもあったはずです」
 そんな話をしているうちに、三人はコンビニの前まで来た。目に痛いほどに輝く光の海の中、店員が無人の店内を見つめ、ボンヤリと何かを考え込んでいる。零が軽く首を振り、三人はさらにその先にあるファミレスまで足を伸ばした。
 普段は家族連れでごった返すファミレスだったが、今日の入りは若干少ないように思う。
 ――― やっぱり、家でのんびりしたいと思うのかしら ‥‥‥
 ボンヤリと考えていたシュラインの隣で、零がまたもや首を振る。ここからさらに行ったところにはファーストフード店もあると言って歩くが、そこも空振りだった。あちこち考え付く限りの場所を見てみたが、霊の姿は何処にもない。
「どうしましょう。このまま探していても時間がかかるだけだわ。‥‥‥いったん戻って、美麗ちゃんと麗夜君に話を聞いてみようかしら。あの二人なら、もしかしたら何処に行ったのか分かるかも知れないし」
 シュラインの提案に、三人は来た道を引き返し始めた。
 もしかしたらと言ったが、おそらく夢宮姉弟ならば扉から出て行った者達が何処にいるのかきちんと把握しているだろう。
 ――― ただ、美麗ちゃんと麗夜君がそれを教えてくれるかどうかが問題ね ‥‥‥
 自分達の力で出て行った者達を戻すことが出来るにもかかわらず、嫌だときっぱりと断ったあの時の拒絶の瞳を思い出す。 事実彼らがこの時期に忙しいと言うことは、なんとなくだが分かっていた。夢幻館は暇な時と忙しい時の差が激しいと思う。時折連絡を取る梶原・冬弥の様子からも、この時期はどこか余裕がない雰囲気を感じる。
 ――― でも ‥‥‥
 ふと思う事があり、シュラインは足を止めた。 二人で楽しくお喋りをしていた零と蓬莱が、数歩先に行ってからシュラインが立ち止まった事に気づき、足を止める。
「シュラインさん、どうしましたか?」
「あぁ、うぅん‥‥‥なんでもないの」
 首を振り、歩き出す。 彼女と付き合いの長い零はシュラインの浮かない表情に何かを感じ取った様子で、客商売をしている蓬莱もまた、シュラインの様子から何かを敏感に感じ取る。無言でてくてくと歩く中、シュラインは先ほど感じた違和感を考え始めた。
 ――― 美麗ちゃんと麗夜君、まだ興信所に居るのよね ‥‥‥?
 勿論、忙しいと言ったのはただ単に自分たちが動きたくないからと言うだけなのかも知れない。けれどシュラインはその言葉の裏に、もっと大きな何かが隠れているような気がしていた。
 それこそ、コレが全て仕組まれたことのような気が ―――――



 興信所の近くまで来ると、零がピクリと反応を見せた。 前方の闇をジッと見つめ、シュラインと蓬莱に視線を向けると頷く。
「どうやら帰って来ていたようですね」
 興信所の玄関の前、ボンヤリと立った半透明の男性が緩慢な動きで顔を上げ、三人に視線を向ける。
 年の頃は30代前半程度、中肉中背で特にコレと言って特徴のない顔立ちをした男性は、お腹に手を当てるとシュンと肩を落とした。
「あの‥‥‥」
 なんと声をかけようか迷う。まさか、腹ペコの幽霊さんですよね?なんて声をかけられないし‥‥‥
「腹ペコの幽霊さんですね〜?」
 散々悩んだシュラインの隣で、蓬莱が明るい声を上げる。
 腹ペコの幽霊と言う呼び名に怒らないかと恐る恐る様子を窺えば、特に表情は変わっていない。虚ろな瞳で三人を見つめ、相変わらずお腹に手を当ててシュンと肩を落として佇んでいる。
 ――― 喋れないのかしら?
 もしかしたら、こちらの声も届いていないのかも知れない。 手話で話しかけてみようかとも思うが、相手が知らなければ伝わらない。それでもやってみるだけ価値はあるかもしれないと手を動かした時、男性の口が開いた。
「腹ペコの幽霊ではなく、三上・孝雄(みかみ・たかお)と申します」
 ノロノロとした動作で背広の内ポケットから名刺を取り出してこちらに差し出す。反射的に名刺を受け取ろうと手を伸ばすが、半透明なそれはシュラインの手をあっさりと通り抜けた。 孝雄もそれを承知しているようで、渡そうとしているのではなく見せているだけのようだ。
「すぐにお食事をお作りしま〜す! ‥‥‥あの、興信所の中って入れますか〜?」
 蓬莱の言葉が風に流され、暫し時が沈黙する。まるで全てのものが止まってしまったかのような世界の中で、孝雄がコクリと頷いた。
「えぇ、ここには入れます」
「‥‥‥シュラインさん」
「少しテンポが遅れるみたいね」
 通信衛星みたいなものかしらとも思うが、本当のところはどうなのか分からない。
 ただ、彼と話をする際は7〜10テンポくらいは遅れて返事が来るという事を覚えておいた方が良いだろう。
「それじゃぁ、中へどうぞ。 それにしても、まさか戻って来ているとは思いませんでした」
 シュラインがそう言って扉を開けるが、孝雄は動かない。蓬莱が先に行って中の様子を見てくると言い、シュラインも中を覗き込んだ。片付けは粗方終わっており、蓬莱が武彦に霊を連れてきたので台所を使わせてほしいと掛け合っている声が聞こえる。
「えぇ。私も最初は美味しそうな匂いにつられて色々なところに行ったのですが、普通のご家庭には入れませんし、お店では楽しそうな家族連れを見ると、どうにも胸が痛くなりまして、居た堪れなかったのです」
「そうなんですか。三上さんもご家族が?」
 ノロノロと入って来た三上に、部屋の中にいた全員の視線が集まる。
「こちら、三上・孝雄さんって仰るの。 ‥‥‥少しテンポが掴み辛いかもしれないけれど‥‥‥」
「えぇ。妻と、子供が二人いたんです。上が十歳の男の子で、下が五歳の女の子でした」
 先ほどのシュラインの言葉に反応する孝雄。 麗香がドンと三下の背を叩き、彼の前に押しやる。
「え‥‥‥えっと、ぼ、僕は三下・忠雄と申します‥‥‥あっちが碇・麗香さんと言って‥‥‥」
 オロオロする三下の背後では、麗香が「私には無理そうだわ」と手を上げ、雫も「あたしもちょっと無理かも」と首を振る。彼女達の隣には歌姫もいたが、孝雄との触れ合いは期待できない。
 ガラクタを片付けていた碧摩・蓮と草間の娘が顔を上げ、阿部・ヒミコと影沼・ヒミコが顔を見合わせる。
「初めまして。私は三上・孝雄と申します」
 名刺を差し出す孝雄。三下もシュラインと同様名刺を受け取ろうと手を指し伸ばしたが、スカッと通り抜けた。一瞬クラリとしかける三下だったが、気絶するほどには至らなかった。
「ご安心下さい。少しばかり三下さんの感情も弄らせていただきましたわ」
 沙耶が壁際にひっそりと立ちながら声をかける。その隣に居る詠子と良いモリガンと良い、手伝う気はないようだ。
「ふむ、どうせならそのままにしてもらっておいた方が良いのぢゃないか?」
 嬉璃の言葉に、ボクもそう思うなと、柚葉が賛成票を入れる。
「それにしても、なんや対照的な名前やな。三下・忠雄に三上・孝雄。下と上に、タダと高」
 天王寺・綾が孝雄の名刺を覗き込みながら率直な意見を出す。
「か、考えないようにしてたんですよ!」
 それなのに‥‥‥と、半泣きになる三下。
 ――― 言わないで良かったわ ‥‥‥
 同じ事を思っていたシュラインがほっと安堵の溜息をつく。
「シュラインさん!そろそろお料理を作り始めても良いですか〜?」
 蓬莱が台所からピョコンと顔を覗かせて首を傾げる。シュラインが右手でOKサインを出し、孝雄をデスクへと誘導する。普段ならば乱雑に積み上げられている書類は床に落ちており、武彦と桂、そして響・カスミが一生懸命仕分けをしている。
「それじゃぁ、じゃんじゃん作っちゃいま〜す!」
 夢宮姉弟が食材の提供は惜しまないと言ったため、蓬莱と零の心に火が点った。手早く美味しそうな料理をドンドン作る二人に、ネヴァンと黒崎・潤が孝雄の元まで運ぶ。ルチルアもお手伝いに名乗りを上げてくれたのだが、彼女に任せるのは少し不安だ。
 霊だからスプーンが持てないかも知れないと思ったシュラインが、チャーハンを掬うと口元に持って行く。 テンポの遅い孝雄はややあってから口を開き、一瞬にしてチャーハンが消え去る。
「あのぅ‥‥そこまでしていただかなくても、大丈夫です」
 孝雄の視線を受け、麗夜が右手を微かに動かす。孝雄の手がスプーンに触れ、目にも留まらぬ速さでお皿を空けていく。 いつしか作る方が間に合わなくなり、孝雄がボンヤリと宙を見つめている。
「‥‥‥うっわぁー、凄い食欲だね」
「でも、何かおかしくないか?」
 ルチルアと潤の言葉を聞きながら、シュラインも首を傾げた。
 ――― なんだか、こういうの、どこかで聞いた気が ‥‥‥‥‥
 クスクスと背後で押し殺したような笑い声があがり、振り返る。 漆黒の髪と漆黒の瞳を持つ美麗が、その美貌を損なわない美しい声で妙な事を呟いた。
「消さなくては、終わりませんわ」
 ――― 消さなくては終わらない ‥‥‥?
「お皿を良く見てくださいませ」
 真っ白なお皿の上には、何も乗っていない。魚の骨も、頭も、何もかも ―――
「エマ様ならば、絶対に知っているはずですわ」
 にっこり。微笑んだ美麗の顔に、何かを思いつく。
 シュラインは台所まで行くと、コップに水を入れて孝雄の前に置いた。
 そして ―――――
 ふっと、孝雄の手が止まり、胸の前で手を合わせた。
「ご馳走様でした」
「‥‥‥三上さんは、本物なの?美麗ちゃんや麗夜君が創り出したものではなく?」
「えぇ。ただ、少しだけ夢の世界の魔法がかかっただけですわ」
「そうなの。‥‥‥三上さんは、このまま帰ってしまうのかしら?もし良ければ、一緒に宴を楽しみませんか?」
 お腹だけでなく、心にも満足を。 シュラインのそんな素敵な提案に、孝雄が嬉しそうに頷いた。


◆ ☆ ◆


 影退治に出ていた暁と鬼鮫、萌が戻り、パラパラと人々が興信所に集まってくる。一様に少々疲れたような表情を見せているものの、互いの仲は悪くはなっていないようだ。
 ゾンビ退治はどうだったのかとマッハに尋ねれば、興奮したように事の顛末を語ってくれた。 ギルフォードとのコンビも、なかなか上手く行ったようだった。
 たまには上げ膳据え膳も良い。そう思いつつ、知らずのうちに裏仕事を手伝ってしまうシュライン。 今日くらい蓬莱ちゃんや零ちゃんに任せれば良いのにーと言う暁の発言をもっともだと思いつつ、苦笑しただけで受け流す。
「それにしても美麗ちゃん、どうして北欧神話だったの?」
 ちゃっかり興信所に残り、お寿司を口に入れている美麗の背後にそっと近付く。
「どうしてと仰られましても、わたくしにはお答えできませんわ」
 ふわりと微笑む美麗だったが、その表情の裏には「理由はあるけれども教えてあげない」と言う、お茶目なようで意地悪な感情が見え隠れしている。
「あのハプニングも、仕組まれたものだったのね」
「あら、どうしてそうお思いになりますの?」
「今ここにこうしているのも理由の一つだし、なにより‥‥ヒントを出してくれたでしょう?」
「たまたま、わたくしの世界の魔法がかけられていると思ったから言ってみただけかも知れませんわよ?」
「それに、俺たちがそんなことをして何になると言うんです?」
 美麗の背後から麗夜が声をかける。悪戯っぽい笑顔はシュラインを試しているようでもあった。
「そうね。確かに美麗ちゃんにも麗夜君にもメリットはないかも知れないわ。でも、頼まれたのならどうかしら?」
 視線を沙耶へ移す。 壁際に静かに佇んで室内を見渡していた沙耶が、シュラインの視線に気づいて近寄って来る。
「どうやら、お気づきになられたようですわね」
「高峰さん、どうしてこんなことを?」
「いくら感情を制御しようとも、心の底にある闇はそう簡単には晴れませんわ。けれど、協力せざるを得ない状況に追い込んだ場合、闇は少しですが、晴れると思いましたの」
「確かに‥‥‥そうかも知れませんね」
 蓬莱と零がから揚げの乗ったお皿を持ってきて、草間の娘が空いた皿を台所まで持って行く。 雫と麗香と三下が孝雄を相手になにやら熱心に話しており、二人のヒミコが蓮を相手にポソポソと喋っては時折控えめな笑い声を上げる。
 歌姫の歌声に恵美とカスミが聞き入り、嬉璃と柚葉、綾のあやかし荘トリオが桂を相手に遊んでいる ――― と言うか、困らせている ―――。どこからそんな話になってしまったのか、エヴァと萌がどちらが美しいかと言う話題で盛り上がっており、ギルフォードが、アリアやスノーの方が可愛いし綺麗だと言ってしまい、悲惨な状況に陥っている。が、誰も助ける気はないらしく、鬼鮫とファングは静かにお酒を飲んでいる。
 マッハにモリガン、ネヴァンのアスガルドチームは出された食べ物を興味津々で眺めており、アリアに促されるままに口に運んでいる。詠子と陽一郎は思い出したように時折口を開いては取りとめもない話に興じているらしい。夢宮姉弟と暁がなにやら話しこんでおり、時折暁の綺麗な顔がコミカルに歪む。
「ルチルアちゃんにお任せ〜!」
「待て!おいっ!待てったら!」
 ルチルアちゃんお手製薬草シチューと言う名の兵器を生み出そうとする金髪ツインテール少女を必死に止める潤。 何を騒いでいるんだとマッハが声を荒げ、ルチルアちゃん兵器が生み出されそうだとの答えに潤の味方に回る。どんな兵器なのか興味津々の鬼鮫と萌に、ネヴァンが一生懸命たどたどしいながらも説明を入れる。
「こんな楽しい宴に出られて良かったね、陽一郎」
「‥‥‥騒々しいの間違いだろう?」
「そうかな?陽一郎、凄く楽しそうだよ」
「わたしが?」
 自分で分かってないんだからなーと、クスクス笑う詠子に、陽一郎の顔が微かに歪む。雫がどこからか人生ゲームを取り出し、床に広げる。やりたい人を集めてペアを作るとサイコロを振る。雫とペアになった草間の娘がコマを動かし、エヴァと萌のぺアがどちらがサイコロを振るかで少々もめる。
 賑やかな興信所内を見渡し、シュラインは時計を見上げた。もう少しで今日が終わり、明日 ――― 新しい年 ――― が始まる。
 部屋の隅でボンヤリと人生ゲームを見守っていた武彦の隣に擦り寄る。恵美が腕時計に視線を滑らせ、あやかし荘チームがカウントダウンを始める。
「5‥‥4‥‥‥3‥‥‥2‥‥‥1‥‥‥」
「あけましておめでとう、武彦さん」
「あけましておめでとう」
「今年も宜しくお願いします」
「こちらこそ」
 おめでとうの言葉がそこかしこで花開き、興信所内が奇妙な一体感で包まれた時、ふと暁がシュラインと武彦の姿に気づき、チェシャ猫のような笑顔を浮かべるとテーブルの上にあったサラダを掴み、持って来た。
「はい、二人に」
「ん?これは‥‥‥キャベ」
「レタスよ、武彦さん」
 ドレッシングのかかったレタスのサラダと、暁の顔を見比べる。 どうしてこれを持って来たの? そんな問いが喉元まで出掛かったが、パッと閃いた事があり、シュラインは思わず笑い出した。
「二人きりにしてもらわなくても大丈夫よ、暁君」
 未だに意味が分かっていない様子の武彦と、流石はシュラインさんと言って微笑む暁。
 興信所の中央で行われている人生ゲームもなかなか白熱しているらしく、雫の高い声が響く。
 泡沫の宴はあと数刻のうちに、幻のように消え去ってしまう。再び動き出す現実は、冷たく過酷なものかも知れない。けれど‥‥‥
「またこうして、皆で集まれたら良いわね」
「そうだな‥‥‥」



END


□★◇★□★◇★□  登場人物  □★◇★□★◇★□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


 4782 / 桐生・暁 / 男性 / 17歳 / 学生アルバイト・トランスメンバー・劇団員


■☆◆☆■☆◆☆■  ライター通信  ■☆◆☆■☆◆☆■

お届けが遅くなりまして申し訳ありません!
今まで書いた中で一番NPCが登場したお話だと思います‥‥‥
テンポの遅い腹ペコ霊は如何でしたでしょうか?
蓬莱ちゃんと零ちゃんのツインが可愛らしく、シュラインさんはお姉さんのような役割を果たしていただきました
全体的にほのぼのとしたお話になっていればなと思います
この度はご参加いただきましてまことに有難う御座いましたー!